EP 12
武士と月兎の『点』の暴力
ズシン、ズシン、ズシンッ!!
3体の『死甲虫型』が、地響きを鳴らしてポポロ村の広場を蹂躙しようと突進してくる。
それはまさに、意志を持った装甲車だった。ヴィッカース硬度1500を超える超硬質の外殻は、並の対戦車ミサイルすら弾き返す。
「アカン! あんな鉄の塊に、ただの剣で勝てるわけないやろ! 提督はん、息子さんを止めな……!」
商人のニャングルが叫ぶが、坂上真一提督はハイライトの煙を細く吐き出し、動かなかった。
「よく見とけ、猫の兄ちゃん。アレはただの剣術バカじゃねえ。……自衛隊の地獄と、俺のシゴキを生き抜いた『本物』じゃ」
死甲虫の1体が、巨大な顎をハサミのように振りかざし、信長を両断しようと迫る。
だが、信長は逃げない。
極限の集中。北辰一刀流の呼吸法が、信長の周囲の時間をスローモーションに変える。
(親父の剣はもっと速く、ウサギの村長はもっと重かった……。お前らの大振りな攻撃など、止まって見える!)
死甲虫の顎が振り下ろされた瞬間。
信長は、かつて甲子園で4番を張った類稀なる脚力と、レンジャー訓練で培った爆発的な瞬発力で、死甲虫の懐(斜め下)へと滑り込んだ。
『ギ……?』
「硬い外殻を斬る必要はない! 動く以上、必ず『継ぎ目』がある!!」
信長が踏み込む。
その手にあるのは、美術品ではない。現代の特殊合金で鍛え直された、実戦用の大太刀。
信長は、強靭な背筋力から生み出される捻りを利用し、死甲虫の「頭部と胴体の隙間」——わずか数センチの関節部分へ、刀を真っ直ぐに突き入れた。
ザクゥゥゥッ!!
装甲の隙間を縫い、刃が深々と内部の魔導神経束を貫く。
そのまま信長は刀を捻り、テコの原理と自身の体重を乗せて、カブトムシの頭部を強引に跳ね上げた。
「シィィッ!!」
バキィッ! という鈍い音と共に、1体目の死甲虫が完全に沈黙し、巨体を地面に投げ出した。
内部構造を破壊されたのだ。
「な、なんちゅう腕力と精度や……! 走りながら、あのミリ単位の隙間を正確に突きよったで!?」
ニャングルが驚愕に目を剥く。
信長は止まらない。
刃を抜く反動を利用して空中に跳躍すると、迫り来る2体目の背中に着地。刀を逆手に持ち替え、甲殻の隙間である「翅の付け根」に渾身の力で刃を突き立てた。
緑色の体液が噴き出し、2体目も機能停止して崩れ落ちる。
「ふぅ……」
信長は刀に付いた体液を振り払い、残る最後の1体——一回り大きいリーダー格の死甲虫と対峙した。
だが、信長はそこで刀を鞘に納め、スッと横に退いた。
「……お膳立てはしたぞ、村長。日本の『番犬』としての働き、これで及第点はもらえるか?」
信長が視線を向けた先。
そこには、ポッケから出した新しい苺ミルク飴を口に放り込み、トンファーを構えたキャルルが立っていた。
「……ふーん。アンタ、対人戦はからっきしだけど、こういう魔獣狩りの技術は一級品ね。少しは見直してあげたわ」
キャルルはニヤリと笑うと、トンファーを握りしめ、陸上競技のクラウチングスタートのような極端に低い姿勢をとった。
最後の死甲虫が、信長ではなくキャルルを最大の脅威と認識し、轟音を立てて突進してくる。
対するキャルルは、深く息を吸い込んだ。
月兎族の血が沸騰し、全身に凄まじい闘気が巡る。
「ウチの村に泥を塗ったこと、あの世で後悔しなさい!」
ドォォォォン!!
音速の壁を突破する衝撃波が、再びポポロ村の広場を揺らした。
キャルルはマッハ1のトップスピードで死甲虫に向かってダッシュし、敵の目前で一気に地上20メートルまで跳躍した。
月明かりを背に、彼女の身体が空中で一回転する。
それは、約33,750ジュール——大口径の対物ライフルすら凌駕する破壊の運動エネルギーを、特注の強化靴の「一点」に集中させる究極の絶技。
別名、ライダーキック。
「——流星脚!!」
空から放たれたキャルルの踵が、死甲虫の最も分厚い頭部装甲に激突した。
カァァァァンッッ!!!
金属同士がぶつかり合うような甲高い爆音。
ヴィッカース硬度1500の超硬質装甲が、まるで薄いガラスのように粉々に砕け散った。
強烈な運動エネルギーは外殻を突き破り、死甲虫の内部へと浸透。そのまま巨体を押し潰し、地面に巨大なクレーターを穿ちながら、完全にミンチへと変えた。
「……す、すげえ……。装甲の隙間を狙う俺の技術が、馬鹿らしくなるほどの純粋な『破壊力』だ」
巻き起こる土煙を腕で防ぎながら、信長は冷や汗を流して笑った。
もしあの蹴りが、自分の顎に入っていたら……。想像するだけで首筋が寒くなる。
土煙が晴れると、クレーターの中心にキャルルが降り立っていた。
彼女は何事もなかったかのように靴の汚れを払い、トンファーを背中に戻す。
「ふぅ。食後の良い運動になったわ」
ルナミス帝国が放った死蟲機の部隊は、空の『面』の制圧(F-35B)と、地上の『点』の暴力(信長&キャルル)の完璧な連携により、たった十数分で文字通り「全滅」した。
誰一人、村の人間を傷つけることなく。
「……お見事です、皆様。ブラボー」
パチパチパチ、と。
背後から、静かな拍手が聞こえてきた。
人狼の執事リバロンが、どこから持ってきたのか、長い柄の箒と塵取りを手に持って歩み出てきた。
「日本の皆様の火力と精密な制圧技術、そして我が村長の圧倒的な武力。素晴らしい共同戦線でした。……さて、お客様をこれ以上お待たせするわけにはいきません。残りの『お掃除』は、私にお任せください」
リバロンは、冷たい狼の目で、死蟲機の残骸たちを見下ろした。
「ルナミス帝国には、『彼らは夜間飛行の事故で、自爆した』ということにしなければなりませんからね。……完全犯罪の仕上げと参りましょう」




