EP 5
算盤の音と、雷神の月兎
リバロンの案内(という名の連行)で、信長たちレンジャー小隊はポポロ村の中央広場へと通された。
周囲には、夜だというのに警戒する様子もなく、呑気に酒を飲んでいる獣人やドワーフたちの姿がある。だが、彼らの腰に提げられた武器や、その身から漏れ出す「気」は、どれも一騎当千の猛者であることを示していた。
(……ここは本当に、ただの辺境の村なのか? どいつもこいつ、歴戦の特殊部隊レベルの殺気を持っていやがる)
信長が内心で冷や汗を拭っていると、不意に暗闇からジャラジャラという小気味良い音が響いてきた。
「あー、アカンアカン。夜中にドンパチやられたら、村の地価が下がるやないか。リバロンはん、あんたも客相手に名刺(刃物)投げなや」
広場の木箱の上に胡座をかいていたのは、首から黄金の真鍮でできた算盤をぶら下げた、猫耳の青年だった。
ゴルド商会所属の商人であり、ポポロ村の財務担当、ニャングル(23歳)。
「おや、ニャングル殿。私はただ、無作法な客人に挨拶をしたまでですが」
「その挨拶のせいで、客の持っとる高そうな『鉄の杖』が壊れてしもうたやろ。……しゃあない」
ニャングルは黄金の算盤を弾き、パチパチと高速で珠を動かす。猫耳族特有の並外れた動体視力は、暗闇の中でも信長たちの装備の「素材の価値」を正確に値踏みしていた。
「夜間不法侵入による精神的苦痛、および村の景観保護違反。しめて……金貨100枚(100万円)ってとこやな。現金がのうても、その着とる迷彩服や暗視鏡で手ぇ打ったるで?」
「なっ……ふざけるな! 我々は日本国政府の正式な……!」
信長が抗議の声を上げようとした、その時だった。
「ニャングル。初対面のお客さんをカモにするのは感心しないわよ。……後で私にも3割、キックバック入れるなら見逃すけど」
甘ったるい、だがよく響く少女の声。
広場の奥から、ウサギの耳と丸い尻尾を揺らしながら、小柄な少女が歩いてきた。
可愛らしい顔立ちに、手には人参柄の刺繍が入ったハンカチ。そして口元では、棒付きの飴玉をコロコロと転がしている。
ポポロ村・村長、キャルル(20歳)。
「村長はん! いやいや、ワイは村の財政を潤すためにやな……」
「はいはい、言い訳は後で聞くわ」
キャルルはニャングルを軽くあしらうと、信長たちレンジャー小隊の前に立ち止まった。
身長差は頭一つ以上。信長の巨躯から見れば、まるで子供のような体格だった。
(この小娘が、村長……?)
信長が怪訝な顔をした瞬間、キャルルの空色の瞳が、スッと冷たく細められた。
「で? 黒ずくめの怪しいお兄さんたち。ウチの村に何の用? アバロンの密偵? それともルナミスの新手の傭兵かしら」
「……我々は日本という国から来た。この大陸の支配権を争うつもりはない。ただ、平和的な『交渉』を……」
信長が言葉を紡ぎながら、無意識のうちに「北辰一刀流」の構えに似た、臨戦態勢の重心移動を行った。
相手は化け物揃いの村のトップだ。隙を見せれば殺される、という武人の本能が働いたのだ。
だが、それが「最悪の悪手」だった。
「——平和的交渉をしたい奴が、そんな物騒な殺気を練るわけないでしょ?」
声がした時には、キャルルの姿は信長の目の前から「消失」していた。
「え……?」
直後、ドォン!! という爆発音のような衝撃波が遅れて広場を吹き荒れ、レンジャーたちが木の葉のように吹き飛ばされる。
月兎族の真骨頂。マッハ1を超える、音速の踏み込み。
信長の北辰一刀流で鍛え上げられた動体視力は、辛うじてその軌跡を捉えていた。
だが、体が全く反応できない。
キャルルは信長の懐に潜り込み、背中のダブルトンファーで信長のガードを跳ね上げると同時に、凄まじい闘気を纏わせた膝を跳ね上げていた。
月影流・近接格闘術『顎砕き』。
「……ッ!!」
信長が死を覚悟した瞬間。
ピタリ、と。
キャルルの膝は、信長の顎の下、わずか数ミリの距離で完全に静止していた。
信長は全身から滝のような冷や汗を吹き出し、その場に膝から崩れ落ちた。
もし当たっていれば、首の骨ごと脳幹を破壊され、間違いなく即死していた。それが分かるからこそ、恐怖で指先一つ動かせないのだ。
「……反応速度は悪くないわね。でも、遅すぎる」
キャルルはゆっくりと足を下ろし、ポッケから新しい飴玉を取り出して口に放り込んだ。
「分かったかしら? アンタたちの持ってるその『鉄の杖(銃)』程度じゃ、ウチの村人にはかすりもしないわ。……力押しでウチをどうにかできるなんて、二度と思わないことね」
圧倒的、絶対的な武力差。
現代兵器と鍛え抜かれた肉体で武装した自衛隊の精鋭が、一人の少女の「蹴りの素振り」だけで完全に制圧されたのだ。
キャルルは見下ろすように信長を見つめ、告げた。
「アンタたちが『用心棒候補』として売り込みに来たってんなら、面接くらいはしてあげる。でも、アンタじゃ話にならないわ。……出直してきなさい。もっと話の分かる『偉い人』を連れてね」
「……くそっ……!」
信長は地を這うようにして悔しげに拳を握りしめた。
自分の無力さが腹立たしかった。そして同時に、あの父(提督)がなぜ、この上陸作戦に雪之丞のF-35Bを「待機」させたのかを理解した。
歩兵同士の戦闘では、地球側は逆立ちしてもこの世界の住人には勝てないのだ。
「……分かった。我々のトップを連れてくる。だが、腰を抜かすなよ」
「あら、楽しみね。美味しいお土産でも持ってくるよう伝えてちょうだい」
キャルルがからかうように笑う。
——これが、ポポロ村の流儀。
彼らを屈服させるには、弾丸でも刃でもない、地球にしか出せない「圧倒的な暴力」が必要なのだ。
信長は屈辱を胸に刻みながら、海上の『いずも』で待つ父、坂上真一へと通信を繋いだ。




