EP 6
ひれ伏すのは地球(日本)の方
『……報告は以上です。交戦は不可能。こちらの火器は紙切れ同然に無力化され、村長であるウサギ耳の少女は、目視不可能な音速の領域(マッハ1)で踏み込んできました』
護衛艦『いずも』のCIC(戦闘指揮所)。
通信機から流れる信長の屈辱にまみれた声を聞きながら、坂上真一提督は怒るどころか、腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。
「カッカッカ! いい薬じゃ、信長! 北辰一刀流の免許皆伝だろうが、最新のレンジャー訓練を積んでいようが、井の中の蛙じゃということが骨身に染みたじゃろう!」
モニターの向こう側、東京の総理官邸から回線を繋いでいる若林幸隆幹事長も、ピースを咥えながらゲラゲラと笑っていた。
『傑作じゃのう! 未開の土人どころか、ウチの精鋭部隊が完全に赤子扱いされとる! おまけに、不法侵入の慰謝料として金貨100枚を要求してきたじゃと? 完全に足下を見られとるわい!』
「笑い事ではありません、若林先生。あの村の住人は、文字通り一人一人が歩く戦略兵器です。歩兵同士のぶつかり合いになれば、自衛隊は一方的に蹂躙されます」
坂上が表情を引き締めると、若林もニヤリと老狸の顔に戻った。
『じゃからこそ「最高」なんじゃよ、シン。あいつらは自分の村の地政学的価値を完全に理解しとる。変な正義感や宗教で動く狂信者ではなく、金とメリットで動く「合理的な野心家」じゃ。……パシリにするにはちと厄介じゃが、ビジネスパートナー(大家)としてはこの上なく信用できる』
若林の言う通りだった。
ポポロ村の者たちは、日本を「侵略者」として即座に排除することもできたはずだ。だが、彼らはあえて信長を生かして返し、「偉い奴を連れてこい」と要求した。それはすなわち、「条件次第では取引に応じる」という明確なサインである。
「……信長が、美味しい手土産を持ってこいと言われたそうですね」
坂上がポツリとこぼすと、若林は察したように口角を上げた。
『行くか、総司令官殿』
「ええ。相手が『面接』をしてくれると言うなら、これ以上ない誠意を見せねばなりません。……幸い、明日は金曜日ですしな」
坂上は通信を切ると、傍らに控えていた早乙女蘭と、待機命令に欠伸をしている雪之丞を振り返った。
「蘭、雪之丞。お前たちも来い。日本の『技術』と『機動力』を見せつける」
「えー、マジっすか。俺、あんな音速のウサギ姉ちゃんと殴り合いたくないんすけど」
「殴り合いはせん。……兵站という名の、圧倒的な『暴力』を見せてやるんじゃ」
坂上はそう言い残し、艦内の調理室へと向かった。
数時間後。夜が明け始めたポポロ村の上空に、異常な轟音が鳴り響いた。
「……なんやあれ。魔力波長ゼロやのに、あんな巨大な鉄の塊が空飛んどるで!?」
「風魔法でも重力魔法でもありませんね。純粋な物理的揚力……信じ難い」
広場に集まったニャングルとリバロンが、上空から降下してくる海上自衛隊のSH-60K哨戒ヘリコプターを見上げて目を丸くしていた。
キャルルもまた、飴玉を噛み砕きながら、その「鉄の鳥」が起こす強烈なダウンウォッシュ(吹き下ろしの風)にウサギの耳を伏せている。
「……随分と大掛かりな手土産ね」
ヘリが広場の端に着陸し、ローターの回転が徐々に落ちていく。
やがて機体のスライドドアが開き、屈強な男が姿を現した。
海将補の制帽に、威風堂々たる体躯。
だが、村の住人たちはその男の「出で立ち」を見て、全員が呆気に取られた。
その男——坂上真一提督は、軍服のジャケットを脱ぎ捨て、なぜか家庭用の「エプロン」を身につけていたのだ。
さらにその手には、武器ではなく、巨大な寸胴鍋と、何やらスパイスの強烈な香りを放つ麻袋が握られている。
「待たせたな、村長さん。俺がこいつら(自衛隊)の『偉い人』じゃ」
坂上は、唖然とする信長を横目に、堂々とした足取りでキャルルの前へ歩み出た。
「……アンタ、日本のトップなのよね? なんでエプロンなんか着てるのよ」
「美味い手土産をご所望じゃと聞いたんでな。俺の特製を振る舞ってやろうと思って、準備してきたんじゃ」
坂上がニヤリと笑うと、背後のヘリから、雪之丞や他の隊員たちが次々と「物資」を運び出し始めた。
大量の米(地球産)、じゃがいも、玉ねぎ、ニンジン、そして業務用の巨大なカレールーのブロック。さらに、ポータブルの野外炊具まで。
「な、なんやその物量は……! 魔法のポーチ(亜空間収納)も使わんと、鉄の箱一つでこれだけの荷物を運んできよったんか!?」
商人のニャングルが、真っ先にその「異常性」に気がついた。
マントルシア大陸において、これほどの物資を短時間で輸送するには、高価な魔法ポーチか、ロックバイソン数頭立ての馬車を何日も走らせるしかない。
だが、目の前の「日本」という国は、それを空から、たった数十分でやってのけたのだ。
「さあ、まずは腹ごしらえと行こうや。……極上の『金曜日カレー』をご馳走したる。話はそれからじゃ」
武力の頂点に立つ村長に対し、現代日本の猛将が「料理」で宣戦布告をした瞬間だった。




