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EP 4

未開の村? いや、ここは「絶対防衛線」だ

新大陸の夜は、地球のそれよりもずっと深く、濃かった。

月明かりだけが頼りの鬱蒼とした森の中を、黒装束の影が音もなく進んでいく。

陸上自衛隊・第一普通科連隊、レンジャー小隊。

坂上信長1等陸尉を筆頭とする精鋭たちは、最新鋭の暗視装置ナイトビジョンを装備し、足音一つ立てずに「ポポロ村」の境界線へと接近していた。

(……静かすぎる。警備の歩哨はおろか、熱源探知にも引っかからん)

信長は木陰に身を潜めながら、ハンドサインで部下たちに「待機」の指示を出した。

暗視装置越しの緑色の視界には、のどかな畑と、木や石で造られた素朴な家々が見える。中世ヨーロッパの農村部のような、時代遅れのインフラだ。

作戦前のブリーフィングでは、「未知の超常兵器が潜んでいる可能性がある」と脅されたが、どう見てもただの平和な田舎村である。

信長は、胸元に忍ばせた『孫子』の文庫本の上から防弾ベストを叩いた。

(孫子曰く、『敵を知り己を知れば百戦危うからず』……。まずは村の長を確保し、我々の圧倒的な武装を見せて降伏を促す。無駄な血は流さん)

信長が「前進」のハンドサインを出そうと手を挙げた、その瞬間だった。

「——おや。夜分遅くに、ずいぶんと無作法なお客様ですこと」

背筋が凍るような、低く、しかし恐ろしく響くバリトンの声。

それは、信長の真上——彼らが潜んでいた大木の枝から降ってきた。

「なっ……!?」

「上だ! 構えろ!」

レンジャーたちが一斉に89式5.56mm小銃を上空に向ける。

暗視装置すら捉えられなかったその「影」は、月明かりを背にして音もなく地面に舞い降りた。

長身に、仕立ての良い漆黒の燕尾服。

だが、その頭部には、人間のものではない獣の耳。そして、背中には銀色の毛並みを持つ狼の尻尾が揺れていた。

人狼族の執事、リバロン(30歳)。

「お客様。泥靴のまま、他人の庭に踏み込むのは感心しませんね。我が村の土が汚れてしまいます」

リバロンは片手を胸に当て、もう片方の手に純白のティーカップを持ったまま、完璧な角度で一礼した。

一滴の紅茶すらこぼれていない。

(バカな……! ナイトビジョンに熱源反応が一切なかったぞ! どうやって我々の背後に!?)

信長は冷や汗を流しながらも、北辰一刀流で鍛え上げた闘争本能で、瞬時に小銃のセーフティを外した。

相手が化け物であろうと、こちらは近代兵器で武装したプロフェッショナルだ。

「動くな! 我々は日本国・陸上自衛隊だ! 武器を捨てて両手を挙げろ!」

信長が鋭く警告する。

しかし、リバロンは表情一つ変えず、静かにため息をついた。

「『武器』……? 執事たるもの、そのような野蛮な鉄の塊など持ち歩きません。……それが、主の敵を切り裂くのに『必要ない』からです」

次の瞬間、リバロンの眼光が鋭く細められた。

「——ヒッ!?」

信長の野生の勘が、致死の危機を告げて警報を鳴らした。

彼は無意識に、構えていた小銃を己の体から引き剥がすように手放した。

直後。

リバロンの指先から「何か」が白い線を描いて飛来した。

シュパァン!!

甲高い金属音と共に、信長の手から離れた89式小銃の「銃身」が、まるで熱いナイフでバターを切るように、斜めにスッパリと両断されたのだ。

切断された銃身の先端が、ドサリと足元の草むらに落ちる。

「……は?」

レンジャーの部下たちが、信じられないものを見たように固まる。

強化プラスチックと鋼鉄でできたアサルトライフルが、音もなく切り裂かれた。しかも、弾丸やレーザーの類ではない。

信長は、背後の大木に深々と突き刺さった「それ」を見て、絶句した。

「……名刺、だと……?」

木に突き刺さっていたのは、分厚い紙でできた一枚のビジネスカードだった。

だが、そのカードの表面には、信長の目にもうっすらと視認できるほどの「オーラ(闘気)」が、ゆらゆらと陽炎のように立ち昇っていた。

闘気を極限まで圧縮し、紙の縁を名刀以上の切れ味の「刃」に変える、リバロンの絶技『闘気名刺』。

「少し、殺気が強すぎましたかね。お怪我がなくて何よりです」

リバロンはティーカップを優雅に傾けながら、ニコリと微笑んだ。

「……化け物が。お前、何者だ」

信長は腰のタクティカルナイフを抜き放ち、ギリッと歯を食いしばった。もし先程の反応が遅れていれば、小銃ごと自分の首が落ちていた。

現代兵器による「絶対的優位」という幻想が、たった一枚の紙切れによって粉砕された瞬間だった。

リバロンは胸元から新しい名刺を取り出し、今度はゆっくりと、手裏剣のように信長の足元へ投げてよこした。

「申し遅れました。私はこのポポロ村で宰相兼執事を務めております、リバロンと申します。ルナミス帝国執事検定1級を所持しておりますので、お茶の淹れ方には少々自信がございますよ」

リバロンは姿勢を正し、底冷えのする笑みを浮かべた。

「さて、日本の皆様。我が村長がお待ちです。……これ以上、無粋な真似をなさらないのであれば、ご案内いたしましょう。もし抵抗なさるというのであれば——」

リバロンの全身から、先程までの比ではない、周囲の空気がビリビリと震えるほどの巨大な闘気が立ち昇った。

獣人族ナンバーワンと謳われる、爆発的な殺意。

「——皆様の首を、このネクタイで刎ね飛ばさねばなりません」

絶対的な力関係を前に、信長は静かにナイフを下ろすしかなかった。

彼らは理解したのだ。未開の村を制圧しに来たのではない。自分たちは、恐るべきバケモノの巣に「足を踏み入れてしまった」のだということを。

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