EP 3
日本の独占宣言と、最初の駒
「——以上が、我が国の公式見解である。新大陸は日本の排他的経済水域(EEZ)内に位置しており、国際法に則り、日本国政府が本大陸に関する第一の交渉権を有する」
翌朝、全世界に向けた緊急記者会見。
フラッシュの嵐と、外国人記者の怒号が飛び交う中、内閣官房長官の横に立つ若林幹事長は、まるで能面のような無表情で言い放った。
「馬鹿な! あの大陸はオーストラリア級だぞ! EEZの枠に収まるわけがない!」
「国連を無視した暴挙だ! 中国政府は断固として……!」
騒ぎ立てる記者たちを、若林は冷ややかな一瞥で制した。
「国連じゃと? では聞くが、あんたらの国はあの『光るライオン(ガオガオン)』と戦争する覚悟があるんか? アメリカの無人機がどうなったか、世界中が知っとるじゃろうが」
その一言に、記者の群れが押し黙る。
「未知の超兵器を擁する大陸に対し、下手に軍隊を送り込めば地球全体が報復の火の海になる。……故に、平和憲法を持つ我が国が、もっとも『安全な窓口』として平和的交渉にあたる。文句があるなら、あのライオンに直接ミサイルでも撃ち込んでみい」
正論という名の、最強の屁理屈。
若林は「ガオガオンの恐怖」を逆手に取り、他国の軍事介入を縛る盾として利用したのだ。
会見台を降りた若林は、控室に入った途端にネクタイを緩め、ニヤリと老狸の笑みを浮かべた。
「……よし。これで中露の動きは半月は遅れる。フォークナー(米軍)には裏で利権の分配を匂わせてある。シン、準備はええな?」
若林が懐の魔導通信石……ではなく、暗号化されたスマートフォンに向かって呟くと、ノイズの向こうから坂上の声が響いた。
『上々です。たった今、ウチの“特攻隊”が揃いましたけえ』
海上自衛隊・護衛艦『いずも』艦上。
海風が吹き荒れる甲板に降り立った輸送ヘリから、二人の若者が姿を現した。
一人は、はち切れんばかりの筋肉を迷彩服に包んだ巨漢。陸上自衛隊・第一普通科連隊所属のレンジャー、坂上信長(25歳)。
もう一人は、真っ白な肌に寝癖をつけたまま、気怠そうにあくびをしている美男子。航空自衛隊のF-35Bパイロット、平上雪之丞(30歳)。
「あー、最悪だ。昨日の夜、六本木でやっといい感じのねーちゃん捕まえたのに……。信長ぁ、お前が『明日朝イチで召集だ』なんて空気読まねえ電話してくるからフラれたじゃねえか。慰謝料として一万円貸せ」
「ふざけるな雪之丞。俺はお前が借金取りから逃げる手伝いをしただけだ。それに……」
信長は、目の前にそびえる艦橋を見上げ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……親父に呼ばれたんだ。ヘタを打てば、甲板で『北辰一刀流の稽古』という名の公開処刑が始まる」
「うげっ、あの鬼提督か。俺、腹痛いから医務室行っていい?」
逃げ出そうとする雪之丞の首根っこを信長が掴み、二人は艦の最深部、CIC(戦闘指揮所)へと引きずり込まれた。
「遅いぞ、貴様ら」
CICの薄暗いモニターの光に照らされ、坂上真一提督が腕を組んで立っていた。
信長はビクッと直立不動になり、雪之丞は適当に敬礼を誤魔化す。
「親父……いや、司令官。我々を呼んだ理由は?」
「単刀直入に言う。お前たちに、あの新大陸の土を踏んでもらう」
坂上がアゴでしゃくると、メインモニターの前にラフなパーカー姿の女性が座っていた。
特A級AIエンジニア、早乙女蘭(25歳)。彼女は口にくわえていた棒付きキャンディを外し、キーボードを叩く。
「はいはーい、注目。ウチのかわいい戦術AIちゃんが解析した、新大陸の地政学マップだよ。……控えめに言って、超絶ヤバいね」
モニターに、大陸の勢力図が色分けされて表示される。
「大陸の北方は『魔族』のアバロン皇国。東はエルフ、西は『獣人族』のレオンハート王国。そして中央は『人間』のルナミス帝国。……この三つの超大国が、それぞれ地球の核兵器レベルの軍事力と『魔法』を持って睨み合ってる」
「魔法……マジかよ。ゲームの世界じゃねえか」と雪之丞が呆れたように言う。
「で、ここからが本題」
蘭はキャンディで画面の一点を指した。三国が接する国境線の中心。奇跡的に空白となっている、わずか500ヘクタールほどの極小の領域。
「この『ポポロ村』って場所だけ、どの国の魔力波長も干渉してないの。完全に不可侵の緩衝地帯になってる。……つまり、私たちが軍隊を刺激せずにこっそり上陸できる、唯一の『玄関口』ってわけ」
坂上が重々しく口を開く。
「信長。お前はレンジャー部隊を率いて、夜闇に紛れてこの『ポポロ村』へ潜入しろ。現地の長と接触し、交渉のテーブルに着かせるんじゃ」
「……交渉、ですか? 相手が好戦的だった場合は?」
信長の問いに、坂上は冷酷に目を細めた。
「その時は、雪之丞。お前がF-35Bで上空で待機し、『現代兵器の恐ろしさ』をちょっとだけ見せつけてやれ」
「えーっ。俺、めんどくさい空戦とかしたくないんですけど。適当に威嚇射撃して帰ってきていいすか?」
「及第点の仕事で構わん。だが落とされたら、お前の借金を親兄弟に請求するぞ」
「……了解! 死ぬ気で飛びます!」
坂上は二人の顔を見据え、言い渡した。
「これは侵略ではない。日本が生き残るための『出島』を作る、極秘のビジネスじゃ。……行け、若造ども。未知の世界を、その目で確かめてこい」
かくして、魔法と闘気が支配する世界へ、日本の筋肉と天才的怠け者が放たれた。
だが彼らはまだ知らない。その小さな「ポポロ村」に、三国すら手を出せない“規格外の化け物たち”が潜んでいることを。




