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第四章【太陽の暗殺者と、月光の反逆】

月明かりの条約(トップ会談開幕)

国境地帯に設けられた巨大な中立テント。

その内部は、異世界における歴史的な転換点にふさわしい、静寂と異様なまでの緊張感に包まれていた。

マホガニー材の長テーブルの上座。

特注のスリーピース・スーツに身を包んだ獅子王アーサー——『レオンハート・ホールディングス』CEOは、組んだ両手の上に顎を乗せ、黄金の瞳で対面の人間たちを静かに見据えていた。

その背後には、同じくスーツ姿のサイラス専務が、冷徹な目でタブレットを操作している。

対する下座。

中央に座るのは、大きすぎるスーツを着た『株式会社ポポロ・コミュニティ』のキャルル社長。

その右に、CFOの力武義正。左には、警備統括部長の坂上信長。

そして、キャルルのさらに隣——日本国政府(筆頭株主)の全権代表として着席しているのが、日野輝夜であった。

「……よくぞ来た、日本国の代表よ」

アーサー王の低く、地鳴りのような声がテントを震わせた。

武具など一切身につけていない。だが、その言葉一つに宿る『覇王の質量』は、並の人間であれば即座に失神するほどのプレッシャーだった。

現にキャルルはウサギの耳をペタンと伏せて震え、信長は無意識にテーブルの下で拳を握りしめている。

だが、日野輝夜は。

澄み切った秋の夜空のように、全く揺らぐことなく、アーサー王の黄金の瞳を真っ直ぐに見つめ返していた。

「お招きいただき、光栄です。アーサーCEO。……本日は、大日本帝国とレオンハート・ホールディングスの『未来』について、有意義な合意形成を図れればと存じます」

その堂々たる振る舞いに、アーサーは僅かに口角を上げた。

「未来、か。……ならば単刀直入に聞こう。貴国(日本)は、我が国から何をどれだけ『奪う』つもりだ?」

アーサーの問いは、極めて鋭利だった。

サイラスが、横から冷淡に補足する。

「我々は資本主義のルールを学んだ。大国が小国(我々)に提携を持ちかける時、その本質は『合法的搾取』に他ならない。……我々の持つ無尽蔵の魔石資源を安値で買い叩き、貴国の工業製品を高値で売りつける。そうして我が国の富を根こそぎ吸い上げるのが、貴国を裏で操る『タヌキ(若林幹事長)』の狙いだろう?」

完全に図星だった。

若林の描く「太陽の覇道」は、まさにその搾取のシステム(植民地化)を完成させることにあった。

力武が、冷や汗を流しながら輝夜の横顔を見る。

だが、輝夜は静かに首を横に振った。

「いいえ。私が本日お持ちした『合弁事業の提案書』は、そのような非生産的なものではありません」

輝夜は、手元から分厚いファイルを取り出し、テーブルの上を滑らせてアーサーの前に差し出した。

「私が提案するのは、魔石の『原石』の安値取引ではありません。……我が国の最新の工作機械とインフラ技術をレオンハート王国に無償で提供し、貴国に『魔石加工プラント』を共同で建設することです」

「……何?」

アーサーの眉がピクリと動いた。サイラスも、目を丸くして提案書を覗き込む。

「魔石は、加工度を上げることで価値が数十倍に跳ね上がります。……我々は、その高付加価値化された『精製魔石』を適正価格で買い取ります。そして、プラントから得た莫大な利益は、50対50の対等な比率で分配します」

輝夜の言葉に、テントの空気が一変した。

それは、大国が一方的に搾取する「植民地モデル」を完全に否定するものだった。

「……馬鹿な」

サイラスが、信じられないというように鼻で笑った。

「そんなことをすれば、貴国の『総取り(独占的利益)』が減るだけではないか。自ら技術を提供し、我々を豊かにするなど……資本主義における『利益の最大化』のロジックから完全に逸脱している。偽善の罠か?」

「偽善ではありません。極めて合理的な『長期投資』です」

輝夜の代わりに答えたのは、飴玉をガリッと噛み砕いた力武義正だった。

彼はノートパソコンを立ち上げ、複雑なグラフをモニターに表示した。

「いいか、鳥のオッサン。俺が商社マンとして一番嫌いなのは『焼き畑農業』なんだよ。……一国から資源をむしり取って貧困に突き落とせば、一時的な利益は莫大だ。だが、50年後、100年後はどうなる? 国が荒廃すりゃ、誰も俺たちの商品を『買ってくれなくなる』んだよ」

力武は、ファンドマネージャーとしての凶悪な、しかし理にかなった笑みを浮かべた。

「アンタの国が豊かになりゃ、アンタの国の7000万人が『日本の高級家電』や『エンタメ』をバンバン買ってくれるようになる。……俺たちは、アンタたちから搾取するんじゃない。俺たちの最強の『上顧客(お得意様)』に育てるための、先行投資をしてるんだ」

力武の「資本の論理」による援護射撃。

それは、輝夜の「共生の理想」を、血も涙もないビジネスの世界で成立させるための『完璧な算盤』だった。

「……なるほど」

アーサーは、手元の提案書をじっと見つめ、深く、満足げに喉の奥を鳴らした。

「目先の利益(太陽)ではなく、共に栄え、互いの重力で依存し合う『月』のシステムか。……我が『歴史の理』から見ても、極めて美しく、強靭な生存戦略だ」

獅子王は、提案書を閉じ、真っ直ぐに輝夜を見据えた。

「素晴らしい提案だ、日本の代表よ。……だが」

ドンッ!! と。

アーサーがテーブルに拳を振り下ろした。その一撃で、分厚いマホガニーの机にヒビが走る。

「美しい理想は、それだけでは絵に描いた餅に過ぎん。……貴女のその『月光』は、この人間社会と獣の社会が抱える『底知れぬ悪意(暗闇)』の前でも、決して折れぬという覚悟があるのか?」

アーサーの瞳に、再び「王の試練」の光が宿る。

「もし、貴女のその理想を内側から食い破ろうとする『闇』が現れた時……貴女はどう立ち向かうのか。私は、その覚悟を見るまでは、この契約書にはサインせんぞ」

王の言葉は、まるでこれから起こる「最悪の事態」を予見しているかのようだった。

事実、この歴史的なトップ会談が行われているテントから遠く離れた、東京・霞が関の暗闇の中で。

若林幹事長の傍らに立つ一人の男——漆黒の万年筆を手にした『非暴力の処刑人(赤山天人)』が、静かに、そして無慈悲に、ポポロ・コミュニティを社会的に抹殺するためのプログラムを起動しようとしていた。

輝夜の「月明かりの条約」は、早くも最大の試練に直面しようとしていた。

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