EP 13
白馬の騎士はペンライトを振る
「……状況は最悪だ。控えめに言って、首の皮一枚でぶら下がってる状態だな」
株式会社ポポロ・コミュニティ社長室。
CFOの力武義正は、ノートパソコンの画面に表示された円グラフを睨みつけながら、苛立たしげにネクタイを引っ張った。
モニターの向こう側、東京・霞が関からは、内閣府の日野輝夜が極秘回線で繋がっている。
『……サイラス専務の動きは迅速でした。彼らはすでに、特区に出入りする商人ギルドたちが持つ【浮動株(約20%)】に対し、現在の市場価格の5倍という破格の現金を提示して、買い取りを進めています』
輝夜の静かな声が、スピーカーから響く。
「ルナミス帝国の開発銀行が持ってる株(約31%)と合わせれば、見事に過半数(51%)超えか。……カネの出処は?」
『レオンハート王国の魔石鉱山の【採掘権】を担保にした、大陸裏社会からの莫大な借り入れ(レバレッジ)です。……アーサー王は、国庫を空にしてでもこの会社を乗っ取る気です』
輝夜の報告を聞き、信長が頭を抱えた。
「おいおい……5倍の値段で買い取ってくれるなら、商人どもは喜んで株を手放すに決まってるだろ! 俺たちの負けじゃねえか!」
「だから『敵対的買収(TOB)』って言うんだよ、筋肉バカ」
力武は、新しいハードキャンディを口に放り込み、ガリガリと噛み砕きながらモニターを睨んだ。
「防衛策として新株を大量発行して、奴らの持ち株比率を下げる手もあるが……それをやれば会社の価値そのものが暴落する。輝夜さん、日本政府(筆頭株主)からの追加融資で、ウチも商人たちから株を買い戻せないか?」
『無理です。若林幹事長は「ビジネスは自力で切り抜けろ」と、追加の予算承認を完全にストップしています。……幹事長は、私たちがこのカネの暴力(太陽)にどう対抗するのか、見物するおつもりのようです』
「あのクソタヌキ親父……! 肝心な時に財布の紐を締めやがって!」
力武が机を蹴り飛ばす。
社長のデスクに座るキャルルは、難しすぎる専門用語の応酬に目を回し、完全に知恵熱を出して突っ伏していた。
「……じゃあ、もうダメなの? この村、ライオンのおじ様たちに乗っ取られちゃうの……?」
キャルルが、涙声でポツリとこぼす。
「……諦めるな、大家さん」
力武は、スーツのポケットに手を突っ込み、獰猛な『ファンドマネージャー』の笑みを浮かべた。
「敵がカネの暴力で殴ってくるなら、こっちは『もっとヤバいカネの暴力』で殴り返せばいい。……敵対的買収を防ぐための、資本主義における最強の魔法を教えてやる」
力武はキーボードを叩き、通信の回線をもう一つ追加した。
「輝夜さん、ルナミス帝国との通信は切らないでくれ。……今から、この次元で一番カネを持ってて、一番『頭のネジが飛んでる投資家』を【ホワイトナイト(友好的買収者)】として召喚する」
ピィィッ、と。
モニターの画面が分割され、アバロン皇国の通信波長が繋がった。
『……ちょっと、何よ急に。今、月人きゅんの過去のライブDVDの、マルチアングル映像(推しカメラ)を同時再生してるとこなんだけど』
画面に映し出されたのは、首にタオルを巻き、特製ペンライトを両手に握りしめた絶対魔王・ラスティアだった。背後にはルーベンス軍師が、胃薬を片手に死んだような目をしている。
「休日のところ申し訳ねえ、魔王サマ。株式会社ポポロ・コミュニティCFOの力武だ。アンタに『極上の投資話』を持ってきてやったぜ」
力武が、胡散臭い営業スマイルを全開にする。
『投資? 興味ないわ。私の個人資産(国庫)は全て、月人きゅんのグッズと遠征費のためにあるのよ。切れ』
「レオンハート獣人王国が、ウチの会社を乗っ取ろうとしてる」
力武は、早口で畳み掛けた。
「奴らが会社の過半数を握れば、経営方針は全てライオンのオッサン(アーサー)が決めることになる。……奴らの『血の掟』じゃ、アイドルだの娯楽だのは軟弱な文化として排斥される。当然、ポポロ特区を経由している日本からの【朝倉月人の限定グッズ】や【エビマヨおにぎり】の空輸ラインは、完全に『差し止め』になるぜ」
ピタリ、と。
画面の向こうの魔王の動きが止まった。
『…………は?』
魔王の瞳から、スウッと光が消えた。
同時に、モニター越しにすら伝わってくる、次元を歪めるほどの圧倒的な殺意。
「な、なんだこのプレッシャーは……!」
信長が後ずさる。
『……あの、毛玉の野蛮人どもが。……私の、月人きゅんとの尊い繋がり(供給ライン)を、絶つと言うの……?』
ラスティアの背後で、魔力がドス黒いオーラとなって渦を巻き始めた。
『ルーベンス!! 今すぐ次元ゲートを開きなさい!! レオンハート王都のど真ん中に、特大の重力崩壊を叩き込んで更地にしてやるわ!!』
『へ、陛下ぁぁぁッ! おやめください! 国際問題になります!!』
画面の向こうで、ルーベンスが必死に魔王の腰にすがりつく。
「魔王サマ、暴力はルール違反だ」
力武は、ニヤリと笑ってモニターを指差した。
「だが、『カネ』で奴らを殴るなら合法だ。……アンタの持つ個人資産ファンドで、レオンハートより高い価格で、商人たちの浮動株を買い占めてくれ。そうすれば、グッズの輸入ラインは永遠に守られる」
『……分かったわ。ルーベンス! 今すぐ国庫の底をさらいなさい! 足りなければルナミスから引っ張ってきなさい! アバロンの全国家予算を突っ込んで、あの毛玉どもを札束で往復ビンタしてやるのよ!!』
プツンッ。通信が切れた。
「……よし。これで、資金力では五分だ。最悪でも敵の過半数取得は防げる」
力武がホッと息を吐き、コーヒーを煽る。
『限界オタクの推し活への執念』を煽り、国家予算を引き出す。これぞ力武の真骨頂である。
だが。
『……力武さん。それだけでは、根本的な解決にはなりません』
モニターの向こうから、輝夜が静かに指摘した。
「どういう意味だ、輝夜さん。ホワイトナイトが株を買い占めりゃ、防衛成功だろうが」
『いいえ。サイラス専務は、カネの力だけで買収を仕掛けているわけではありません。……彼らは、村の商人たちの「心」を揺さぶっているのです』
輝夜は、手元のタブレットから、特区内の監視カメラの映像をモニターに転送した。
広場では、スーツ姿のサイラスが、商人ギルドの代表たちに囲まれ、流暢な演説を打っていた。
『商人諸君! 日本という巨大資本の言いなりになり、細々と利益を啜る生活で満足か! 我々レオンハートの傘下に入れば、王国の持つ広大な魔石鉱山の取引権を君たちに優先的に与えよう! 君たち自身の力で、大陸の経済を回すのだ!』
その言葉に、商人たちの心がグラグラと揺れ動いているのが、画面越しにも痛いほど伝わってきた。
単なる「高値での買い取り(5倍の現金)」だけでなく、「未来の利権」と「自立のプライド」を刺激する、極めて高度な【委任状争奪戦】。
『カネの殴り合い(太陽の戦い)では、いつか必ず破綻します。……相手が論理と利益で心を奪いに来ているなら、私たちも、「ポポロ・コミュニティという会社の真の価値」を、株主(村民)たちに直接訴えかけなければなりません』
輝夜は、モニター越しに、デスクに突っ伏しているキャルルを真っ直ぐに見つめた。
『……キャルル社長。貴女の出番です』
「え……? わ、私……?」
キャルルが、ビクッと顔を上げる。
『はい。彼らは、サイラスの言葉と、力武さんのカネの間で迷っています。……最後に行き先を決めるのは、トップである貴女の【言葉】です』
輝夜の声は、夜道を照らす月光のように、静かで、しかし確かな熱を帯びていた。
『貴女はなぜ、自分の血を吐いてでもこの村を守ろうとしたのですか? なぜ、彼らにご飯を食べさせたのですか? ……その「無償の愛」を、今度は経営者として、彼らにぶつけてください』
キャルルは、震える手でデスクの上の『代表取締役印』を握りしめた。
そして、傍らに置いてあった、大きすぎるダボダボの「社長用スーツのジャケット」を羽織り、ギュッと前を合わせた。
「……分かったわ。大家として……ううん、社長として、店子たちにガツンと言ってやる!」
キャルルが、力強い足取りで社長室を飛び出していく。
「……おいおい、正気かよ。あのド素人の演説で、サイラスの完璧なプレゼンをひっくり返せるのか?」
力武が頭を掻きむしる。
「……見せてみろ、大家」
信長は、ナイフを置いて、キャルルの背中を真っ直ぐに見つめた。
「俺たちが命を懸けて守った『月の世界』のトップが、どれだけいい女か……獣どもに教えてやれ!」
ポポロ特区の広場。
論理と欲望が渦巻く株主総会の会場へ、一人の小さなウサギの新米社長が、資本主義のバケモノたちに単身で挑み込もうとしていた。




