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EP 7

焦土の誇りと、霞が関の暗闘

「自国の穀倉地帯を、王自らが焼き払った……だと?」

ポポロ特区の広場。

力武義正は、口元に残っていた飴の欠片をペッと吐き捨て、血走った目で上空のサイラスを睨みつけた。

「いかにも。王は君の『先物買い占め(経済の首輪)』を察知し、即座に焦土作戦を決断された」

サイラスは白銀の翼を優雅に羽ばたかせながら、冷酷に笑う。

「『人間の札束に屈して生き長らえるくらいなら、泥を啜ってでも誇り高く死ね』。……それが、我がレオンハートの王の意志であり、7000万人の獣人の総意だ。君たちの資本主義など、我らの誇りの前では紙屑に過ぎない」

その言葉を聞いた瞬間。

『ウオォォォォォォォォッ!!!』

ハガルをはじめとする五千の獣人兵たちが、一斉に涙を流し、天に向かって狂おしいほどの咆哮を上げた。

「アーサー王、万歳!!」「我らが命、王の誇りと共に!!」

飢死すら厭わぬ、純度100%の狂信。

自らの命すら「損得勘定」の天秤に乗せない彼らには、脅迫も、買収も、一切の交渉が成り立たない。

(……最悪だ。こいつら、全員『自爆テロリスト』と同じメンタルじゃねえか)

力武は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

経済ロジックで殴り合える相手なら、彼に負けはない。だが、盤面ボードそのものをひっくり返して火を放つような野蛮人相手では、算盤が弾けない。

「さあ、商人くん。我々は急ぐ必要がなくなった」

サイラスが、眼下の特区をぐるりと見渡す。

「これより、ポポロ特区を完全に包囲・封鎖する。……水も食料も、一切の出入りを禁ずる! 我々は誇りを胸に飢えを凌ぐが……甘い汁を吸ってきた君たち人間が、いつまで飢えと渇きに耐えられるかな?」

サイラスの号令で、五千の兵が特区の周囲を何重にも取り囲み始めた。

武力による強襲から、最も残酷な『兵糧攻め』への移行。

「力武! どうする! このままじゃ村の連中が……!」

血を流すキャルルを抱き抱えた信長が叫ぶ。

だが、力武は俯いたまま、フツフツと肩を震わせていた。

「……ククッ。……アハハハハッ!!」

絶望的な状況の中、力武は腹の底から悪魔のように笑い出した。

「兵糧攻め? 経済封鎖? ……おいおい、鳥のオッサン。俺を誰だと思ってんだ?」

力武は、乱れたネクタイを乱暴に引き結び、サイラスを真っ直ぐに指差した。

「そんなモン、俺が商社の新人研修で嫌ってほどやらされた『基本中の基本(古典)』だぜ。……物理的な補給線を絶たれたくらいで、俺の『最強の裏方ロジスティクス』が止まると思ってんのか!!」

同時刻。地球、東京・総理官邸。

「——どういうことじゃ、輝夜。説明してもらおうか」

若林幸隆幹事長のドス黒い声が、地下会議室の空気を氷のように凍てつかせた。

彼の目の前のデスクには、防衛省から上がってきた『緊急報告書』が叩きつけられている。

「ワシが特区へ送るよう手配した『追加の武器弾薬』の決裁書類が、なぜか旧法の書式で処理され、法制局で差し止められとる。……おかげで、補給の到着は一週間遅れじゃ」

若林は、ゆっくりとタバコに火をつけ、部屋の隅に立つ日野輝夜を凄まじい眼力で睨みつけた。

「……それだけではない。お前、ワシの目を盗んで、内閣府の『大規模災害・緊急人道支援予算』の枠を勝手に引き出し、ポポロ特区を【被災地】として認定しよったな?」

「はい。その通りです、幹事長」

輝夜は、微塵も怯むことなく、透き通るような声で答えた。

「法的には何の問題もありません。特区は現在、武力衝突の危機に瀕しており、一般市民の生命が脅かされています。人道支援物資の緊急空輸は、内閣府の正当な権限です」

「屁理屈を抜かすなッ!!」

ドンッ!! と、若林が机を叩く。

「ワシは獣人どもに『武器』を送って内乱を起こさせ、国益をむしり取るつもりじゃった! それをお前は、武器を止め、あろうことか敵味方問わず助けるための『メシと薬』を大量に送りよった! これが国に対する反逆でなくて何じゃ!!」

若林から放たれる、国を背負う怪物としての覇気。

並の官僚なら、その場にへたり込んで失禁しているほどのプレッシャーだ。

だが、輝夜は、長野の山奥で育った大木のように、静かに、凛と立ち尽くしていた。

「……反逆ではありません。これは、この国の『未来』のための投資です」

「未来じゃと?」

「ええ。幹事長。貴方のやり方(太陽)で全てを焼き尽くし、他国を地獄に落として得た富で……果たして、この国の子供たちは胸を張って生きられるでしょうか」

輝夜は、かつて自分が愛読した『論語』の一節を、静かに、祈るように紡いだ。

「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ。……私は、自分の故郷が消えていくのを見ました。だからこそ、他人の故郷(村)を燃やして笑うような真似は、絶対に許せないんです」

輝夜は真っ直ぐに若林の目を見つめ返した。

「若林先生。貴方が『国益』のために太陽になるというのなら、私は何度でも『月』になって、貴方が生み出す暗闇を照らし、彼らを助けます。……私のクビを切るなら、法的な手続きに則って、どうぞお好きに」

「…………ッ!!」

若林は、奥歯をギリッと噛み締めた。

論破できない。彼女のやっていることは、手続き上は完全に「合法ホワイト」なのだ。法の穴と官僚機構のシステムを知り尽くした、完璧な官僚的柔術ハッキング

「……カッカッカ!! アーッハッハッハッ!!」

不意に、若林は天を仰いで大爆笑した。

「面白い! 面白いぞ、輝夜!! ワシの足元で、ただ大人しく書類にハンコを捺すだけの小娘かと思えば、とんだ『食わせ物(月)』じゃったわ!!」

若林は、最恐の敵を見つけた猛獣のような笑みを浮かべた。

「ええじゃろう。お前のその綺麗事で、狂った獣どもが止められるか、見せてもらおうじゃないか。……じゃが、太陽は沈まんぞ。ワシの覇道は、必ずお前たちの理想を焼き尽くす!」

霞が関の暗闘。

「太陽(覇道)」と「月(共生)」の、決して相容れないイデオロギーの激突が、本格的に火花を散らした瞬間だった。

そして、再びポポロ特区。

「……上空に熱源反応! なんだあれは! 鳥か!?」

包囲網を敷いていた獣人兵たちが、空を指差してざわめく。

サイラスが上空を見上げると、そこには巨大な輸送用ドローンと、偽装された数機の輸送機が、ポポロ特区の真上を旋回していた。

それは、武器でも弾薬でもない。

バサササササッ!!

上空から、無数のパラシュート付きコンテナが、特区の広場へ向けて大量に投下された。

「な、なんだ!? 爆弾か!?」

獣人兵たちが警戒して身構える。

ズシンッ! と着地したコンテナが自動で開き……中から飛び出してきたのは、日本の最新の保存技術と、最高の調理科学が結集した『救援物資』だった。

特殊な発熱剤でホカホカに温められた『特製・和牛ハンバーグ弁当』。

湯気を立てる『豚汁』の炊き出しセット。

そして、キンキンに冷えた『天然水』と、甘い『苺ミルク飴』の山。

「……な、なんだこの、暴力的なまでに芳醇な匂いは……ッ!?」

ハガルが、思わず鼻をヒクつかせる。

自国の穀物を燃やし、極限の飢えと渇きに耐えようとしていた五千の獣人兵たちの胃袋に、現代日本の『グルメ(兵站)』の匂いが容赦なく直撃したのだ。

「……さあ、パーティーの始まりだぜ」

力武義正は、温かいハンバーグ弁当を一つ手に取り、フタを開けてサイラスに向かってニヤリと笑った。

「食糧を燃やして誇りを守る? 上等だ。……だったら俺たちは、この特区を『世界一美味い炊き出し会場』にしてやるよ」

力武は、狂気的な算盤弾きの顔で宣言した。

「敵だろうが味方だろうが関係ねえ! 武器を置いた奴から順番に、この温かいメシと水をタダ(無料)で食わせてやる! ……さあ、鳥のオッサン! アンタたちの『誇り』は、目の前で美味そうにハンバーグを食ってる自国の兵士の【空腹】に、いつまで耐えられるかな!!」

究極の経済封鎖(兵糧攻め)に対する、究極のカウンター。

それは、輝夜が送った人道支援物資を使った、前代未聞の【飯テロ(ダンピング)防衛戦】であった。

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