EP 6
超電光流星脚と、裸のフィクサー
ジジッ……バチィィッ!!
ポポロ特区の広場が、紫色の閃光に染まった。
キャルルの足元、特注の靴に埋め込まれた『雷竜石』が、主の激しい感情と魔力に呼応して限界突破の咆哮を上げている。
「姫ッ! おやめください! その傷で放てば、貴女自身の体が……!」
ハガルが叫ぶが、キャルルのウサギの耳はピンと立ち、その赤い瞳は揺るぎない決意に満ちていた。
「ハガル。アンタたち獣人は、国と掟のために命をかけるんでしょ」
キャルルは、クラウチングスタートの姿勢を深く沈み込ませた。
「だったら、私は! この村のみんなと、美味しいカレーを食べるために命をかけるわ!!」
ドンッッッ!!
キャルルの体が、広場の石畳を粉砕して「消失」した。
直後、空気を切り裂く強烈な衝撃波が遅れて発生し、周囲のテントやプレハブの窓ガラスが一斉に吹き飛ぶ。
「なっ……!? 速……!」
ハガルの動体視力すら置き去りにする、音速(マッハ1)の踏み込み。
空中で一回転したキャルルの体は、一億ボルトの紫電と、彼女自身の無尽蔵の闘気を纏った「巨大な雷の流星」と化していた。
「——『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』!!」
ドッゴォォォォォォンッ!!!
推力277トン、3万ジュールを超える圧倒的な運動エネルギーが、ハガル率いる獣人兵の最前列に直撃した。
それはもはや武術ではなく、局地的な『自然災害』だった。
「グアァァァァッ!?」
堅牢な黒鋼の鎧ごと、数十人の獣人兵がボーリングのピンのように空高く吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドして沈黙する。
「ひ、姫ぇぇぇッ!!」
ハガルは大剣を盾にして辛うじて直撃を免れたが、その余波だけで全身の骨が軋み、膝をついた。
土煙が晴れた広場の中心には、直径数メートルの巨大なクレーターが穿たれていた。
その底で、キャルルは荒い息を吐きながら立ち上がろうとし……。
「ガハッ……!」
大量の血を吐き、その場に崩れ落ちた。
背中の矢傷が開いただけでなく、限界を超えた技の反動が彼女の小さな体を完全に破壊しかけていたのだ。
「キャルル!!」
信長が駆け寄り、彼女の体を抱き起こす。
「……のぶ、なが……。あいつら、死んで、ないわよね……?」
「ああ。鎧は粉々だが、全員息はある。……手加減したな、お前」
「当たり前でしょ……。みんな、全回復、させて……ヤキ入れて、帰すんだから……」
キャルルは震える手で『陽薬草』を取り出し、自身ではなく、吹き飛ばされて呻いている獣人兵たちに向けて、最後の魔力を振り絞ろうとした。
「やめろ! お前が死ぬぞ!!」
信長が必死に止めるが、キャルルの『無償の愛(自己犠牲)』は理屈では止まらない。
だが、その時だった。
「——そこまでだ、大家さん。それ以上の非効率な無駄遣い(赤字)は、俺が許さねえ」
コツン、コツン。
土煙の向こうから、革靴の足音を響かせて一人の男が歩み出てきた。
武器も防具も持たない、ヨレヨレのスーツ姿。口にキャンディの棒を咥えたフリーのフィクサー、力武義正だ。
「力武!? お前、司令室にいろって……!」
「自衛隊(お迎え)が来ねえんだよ。……東京のクソ親父が差し向けたはずの鎮圧部隊が、なぜか『60分の遅延』を起こしてやがる」
力武は、はるか上空の夜空を見上げ、ニヤリと笑った。
「恐らく、出雲艦隊の鬼提督の『粋な手抜き』だろうぜ。……親父が俺たちに60分の時間をくれたってんなら、後方でパソコン叩いてる場合じゃねえだろ」
力武はキャルルと信長の前に立ち、長剣を杖代わりにして立ち上がったハガルと真っ向から対峙した。
「……何者だ、貴様。戦士でもない丸腰の人間が、我ら獣の前に立つか」
ハガルが、荒い息を吐きながら金色の目で力武を睨み下ろす。
力武は、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面をハガルに向けた。
「俺はただの『算盤弾き』だ。……ハガル団長。アンタら獣人の『誇り』は立派だがな、国ってのは誇りだけじゃ腹は膨れねえんだよ」
力武は、スッと冷酷な商社マンの目を細めた。
「たった今、ポポロ・ネットの金融市場で、俺が『ある取引』を完了させた。……アバロン皇国とルナミス帝国に眠る莫大な裏金(休眠口座)をハッキングして強制的に動かし、レオンハート獣人王国の【穀物先物市場】の80%を買い占めた」
「……なっ!?」
ハガルの顔色が変わる。
「さらに、ポポロ特区を経由する獣人王国への『魔石エネルギーの輸出』に、1000%の懲罰的関税をかけた。……分かるか? 今この瞬間、アンタの国は完全に【経済封鎖】されたんだよ。明日の朝にはパンの価格が百倍に跳ね上がり、物流が死に、7000万人の国民が飢える」
ハガルの背後に控える獣人兵たちが、その言葉の意味を理解し、ざわめき始めた。
「き、貴様ぁ……! 一個人の権限で、一国の経済を破壊したというのか!!」
「それが『資本主義の暴力』だ。剣や魔法よりタチが悪いだろ?」
力武は、飴の棒を吐き捨て、極めて事務的な、だが絶対的な『脅迫』を突きつけた。
「今すぐ兵を引き、キャルルの保護権をこの特区(俺たち)に認めろ。……そうすれば、五秒で封鎖を解除してやる。だが、これ以上一歩でも大家に近づけば、アンタの国は血を流す前に、札束の重みで内部崩壊するぞ」
圧倒的な武力(キャルルの流星脚)で足を止め、
圧倒的な算盤(力武の経済封鎖)で喉首を絞め上げる。
「ぐっ……!!」
ハガルは、剣の柄を握りしめたまま、血の滲むような葛藤に引き裂かれていた。
王の命令(血の掟)に従い、国を飢えさせるか。
それとも、誇りを捨て、この得体の知れない人間の「算盤」に屈するか。
獣の王国の近衛騎士団長が、たった一人の丸腰のスーツの男を前に、完全に動きを封じられた瞬間だった。
だが、この「完璧な防衛線」を破る最後のイレギュラーは、東京からでも、ハガルの剣からでもなく——はるか西方の空からやってきた。
『——見事な盤面だ、人間の商人よ』
バッサァァァッ!! と。
夜空を覆い隠すほどの巨大な翼の羽ばたきと共に、特区の広場に強烈な突風が吹き荒れた。
上空から舞い降りたのは、洗練された白銀の軍服に身を包んだ、鳥の獣人。
レオンハート王国の頭脳にして、最も狡猾な内務官・サイラスであった。
「……サイラス内務官殿! なぜ貴方が前線に!」
ハガルが驚愕する。
サイラスは鷹の鋭い目で力武を見据え、手にした『魔導タブレット』を弄りながら、クックッと喉の奥で笑った。
「経済封鎖のロジック、実に見事だ。……だがね、商人くん。君のその完璧な算盤には、一つだけ『致命的な計算ミス』がある」
サイラスは、残忍な笑みを浮かべて言い放った。
「君の買ったその『穀物先物』の裏付けとなる王国の巨大穀倉地帯……数時間前に、我らが獅子王・アーサー陛下が、自らの手で【全て焼き払った】のだからね」
「……は!?」
力武の顔から、初めて余裕が消し飛んだ。
「誇りを守るためならば、自国の食糧庫すら灰にする。……それが、我が王の『血の掟』だよ。さあ、紙切れ(価値ゼロ)となった先物証書を抱えて、君の算盤はどう動くのかな?」
経済の論理すらも、狂気的なまでの「誇りと自己犠牲」で焼き尽くす覇王の決断。
東京の『太陽(若林)』とは全く別のベクトルで狂っている、レオンハートの真の恐ろしさが、ついに力武たちの前に立ちはだかった。




