EP 4
俺が数字を合わせてやる
ガァァァァンッ!!
ポポロ特区の広場に、鋼と鋼が激突する重い金属音が響き渡った。
豹の獣人・ハガルが振り下ろした大剣を、坂上信長は交差させたサバイバルナイフと小太刀で見事に受け止めていた。
「……ほう。ただの人間かと思えば、我が一撃を真正面から受け止めるか」
ハガルが金色の瞳に驚きを浮かべる。獣人の腕力は人間の数倍。並の兵士なら、防ごうとした腕ごと両断されているはずだ。
「舐めるなよ。俺は甲子園で4番を打ってたんだ。……親父の狂った素振り(シゴキ)に比べりゃ、アンタの剣は素直で読みやすい!」
信長は『北辰一刀流』の絶妙な「いなし」の技術で、大剣の軌道を僅かに逸らし、そのままハガルの懐へと踏み込んだ。
だが、ナイフを突き立てる直前で、彼はピタリと刃を止め、拳でハガルの胸当てを強く殴りつけた。
ドンッ! という鈍い音と共に、ハガルが数歩後ずさる。
「……なぜ斬らん。今のは貴様の『死に体』だったはずだ」
「俺は番犬だ。だが、今日は誰も噛み殺さないと決めた」
信長はナイフを低く構え直し、静かに息を吐いた。
「命を奪えば怨鎖が残る。お前たちを殺せば、この村は二度と『平和な出島』には戻れない。……地獄は、俺たち自衛隊だけで十分だ。俺は、この村の大家と……俺のダチ(輝夜)が目指す『月の世界』を守るために、お前らを全員、不殺で叩き伏せる!」
「傲慢な。……ならば、その甘い理想ごと噛み砕くまで!」
ハガルが咆哮し、周囲の獣人兵たちが一斉に信長へ向かって飛びかかろうとした。
その瞬間。
ドドドドドドドッ!!
広場の四方に設置されていた特区の全自動機銃が火を噴き、獣人たちの足元の地面を激しく抉り、土煙で視界を奪った。
「なんだ!? 日本軍は攻撃を放棄したのではなかったのか!」
ハガルが舌打ちをする。
『——悪いな、獣のお兄さん方。そいつは日本国政府の公式な攻撃じゃない。俺の【個人的なポケットマネー】で動かしてる、民間の警備システムだ』
広場のスピーカーから、ノイズ混じりの力武義正の声が響いた。
防衛司令室。
力武は、口に残った飴玉の欠片をガリガリと噛み砕きながら、眼を血走らせて数十個のウインドウを同時に操作していた。
彼は今、ポポロ・ネットの「商業用ロジスティクス(物流網)」の裏口をこじ開け、特区のインフラを物理的に乗っ取るという、狂気のサイバーテロを実行していた。
早乙女蘭の構築したAIは、外部からの軍事的なハッキングには無敵を誇る。
だが、力武は「内部の経済システム」を知り尽くした元・商社エースだ。彼は決済システムを偽装し、軍事タレットの制御権を『民間の一時レンタル品』として強引に買い取ったのだ。
「ニャングル! 聞こえるか!」
『力武はん!? どないなっとるんや! 自衛隊が逃げよったで!』
通信機越しに、黄金の算盤を抱えて隠れているニャングルの悲鳴が聞こえる。
「俺が全部買い取る!! ゴルド商会が備蓄してる『最上級の回復ポーション』と『止血帯』、それから残ってる傭兵とドローンの制御権、全部俺のオフショア口座にツケとけ! 手数料は倍払う!」
『なっ……!? アホか! この状況でそんな莫大な投資、回収できる見込みゼロやで! 完全に不良債権や!』
「回収は後で考える!……いいから出せ!! キャルルが死んだら、この特区(市場)の価値はゼロになるんだよ!!」
力武の怒声に、通信の向こうでニャングルが一瞬沈黙し……直後、パチィン! と力強く算盤を弾く音が響いた。
『……毎度あり!! ドローンの制御権、そっちに譲渡したで!』
「よし!」
力武はエンターキーを叩き割らんばかりの勢いで押し込んだ。
司令室のモニター越しに、上空から一機の配送用ドローンが急降下し、信長と、血を流して倒れるキャルルのすぐ傍に『医療キット』のコンテナを投下した。
『信長! 止血剤とポーションだ! さっさと大家の傷口にぶち込め!』
スピーカーから力武の叫びが飛ぶ。
『俺が自動防衛で援護できるのは、弾薬の残量的にあと15分だ。……意地でも死守しろ! お前たちのその無謀で美しい『無駄』のツジツマは、俺の算盤で全部合わせてやる!!』
「……上等だ、商社マン! 恩に着る!」
信長は飛んできたコンテナを蹴り開け、中から日本の最新鋭の止血ゲルと、異世界の最高級回復ポーションを取り出した。
「お、おい……バカ番犬……」
背中に矢を受け、自身の回復魔法を使いすぎて青ざめているキャルルが、かすれた声で信長を見た。
「国が逃げたのに……なんで、アンタたちが……っ」
「喋るな。……大家が死んだら、誰が俺に美味しいカレーの作り方を教えてくれるんだよ」
信長は、不器用に、だが極めて迅速に応急処置を施していく。
「それに……俺の親父は、いつも『地獄を知れ』って言うんだ。……でもな、ある人が言ってたんだよ。月明かりの下で、みんなで酒を飲める世界にしたいってな」
信長はキャルルを庇うように立ち上がり、再びサバイバルナイフを構えた。
「俺は、その『月の世界』ってやつを見てみたいんだ。……だから、アンタには生きててもらわなきゃ困る」
キャルルは、その信長の背中を見つめ、大きく見開いた瞳から、ポロリと一粒の涙をこぼした。
「……バカ。……時給、上げてあげるわよ……」
東京、総理官邸。
「——幹事長。特区の防衛システムの一部が、何者かによって乗っ取られました。現在、獣人王国軍と交戦状態にあります!」
官僚の悲鳴のような報告に、若林幸隆はピタリとタバコを持つ手を止めた。
「何者か、じゃと? ウチのAI(蘭)の防壁を破れるハッカーなど、この地球上に存在するはずが……」
若林の視線が、部屋の隅に座る日野輝夜に向いた。
彼女は、手元のタブレットで「医療物資の決裁遅延」の処理を完璧なポーカーフェイスで進めながら、ほんの僅かに、だが確かに『月のように静かな微笑み』を浮かべていた。
「……カッカッカ」
若林は、怒るどころか、腹の底から愉快そうに笑い出した。
「面白い。……どうやらワシの足元には、太陽に噛み付く元気な『月』と『算盤弾き』が潜んでおったようじゃな」
若林の目が、最恐のラスボスとしての歓喜にギラリと光る。
永田町の妖怪と、不服従の若者たちによる、国益と理想を懸けた真の戦争が、今まさに火蓋を切った。




