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第三章 【レオンハート獣人王国編 太陽の覇道と、月の反逆】

牙の使者と、隠された血筋

その日、ポポロ特区の境界線に吹き込んだ風は、ひどく「濃い獣の匂い」を孕んでいた。

「……親父。モニターのレーダー群が、おかしな反応を示してる」

特区の防衛司令室(旧村長室の裏に増設されたプレハブ小屋)。

迷彩服姿の坂上信長は、防犯カメラの映像と熱源探知モニターを見比べながら、険しい顔でインカムを押さえた。

「魔法によるステルスでもなく、死蟲機のような飛来物でもない。ただの『歩兵』だ。……だが、数が異常だ。およそ五千。それが、一糸乱れぬ完璧な陣形で、堂々と正面から行軍してくる」

『……来おったか。ルナミスでもアバロンでもない、この大陸で最も「話が通じん」連中が』

通信機越しに、坂上提督の重い声が響く。

その時、地響きのような足音が、特区の広場まで直接届き始めた。

ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ。

広場にいた商人たちが、何事かと息を呑んで道を空ける。

現れたのは、磨き上げられた黒鋼の鎧に身を包んだ、獣の耳や尾を持つ屈強な戦士たちの軍列だった。

彼らの瞳には、恐怖も、欲望も、一切の迷いもない。ただ純粋に、国と主君のために命を捨てる覚悟を決めた「戦士の目」をしていた。

その完璧に統率された軍勢の先頭を歩く男が、ゆっくりと片手を挙げた。

ピタリ、と。五千の軍勢の足音が、寸分の狂いもなく同時に止まる。

「……見事な練度だ。米陸軍のレンジャー部隊ですら、あそこまで完璧な静と動は作れないぞ」

信長の隣で、フリーのフィクサー・力武義正が、口の中で飴玉を転がしながら冷や汗を流した。

「ああ。あれは『死ぬこと』を前提に訓練された軍隊だ。……戦術的な合理性よりも、誇りと掟を重んじている。俺の親父が言う『地獄』に、肩まで浸かっている連中だ」

信長は、腰のサバイバルナイフの柄に手をかけながら呻いた。

先頭に立つ男——レオンハート獣人王国の近衛騎士団長、ハガル。

しなやかな豹の耳と尾を持つ彼は、顔の左半分に深い傷跡を刻み、鋭い金色の双眸でポポロ特区の真新しい建物の群れを一瞥した。

「……異世界の資本とやらで、随分と奇妙な城を築いたものだな」

ハガルは低く、よく通る声で呟くと、まっすぐに特区の中心部——村長用のテントへと視線を向けた。

「レオンハート獣人王国、近衛騎士団長ハガル。……王の勅命により、迎えに参上いたしました。姿をお見せください」

広場が静まり返る中、テントの奥から、一人の少女がゆっくりと歩み出てきた。

いつものラフな格好。ポッケには苺ミルク飴。だが、その足元は普段のスニーカーではなく、戦闘用の『特注の強化靴』を履いている。

「……ハガル。アンタ、昔から真面目すぎるのよ。その堅苦しい喋り方、どうにかならないわけ?」

キャルルは、ウサギの耳を少し不機嫌そうに揺らしながら、ハガルの前に立った。

周囲の商人たちや、警備にあたっていた自衛隊員たちがざわめく。

いつもニコニコと苺ミルク飴を舐めているあの小柄な村長に対し、大陸最強の武闘派国家の軍団長が、片膝をついて深く頭を垂れたからだ。

「お戯れを。……月兎族の直系血族にして、次期・近衛騎士隊長。キャルル姫殿下。もはや猶予はありません。ただちに、祖国へご帰還願います」

「姫、殿下……!?」

商人たちが驚愕の声を上げる。

キャルルは小さくため息をつき、頭を掻いた。

「言ったでしょ。私はもう、王族の『囲い込み(血の掟)』なんてまっぴらごめんよ。近衛騎士の座も蹴ったし、今はここで、この村の『大家』として生きてるの。帰る気はないわ」

キャルルの言葉に、ハガルの金色の瞳が剣呑に細められた。

「個人の感情など、国家の存亡の前には塵芥ちりあくたに過ぎません」

ハガルは立ち上がり、腰の長剣の柄に手をかけた。

彼の発する殺気は、狂気ではない。極めて冷徹で、国のためにいかなる感情も殺し尽くした『純粋な暴力』の匂いだった。

「月兎族の『癒やしの力』は、王国軍の最大の戦略兵器。……姫殿下が外つ国で自由に生きることは、我が国の国防に対する重大な損失。そして何より、王族の誇りに対する裏切りです」

「……」

キャルルは黙って、背中のダブルトンファーの柄を握った。

「言葉で戻られぬというのなら、獅子王アーサー陛下の名において、力尽くでも連れ帰るまで。……もし、この不可思議な村の者たちが貴女を匿うというのなら」

ハガルの背後に控える五千の獣人たちが、一斉に武器を構えた。

チャキッ、と。五千の刃が擦れ合う音が、一つの巨大な「死の宣告」となって広場を包み込む。

「この村ごと、血の海に沈めるのみ」

圧倒的な数の暴力。そして、経済や交渉など一切通じない「野生と掟の論理」。

日本の関税ルール(資本主義)も、魔王の推しソフトパワーも、この男たちには何の意味も持たない。

「……やめなさい。この村の連中(日本)は、アンタたちが思ってるよりずっとタチが悪いわよ。犬死にするのはそっちだわ」

キャルルがトンファーを構え、警告する。

だが、ハガルは獰猛な豹の笑みを浮かべた。

「犬死に上等。我ら獣の戦士にとって、国と誇りのために死地に赴くことこそが至上の喜び。……全軍、姫殿下を確保せよ。邪魔する者は、全て狩れ!!」

ハガルの号令と共に、五千の獣人兵が一斉に咆哮を上げ、ポポロ特区へ向けて雪崩れ込もうとした。

「……チッ、話の通じないマッスルバカどもが! やるしかないか!!」

信長がサバイバルナイフと拳銃を抜き放ち、防衛線へ飛び出そうとする。

力武義正は、ポケットに手を入れたまま、舌打ちをした。

(最悪だ……。損得勘定が一切通じない、純粋な『誇り』だけで動く組織。俺が一番嫌いな、計算不可能なイレギュラーどもめ……!)

力武の口の中で、コロコロと飴玉が転がる。

まだ、噛み砕かない。彼は日本のバックアップ(若林の判断)を待っていた。

だが、この時、東京の永田町で冷酷な「太陽」が下そうとしていた決断は、力武の想定すらも軽く凌駕する、底知れぬほど残忍なものだった。

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