EP 12
女神のタラバガニと、次なる『獲物』
アバロン皇国との「包括的不可侵・および独占貿易条約」が締結されてから、数週間が経過した。
ポポロ特区は、かつてののどかな村の面影を完全に消し去り、異世界と地球を繋ぐ「巨大な黄金の心臓」として機能し始めていた。
「——よっしゃ! アバロン皇国の国営ギルドから、ポポロ・ネット経由で『魔石5万トン』の先物取引の注文が入ったで! 決済は全額、日本の『円』や!」
中央市場の特設テント。
黄金の算盤を弾くニャングルの声が、活気あふれる空間に響き渡った。
アバロンという大陸最強の国家が、日本の関税ルールと通信網を公式に受け入れた意味は、あまりにも大きかった。
他の小国や中立ギルドも「あの魔王が認めたシステムなら」と、雪崩を打って特区での取引を開始。結果として、日本の巨大資本とポポロ村のルールが、大陸の経済を完全に『独占』することに成功したのである。
「素晴らしい利益率です、財務長。……我が村は、一切の血を流すことなく、大陸中の富を吸い上げる『完璧なシステム』を手に入れましたね」
人狼の執事リバロンが、淹れたての紅茶をニャングルのデスクに置きながら、優雅に微笑んだ。
彼は一切手を汚していない。ルールを破ろうとする密輸業者やスパイは、全て外郭を警備する「日本の自衛隊(番犬)」が、圧倒的な火力と冷酷さで物理的に噛み砕いてくれるからだ。
「大家は微笑み、番犬が牙を剥く。……理想的な統治の完成です」
リバロンは、平和そのものといった顔で、静かに目を伏せた。
その頃。世界の次元の狭間にある「神域」。
四畳半の和室(概念)に、強烈な磯の香りと、プシュッという缶ビールの開栓音が響いていた。
「……っくぅ〜!! 昼間から飲む地球のプレミアムビールと、茹でたての『北海道産・特大タラバガニ』! マジで最高!!」
コタツに下半身を突っ込んだ芋ジャージ姿の女神・ルチアナは、カニの脚に豪快にかぶりつきながら、至福の涙を流していた。
彼女の傍らには、魔王ラスティアから次元郵便で送られてきた手紙が放り出されている。
『——ルチアナへ。アンタが作ってくれた神曲のおかげで、月人きゅんから最高のファンサを貰えたわ。お礼に、日本のワカバヤシという男から賄賂として届いたカニを半分お裾分けしてあげる。これからも良きオタ活を! ラスティアより』
「あははっ! あのバカ魔王、完全に日本の『推し活』の沼に沈んだわね」
ルチアナはカニ味噌を啜りながら、ゲラゲラと笑った。
彼女が適当に作詞作曲した『降臨!聖獣機神ガオガオン』が、まさか日本でオリコン1位を取り、あまつさえ大陸最強の軍事国家を平和条約にサインさせる「兵器」として機能するとは、創造神である彼女ですら予測できなかった。
「ま、いっか。魔族と人間が適当に牽制し合って、世界のバランスが保たれればそれで良し。……イレギュラー(日本)の介入でどうなるかと思ったけど、あいつら、武力じゃなくて『娯楽とメシ』で世界を征服する気ね。平和でよろしい!」
女神は完全に思考を放棄し、二本目の缶ビールに手を伸ばした。
世界を創りし調停者すらも、地球の「兵站」の前に、あっさりと陥落していたのである。
そして、地球。
東京・永田町の総理官邸、極秘会議室。
「——これで、大陸の三大勢力のうち、二つを抑え込んだことになります」
特A級AIエンジニアの早乙女蘭が、モニターにマントルシア大陸の勢力図を映し出しながらチュッパチャプスを転がした。
「一つ。ルナミス帝国。彼らはポポロ特区に放った『死蟲王サルバロス』の部隊を二度も完全に消滅させられ、日本の『見えない軍事力』に震え上がり、現在沈黙を保っています」
「一つ。アバロン皇国。魔王ラスティアは『朝倉月人』の永年VIPパスとエビマヨおにぎりの供給ラインによって、我が国と完全にズブズブの同盟関係を結びました」
蘭の報告を聞きながら、若林幹事長は満足げに『ピース』の煙を吐き出した。隣に座る坂上提督も、ブラックコーヒーを啜りながらニヤリと笑う。
「カッカッカ! 恐怖と快楽。アメとムチの見事な使い分けじゃ。……だが、まだ『最後の一つ』が残っとるじゃろう?」
若林が、勢力図の西側に広がる広大なエリアを指差した。
「『レオンハート獣人王国』。……多種多様な獣人たちが、部族ごとの強固な結束と、圧倒的な身体能力で支配する武闘派国家じゃ」
若林は、手元にある分厚い資料をパラパラと捲った。
「ルナミスのような陰湿な謀略も使わず、アバロンのように一人の絶対者が支配しているわけでもない。彼らを動かしているのは、純粋な『誇り』と『血の掟』じゃ。……経済の論理も、アイドルの歌も、この筋肉ダルマどもには通用せんじゃろうな」
「なるほど。つまり、一番厄介で、一番『話が通じない』相手というわけか」
坂上が、面白そうに目を細める。
「いかにも。じゃが……好都合なことに、我が大日本帝国は、すでにそのレオンハート王国と『最も太いパイプ』を持っとる」
若林は、資料の一番下から、一枚の写真を抜き出してテーブルに滑らせた。
そこに写っていたのは、ポポロ村の広場で苺ミルク飴を舐めながら、巨大な魔獣をトンファーで粉砕している「ウサギの耳の少女」だった。
「……ポポロ村の村長、キャルル殿ですか」
坂上が写真を見つめる。
「そうじゃ。ウチの諜報部が調べたところによると、彼女はただの村長ではない。……レオンハート王国を統べる王族の一つ、『月兎族』の直系血族。つまるところ、家出してきた『姫君』らしいんじゃよ」
「……ほう!」
坂上の目に、猛禽類のような鋭い光が宿った。
圧倒的な武力を持ちながら、なぜか小さな辺境の村で「大家」としてひっそり暮らしている少女。彼女の過去には、獣人王国を巻き込む巨大な火種が隠されていたのだ。
「シン。次の任務じゃ。……レオンハート王国の使者が、近々『家出娘の連れ戻し』のためにポポロ村へやって来るという情報がある」
若林は、灰皿にタバコを押し付け、政治の妖怪としての顔をギラリと覗かせた。
「我が国の『大家』に手出しする者は、たとえ大国の王族であろうと容赦はせん。……自衛隊(番犬)の真の牙を、獣の王たちに見せつけてやれ」
「了解。……久々に、骨のある相手とやり合えそうじゃわい」
坂上真一は、胸ポケットから真新しいハイライトの箱を取り出し、獰猛な笑みを浮かべた。
恐怖と快楽による盤石な包囲網を完成させた日本。
だが、彼らの前に立ちはだかる最後の敵は、資本主義の論理すら噛み砕く、純粋なる「野生と誇り」の帝国だった。
現代日本の兵站と謀略は、獣たちの牙を折ることができるのか。
それとも、誇り高き大家の過去が、日本と異世界を新たな戦火へと巻き込むのか。
太平洋の真ん中に現れた異世界を巡る、前代未聞の買い叩きビジネス。
その狂乱の第三幕が、今、猛々しい獣の咆哮と共に幕を開けようとしていた。




