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EP 10

招かれざる害虫と、絶対君主の裁き

『静寂を切り裂く 黄金の咆哮――!』

朝倉月人のパワフルなシャウトが、PayPayドームの音響設備を震わせた。

フルコーラスで叩きつけられる『降臨!聖獣機神ガオガオン』。圧倒的な熱量を持つその楽曲に、五万人の観客のボルテージは一瞬にして最高潮に達した。

そして、アリーナ最前列に陣取る「一人の女」のボルテージもまた、人間の——否、この次元の限界を突破しようとしていた。

「アァァァァッ!! ガオオオォォォンッ!!」

魔王ラスティアは、もはや自分がアバロン皇国を統べる絶対君主であることなど完全に忘れ去り、両手のペンライトを激烈な速度で振り回していた。

彼女の美しい顔は歓喜に紅潮し、瞳には涙すら浮かんでいる。

だが、その「限界オタクの極まる感情」は、彼女の強大すぎる魔力と直結していた。

ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

「……おい、嘘だろ……空間が、歪んでる……!」

アリーナの扉の隙間からその光景を見ていた信長は、全身の毛穴から冷や汗を噴き出した。

ラスティアの周囲数メートルの空間だけ、重力異常が発生していたのだ。

本来なら真っ直ぐ伸びるはずのレーザー照明の光が、彼女の周りだけグニャリと曲がり、宙を舞う紙吹雪は地面に落ちる前に空中で静止している。彼女が立っている座席のパイプ椅子は、見えない圧力によって飴細工のようにひしゃげ始めていた。

(このまま魔王様のテンションが上がり続ければ、ドーム全体が重力崩壊を起こしてペチャンコに潰れるぞ……!)

信長が己の無力さに絶望しかけた、まさにその時だった。

『ギ……ギチチチチッ……!』

ドームの天井付近、照明機材が入り組んだ暗がりから、不気味な軋み音が響いた。

信長がハッと上を見上げる。

「チィッ! さっきの残党か!」

信長や雪之丞の索敵をすり抜けていた最後の一匹。それも、ただの擬態兵ではない。ルナミスの暗部が操る巨大なカマキリのような異形——『死蟲王サルバロス』の分体が、鉄骨にへばりついていたのだ。

分体は、アリーナのど真ん中にいる最も巨大な魔力源ラスティアを標的に定め、致死の毒を持った巨大な鎌を振りかざして、天井から一直線にダイブした。

「させかッ——!!」

信長が刀を抜いて飛び出そうとしたが、距離が遠すぎる。

分体の巨体が、月人の歌声に熱狂する観客たちの頭上へ落下していく。

このままでは、ライブが阿鼻叫喚の地獄と化す。

しかし。

「…………ん?」

誰よりも早く、その「不快な羽音」に気づいた者がいた。

ラスティアである。

彼女は、ステージ上の月人からスッと視線を外し、頭上から迫り来る巨大な死蟲の分体を冷たい目で見上げた。

その瞳には、刺客に対する恐怖も、自国を脅かす敵への怒りもなかった。

そこにあったのは、純粋にして極上の——『不快感』だけだ。

「……ちょっと」

ラスティアの声は、マイクの爆音に掻き消されるほど小さかった。

だが、その言葉には、世界そのものを平伏させる絶対的な『意志』が込められていた。

「今、月人きゅんの一番いいところ(大サビ)なんだけど」

彼女は、右手で振っていたペンライトの軌道を、ほんの僅かだけ「上」へ向けた。

まるで、邪魔な小バエを払うかのような、極めて無造作な動作。

直後。

——ピシッ。

空間に、ヒビが入った。

ラスティアの頭上、落下してきていた死蟲の分体の周囲「だけ」の重力が、通常の数万倍に跳ね上がったのだ。

『ギェ、ガッ——!?』

悲鳴を上げる間もなかった。

車一台ほどの大きさがあった巨大な魔獣は、目に見えない巨大な万力で四方から押し潰されたように、空中で瞬時に「圧縮」された。

バキバキバキッ! という硬質な外殻が砕ける音すら、重力の檻に閉じ込められて外には漏れない。

わずか一秒。

死蟲の分体は、文字通り「ケシ粒」ほどの極小サイズにまで圧縮・消滅し、パラパラとただのチリになってアリーナの床に落ちた。

「なんか埃っぽいから、後で運営にクレーム入れとこ。……キャァァァッ! 月人きゅぅぅん! こっち指差してぇぇぇッ!!」

ラスティアは一瞬でオタクの顔に戻り、再びペンライトを振り乱し始めた。

周囲の観客たちは、今の出来事に全く気づいていない。強いて言えば、「なんか一瞬、上から凄いリアルなモンスターのホログラムが落ちてきて消えたな。すげえ演出!」と勘違いして、さらに盛り上がっているだけだった。

「…………」

扉の陰で、信長は刀を握りしめたまま完全に固まっていた。

陸自の誇るCQBも、最新鋭の戦闘機のミサイルも、全てが児戯に思えるほどの、理不尽で圧倒的な「個」の暴力。

これが、アバロンの絶対君主。

「……見たか、シン。あれが『神の盾』に守られとる大陸の、トップクラスの力じゃ」

信長の背後から、ハイライトの匂いと共に声がした。

振り返ると、息を切らせた若林幹事長と坂上提督、そして青ざめた顔で胃の辺りを押さえる軍師ルーベンスが立っていた。

「ギリギリ間に合ったようじゃな。信長、よく裏側を抑えきった。大儀であった」

坂上が、呆然とする息子の肩をポンと叩く。

「……ええ。本当に、間一髪でした」

ルーベンスは、ケシ粒となって消えたルナミスの刺客の残骸を一瞥し、ホッと安堵の息を吐き出した。

「もしあの埃が陛下のお召し物を汚しでもしていれば、今頃フクオカは更地になっていたでしょう。……ルナミスの阿呆どもめ。推し活中の女帝の怒りを買うのがどれほど恐ろしいことか、思い知ったはずです」

「カッカッカ! ウチのアイドルが、立派に日本国を救ってくれたというわけじゃな!」

若林は、ドームの熱狂の中で無邪気に飛び跳ねる魔王の背中を見つめ、ニヤリと老狸の笑みを深めた。

どんな強大な武力も、圧倒的な恐怖も、一人のアイドルの笑顔には敵わない。

「さあ、軍師殿。メインディッシュのライブは無事に終わる。……次は、ワシらオッサンたちの『お仕事アフター』の時間じゃ。大日本帝国とアバロン皇国の、未来を左右する祝杯を上げようじゃないか」

熱狂の祭典は、世界平和という最大のリターンをもたらし、最高の形でフィナーレを迎えようとしていた。

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