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EP 8

『月曜日の社畜』と、老狸たちの裏取引

夜の帳が下りた福岡市、中洲の那珂川沿い。

日本政府が国家権力(と官房機密費)を使って完全に貸し切り状態にした、極秘の「特設屋台」。

「……なるほど。日本の『芋酒(黒霧島)』とは、実に五臓六腑に染み渡る味わいだ」

アバロン皇国の天才軍師ルーベンスは、ネクタイを少し緩め、お湯割りの芋焼酎が入ったグラスを傾けていた。

屋台のカウンターで肩を並べるのは、出雲艦隊の坂上提督と、東京から直行便で駆けつけた日本の妖怪——若林幸隆幹事長である。

「カッカッカ! 軍師殿もすっかり日本の味が気に入ったようじゃな。大将、焼き飯の追加じゃ! 油多めでな!」

若林が豪快に笑いながら、屋台の大将(自衛隊の特殊部隊員が変装している)に注文を飛ばす。

「……で? 若林幹事長殿。我々アバロンの経済工作を水際で防いだ手腕は見事だったが。貴国は、我が皇国をどうするつもりだ」

ルーベンスが、酔いの回った目を少しだけ鋭くして問う。

「簡単な話じゃよ。互いに不干渉の不可侵条約を結び、ポポロ特区を通じた『独占貿易』をアバロンにも認めてもらう。……魔王様の『推し活』の全面バックアップと引き換えにな」

若林の提案に、ルーベンスは自嘲気味に笑った。

「馬鹿げている。一国の命運を、たかが異世界の『歌い手』一人に委ねるなど。……だが、幹事長。貴方は知っているか? なぜ、次元を切り裂く絶対君主である我が魔王と、あろうことか世界の調停者たる女神ルチアナが、あの若きアイドルに心酔したのかを」

「ほう? ただの『顔の良さ』ではないと?」

ルーベンスは芋焼酎をグイッと煽り、胸ポケットから一枚のメモ用紙を取り出した。

それは、アバロンの諜報部が全力で翻訳し、魔王の私室に額縁に入れて飾られていたという『朝倉月人のデビュー曲(作詞作曲:朝倉月人)』の歌詞カードだった。

「……これを読んでみてくれ。我らが絶対魔王と女神が、顔をくしゃくしゃにして号泣し、互いの肩を抱き合って共感したという、伝説の『聖歌』だ」

若林と坂上が、怪訝な顔でそのメモを覗き込む。

『月曜日の社畜』

ガンガンガンガン! アタマガガン!

目覚まし時計の 「キーン」 が辛い

月曜日だ 朝からバックレしたい〜

布団の宇宙から 帰還 したくない

満員列車は嫌だ〜 寿司詰めギュー詰め

汗と香水の スメルハザード

ドナドナドナドナ〜 会社に運ばれる

魂抜けた サラリーマン行進

電車が 止まってくれれば〜 (あぁ、神様!)

会社に 隕石落ちてくれ〜 (せめて台風!)

宝くじよ 当たってくれぇ

ルルルールルルー 現実逃避行

せめてコンビニで朝飯〜 癒やしを求めて

誰だよ エビマヨ買い占めた奴ぅ〜 (許せん!)

ツナマヨじゃ嫌だ オカカしかねぇ〜

「ご縁」 しか結べぬ 侘しい 朝だ...

もう一回だけ ベッドに戻りたい

「…………」

「…………」

若林と坂上は、完全に言葉を失った。

「……えーと、軍師殿? 魔王様と女神様は、この……朝飯のエビマヨおにぎりが売り切れてオカカしか残っていなかった悲劇ルサンチマンに、号泣されたと?」

「そうだ」

ルーベンスは、血の涙を流すような顔で頷いた。

「考えてもみろ。魔王陛下は『絶対君主』だ。裏を返せば、年中無休で阿呆な貴族どもの派閥争いを調停し、反乱分子を処断し、書類の山に埋もれる『究極のブラック企業の社長』なのだ! 女神ルチアナとて同じ。世界のバランスを保つため、三つの種族の愚かな戦争を永遠に管理し続けなければならない!」

ドンッ! とルーベンスがカウンターを叩く。

「彼女たちにとって、月曜日の朝は絶望だ! 会社(玉座)に隕石メテオが落ちてほしいと何度願ったことか! そんな『限界まで張り詰めた魂』を、このアサクラツキトという青年は、極めて俗っぽく、かつキャッチーなメロディで見事に代弁してくれたのだ!!」

「なるほど……!」

坂上が、ポンと手を打った。

「神様も魔王も、結局は俺たちと同じ『過酷な労働者サラリーマン』じゃったというわけか! そりゃあ、ツナマヨが売り切れてたら泣きたくもなるわい!」

「ええ。だからこそ、彼女たちは『朝倉月人』という癒やし(オアシス)に狂った。……幹事長。我々アバロンにとって、朝倉月人の供給が断たれることは、魔王陛下のストレスが限界突破し、世界が物理的に崩壊することを意味する」

ルーベンスは、油っこい焼き飯を一口頬張り、フッと軍師の顔に戻った。

「……私の負けだ、老狸殿。経済による大陸防衛よりも、陛下の『メンタルケア』の方が、アバロンの国家安全保障上、数万倍も重要だ」

「カッカッカ! 話の分かる軍師で助かるわい!」

若林は、心底嬉しそうにルーベンスの肩をバンバンと叩いた。

「安心せい。ウチと不可侵・独占貿易条約を結べば、朝倉月人のファンクラブVIP枠は永年保証。限定グッズも、ポポロ特区の『アバロン専用ルート』で最優先で納品してやる。……もちろん、コンビニのエビマヨおにぎりも、毎日空輸してやろう」

「……助かる。これで私の胃痛も、少しは治りそうだ」

屋台の提灯の明かりの下。

地球の老獪な政治家と、異世界の疲弊した軍師による、グラスの触れ合う乾杯の音が響いた。

イデオロギーの激突は、「推し活」と「社畜の悲哀」という、宇宙で最も強力な共感ソフトパワーの前に、見事な大団円(裏取引)を迎えたのである。

だが、彼らの安息の時間は長くは続かなかった。

ドォォォォォォン……ッ!!!

突如として、博多の夜空を揺るがすような重低音が鳴り響いた。

音がしたのは、目前に迫った祭典の会場——PayPayドームの方向からだった。

「……ッ!? なんじゃ、今の爆発音は!」

坂上が即座に立ち上がる。

ルーベンスの顔から酔いが一瞬で吹き飛び、血の気が引いた。

「いかん……! この穢れた魔力波長、ルナミスの暗部が飼い慣らしている『死蟲王サルバロス』の気配だ!! 奴ら、ポポロ村ではなく、手薄になったアバロンの主君(魔王)を直接狙って、次元の壁を食い破りやがったか!!」

「なんじゃと!? ドームにはすでに、数万人の観客と魔王様が……!!」

若林がタバコを噛み潰す。

互いの安全保障が結ばれた直後、最悪のタイミングで襲来した「招かれざる害虫」。

限界オタクと化した絶対魔王が鎮座するライブ会場へのテロ攻撃という、世界で最も『やってはいけない自殺行為』が、今まさに引き起こされようとしていた。

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