EP 6
タヌキと軍師のプロキシ・ウォー(代理戦争)
ポポロ特区、中央市場。
かつては村の広場だったその場所は、日本の商社が持ち込んだ建材と、早乙女蘭が構築した独自の魔導通信網により、大陸一の活気を見せる巨大な交易所へと変貌していた。
「——ストップや。そこの荷車、ちょっと待たんかい」
関所を通過しようとしたルナミス帝国方面からの行商人グループを、黄金の算盤を手にしたニャングルが呼び止めた。
「な、なんですか? 我々は正規の通行証を持った商人ですよ。この木箱の中身は、アバロン皇国境で採掘された高品質な魔石です。ほら、日本の商社が高値で買い取ってくれるんでしょう?」
商人が愛想笑いを浮かべながら、木箱の蓋を開ける。
中には、まばゆいほどの青い光を放つ魔石が山のように積まれていた。魔力測定器の針も、特級クラスの数値を叩き出している。
だが、ニャングルは冷やたい猫の目で魔石を一つ手に取ると、コンッと算盤の角で叩いた。
「……なるほど。古代錬金術で外側の魔力波長だけを精巧に『偽装』した、超高純度の偽造魔石やな。中身はただの河原の石っころや」
「なっ……!? い、言いがかりだ! 測定器の数値を見ろ!」
「ウチの関税ルールは、物資の『見せかけの価値』やのうて、それが生み出す『実体経済の価値』に連動しとるんや。……こんな中身のないハリボテの石を市場(日本)に大量に流し込んで、円と交換してみい。特区の信用は地に落ち、悪性のハイパーインフレが起きて経済圏が内部崩壊する」
ニャングルは商人たち——いや、アバロンの軍師ルーベンスが放った影の工作員たちを、スッと鋭く睨みつけた。
「どこぞの軍師ハンが考えたか知らんけどな。貨幣(価値)の偽造による経済攪乱なんて、資本主義の歴史じゃ手垢のついた古典的な手口や。……ウチの市場で、そんな陳腐なテロが通用すると思うなよ。リバロンはん!!」
ニャングルが指を鳴らすと同時に、頭上のテントから漆黒の燕尾服が舞い降りた。
「お呼びでしょうか、財務長」
「こいつら、全員『お掃除』頼むわ。証拠の偽造魔石は、日本の研究機関にサンプルとして売りつけるさかい、傷つけんといてな」
「畏まりました。……さあ、偽りの商人の方々。裏口へご案内いたしましょう」
リバロンがネクタイに手をかけた瞬間、工作員たちの顔が絶望に染まった。
ポポロ特区の水際防衛は、完璧だった。
同時刻。地球、日本——福岡市・中洲。
「……すいませーん! こっち、替え玉バリカタで! あと、明太子ご飯と餃子も追加でお願いするわ!!」
「へいよー! 姉ちゃん、細いのにえらい食うねえ!」
豚骨ラーメンの屋台に、銀髪をキャップに押し込み、変装用の伊達メガネをかけた絶世の美女の嬉々とした声が響いていた。
周囲のサラリーマンたちがその美貌に釘付けになる中、隣に座る黒スーツの中年男——天才軍師ルーベンスは、全くラーメンに手をつけていなかった。
「……(ポポロ村に放った影の気配が、全て消滅した、だと……?)」
ルーベンスは、脂汗を滲ませながら内心で戦慄していた。
アバロンの古代錬金術の粋を集めた最高レベルの偽造魔石。それを、現物の波長ではなく『経済のロジック(価値の不適合)』から即座に見破り、物理的に排除したというのか。
(日本の首魁……いや、ポポロ村の者たちか。いずれにせよ、奴らは単なる成金ではない。貨幣と資本の『本質』を完璧に理解し、防衛システムを構築している。経済による揺さぶりは、もはや通用しない……)
ルーベンスは、屋台の喧騒の中で静かに敗北を悟った。
武力もダメ、経済もダメ。ならば、もはやこの超大国(日本)に対抗する手段は……。
「ちょっとルーベンス! 何深刻な顔してんのよ! この豚骨ってスープ、信じられないくらい美味しいわよ! 早く食べないと麺が伸びるわ!」
「……ええ。いただきますよ、陛下(お嬢様)」
魔王は五杯目の替え玉を啜り、ルーベンスはため息と共に冷めたスープを口に運んだ。
彼らは知らなかった。自分たちが放った「経済テロの火種」が、日本側にある致命的な「国家機密」を暴く結果となってしまったことを。
同日夜。東京、総理官邸。
「——若林幹事長。ポポロ特区のニャングル氏より報告です。アバロン皇国による偽造魔石の大量流入(経済テロ)を、水際で完全に阻止したとのことです」
「カッカッカ! 頼もしい大家じゃのう! ウチの税関よりよっぽど優秀じゃわい」
若林幸隆は、料亭から運ばせた特上の寿司をつまみながら豪快に笑った。
だが、彼の目の前に座る特A級AIエンジニア・早乙女蘭の顔には、珍しく悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「幹事長、本題はここからですよ。ウチの戦術AIちゃんで、その『偽造魔石』の密輸ルートを逆探知して、アバロン皇国の『資金の流れ(マネーロンダリング)』を洗ってみたんです」
蘭はノートパソコンを操作し、巨大なモニターに複雑な金融データの推移を映し出した。
「アバロン皇国の国庫から、定期的に莫大な純魔石が引き出され、次元の狭間にある謎の口座を経由して、日本の『円』に換金されています。その額、なんと数十億円」
「ほう。テロの軍資金か? 日本国内で武器でも買っとるのか?」
「それが……違うんです。そのロンダリングされた巨額の日本円、最終的な『行き先(消費先)』は、たった一つの口座に集中していました」
蘭がエンターキーを叩くと、モニターにデカデカと「ある画面」が表示された。
『朝倉月人 オフィシャルファンクラブ・プレミアム会員』
『会員番号:0000001番』
『登録名:RASTIA(アバロン皇国)』
「…………は?」
若林が、持っていたマグロの寿司をぽろりと落とした。
「さらに購入履歴を洗うと、『PayPayドーム公演VIP席チケット(最前列確定)』、『特製ペンライト(箱買い)』、『等身大アクリルスタンド』……。アバロン皇国から引き出された国家予算は、全て、日本の男性アイドルの『推し活』に消えています」
会議室が、水を打ったような静寂に包まれた。
防衛省の官僚たちも、坂上提督も、そして若林も、全員が完全に思考停止した。
「……ちょっと待て。アバロンの絶対君主……あの次元を切り裂く魔王が、ウチの国のアイドルの、ファンクラブ会員第1号じゃと……?」
「はい。間違いないです。なんなら今、福岡の中洲で豚骨ラーメンの替え玉を5杯食べてる位置情報(スマホのGPS)も拾ってます」
蘭の追い討ちのような報告に、数秒の空白の後。
「……クッ……ハハハハハッ!! アーッハッハッハッハッ!!」
若林幸隆は、腹を抱え、涙を流しながら大爆笑した。
『孫子』は言う。「彼を知り己を知れば、百戦殆うからず」と。
敵の最強の矛(武力)でもなく、盾(経済力)でもない。敵の最も柔らかく、最も致命的な『急所』を、日本は完全に握り潰したのだ。
「最高じゃ! 神様も真っ青の大量破壊兵器じゃ!! ルーベンスという軍師がどれほど経済を攪乱しようと、主君の『首輪(推し)』がウチの国にある以上、奴らは絶対に日本(胴元)に逆らえん!!」
若林は立ち上がり、ギラギラと目を輝かせて坂上を振り返った。
「シン! 予定変更じゃ! 徹底的に魔王を『接待』しろ! VIP席の最前列にレッドカーペットを敷き、物販のグッズは全種類、国費で確保して魔王のホテルに届けろ! そして……」
若林は、最高に邪悪な、政治の妖怪の顔で言い放った。
「魔王がライブで昇天している裏で、ワシが直々に、あの胃痛持ちの軍師と『究極の独占貿易条約』を結んでやる。……最高の外交カード(アイドル)を切ってな」




