EP 4
推しは生きてる、国庫は死んだ
「——ル、ルーベンス様ぁぁぁッ!! 緊急事態です!!」
戦略魔導院で珈琲を啜りながら、ポポロ特区に対する「偽造魔石作戦」の詰めを行っていたルーベンスの元へ、アバロン皇国の財務卿が半狂乱で駆け込んできた。
「騒々しいぞ。なんだ、日本軍が攻めてきたとでも言うのか?」
「そ、それよりも重大な危機です! 国家予算が……皇国の北防壁修繕費と、ワイバーン騎兵隊の年間維持費が、丸ごと国庫から消失しております!!」
「……ブハッ!?」
ルーベンスは、口に含んでいた深煎り珈琲を勢いよく噴き出した。
「消えただと!? 誰の仕業だ! 日本のハッカー部隊のサイバー攻撃か!?」
「い、いえ。金庫の魔力ロックは内側から正規の手順で解錠されており……閲覧履歴には、最高権限保持者のログが残っておりました。その、パスワードの文字列は……」
財務卿は、震える手で羊皮紙のプリントアウトを差し出した。
そこには、アバロンの古代文字でこう記されていた。
『Tsukito_Maji_Tenshi_0407』
「…………」
ルーベンスは無言で羊皮紙を破り捨て、そのまま猛ダッシュで戦略魔導院を飛び出した。向かう先は当然、絶対君主の私室である。
バンッ!!
ルーベンスが礼儀も作法も忘れて扉を蹴り開けると、そこは「魔王の寝所」などというおぞましい場所ではなかった。
「あ、ルーベンス。ちょうど良かったわ。この『手作り応援うちわ』、文字の配置どっちが目立つと思う? 『月人きゅん・次元を越えて愛してる』か、『確定ファンサして・ブラックホール撃つぞ』か」
絶世の美貌を持つ魔王ラスティアは、床に座り込み、色とりどりの画用紙とハサミを手にして真剣に悩んでいた。
部屋の壁という壁には、日本のアイドル『朝倉月人』のポスターが所狭しと貼られ、神棚のような「祭壇」にはアクリルスタンドやペンライトが恭しく飾られている。
「……陛下。あの、消えた国家予算は一体……」
ルーベンスが震える声で尋ねると、ラスティアは悪びれる様子もなく答えた。
「ああ、あれね。日本のフクオカへお忍びで行くための『渡航費』に充てたわ」
「渡航費だと!? 次元ゲートを一つ開くだけで、ワイバーン部隊一年分の維持費が飛ぶと言うのですか!?」
「ゲートを開くだけなら大したことないわよ」
ラスティアはうちわの裏に『指差して』というシールを貼りながら息をつく。
「問題は、日本での『軍資金』よ。ルチアナの奴に頼み込んで、ウチの国庫の金貨や魔石を、地球の『日本円』にロンダリングしてもらったのよ。あいつ、仲介手数料で3割も抜く強欲な女神だから……。でも仕方ないじゃない。ライブの物販は朝5時から並ばないと売り切れるのよ? グッズ全種買い(フルコンプ)と、美味しい豚骨ラーメンを食べるための必要経費よ」
「……っ!!」
ルーベンスは頭を抱え、その場にうずくまった。
魔王の圧倒的な魔力と権力が、こんなくだらない「推し活」のために浪費されている。これでは国が滅ぶ。日本と戦う前に、アバロンの経済が自滅する。
「陛下……! あなたはかつて『ツァラトゥストラはこう語った』を愛読し、神や古い価値観を否定し、己の力のみで高みへ登る『超人』を目指していたはず! 『神は死んだ』と宣言したあなたが、なぜ次元の向こうのしがない男を『神』と崇めているのですか!!」
ルーベンスの血を吐くような説教。
だが、ラスティアは手を止め、ゆっくりと立ち上がった。
彼女の背後に、魔王としての強大な闇のオーラ(重力場)が渦を巻き、部屋の空気がミシミシと軋み始める。
「ルーベンス。アンタは何も分かっていないわ」
ラスティアの瞳が、狂気と情熱にギラリと光る。
「神は死んだわ。……でも、『推し』は生きてるのよ!!」
「なっ!?」
「神は祈ってもファンサしてくれないけど、推しはドームツアーで全国を回って、私たちに笑顔と生きた歌声を届けてくれる! 私の孤独な心(ウェルテルの悩み)を救ってくれたのは、アバロンの神殿でも軍事力でもない、月人きゅんの眩しい笑顔なのよ!!」
バァン! と、ラスティアは自らの胸を張った。
「超人は自らのルールを創造する! 今の私のルールは『月人きゅんのライブに全力を注ぐこと』! 邪魔をするなら、この星ごとブラックホールで消し飛ばして、フクオカのドームだけを別次元に保存するわよ!!」
その言葉に嘘やハッタリは一切なかった。
彼女は「それをやれるだけの力」を持っている、文字通りの怪物なのだ。
(……アカン。このババア、ガチだ。放置して日本に行かせたら、チケットの転売ヤーを見つけた瞬間に重力魔法で博多の街ごと更地にしかねん……!)
ルーベンスは、胃の痛みに顔を歪めながら、究極の二択を迫られていた。
ここで主君の暴走を止め、国を救う(が、多分自分が殺される)か。
それとも、国庫の損失には目を瞑り、彼女の「保護者」として同行し、日本との物理的な戦争(大災害)を防ぐか。
『徒然草』の「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」という一節が、ルーベンスの脳裏をよぎった。
「……分かりました、陛下。私も、その『フクオカ』への視察に同行いたします」
「あら、いいの? アンタはてっきり、日本の『ポポロ特区』への経済工作で忙しいのかと思ってたわ」
ラスティアが目をパチクリとさせる。
ルーベンスは、震える手でタバコを取り出し、火をつけた。
「経済の工作など、後でいくらでもやりようがあります。……それよりも今は、陛下の『祭典』が無事に、誰の血も流れることなく終わることの方が、国家の最重要課題です」
「ふふっ。話の分かる軍師で助かるわ。じゃあ、物販の待機列はアンタに任せるわね! 私は『入り待ち』のポジションを確保するから!」
無邪気に笑う絶対君主を前に、ルーベンスは天を仰いだ。
(……老狸(若林)よ。貴様らと経済でドンパチやる前に、俺は胃に穴が開きそうだぞ……)
かくして、アバロン皇国の首脳陣は、国家の存亡を賭けた(?)限界オタ活遠征のため、次元の扉を開き、地球・日本へと旅立つのであった。




