表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/42

EP 4

推しは生きてる、国庫は死んだ

「——ル、ルーベンス様ぁぁぁッ!! 緊急事態です!!」

戦略魔導院で珈琲を啜りながら、ポポロ特区に対する「偽造魔石作戦」の詰めを行っていたルーベンスの元へ、アバロン皇国の財務卿が半狂乱で駆け込んできた。

「騒々しいぞ。なんだ、日本軍が攻めてきたとでも言うのか?」

「そ、それよりも重大な危機です! 国家予算が……皇国の北防壁修繕費と、ワイバーン騎兵隊の年間維持費が、丸ごと国庫から消失しております!!」

「……ブハッ!?」

ルーベンスは、口に含んでいた深煎り珈琲を勢いよく噴き出した。

「消えただと!? 誰の仕業だ! 日本のハッカー部隊のサイバー攻撃か!?」

「い、いえ。金庫の魔力ロックは内側から正規の手順で解錠されており……閲覧履歴には、最高権限保持者パスワードのログが残っておりました。その、パスワードの文字列は……」

財務卿は、震える手で羊皮紙のプリントアウトを差し出した。

そこには、アバロンの古代文字でこう記されていた。

『Tsukito_Maji_Tenshi_0407』

「…………」

ルーベンスは無言で羊皮紙を破り捨て、そのまま猛ダッシュで戦略魔導院を飛び出した。向かう先は当然、絶対君主の私室である。

バンッ!!

ルーベンスが礼儀も作法も忘れて扉を蹴り開けると、そこは「魔王の寝所」などというおぞましい場所ではなかった。

「あ、ルーベンス。ちょうど良かったわ。この『手作り応援うちわ』、文字の配置どっちが目立つと思う? 『月人きゅん・次元を越えて愛してる』か、『確定ファンサして・ブラックホール撃つぞ』か」

絶世の美貌を持つ魔王ラスティアは、床に座り込み、色とりどりの画用紙とハサミを手にして真剣に悩んでいた。

部屋の壁という壁には、日本のアイドル『朝倉月人』のポスターが所狭しと貼られ、神棚のような「祭壇」にはアクリルスタンドやペンライトが恭しく飾られている。

「……陛下。あの、消えた国家予算は一体……」

ルーベンスが震える声で尋ねると、ラスティアは悪びれる様子もなく答えた。

「ああ、あれね。日本のフクオカへお忍びで行くための『渡航費』に充てたわ」

「渡航費だと!? 次元ゲートを一つ開くだけで、ワイバーン部隊一年分の維持費が飛ぶと言うのですか!?」

「ゲートを開くだけなら大したことないわよ」

ラスティアはうちわの裏に『指差して』というシールを貼りながら息をつく。

「問題は、日本での『軍資金』よ。ルチアナの奴に頼み込んで、ウチの国庫の金貨や魔石を、地球の『日本円』にロンダリングしてもらったのよ。あいつ、仲介手数料で3割も抜く強欲な女神だから……。でも仕方ないじゃない。ライブの物販は朝5時から並ばないと売り切れるのよ? グッズ全種買い(フルコンプ)と、美味しい豚骨ラーメンを食べるための必要経費よ」

「……っ!!」

ルーベンスは頭を抱え、その場にうずくまった。

魔王の圧倒的な魔力と権力が、こんなくだらない「推し活」のために浪費されている。これでは国が滅ぶ。日本と戦う前に、アバロンの経済が自滅する。

「陛下……! あなたはかつて『ツァラトゥストラはこう語った』を愛読し、神や古い価値観を否定し、己の力のみで高みへ登る『超人』を目指していたはず! 『神は死んだ』と宣言したあなたが、なぜ次元の向こうのしがない男を『神』と崇めているのですか!!」

ルーベンスの血を吐くような説教。

だが、ラスティアは手を止め、ゆっくりと立ち上がった。

彼女の背後に、魔王としての強大な闇のオーラ(重力場)が渦を巻き、部屋の空気がミシミシと軋み始める。

「ルーベンス。アンタは何も分かっていないわ」

ラスティアの瞳が、狂気と情熱にギラリと光る。

「神は死んだわ。……でも、『推し』は生きてるのよ!!」

「なっ!?」

「神は祈ってもファンサしてくれないけど、推しはドームツアーで全国を回って、私たちに笑顔と生きた歌声を届けてくれる! 私の孤独な心(ウェルテルの悩み)を救ってくれたのは、アバロンの神殿でも軍事力でもない、月人きゅんの眩しい笑顔なのよ!!」

バァン! と、ラスティアは自らの胸を張った。

「超人は自らのルールを創造する! 今の私のルールは『月人きゅんのライブに全力を注ぐこと』! 邪魔をするなら、この星ごとブラックホールで消し飛ばして、フクオカのドームだけを別次元に保存するわよ!!」

その言葉に嘘やハッタリは一切なかった。

彼女は「それをやれるだけの力」を持っている、文字通りの怪物リヴァイアサンなのだ。

(……アカン。このババア、ガチだ。放置して日本に行かせたら、チケットの転売ヤーを見つけた瞬間に重力魔法で博多の街ごと更地にしかねん……!)

ルーベンスは、胃の痛みに顔を歪めながら、究極の二択を迫られていた。

ここで主君の暴走を止め、国を救う(が、多分自分が殺される)か。

それとも、国庫の損失には目を瞑り、彼女の「保護者」として同行し、日本との物理的な戦争(大災害)を防ぐか。

『徒然草』の「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」という一節が、ルーベンスの脳裏をよぎった。

「……分かりました、陛下。私も、その『フクオカ』への視察に同行いたします」

「あら、いいの? アンタはてっきり、日本の『ポポロ特区』への経済工作で忙しいのかと思ってたわ」

ラスティアが目をパチクリとさせる。

ルーベンスは、震える手でタバコを取り出し、火をつけた。

「経済の工作など、後でいくらでもやりようがあります。……それよりも今は、陛下の『祭典』が無事に、誰の血も流れることなく終わることの方が、国家の最重要課題です」

「ふふっ。話の分かる軍師で助かるわ。じゃあ、物販の待機列はアンタに任せるわね! 私は『入り待ち』のポジションを確保するから!」

無邪気に笑う絶対君主を前に、ルーベンスは天を仰いだ。

(……老狸(若林)よ。貴様らと経済でドンパチやる前に、俺は胃に穴が開きそうだぞ……)

かくして、アバロン皇国の首脳陣は、国家の存亡を賭けた(?)限界オタ活遠征のため、次元の扉を開き、地球・日本へと旅立つのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ルーベンス君は泣いていいと思うんだ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ