EP 2
汚れ仕事の委託と、見えない壁
「——提督。自衛隊が提案された防衛ラインの構築案、拝見いたしました。非常に合理的で隙がない。ですが、一つだけ『役割分担』を明確にしておきたい」
ポポロ村の村長室を改装した特区運営本部のテント内。
人狼の執事リバロンは、淹れたてのダージリンティーを坂上提督と息子の信長の前に静かに置きながら、優雅な微笑みを浮かべて図面を指差した。
「役割分担、じゃと? ウチの陸自精鋭部隊による24時間の哨戒と、上空からの無人機監視。これ以上何を分ける必要がある」
坂上がコーヒーキャンディを舐めながら眉をひそめる。
「『見せ方』の問題ですよ、提督」
リバロンは、トレイを胸に抱きながら冷たい狼の目を細めた。
「我がポポロ村は今後、大陸中から商人と莫大な富が集まる『理想の市場』でなくてはなりません。統治者は、領民や客人に『愛される慈悲深き存在』として振る舞うのが絶対条件。……ここで村の自警団が血生臭い武力を行使し、他国のスパイを広場で処断していては、客は怯えて寄り付かなくなる」
リバロンは、一切の感情を交えずに、極めて冷酷な統治のロジックを口にした。
「恨みを買うような残酷な任務は他人に押し付け、恩恵を与える役目は自ら担う。……村の防衛と、招かれざる客の『排除』という汚れ仕事は、全て貴方がた日本軍に完全に外注いたします」
「……なるほど。ウチを完全に『悪役』にする気か」
「左様でございます。我々は笑顔で彼らを迎え入れる『慈悲深き大家』。貴方がたは、ルールを破った愚か者を無慈悲に噛み殺す『恐怖の番犬』。……ヘイト(憎悪)の管理を徹底していただきたい」
横で聞いていた信長が、冷や汗を流して絶句した。
平和の村の執事の顔をしたこの男は、自分たちの手を一切汚さず、地球の軍隊を「恐怖の象徴」として使い潰す冷徹な統治システムを平然と要求してきたのだ。
だが、坂上提督は怒るどころか、腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。
「カッカッカ! 合理的じゃ! 泥を被り、外敵を威圧して平和を保つのは、軍隊の本来の役割じゃけえな! いいじゃろう、その提案、丸ごと呑んでやる」
「親父! いいのか!?」
「ええんじゃよ。大家に恩を売っておけば、後で必ず高い利子がついて返ってくる。……信長! 今後、村の境界線を越えようとする他国のネズミには容赦するな! 日本の『牙』の恐ろしさを、大陸中に植え付けろ!」
「……了解。まったく、どいつもこいつと食えない連中だぜ」
信長がやれやれと首を振る。
「ご理解いただき光栄です。……さて、これで物理的な防衛線は完成ですが。もう一つの『防衛線』はどうなっていますか、早乙女様?」
リバロンが視線を移した先。
テントの片隅に置かれたパイプ椅子の上で、特A級AIエンジニアの早乙女蘭が、棒付きキャンディを転がしながらノートパソコンのキーボードをカタカタと叩いていた。
「はいはーい。こっちの『見えない壁』も、あと数秒で完成だよっと」
タァン! と。蘭がエンターキーを弾く。
瞬間、テント内に設置されていた魔力測定器の針がガクンと落ち、完全に沈黙した。
「何をしたんじゃ、蘭?」
「ビジネスにおいて『競争』なんてものは負け犬のやることなの。他人の土俵で戦うくらいなら、最初から他者が入り込めない『完全な独占状態』を作らなきゃダメでしょ?」
蘭はキャンディを舐めながら、画面に表示された複雑なネットワーク図を指差した。
「この大陸の連中は、魔力波長を使った『魔導通信』で遠距離のやり取りをしてる。だから、ウチのイージス艦のレーダー出力を使って、ポポロ村周辺の魔力波長を強力な電波で上書き(ジャミング)しちゃった」
「……つまり、この村では既存の魔導通信が一切使えなくなったと?」
リバロンがウサギの耳……ではなく狼の耳をピクリと動かす。
「そゆこと。その代わり、日本の軍事衛星通信と村の魔力インフラを融合させた、完全クローズドな『ポポロ・ネット』を開設したわ。今後、この村で取引したい商人は、絶対に私たちが貸し出す『専用の通信端末』を使わなきゃいけないの」
その言葉の持つ凶悪な意味を理解し、リバロンの目が驚愕に見開かれた。
「……通信インフラそのものを私たちが創って、ルールを独占する。どんな大魔法使いだろうが、私のネットワークの中を通る以上、全ての商戦データ、各国の情報、金の流れは、丸裸同然ってわけ」
蘭は悪戯っぽくウインクをした。
物理的な防衛とヘイト管理は、冷徹な執事の戦略によって自衛隊が担い、完璧な「安全」を担保する。
そして情報と経済の防衛網は、天才エンジニアの構築した「壁に囲まれた庭」によって完全独占される。
暴力と情報。
二つの絶対的な盾と矛を手に入れた「ポポロ特区」は、文字通り三国が手出しできない難攻不落の『要塞出島』として完成した。
しかし——。
この完璧に見える「情報の壁(異常な魔力通信の遮断)」に、いち早く違和感を覚え、遥か彼方から静かに目を向けている強者が存在していた。
大陸北方・アバロン皇国。
万年雪に覆われた帝都の地下深くに位置する「戦略魔導院」。
氷のように冷たい輝きを放つ無数の水晶球(監視モニター)に囲まれた天才軍師ルーベンスは、手元の競馬新聞から目を離し、深く、ひどく重いため息を吐き出した。
「……ポポロ村周辺の魔力通信網が、完全に遮断された。いや、未知の法則に『塗り替えられた』という表現が正確か」
ルーベンスは、淹れたてのブラックコーヒーを啜りながら、忌々しげに水晶球を睨みつけた。
「一発の魔法も撃たず、情報の遮断と関税の壁で、この大陸を経済から支配する気か。……海の向こうに現れた新国家(日本)、トップに立っているのは底知れぬ悪意を持った怪物らしい」
アバロンの誇る監視網を無効化されたルーベンスは、このままでは皇国が内側から食い破られると確信し、緊急の対抗策を講じるべく玉座の間へと急いだ。
だが、この時の彼はまだ知る由もなかった。
日本国の老獪なトップ(タヌキ)よりも、さらに厄介で致命的な「バグ」が、自分が仕える絶対的な主君(魔王)の頭の中に潜んでいることなど。




