第二章【魔王推し活・福岡頂上決戦編】
黄金の算盤と、笑う老狸
「……はっはっは! 素晴らしい! これぞまさにウィン・ウィンの関係というやつですな!」
ポポロ村の広場に設営された仮設テントの中。
日本の大手総合商社から派遣された開発プロジェクトの責任者・田中は、これ以上ないほど胡散臭い営業スマイルを浮かべていた。
彼の目の前のテーブルには、地球の最新家電、レトルト食品、そして色鮮やかな化学繊維の衣服が山積みになっている。異世界の住人からすれば、どれも魔法のような代物だ。
「どうです、村長さん! 我々日本企業は、この村の『魔石』や『特殊農作物』を、大陸の市場価格のなんと【2倍】で買い取らせていただきます! さらに、これらの地球の物資も特別価格で提供しましょう。……我々と組めば、この村はあっという間に大陸一の富を手にできますぞ!」
田中は内心で舌ずりを出していた。
(チョロい。チョロすぎる……! 魔法の力を持った連中だとビビっていたが、経済観念は中世レベルだ。あんな高純度の魔石、地球のエネルギー市場に流せば数万倍の利益が出る。完全にウチの『独り占め』だ!)
未開の土地に安価な工業製品を持ち込み、莫大な価値を持つ資源を二束三文で買い叩く。資本主義が何百年も繰り返してきた、古典的かつ絶対的な「搾取」のセオリーである。
田中が勝利を確信し、契約書を差し出そうとした、その時だった。
「——田中ハーン。あんた、ウチらを舐めとるんか?」
ジャラッ! と。
黄金の真鍮でできた算盤が、テーブルの上の契約書を乱暴に押しのけた。
「なっ……」
田中が目を丸くする前で、猫耳の商人・ニャングルが、スッと細めた冷たい瞳で商社マンたちを見下ろしていた。
「大陸相場の2倍? アホ抜かせ。あんたらの世界で、この『魔石』が化石燃料の何千倍もの効率を持つクリーンエネルギーとして、どれだけの『市場価値』を生み出すか……ワイが知らんと思うとるんか」
ニャングルは、パチパチと目にも留まらぬ速さで算盤を弾き始めた。
「あんたらの持ち込んだそのピカピカの服や飯は、確かに『使用価値』は高いかもしれん。せやけど、工場で大量生産された時点で『交換価値』は底が知れとる」
「な、何を馬鹿な……! あなた方に地球の経済の何が……」
「ワイらの労働と資源が生み出す『本当の価値』から、莫大なピンハネ(剰余価値)をかすめ取って、あんたら資本家だけが腹を膨らませる。……古典的な搾取の構造やな。そんな契約書、ケツ拭く紙にもならんで」
ニャングルは、ドンッ! と分厚い羊皮紙の束をテーブルに叩きつけた。
「これが、ウチの村を通る全物資に適用される『ポポロ村特別関税法』や。……魔石の買取価格は、地球の『エネルギー先物市場のインデックス』に完全連動させる。さらに、日本企業の利益率が一定を超えた場合、超過分は村のインフラ整備費として自動的に徴収(再分配)する累進課税システムを組み込んどるで」
田中の顔から、サァッと血の気が引いた。
渡された羊皮紙には、日本企業が「不当な搾取」を一切行えないよう、完璧なロジックで計算された悪魔のような関税率がびっしりと書き込まれていた。
それはまさに、巨大資本の暴走を見抜き、労働者と資源の価値を徹底的に防衛する、研ぎ澄まされた刃のような経済ルールだった。
「搾取されるのはそっち(日本)や。ウチの庭で商売したけりゃ、適正な利益を置いていきや」
ニャングルがニヤリと笑う。
日本のエリート商社マンたちが、未開の村の猫耳商人に完全に論破され、絶望に膝から崩れ落ちた瞬間だった。
——数時間後。東京、総理官邸。
「……カッカッカッ! 傑作じゃ!! 商社の連中、見事に身ぐるみ剥がされよったか!」
報告を受けた若林幸隆幹事長は、激怒するどころか、腹を抱えて大爆笑していた。
傍らで控える防衛省の官僚は、冷や汗を流しながら進言する。
「幹事長、笑い事ではありません! あの猫耳の商人が作った関税ルールを呑めば、日本企業の利益は想定の10分の1以下に激減します! これでは旨味が……」
「馬鹿者」
若林のドスの効いた声が、官僚の言葉をピシャリと遮った。
若林はピースに火をつけ、紫煙をゆっくりと吐き出す。
「『道徳なき経済は犯罪じゃが、経済なき道徳も寝言』じゃ。……目先の利益に目が眩んで、あの村から不当に搾取してみい。いずれ不満が爆発し、村ごと他国に寝返られるか、あの恐ろしい武力で追い出されて終わりじゃ」
若林は、机の上の資料をポンと叩いた。
「あの猫の兄ちゃんは、資本の恐ろしさを完璧に理解しとる『本物の商人』じゃ。……ならば、騙すのではなく、対等なビジネスパートナーとして手を組むのが最上の手」
「て、手を組む?」
「ああ。ニャングルの作った『搾取防止の関税ルール』を、そのまま日本政府が全面的に承認・バックアップするんじゃよ」
若林はニヤリと、底知れぬ老狸の笑みを浮かべた。
「ええか? 日本はこの厳しいルールを呑む。……だが、今後ポポロ村を通じて大陸と取引しようとする『アメリカ』や『中国』の企業にも、当然この悪魔のような関税ルールが適用されることになる」
官僚がハッと息を呑んだ。
「ウチ(日本)はポポロ村と組んで、他国の巨大資本からガッツリと税金を巻き上げる『胴元の側』に回るんじゃ。……日本とポポロ村の二者だけで、世界の富をチューチュー吸い上げる、最強の独占経済圏の誕生じゃわい」
異世界の商人が突きつけた鉄壁の経済防衛。
それを逆手に取り、世界の超大国をハメる巨大な罠へと作り変えた永田町の妖怪。
剣も魔法も使わない、血で血を洗う「資本主義のハイブリッド・ウォー」が、今、静かに加速し始めていた。




