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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第5章

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暗がりを這い回る影。

松明の炎が、暗闇の中で揺れていた。

 レイたち五人は、足元に注意を払いながら、慎重に坑道の奥へと進んでいく。

 湿った岩肌。長年放置された木製の支柱。地面には朽ちた木片や錆びついた鉄片が散乱し、歩くたびに靴底が小さな石を踏み砕く音が響いた。

 先ほどから、魔物の姿は見当たらない。

 それがかえって不気味だった。

 これほど長い間放置されていた廃坑だ。他に何かが潜んでいてもおかしくはない。

 レイは剣の柄に手を添えながら、前方だけでなく、左右の岩壁や天井にも注意を向けていた。

「……少し、足場が悪くなってきたな」

 前を歩いていたニグルドが呟く。

 その言葉どおり、地面には大小さまざまな岩が転がり始めていた。

 最初は拳ほどの小石ばかりだったが、進むにつれて、その大きさは徐々に増していく。

 やがて、レイたちは足を止めた。

「これは……」

 目の前に広がっていたのは、崩落した坑道の跡だった。

 天井から落ちたと思われる巨大な岩が道を塞ぎ、その周囲には無数の岩塊が散乱している。

 壁面にも大きな亀裂が走り、かつて坑道だった場所が、見る影もなく崩れ果てていた。

「落盤か?」

 エドが松明を掲げ、周囲を見回す。

「いや……地震の影響かもしれないな」

 スマルグは崩れた岩壁を眺めながら答えた。

「ここまで派手に崩れてるんだ。相当な衝撃があったんだろう」

「となると、先へ進むのは難しそうね……」

 ミレアが眉をひそめる。

 しかし、そのときだった。

「待て。あそこを見ろ」

 レイが岩壁の一角を指差した。

 崩れた岩塊の向こう側。

 そこには、ぽっかりと大きな穴が開いていた。

 人工的に掘られた坑道とは明らかに違う。

 岩肌は荒々しく、天井も壁も不規則な形をしている。自然に形成された洞窟にも見えるが、穴の奥には、さらに先へと続く暗い通路が広がっていた。

 松明の明かりは、その入口付近を照らすだけで、奥までは届かない。

 まるで、暗闇そのものが口を開けて待ち構えているかのようだった。

「……道が続いてるのか?」

 エドが呟く。

 スマルグは答えず、穴の周囲へと近づいた。

 そして、岩壁に手を触れながら、奥を覗き込む。

 しばらくして、彼の口から感嘆の声が漏れた。

「こりゃすげぇ……」

 その声に、レイたちも近づいていく。

 穴の向こう側は、これまで歩いてきた廃坑とは明らかに様子が違っていた。


穴の向こう側は、これまで歩いてきた廃坑とは明らかに様子が違っていた。

 岩壁には夜行石が多く含まれており、その淡い光が周囲を照らしている。

 迷宮でよく見られる光景だ。

 その様子を見た一行は、廃坑の一部が崩落したことで、迷宮と繋がってしまったのだと判断した。

「こりゃすげぇ……」

 スマルグが感嘆の声を漏らした。

「この奥は迷宮か? 夜行石もずいぶん多く含まれてるな」

 彼は岩壁を眺めながら、穴の奥へと視線を向ける。

「地震の影響か、それとも魔物の仕業か。どちらかはわからないが、廃坑と迷宮が繋がっちまってるようだ」

「だとしたら、このあたりは危険だ」

 レイがすぐに口を開いた。

「迷宮のどの階層に繋がっているのかもわからない。これが深層や未発見エリアなら厄介だぞ」

「レイの言う通りだ」

 斥候のエドが頷いた。

「迷宮と繋がっているとわかったのなら、一度引き返してギルドに報告するべきじゃないか? 俺たちだけで調べるには情報が足りなすぎる」

「確かにそうだな」

 スマルグも一度は同意したものの、すぐに穴の奥へと目を向けた。

「だが、ここがまだマッピングもされていないエリアなら、手つかずのお宝があるかもしれないってことだ。少し散策してからでも遅くはないんじゃないか?」

 その言葉に、エドは難しい顔をした。

 危険を考えれば、ここで引き返すのが妥当だろう。

 しかし、未発見のエリアであれば、探索する価値があるのも事実だった。

 前衛のニグルドはしばらく二人の話を聞いていたが、やがてレイへと視線を向けた。

「……どうする?」

 判断を仰ぐような視線だった。

 レイは少し考えたあと、ミレアへと顔を向ける。

「ミレアはどう思う?」

 ミレアは静かに弓を構え、周囲を警戒しながら答えた。

「ここで帰ったら何も収穫がないわ。今のところ魔物の姿も少ないし、もう少し様子を見るべきだと思う」

 レイはその意見を聞き、頭の中で考えを整理した。

 確かに、未発見のエリアなら大発見だ。

 まだ誰も足を踏み入れていない場所なら、貴重な素材や財宝が見つかる可能性もある。

 だが、どの階層に繋がっているのかもわからない以上、不確定要素が多すぎる。予想外の魔物に遭遇すれば、撤退すら難しくなるかもしれない。

 簡単に決められることではなかった。

「なぁ、レイ」

 考え込むレイに、スマルグが声をかけた。

「お前も金が必要だろ? 何も無茶はしないさ。ただ少し調べるだけだ。な?」

 レイはスマルグを見た。

 確かに、金は必要だった。

 今の装備を新調したいし、アンナにも何かプレゼントを贈りたいと思っている。

 そのためにも、少しでも稼いでおきたい。

 もちろん、金のために命を危険にさらすつもりはない。だが、危険を避けながら稼げる機会があるのなら、簡単に捨てるのも惜しかった。

 レイは小さく息を吐く。

 ここは、ニグルドたちの意見に賛成するか。

「わかった……。散策を続けよう」

 レイはそう告げてから、全員を見渡した。

「だが、危険だと判断したらすぐに脱出するぞ。少しでも手に負えない相手がいたら、迷わず引き返す。いいな?」

「ああ、それでいい」

 ニグルドが頷く。

 ミレアも弓を構えたまま、静かに同意した。

 エドはまだ納得しきれていない様子だったが、これ以上反対することはなかった。

「よし。じゃあ、慎重に進もうぜ」

 スマルグの声を合図に、一行は再び歩き始めた。

 廃坑の先に広がる、未知の迷宮。

 そこに何が待ち受けているのか、まだ誰にもわからなかった。



夜行石のぼんやりとした灯りを頼りに、一行は迷宮の奥へと進んでいた。

 全員、口数は少ない。

 誰も無駄な会話を交わそうとはせず、辺りの物音や魔物の気配に神経を集中させていた。

 先頭を歩くのは斥候のエドだ。

 彼は時折足を止めては周囲を見渡し、床や壁に何か痕跡が残されていないかを確かめながら、慎重に進んでいく。

 その後ろでは、スマルグが剣の柄に軽く手を添えていた。

 いつ魔物が現れても、すぐに剣を抜けるようにしているのだろう。表情こそ普段と変わらないが、その視線は油断なく周囲を捉えていた。

 ミレアは弓に矢をつがえ、いつでも援護できるよう前方を見据えている。

 その目は鋭く、獲物を狙う狩人のようだった。

 そして、ニグルドは盾を握る手にぎりりと力を込め、いつ襲いかかってくるとも知れない魔物に備えていた。

 レイもまた、周囲への警戒を怠らなかった。

 夜行石の光が届く範囲は限られている。少し先に目を凝らしても、見えるのは岩壁と入り組んだ通路ばかりだ。

 その陰に何かが潜んでいたとしても、すぐに気づけるとは限らない。

 未知の迷宮なのだから、なおさら油断はできなかった。

 そうして一行は、しばらく慎重に歩き続けた。

 やがて、先頭のエドが足を止めた。

「……開けてるな」

 彼の言葉に、後ろの者たちも前方へと視線を向ける。

 これまで続いていた狭い一本道の先に、少し広くなった空間が見えていた。

 エドは入り口付近で足を止め、奥へ視線を向ける。

 夜行石の淡い光が、広間の一部を照らしていた。

「進めそうか?」

 スマルグが小声で尋ねる。

「今のところはな」

 エドは短く答え、慎重に広間へ足を踏み入れた。

 それに続き、一行もゆっくりと中へ入っていく。

 狭い通路を進み続けていたせいか、そこを流れるひんやりとした空気が、妙に心地よく感じられた。

 張り詰めていた緊張が、ほんの少しだけ和らぐ。

「ふぅ……」

 スマルグが小さく息を吐いた。

「少しは広い場所に出られたな」

 そう言いながら、彼は周囲を見回した。

 他の者たちも、わずかに息をつく。

 だが、レイは警戒を緩めなかった。

 開けた場所だからといって、安全とは限らない。

 むしろ、こういう場所こそ魔物が潜んでいる可能性がある。

 レイは視線を巡らせ、岩壁の陰や足元に注意を向けた。

 そのときだった。

 ――カサッ。

 何かが擦れるような、小さな音が聞こえた。

 レイの視線が、ぴたりと止まる。

「……待て」

 低い声で仲間たちに告げた。

 空気が変わる。

 つい先ほどまで感じていた安堵は、一瞬にして消え去った。

暗闇の中から聞こえてくる、何かが蠢く音。

 その音を耳にした一行に、緊張が走った。

 レイは前方へと視線を向け、暗闇を睨みつけるように目を凝らした。

 彼女の目は、暗闇にも慣れている。夜行石の淡い光が届かない場所でも、目を凝らせばある程度の様子を窺うことができた。

 その隣では、スマルグがいつの間にか松明を地面に置き、剣を抜いていた。

 彼はレイに顔を寄せ、小さな声で尋ねる。

「……何か見えるか、レイ」

 レイはすぐには答えず、片手を上げて静かにするよう合図した。

 スマルグも口を閉ざし、前方へと視線を向ける。

 やがて、暗闇に慣れてきたレイの目が、蠢くものの正体を捉えた。

「……あれは……」

 思わず声が漏れそうになるのを、レイは堪えた。

 そこにいたのは、三体の影這百足だった。

 人間の子供ほどの大きさを持つ異様な百足たちが、何かを取り囲んでいる。

 その中心にあったのは、ゴブリンの死体だった。

 影這百足たちは死体に群がり、無数の脚を蠢かせながら、クチャクチャと音を立てて肉を貪っていた。

 その光景に、レイは眉をひそめる。

 魔物同士が共食いをすること自体は、さほど珍しいことではない。

 だが、あの大きさの百足が三体もいるとなれば、油断はできなかった。

 レイは仲間たちを振り返り、指を三本立ててから、前方を指し示した。

 三体。

 魔物の数を理解したニグルドたちが、静かに頷く。

 レイは続けて、ミレアへと視線を向けた。

 そして、目配せをする。

 ミレアはその意図を察したのか、小さく頷いた。

 音を立てないよう慎重に弓を構え、矢をつがえる。

 弦が引き絞られ、矢尻が暗闇の中にいる影這百足の一体へと向けられた。

 一方、レイもゆっくりと剣を抜く。

 金属音を立てないよう、細心の注意を払いながら刃を引き出した。

 影這百足たちは、まだこちらに気づいていない。

 捕食を続ける三体を見据えながら、レイは次の機会を窺っていた。


ミレアが弓を引き絞り、矢を放った。

 ヒュッ、と風を切る音が響く。

 放たれた矢は、狙い違わず影這百足の一体に突き刺さった。

 次の瞬間、耳をつんざくような叫び声が迷宮に響き渡った。

 影這百足たちは一斉に捕食をやめ、こちらへと向き直る。

 カシャカシャカシャッ!

 無数の脚が床を打ち鳴らし、三体の影這百足がレイたちに向かって走り出した。

 その動きは、まるで蛇が地面を這うかのように不規則だった。

 右へ、左へ。身体をくねらせながら、凄まじい速さで距離を詰めてくる。

 その姿は、見る者の本能的な嫌悪感をかき立てた。

「来るぞ!」

 スマルグが声を上げ、剣を構える。

 三体のうち、一体は矢傷のせいか、ほかの二体よりも動きが鈍い。

 だが、残る二体の速度は少しも衰えていなかった。

「くそっ!」

 先頭の影這百足に向かって、スマルグが剣を振り下ろす。

 しかし、影這百足は身体をくねらせ、紙一重でその一撃をかわした。

「なっ――!」

 剣が空を切る。

 その隙を逃さず、影這百足がスマルグへと飛びかかった。

 ギチギチギチッ!

 不気味な音を立てながら、巨大な顎が開かれる。

 狙いは喉元。

 鋭い顎が、スマルグの首に食らいつこうと迫る。

「ぐっ……!」

 スマルグは咄嗟に剣を横向きに構え、さらに鉄甲で顎を押さえ込んだ。

 ガキンッ!

 金属と硬い外殻がぶつかり、鈍い音が響く。

 影這百足はなおも顎を動かし、スマルグの喉元へ食いつこうと暴れていた。

 その力に押され、スマルグの表情が歪む。

 このままでは、押し切られる。

 そう判断したレイは、迷わず踏み込んだ。

 狙うのは、外骨格の隙間。

 硬い殻に覆われた身体でも、関節の部分にはわずかな隙間がある。

 レイはそこへ剣先を突きつけた。

「はあっ!」

 渾身の力を込め、剣を押し込む。

 刃が外骨格の隙間を貫いた。

 影這百足が激しく身をよじり、無数の脚をばたつかせる。

 レイは両手で柄を握り、暴れる身体に押し負けないよう、さらに力を込めた。

 やがて、影這百足の身体がビクビクと痙攣し始める。

 顎の動きも弱まり、スマルグを押さえつけていた力が緩んだ。

「今だ!」

 レイは足で影這百足の身体を突き飛ばし、剣を引き抜いた。

 巨体が床に転がり、無数の脚がしばらくの間、虚しく蠢く。

 レイはすぐさま剣を構え直した。


レイが影這百足から剣を引き抜いた、その直後だった。

 背後から、もう一体の影這百足が襲いかかってきた。

「――っ!」

 レイは軽く地面を蹴り、寸前のところで横へ跳ぶ。

 影這百足の顎が、先ほどまでレイのいた場所を通り過ぎた。

 だが、回避したことで体勢が崩れる。

 そこを逃すまいと、影這百足がすぐさま向きを変え、レイへと追い打ちをかけた。

 その瞬間だった。

「おおおっ!」

 ニグルドが割って入る。

 両手で構えた盾を力いっぱいに押し込み、迫り来る影這百足の胴体を正面から弾き飛ばした。

 鈍い衝撃音が響く。

 影這百足の身体が宙を舞い、地面へと叩きつけられた。無数の足が不気味に蠢き、起き上がろうともがいている。

「助かった、ニグルド!」

 レイはすぐさま体勢を立て直し、剣を構え直した。

 そして、少し離れた場所にいるスマルグへ視線を向ける。

 言葉はない。

 レイは顎をしゃくり、合図を送った。

 スマルグはそれを受けて頷くと、剣を構えながら影這百足へと近づいていく。

 レイが左側から、スマルグが右側から。

 二人は互いに距離を取りながら、影這百足を挟み込むように位置を変えた。

 起き上がった影這百足は、二人に向かって大顎を打ち鳴らした。

 ギチギチギチッ――。

 威嚇するような音が、薄暗い空間に響き渡る。

 二人がじりじりと距離を詰める。

 影這百足がどちらへ飛びかかるべきか迷うように、頭を左右へ振った。

 その瞬間。

 ヒュッ――!

 二人の間を縫うように、一筋の矢が飛んだ。

 矢は影這百足の口元へと突き刺さる。

「ギィィィィッ!」

 激痛に襲われた影這百足が、身体を激しくよじらせた。無数の足が地面を掻き、逃れようと暴れ回る。

「今だ!」

 スマルグが踏み込んだ。

 剣を振り下ろし、影這百足の胴体へと深々と突き立てる。

 だが、影這百足も最後の力を振り絞り、スマルグへと食らいつこうとした。

「させるか!」

 そこへエドが飛び込む。

 素早く距離を詰めたエドが追撃を加え、スマルグとともに影這百足を押さえ込む。

 やがて、その身体から力が抜けた。

 無数の足が一度だけ大きく痙攣し、動かなくなる。

 残るは、あと一体。

 仲間が次々と倒される様子を見た最後の影這百足は、二人から距離を取ると、身を翻して逃げ出そうとした。

「逃がすか!」

 レイはすぐさま地面を蹴った。

 逃げる影這百足との距離を一気に詰め、剣を振るう。

 刃が胴体の側面を走り、何本もの足を切り落とした。

「ギギィッ!」

 影這百足が悲鳴のような音を上げ、バランスを崩す。

 切断された足の付け根から、緑色の体液が飛び散った。

 身体を支えられなくなった影這百足は、腹を上に向けてひっくり返る。無数の足をばたつかせ、地面の上で激しく跳ね回った。

 そこへ、ニグルドが歩み寄る。

 盾を下ろし、暴れる影這百足を見下ろした。

「これで終わりだ」

 ニグルドが盾を振り下ろす。

 ぐちゃり。

 湿った音が辺りに響いた。

 影這百足の身体が地面に押し潰され、その動きが止まった。

 しばらくの間、誰も口を開かなかった。

 やがて、レイは剣を構えたまま周囲を見回す。

 

 レイはすぐさま周囲を見渡した。

 剣を構えたまま、暗闇の奥へと目を凝らす。夜行石の淡い光が照らす範囲は限られている。少し離れれば、そこには濃い闇が広がっていた。

 新たな魔物の気配はないか。

 物音は聞こえないか。

 慎重に周囲の様子を探る。

 一方、スマルグは額に汗を浮かべながら、地面に置いていた松明を拾い上げた。

「……ふぅ」

 小さく息を吐き、松明を掲げて辺りを照らす。

 炎が揺れるたびに、岩肌や転がる石、そして倒れた影這百足の姿が浮かび上がった。

 ミレアはエドの後ろに身を隠しながら、弓に矢をつがえていた。

 いつでも射られるように構えたまま、レイとスマルグの様子を窺っている。先ほどまでの緊張が、まだ抜けきっていないようだった。

「うえっ……」

 エドは影這百足に突き立てた剣を引き抜くと、顔をしかめた。

 刃についた緑色の体液を見て、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

「……こいつら、気持ち悪すぎるだろ」

 どうやら、虫の類いは苦手らしい。

 そんなエドをよそに、スマルグがレイへと視線を向けた。

「どうだ、レイ? まだいそうか?」

 レイは剣を構えたまま、もう一度周囲に意識を向けた。

 しばらくしてから、ゆっくりと口を開く。

「いや、この辺りにはもう影這百足はいなさそうだ」

「そうか……」

「だが、他の魔物がいつ現れてもおかしくない。皆、離れないようにして辺りを調べよう」

 レイはそう告げると、ふぅ、と小さく息を吐いた。

 それから、ようやく剣を鞘へと収める。

 スマルグも額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。松明を持つ手には、まだわずかな力がこもっている。

 エドは剣を握り直し、ミレアは弓を構えたまま周囲を見回した。

 先ほどまで強張っていたミレアの表情も、レイの言葉を聞いて少しだけ和らいでいた。

「よし……慎重にな」

 スマルグの声を合図に、一行は再び動き始めた。

 互いの距離を保ちながら、周囲に目を配り、足元や岩壁の陰まで注意深く調べていく。

 影這百足との戦闘は終わった。

 しかし、ここが未知の迷宮であることに変わりはない。

 何が潜んでいるのかも、どこまで続いているのかも、まだ誰にもわからなかった。


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