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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第5章

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冒険者の一夜。

部屋に入ると、中は真っ暗だった。

窓のカーテンの隙間から、月明かりがわずかに差し込んでいるだけだ。家具の輪郭がぼんやりと浮かび上がっているものの、部屋の隅までは見通せない。

「こっちだよ、アンナ」

レイは彼女の手を優しく引いた。

暗闇の中、アンナは少し緊張した面持ちで、導かれるままに椅子へ腰を下ろす。

「ちょっと待っていてくれるかい?」

そう言うと、レイはアンナの上着に手をかけた。

「……っ」

不意に肩へ触れられ、アンナの身体がぴくりと跳ねる。

「ごめん。驚かせたかな?」

「い、いえ……大丈夫です」

アンナは恥ずかしそうに答えた。

レイは微笑み、脱がせた上着を手に取る。自分の上着と一緒に、部屋の端にある衣服掛けへと丁寧に掛けた。

それから、テーブルの上に置かれた燭台へ歩み寄る。

カチリ、と火打ち石の音がして、小さな炎が灯った。

柔らかな橙色の光が、ゆっくりと部屋を照らしていく。

レイの黒髪と整った顔立ちが浮かび上がり、アンナの赤らんだ頬にも、淡い光が差した。

「暗い部屋ですまないね。普段は明かりをつけずに過ごすことが多くてさ」

「ううん、平気です」

アンナは首を横に振った。

「これくらいのほうが、実家みたいで落ち着きます」

「そうか」

レイはくすりと微笑んだ。

「落ち着けるなら、なによりだよ」

そう言って、彼女の向かいに腰を下ろす。

しばらく、二人の間に穏やかな沈黙が流れた。

アンナは膝の上で両手を握り合わせている。酒場ではあれほど自然に話せていたのに、今は何を話せばいいのかさえ分からなかった。

そんな彼女の様子を、レイは静かに見つめていた。

「……緊張してる?」

「は、はい」

アンナは正直に頷いた。

「その……二人きりで、こういうふうに過ごすのは初めてで……」

「なるほどね」

レイは少し考えるように目を伏せた。

そして、ふと思いついたように顔を上げる。

「そうだな。こっちへ来て、アンナ」

「えっ?」

差し出された手を見つめ、アンナは瞬きをした。

レイは急かすことなく、彼女の返事を待っている。

アンナは小さく息を吸うと、その手を取った。

優しく引かれ、立ち上がる。

そのまま導かれるように歩き、アンナはベッドの端へと腰を下ろした。

柔らかな寝具が身体を受け止める。

途端に、胸の鼓動が速くなった。

――もう、始まるのだろうか。

そんな考えが頭をよぎり、アンナは落ち着かない様子でレイを見上げた。

けれど、レイは彼女の隣に座ることもなく、穏やかな声で告げた。


ベッドの端に座るアンナを見て、レイはふっと微笑んだ。

「働いていて疲れているだろう? 靴を脱がせてあげるよ」

「えっ……?」

返事を待たず、レイはアンナの前に膝をついた。

そして、彼女の片足をそっと持ち上げ、ブーツごと自分の膝に乗せる。

「レ、レイさん! 自分でできますから!」

アンナは慌てて足を引こうとした。

けれど、レイは驚くほど落ち着いていた。

「大丈夫。俺に任せて」

「で、でも……!」

「いいから。せっかく二人きりなんだ。少しくらい、君を甘やかさせてくれないかな?」

穏やかな笑顔を向けられ、アンナはそれ以上強く言えなくなってしまった。

レイはブーツの紐に指をかける。

一本ずつ、絡まないようにゆっくりと解いていく。慣れた手つきで結び目をほどき、足首を支えながら、革のブーツを丁寧に脱がせた。

続いて、もう片方のブーツにも手を伸ばす。

アンナは恥ずかしさに耐えながら、じっとその様子を見つめていた。

酒場で一日中働き、店内を歩き回っていた足だ。

ブーツの中にこもった熱と湿気が逃げ、わずかに酸っぱい、鼻をつくような匂いが漂った。

レイはふと、手を止める。

「……少し匂うね」

「~~っ!」

アンナの顔が、一瞬で真っ赤になった。

「ご、ごめんなさい! 私、ずっと働いていたから……!」

慌てて足を引っ込めようとする。

「私、清潔じゃないですよね……」

今にも泣きそうな声だった。

そんなアンナを、レイはゆっくりと見上げた。

「そんなことないよ?」

責める様子も、嫌悪する様子もない。

ただ、いつもの落ち着いた微笑みを浮かべていた。

「一日中、立ちっぱなしだったんだろう? 頑張って働いていた証拠じゃないか」

「で、でも……」

「俺は気にしないよ」

そう言って、レイは再びアンナの足に視線を落とした。

そして、彼女の足先へ顔を近づける。

「レ、レイさん……?」

アンナが戸惑う間もなく、レイはそっと匂いを確かめた。

「っ、あの……!」

アンナは耐えきれず、レイの頭に手を伸ばした。

「だ、ダメです! そんなに近づいたら……!」

ぐい、と離そうとする。

けれど、レイは顔を上げ、彼女の目を見つめた。

「嫌だった?」

不意に尋ねられ、アンナの手が止まる。

「そ、それは……」

嫌だと言い切れない自分に、アンナ自身が戸惑っていた。

レイはそんな彼女の様子を見つめ、少しだけ悪戯っぽく微笑む。

「……じゃあ、もう少しだけ」

そう囁き、彼女の足にそっと口づけた。

「ひゃっ……!」

アンナの足が、ぴくりと跳ねる。

予想もしなかった感触に、彼女は思わず息を呑んだ。

「レ、レイさん……ダメです、そんな……あっ……!」

言葉とは裏腹に、声がうまく続かない。

レイは彼女の反応を確かめるように顔を上げた。

その表情には、余裕のある微笑みが浮かんでいる。

「……アンナ」

「は、はい……」

「本当に嫌なら、ちゃんと言ってくれ。俺は、君を困らせたいわけじゃないからね」

その言葉に、アンナは唇をきゅっと結んだ。

恥ずかしい。どうしようもなく恥ずかしい。

それなのに、自分のことを少しも汚いものとして扱わないレイの優しさが、胸の奥をくすぐっていた。

「……嫌、じゃ……ないです」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。

レイは一瞬だけ目を丸くし、それから柔らかく笑った。

「そう。よかった」

アンナは真っ赤な顔を両手で覆った。

今夜はきっと、この人に敵いそうにない。

そんなことを思いながら。


レイは再びアンナの足元へ顔を近づけた。

足の指先に触れ、指と指のあいだへそっと舌先を滑らせる。

「……っ」

アンナの身体が、ぴくりと跳ねた。

蝋燭の頼りない炎が揺れる。薄暗い部屋に二人の影が重なり、静寂の中、アンナの押し殺した息遣いだけがかすかに響いていた。

レイは彼女の反応を確かめながら、足首からふくらはぎへと手を移していく。ゆっくりと揉みほぐす指先が、少しずつ上へと進む。

アンナは膝の上でシーツを握りしめた。

恥ずかしい。どうしたらいいのか分からない。

それなのに、目の前のレイから目を離せなかった。

レイが顔を上げる。

金色の瞳と視線がぶつかった瞬間、アンナはとうとう我慢できなくなった。

「……レイさんっ」

彼女は勢いよく身を乗り出し、レイに抱きついた。

レイは小さく目を見開いたものの、すぐに優しく微笑む。

「……ふふ」

背中をぽん、ぽん、と優しく叩く。

それからアンナの身体をそっと支え、ベッドへと横たえた。

アンナはレイの服をぎゅっと掴んだまま、潤んだ目で彼女を見上げていた。

もう、言葉はいらなかった。

アンナは両手でレイの頬を包み、夢中で唇を重ねた。

一度離れても、すぐにまた求める。

レイの反応を確かめる余裕さえなく、何度も口づけを繰り返した。

やがてアンナは、わずかに開いたレイの唇へ自分の舌をねじ入れた。

白い歯に触れ、ためらう事なく、その隙間を探る。

レイが小さく息を呑んだ。

けれど、彼女はアンナを拒まなかった。

アンナはますます夢中になり、唇を離しては重ね、名残を惜しむように口づけを深めていく。

レイは目を閉じ、されるがままに身を委ねていた。

そのあいだも、片手はアンナの背中をゆっくりと撫でている。

やがて、レイの指先が自分のシャツへ伸びた。

アンナが唇を重ねている隙に、ボタンをひとつずつ外していく。

そして最後のボタンが外れたとき、シャツが肩からはらりと滑り落ちた。

蝋燭の淡い光が、レイの白い肌を照らし出す。

アンナはようやく唇を離した。

すぐ目の前にある、レイの美しい顔。

その顔が今、自分のすぐそばにいる。

アンナは息を弾ませながら、レイを見つめた。

レイはそんな彼女の頬にそっと触れ、静かに微笑んだ。

アンナは、目の前にあるレイの上半身を見つめていた。

蝋燭の淡い光に照らされた、白く美しい身体。しなやかに引き締まった肌には、服の上からでは、

想像もつかないほどの色香があった。

けれど、その身体には、本来あるはずのないものがついていた。

布を巻き、目立たないようにしている。それでも、暗がりの中でさえ、その存在を隠しきれてはいなかった。

「え……あ……これって……」

アンナの声が震える。

レイは答えなかった。ただ、黄金色の瞳を伏せ、少し悲しそうに微笑んだ。

「……ダメかい?」

いつもの余裕は、そこにはなかった。

アンナは戸惑っていた。

目の前の光景をどう受け止めればいいのか、すぐには分からない。頭の中でいくつもの考えが巡り、言葉が出てこなかった。

そんなアンナの様子を見て、レイは小さく息を吐いた。

「……そうだよね。驚かせて、ごめん」

そう言って、ゆっくりと身体を離そうとする。

その瞬間だった。

ぎゅっと、腕を掴まれた。

「……っ」

レイが振り返る。

アンナは、レイの腕を強く握りしめていた。指先は少し震えていたが、その手が離れることはなかった。

「行かないでください……」

か細い声だった。

レイの黄金色の瞳が、わずかに見開かれる。

「私なら、大丈夫です」

アンナは言葉を探すように、いったん視線を落とした。

「少し……驚いただけ……」

まだ戸惑いは残っている。それでも、アンナはレイを引き留めていた。

レイはしばらく、彼女の顔を見つめていた。

やがて、驚きに見開かれていた瞳がゆっくりと和らぐ。

「……ありがとう、アンナ」

レイは優しく微笑んだ。

その笑顔を見て、アンナの頬が赤く染まる。

レイは彼女の頬にそっと触れ、顔を近づけた。アンナは目を閉じ、彼女を受け入れるように小さく頷く。

そしてレイは、アンナを優しくベッドへ押し倒した。

蝋燭の炎が揺れる。

二人の影が、再びひとつに重なった。

長い夜は、まだ始まったばかりであった。




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