↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/77

黒髪の冒険者。

迷宮都市グランゼル。

 大陸各地から冒険者が集まるこの街では、朝から晩まで誰かが迷宮へ潜り、誰かが傷つき、誰かが帰らぬ人となる。

酒場には武勇伝が溢れ、冒険者ギルドには未帰還者の名前が積み重なる。

 それでも人は迷宮へ向かう。

 金のため。名誉のため。失ったものを取り戻すため。

 あるいは、ほかに生きる術を持たないから。

「……ったく。割に合わねえ」

 街の北門から戻ってきた黒髪の冒険者は、手にした革袋を揺すった。

 中で鳴ったのは、わずかな硬貨の音。

 漆黒の髪は耳が見えるほど短く切り揃えられ、前髪だけが少し長く額にかかっている。

 黄金色の瞳は、獲物を見定める野生の猫を思わせた。

 身に着けているのは、暗い灰色の上着に黒い革鎧。腰には使い込まれたロングソード。背中には小型のボウガンを固定し、膝まで届くブーツの内側には、いくつかの仕掛けを施している。

 飾り気はない。

 だが、装備のどこにも無駄がなかった。

 黒髪の冒険者――レイは、街路を行き交う人々を眺めながら歩いていた。

 武器商人の呼び込み。荷車を引く獣人。迷宮から戻ったばかりの冒険者たち。露店の前で値切り合う商人と客。

 いつもと変わらない光景だ。

 レイは人混みを避けるように路地へ入り、冒険者ギルドへ向かった。

 今日の依頼は、街の外れにある廃村の魔物討伐。

 村を占拠していたのは、ゴブリンの群れだった。

 依頼書には八体と書かれていたが、実際には十二体。

 しかも、そのうち二体は通常種よりも大きかった。

 依頼の情報が古かったのか。それとも、数を少なく見積もられていたのか。

 どちらにしても、依頼主に文句を言ったところで、失った時間は戻らない。

「次は受ける前に確認するか……」

 独り言をこぼし、レイはギルドの扉を押し開けた。

     

 冒険者ギルドの内部は、昼前だというのに騒がしかった。

 依頼書が並ぶ掲示板の前には人だかりができ、受付では報酬の受け取りや新規登録の手続きが行われている。

 奥の酒場では、すでに酒を飲んでいる者までいた。

 レイは人混みをすり抜け、討伐報告の受付へ向かう。

「討伐依頼の報告だ」

「お帰りなさい、レイさん。依頼書をお願いします」

 受付嬢に依頼書を渡す。

 彼女は内容を確認し、眉を寄せた。

「……十二体ですか?」

「ああ。依頼書には八体とあったが、実際にはもっといた。巣穴も見つけたから、そこも潰しておいた」

「それは助かります。確認できれば、追加報酬を申請できると思います」

「頼む」

 レイは討伐証明となる魔石と、持ち帰った証拠品をカウンターへ置いた。

 受付嬢が手続きを進める間、レイは背後の気配に意識を向ける。

 誰かが近づいてきていた。

「よう、レイ。今日も一人か?」

 振り返ると、見覚えのある男が立っていた。

 年齢は三十前後。頑丈そうな鎧を着込み、腰には幅広の剣を吊っている。

 名前は覚えている。

スマルグ。以前、何度か依頼を共にした冒険者だ。

 だが、親しく付き合いたい相手ではなかった。

「見りゃ分かるだろ」

「相変わらず愛想がねえな。そんなんじゃ、いつか死ぬぞ」

「お前に心配される筋合いはない」

「つれねえなあ」

 男は笑いながら、レイの肩に腕を回そうとした。

 レイは半歩ずれた。

 男の腕が空を切る。

「……触るな」

 声が低くなる。

 男は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑顔を取り繕った。

「悪かったよ。そう怒るなって」

「用がないなら、どいてくれ」

「用ならあるぜ。明後日、ちょっとした探索に行くんだ。お前も来ないか?」

「場所は?」

「北東の廃坑だ。最近、奥で迷宮と繋がっているのが発見されたって話で、珍しい魔石が見つかったらしい」

「誰が見つけた?」

「さあな。噂だよ、噂」

「報酬は?」

「悪くないぜ」

「人数は?」

「俺を含めて四人。お前が入れば五人だ」

 レイは黙った。

 情報が曖昧すぎる。

 廃坑の奥で珍しい魔石が見つかったというのに、発見者の名前も、出現する魔物の種類も、危険度も分からない。

 そんな話を鵜呑みにして迷宮へ入るほど、レイは甘くなかった。

「断る」

「おいおい、まだ詳しい話もしてねえだろ」

「その詳しい話がないから断ってるんだ」

「慎重すぎるんじゃねえか?」

「慎重だから、今も生きてるんだよ」

 男の笑みが消えた。

 ほんの一瞬。

 だが、レイは見逃さなかった。

「……そうかよ。まあ、気が変わったら声をかけてくれ」

 男はそれだけ言うと、仲間らしき冒険者たちのもとへ戻っていった。

 レイはその背中を見送った。

 嫌な感じがする。

 だが、根拠のない疑いだけで動くつもりもなかった。

「レイさん、報酬の手続きが終わりました」

 受付嬢の声で意識を戻す。

 提示された金額を確認し、硬貨を革袋へしまう。

 これで今日の仕事は終わりだ。

 宿へ戻り、装備を整備して、明日の依頼を探す。

 いつもどおりの一日。

 そのはずだった。

     ◇

 夜。

 レイは安宿の一室で、ロングソードの手入れをしていた。

 布に染み込ませた油を刃に薄く伸ばし、刃こぼれがないか確かめる。

 次にボウガンを取り出し、弦の張りと機構を確認する。

 最後に、ブーツの内側に仕込んだナイフの動作を確かめた。

 足首をわずかに動かす。

 つま先から、細い刃が滑り出す。

 レイは刃を戻し、ブーツの留め具を締め直した。

 武器の整備を終えると、窓の外を見た。

 街の明かりが揺れている。

 この街には、いくらでも冒険者がいる。

 仲間を探すこともできるし、誰かと組んで大きな依頼を受けることもできる。

 それでもレイは、滅多に固定のパーティーを組まなかった。

 人間関係は面倒だ。

 余計な詮索をされるのも、馴れ合いを求められるのも好きではない。

 何より、自分のことを知られるのが嫌だった。

 レイは上着を脱ぎ、椅子の背に掛けた。

 鏡に映った自分の姿を見つめる。

 短い黒髪。鋭い黄金色の目。鍛えられた身体。

 見慣れた姿だ。

  少なくとも、服を着ている限りは。

 レイは無言で自分の胸元に目を落とした。

 革鎧の下に着ていたシャツには、身体の線を目立たなくするための工夫が施されている。普段から窮屈なほど身体に巻きつけているせいで、脱いだ後には薄く跡が残ることもあった。

 面倒な話だ。

 冒険者として生きていくうえで、余計な面倒を避けるために始めたことだった。

 それが今では、息をするのと同じくらい当たり前になっている。

 レイはシャツの襟元を整え、鏡から目を逸らした。

「……寝るか」

 灯りを消す。

 明後日の廃坑の話は断った。

 明日は別の依頼を探すつもりだった。

 その判断が正しかったのか、間違っていたのか。

 レイが知るのは、もう少し先のことになる。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。