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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第4章

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挿話。 寝室ダンジョン攻略。

食事を終えた一行は、オリゴに案内され、それぞれの部屋へと戻っていた。

あれほどロゼルにべったりだったエリナも、別れ際には妙に素直だった。

「それじゃあ、ロゼル。また明日ね」

「ああ。また明日」

「絶対よ?」

「分かった分かった」

念を押すエリナに苦笑しながら、ロゼルは手を振って別れた。

いつもなら、もう少し一緒にいたいだの、部屋まで送れだのと言い出しそうなものだが、今日はあっさりと引き下がった。

ロゼルは特に気にすることなく、自分の部屋へと向かった。

なにしろ、腹は程よく満たされている。

上等な料理にワインまで楽しみ、久しぶりに贅沢な食事を堪能できた。

その代償か、今は猛烈な睡魔に襲われていた。

「ふぁぁ……眠い……」

大きな欠伸を一つ。

隣を歩いていたリアも、疲れ切った様子で肩を回した。

「私、寝るねー。疲れた」

「おやすみなさい、リア。また明日」

「うん。アゼ姐もおやすみー」

リアは片手をひらひらと振り、自分の部屋へと入っていった。

アゼリアもロゼルに向き直り、柔らかく微笑む。

「ロゼル様も、どうかゆっくりお休みください」

「ああ。二人ともおやすみ。俺も疲れた……」

ロゼルは眠たげに目をこすりながら、自分の部屋の扉を開けた。

「……あー、もう駄目だ」

部屋に入るなり、ふらふらとベッドへ向かう。

普段なら、寝る前に装備の点検やら明日の準備やらを済ませるところだが、今日はそんな気力すら残っていなかった。

そもそも、今は迷宮の中ではない。

安全な宿の一室だ。

少しくらい気を抜いても問題ないだろう。

ロゼルは着ていた黒いドレスを乱暴に脱ぎ捨てた。

ぽいっ。

ドレスが床に落ちる。

続いて靴も脱ぎ、下着だけの格好になると、そのままベッドへと飛び込んだ。

ぼふんっ。

「……おお?」

予想していたよりも、ずっと柔らかい。

身体が沈み込むような感覚に、ロゼルは思わず目を丸くした。

安宿の硬いベッドとは大違いだ。

これまでの旅では、地面に敷いた毛布や、硬い寝台で眠ることも珍しくなかった。

それが今はどうだ。

柔らかな寝具が身体を包み込み、まるで全身を受け止めてくれているかのようだった。

「……こりゃ、すげぇな」

思わず漏れた感想も、すぐに眠気に呑まれていく。

枕に顔を埋め、心地よい感触に身を委ねる。

「……明日のことは……明日考えるか……」

それが、ロゼルの最後の言葉だった。

数分も経たないうちに、静かな寝息が部屋に響き始めた。

すぅ……すぅ……。

ロゼルは完全に夢の中へと落ちていた。

そして――。

カチャ。

部屋の扉が、ほんのわずかに開いた。

廊下から漏れる明かりが、細い帯となって室内へ差し込む。

扉の隙間から、誰かがそっと中を覗き込んだ。

しばらくして、その人物は音を立てないよう、ゆっくりと扉を閉める。

カチリ。

再び部屋が暗闇に包まれた。

侵入者は、裸足だった。

床を踏む音すら立てないよう、慎重に足を運んでいる。

一歩。

また一歩。

ベッドの方へ向かって、抜き足、差し足、忍び足。

その動きは、普段の彼女からは想像できないほど慎重だった。

もちろん、ロゼルは気づいていない。

規則正しい寝息を立てながら、柔らかなベッドに身を預けている。

侵入者はベッドのすぐそばまで来ると、足を止めた。

暗闇の中で、眠っているロゼルの姿を確かめる。

そして――。

「…………」

彼女は小さく息を吐いた。

その人物の正体は、エリナだった。


エリナは、ロゼルのベッドの前で足を止めた。

暗闇の中、柔らかな寝息だけが静かに響いている。

「…………」

エリナはそっと息を呑んだ。

それから、ベッドの縁に両手をつき、ゆっくりと膝を乗せる。

ギシッ、と小さく寝台が軋んだ。

「……っ」

エリナは慌てて動きを止め、ロゼルの顔を窺った。

「…………」

ロゼルは目を覚ます気配もなく、気持ちよさそうに眠っている。

ほっと胸を撫で下ろしたエリナは、再び慎重に動き始めた。

膝をついたまま、少しずつ、少しずつ。

寝台を揺らさないように、物音を立てないように。

まるで、警備の目をかいくぐる盗賊のような慎重さだった。

もっとも、本人はそんなことを考える余裕もなさそうだ。

額にはうっすらと汗が浮かび、頬はほんのりと赤く染まっている。

ようやくロゼルのそばまでたどり着くと、エリナはそこで動きを止めた。

すぐ目の前にある、穏やかな寝顔。

「……ロゼル」

声にならないほど小さく、その名を呼ぶ。

もちろん、返事はない。

エリナは少しだけ身を乗り出し、彼の寝顔をじっと見つめた。

エリナは、すぐ目の前にあるロゼルの寝顔をじっと見つめていた。

普段は落ち着き払っていて、ときには自分よりもずっと年上のような口ぶりで話すロゼル。

そんな彼が、今は警戒心の欠片もなく、気持ちよさそうに眠っている。

「……ふふっ」

エリナは小さく笑うと、そっと顔を近づけた。

そして、ロゼルの金色の髪に鼻先を埋める。

すぅ……。

「…………!」

エリナの目が、ぱちりと開いた。

ひんやりとした髪から、ほのかに甘い香りが漂ってくる。

「……なんて、いい香りなの……」

心の中で呟きながら、エリナはもう一度、そっと匂いを確かめた。

すぅ……。

「香水でもかけているのかしら……?」

けれど、ロゼルが香水を使っているところなど見たことがない。

そもそも、迷宮帰りの彼は泥だらけで、身なりにもほとんど気を遣っていなかったはずだ。

それなのに、今はこんなにも心地よい香りがする。

エリナは不思議に思いながらも、ロゼルの髪から顔を離せなくなっていた。

どくん、どくん、どくん。

心臓がうるさいほどに鳴っている。

「……っ」

エリナは慌てて胸元を押さえた。

(お、落ち着きなさい……!)

こんなに心臓が騒いでいては、寝ているロゼルに気づかれてしまうかもしれない。

そう考えれば考えるほど、鼓動はますます速くなっていく。

額にはじんわりと汗が浮かび、頬も先ほどより赤くなっていた。

少し頭に血が上ったのか、エリナはふらりと身体を揺らす。

「……はぁ……」

思わず漏れた吐息。

エリナは口元を押さえ、もう一度ロゼルの顔を見た。

すぐ目の前にある、柔らかな頬。

そっと手を伸ばせば、触れられる距離だ。


エリナは、ロゼルの寝顔をじっと見つめていた。

すぐ目の前にある、柔らかそうな頬。

「…………」

エリナの整った口元が、わずかに開く。

チロリ、と舌先が覗いた。

けれど、あと少しというところで、エリナはぴたりと動きを止めた。

(わ、私ったら……何をしているの……?)

心の中で自分に問いかける。

それでも、目の前のロゼルから意識を逸らせない。

どくん、どくん、どくん。

心臓が、今にも胸から飛び出しそうなほど激しく脈打っていた。

再び舌をチロリと出しロゼルの頬を軽く舐める

舌先から伝わるロゼルの頬の感覚は、男性とは思えない程柔らかく。

寝汗をかいているせいか。

少し塩辛くエリナの舌を刺激する


暗闇の中、窓から差し込む月明かりが、眠っているロゼルの頬を淡く照らしていた。

その頬は、エリナの唾液で濡れており、月光を受けて鈍く光っている。

エリナはそれを見ながら、ごくりと生唾を飲む。

ポタリ。

「……えっ?」

ポタリ。

何かが寝具に落ちた。

続いて、もう一滴。

ポタリ……。

「…………?」

不思議に思ったエリナは、鼻の下に指を当てた。

ぬるり。

指先に、赤いものがついていた。

「…………え?」

もう一度、そっと鼻に触れる。

そこから滴っていたのは、紛れもない鼻血だった。

「~~~~っ!?」

エリナは慌てて両手で鼻を押さえた。

(う、嘘でしょう!? なんで鼻血なんて出てるのよ!?)

自分の失態に気づいた途端、顔が一気に熱くなる。

誰も見ていない。

ロゼルは眠っている。

それなのに、恥ずかしさで今すぐ布団に潜り込みたくなった。

……。

エリナは目の前の布団を見た。

(……ゴクリ)

そっと手を伸ばし、ロゼルの寝具の端を持ち上げる。

(もう少しくらいなら……)

エリナは周囲を確認したあと、布団の隙間へ頭を滑り込ませた。

するり。

そして、ロゼルを起こさないよう、慎重に身体を潜り込ませていく。

布団の中は、外よりも暖かかった。

エリナは鼻を押さえたまま、身じろぎひとつせずに固まった。

(…………私、何をしているのかしら)

今さらながら、自分の行動が信じられない。

けれど、ここまで来てしまった以上、すぐに出ていくのも妙に気まずい。

エリナは真っ赤な顔を両手で覆った。


ロゼルは薄い下着を着ているだけのようだった。

エリナは布団の中で、そっとロゼルの様子を窺う。

そして、ゆっくり、ゆっくりとロゼルのシャツに手をかけた。

慎重に布地をつまみ、少しずつ捲り上げていく。

布団の中は、エリナの体温と興奮のせいか、ずいぶんと熱がこもっていた。

「……うーん……」

突然、ロゼルが寝言を漏らした。

「……っ!」

エリナはびくりと身体を硬直させる。

ロゼルが目を覚ましてしまったのではないかと、心臓が跳ね上がった。

しかし、ロゼルは目を閉じたまま、再び静かな寝息を立て始める。

エリナはほっと息を吐き、再びロゼルへと視線を戻した。

捲り上げられたシャツの下から、小さなおへそが覗いている。

月明かりに照らされた肌は白く、滑らかだった。

「可愛いおへそ……」

エリナは、ロゼルの小さなおへそを見つめながら、そっと顔を近づけた。

そして、鼻先を寄せると、静かに匂いを嗅ぐ。

すぅ……。

甘く、優しい香りが鼻を通り抜けていく。

「…………」

エリナの頬は、ますます赤く染まっていた。

ポタリ。

ロゼルのおへそに、赤い雫が落ちた。

エリナの鼻から滴った血だった。

白い肌に落ちた赤い雫は、月明かりの中でひどく目立っていた。

エリナは、その光景をじっと見つめた。

自分の血で汚れてしまったロゼルのおへそ。

その光景に、エリナは自分でも説明できない不思議な高揚を覚えていた。

ゴクリ。

再び喉を鳴らす。


ポタリ……ポタリ……。

エリナの鼻から、またしても血が滴り落ちた。

彼女は慌てて鼻を押さえようともせず、ロゼルへと視線を向けていた。

そして、その視線がゆっくりと下へと移っていく。

「…………」

エリナの顔が、ますます赤く染まった。

(……もっと…もっと見たい…)

気づけば、エリナはそっと手を伸ばしていた。

ロゼルを起こさないように、慎重に。

指先が、彼の下着に触れようとした――その瞬間。

むずっ。

「……え?」

突然、背後から服を掴まれた。

そのまま、ぐいっと持ち上げられる。

「キャッ!?」

エリナの身体が浮き上がり、次の瞬間、ベッドの端へと転がされた。

「いたっ! ちょ、ちょっと何するのよ!」

慌てて顔を上げたエリナは、目の前に立つ人物を見て凍りついた。

白銀の髪。

青い瞳。

そして――。

ぴくぴくと、眉を震わせているアゼリアの姿があった。

「…………」

にこりとも笑っていない。

普段の穏やかな表情は、どこにもなかった。

「……何をなさっておられるんですか?」

アゼリアの声は、いつもどおり丁寧だった。

だからこそ、余計に恐ろしい。

「わ、私は……!」

エリナは慌てて身を起こし、乱れた服を整えた。

「へ、部屋を……部屋を間違えたのよ!」

「…………」

アゼリアは無言でエリナを見下ろした。

「部屋を間違えるはず、ないでしょう?」

「うっ……」

「ロゼル様のお部屋から、何やらハレンチな気配がしたもので、急いで駆けつけたのですが……」

アゼリアの眉が、再びぴくりと動いた。

「まさか、あなたとは……」

「だ、誰がハレンチよっ!」

エリナは顔を真っ赤にして叫んだ。

「わ、私はただ、その……!」

「ただ、何でしょう?」

「そ、それは……!」

言葉に詰まるエリナ。

アゼリアは笑顔ひとつ浮かべず、じっと彼女を見つめていた。

そのときだった。

「……んん……」

ベッドの上から、眠たげな声が聞こえた。

二人が同時に振り向く。

「……ん?」

ロゼルが、もぞもぞと寝返りを打った。

そして、ゆっくりと目を開ける。

「……なんだ……?」

ぼんやりとした目で周囲を見回し、頭を掻く。

「……なんしてんだ、お前ら……」

ロゼルは目をこすりながら、上半身を起こした。

目の前には、なぜか部屋にいるアゼリア。

そして、ベッドの端で顔を真っ赤にしているエリナ。

「…………」

「…………」

「…………?」

寝起きのロゼルは、二人の間に漂う不穏な空気を理解できず、ただ首を傾げるのだった。


「ロゼル様!」

アゼリアが、ロゼルに向かって勢いよく振り返った。

「エリナ様が夜這いをかけたのです! なんてハレンチな方なんでしょう! しかも、鼻血まで出して!」

「ちょっ!?」

エリナは慌てて鼻を両手で覆った。

「こ、これは……ちょっとのぼせただけよ!」

「のぼせた?」

「そうよ! のぼせて部屋を間違えただけ! そ、それだけなんだから!」

必死に弁解するエリナ。

しかし、その鼻からは、まだわずかに血が垂れていた。

ロゼルはそんな彼女を、いぶかしげな目で見つめた。

「…………」

「…………」

「……何してんだよ、全く」

呆れたように呟くと、ロゼルは枕を抱え、ベッドから降りた。

そして、そのままスタスタと扉へ向かって歩き始める。

「えっ?」

エリナが目を見開いた。

「ロ、ロゼル? どこ行くの?」

「リアの部屋で寝る」

「なっ!?」

ロゼルは振り返りもせずに答えた。

「ここは危険そうだ……」

「危険って何よ!?」

エリナが叫ぶ。

その横で、アゼリアが腕を組んだ。

「ふんっ」

実に分かりやすい鼻の鳴らし方だった。

その表情は、まさに――ざまぁみろ、と言わんばかりである。

「~~~~っ!」

エリナの顔が真っ赤になった。

「ま、待って! ロゼル!」

慌ててベッドから立ち上がり、彼の背中に声をかける。

「もう舐めたりしないから!」

「…………」

「…………」

ロゼルとアゼリアの動きが、同時に止まった。

「……舐める?」

二人の声が、見事に重なった。

「…………あ」

エリナの顔から、さっと血の気が引いた。

しまった。

完全に口を滑らせた。

ロゼルがゆっくりと振り返る。

その目が、すうっと細くなった。

「…………」

「ち、違うのよ! 今のは、その……!」

「…………」

「ロゼル? ねえ、何か言って?」

ロゼルはエリナをじっと見つめたあと、抱えていた枕をぎゅっと抱き直した。

「……怖……」

心の底から漏れたような一言だった。

「こ、怖いって何よぉ!?」

エリナの悲鳴を背中で聞きながら、ロゼルは部屋を出ていった。

その後ろを、アゼリアが満足そうな顔でついていく。

「ロゼル様、ご安心ください。わたくしがお守りいたします」

「……頼むから、今は何も言わないでくれ…」

「はい。承知いたしました」

そう答えるアゼリアの口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。

まったく、承知しているようには見えなかった。

     

コン、コン。

夜の廊下に、控えめなノックの音が響いた。

「……んー?」

しばらくして、眠そうな声が返ってくる。

ガチャリ。

扉が開き、寝ぼけ眼のリアが顔を出した。

「なに? どうしたの、ロゼル……」

髪は乱れ、目は半分ほどしか開いていない。

完全に夢の途中だったらしい。

ロゼルは枕を抱えたまま、真剣な顔でリアを見上げた。

「……何も言わずに、かくまってくれ」

「…………は?」

リアは数秒間、瞬きすらしなかった。

それから、不思議そうに首を傾げる。

「……何それ?」

「頼む」

「いや、だから何があったのよ……」

リアが首を伸ばし、ロゼルの背後を覗き込んだ。

廊下の向こう。

ロゼルの部屋の扉の前には、鼻を押さえて顔を真っ赤にしたエリナが立っていた。

その隣では、アゼリアが腕を組み、彼女を冷ややかな目で見下ろしている。

「…………」

リアは二人を見た。

次に、ロゼルを見た。

そして、もう一度二人を見る。

「…………なるほど」

何かを察したらしい。

「いや、何も分かってないだろ」

ロゼルが即座に突っ込んだ。

「分かってる、分かってる」

リアは眠そうな顔のまま、ロゼルの腕を引いた。

「ほら、入りなよ」

「助かる……」

ロゼルは心底ほっとした様子で、リアの部屋へと足を踏み入れた。

そして――。

ガチャリ。

リアは扉を閉めると、鍵をかけた。

「よし。これで安心っと」

「……ああ」

ロゼルは深く頷いた。

扉の向こうから、エリナの声が聞こえてくる。

「ロゼルー! 誤解なのよー!」

「…………」

ロゼルは無言で枕を抱きしめた。

「……なあ、リア」

「んー?」

「朝まで、ここにいていいか?」

リアは大きな欠伸を一つすると、ベッドの空いている場所を指差した。

「いいよ。私はもう寝るから、好きにして」

「恩に着る……」

ロゼルはようやく肩の力を抜いた。

こうして、その夜。

迷宮でどんな強敵と対峙しても動じない元ベテラン冒険者は、王女の夜這いから逃れるため、仲間の部屋に避難することになったのだった。











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