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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第4章

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ドレス再び。

アゼリアが持ってきてくれた黒いドレスを、ロゼルは渋々と手に取った。

「……クソ」

ドレスを広げながら、思わず悪態が漏れる。

「確かに、男物を買ってこいとは言わなかったけどよ……」

まさか女性物を買ってくるとは思わなかった。

とはいえ、他に着る服はない。

ロゼルは諦めたようにため息をつくと、慣れない手つきでドレスに腕を通していく。

「……なんだこれ」

普段なら簡単に済ませられる着替えも、勝手が違う。

布を整え、なんとか着終える。

そして浴室に備え付けられた大きな鏡の前に立った。

「…………」

鏡に映っているのは、黒いドレスを着た小さな少女。

ロゼルは無言で自分の姿を見つめる。

「…………」

そして、スカートの裾をつまんで、

ぴらっ。

「……はぁ」

何とも言えない顔になる。

「俺がこんな格好する羽目になるとはな……」

さらに足元を見る。

「……ん?」

そこには、ドレスに合わせるように用意された黒い靴が置かれていた。

「靴まであるのかよ」

気が利いているのか、余計なことをしているのか。

とりあえず履いてみる。

「…………」

足を踏み出した瞬間、いつもと違う感覚にロゼルは眉をひそめた。

少しだけ踵が高い。

「なんだ、この感覚……」

もう一歩歩いてみる。

「…………」

そして、顔をしかめた。

「踵が痛い……」

ロゼルはその場で何度か足踏みをしながら、靴の感触を確かめる。

「……歩きにくいな、これ」

そんなことを呟いていると――

コンコン。

再び、扉がノックされた。

「ロゼル?」

扉越しにリアの声が聞こえる。

「着替えは終わったの?」

「ああ、一応な……」

ロゼルはため息交じりに答える。

「開けてもいいぜ」

「じゃあ、開けるわよー」

ガチャリ。

扉が開いた。

「…………」

そこに立っていたのはリアだった。

ロゼルと似たような、少し踵の高い靴。

そして、黒いワンピース。

「…………」

「…………」

二人はしばらく無言で見つめ合った。

そして――

「ぷっ……」

「……ふっ」

次の瞬間。

「「あはははははははっ!!」」

二人同時に大声で笑い始めた。

「お、お前!」

ロゼルは腹を抱えながら、リアを指差す。

「な、なんだよその格好!」

「は、はははっ!」

リアも涙が出るほど笑いながらロゼルを指差す。

「ロ、ロゼルこそ!」

「くっ……はははは!」

「てか、本当に着るとは思わなかったわ!」

「仕方ねぇだろ! 他に服がないんだから!」

「それにしたって……あはははは!」

リアは笑いすぎて立っていられなくなり、そのまま床に転がった。

「お腹痛い……!」

「笑いすぎだろ、お前!」


ロゼルとリアは、互いの姿を見るたびに思い出したように笑い合っていた。

「くくっ……いや、マジでなんなんだよ、この状況……」

「ふふっ、ロゼルのその格好、何度見ても笑えるんだけど!」

「お前も同じ格好だろうが!」

そんなやり取りをしていたロゼルが、ふと周囲を見回した。

「……そういえば、アゼリアは?」

「ああ、アゼ姐なら向こうの隅でモジモジしてるわよ」

リアはニヤニヤしながら、部屋の片隅を指差した。

ロゼルがそちらに目を向ける。

すると、窓際のカーテンの陰から、白い髪がちらりと覗いていた。

どうやらアゼリアは、カーテンの陰に隠れてこちらの様子を窺っているらしい。

「……何やってんだ、あいつ」

ロゼルは首を傾げると、カーテンの方へ歩いていった。

「どうしたんだ、アゼリア?」

「ロ、ロゼル様……」

カーテンの向こうから、か細い声が返ってくる。

「さっきから何をモジモジしてるんだ?」

「そ、それは……」

アゼリアは少しだけ顔を覗かせると、頬を赤く染めた。

「ロゼル様が……大変お可愛いお姿でしたので……」

「……は?」

思わず聞き返すロゼル。

「い、いえ! それもあるのですが……実は、私に渡された服が少々問題がありまして……」

「問題?」

ロゼルが眉をひそめる。

すると、後ろで二人のやり取りを聞いていたリアが、ニヤニヤしながら口を挟んだ。

「私、先に見たけどさ。あれ、すごいよ?」

「リア、余計なことを言わないでください……!」

「だって、本当のことでしょ?」

リアは楽しそうに笑っている。

一方のアゼリアは、ますますカーテンの陰へ引っ込んでしまった。

「……それで、何が問題なんだ?」

ロゼルが尋ねると、アゼリアは意を決したように口を開いた。

「……布が、少ないのです」

「布?」

「はい……胸元や、スカートの丈が……その……」

説明する声が、だんだん小さくなっていく。

そして最後には、すっぽりとカーテンの陰へ隠れてしまった。

「…………」

ロゼルは数秒ほど黙り込んだ。

それから、ようやく事情を察したように頷く。

「なるほど……」

どうやら、リアとは別の意味で大変なことになっていたらしい。

「そっちはそっちで大変だったわけだな……」

「は、はい……」

「大丈夫だ、アゼリア。笑わないから出てこいよ」

ロゼルは努めて穏やかな声で語りかけた。

「……本当ですか?」

「ああ。約束する」

しばらく沈黙が続いた。

やがて、カーテンがわずかに揺れる。

アゼリアはスカートの裾を両手で押さえながら、恐る恐る姿を現した。

「……失礼いたします」

その姿を見たロゼルは、思わず言葉を失った。

胸元は大きく開き、スカートの丈はかなり短い。

さらに背中まで大胆に開いており、普段の清楚な雰囲気とはまるで違う装いだった。

まさに、布地を節約したとしか思えないドレスである。

「…………」

ロゼルはアゼリアの姿を確認し、次にドレスを見て、最後にもう一度アゼリアを見た。

「……なるほど」

ようやく出てきた言葉は、それだけだった。

「ロゼル様……?」

「いや……」

ロゼルは額に手を当てた。

「エリナのところの従者、いったい何を考えて服を選んだんだ……」

「わ、私にもわかりません……」

アゼリアは恥ずかしそうに胸元を押さえ、落ち着かない様子で立っている。

その隣では、リアが必死に笑いを堪えていた。

「ぷっ……アゼ姐、似合ってるって……!」

「リア!」

「ご、ごめん! でも、いつものアゼ姐と違いすぎて……!」

とうとう堪えきれず、リアが吹き出す。

「ふふっ……!」

アゼリアは顔を真っ赤にして、再びカーテンへ逃げ込もうとした。

「ま、待て待て。隠れなくていいから!」

ロゼルは慌てて声をかける。

「その服しかないなら仕方ないだろ。とりあえず、何か羽織れるものがないか探してみようぜ」

「……よろしいのですか?」

「ああ。無理して着てる必要もないさ」

その言葉に、アゼリアはほっとしたように表情を和らげた。

「ありがとうございます、ロゼル様……!」

「はいはい。だから、そんなに裾を気にしなくてもいいって」

「で、ですが……!」

「……やれやれ」

ロゼルは、黒いドレス姿の自分を棚に上げてため息をついた。

どうやら、この宿での夜は、まだまだ落ち着きそうになかった。


ロゼルはアゼリアとリアを部屋に残し、扉を開けて廊下へ出た。

すると、すぐ近くにオリゴの姿があった。

どうやら、何かあればすぐに対応できるよう、部屋の外で待機していたらしい。

「オリゴさん、ちょっといいか?」

「はい。いかがなさいましたか、ロゼル様?」

ロゼルは背後をちらりと振り返った。

扉の向こうでは、アゼリアが相変わらず落ち着かない様子でモジモジしている。

「連れの服が少々派手すぎてな。あれじゃ部屋から出られないんだ。何か羽織るものはないか?」

オリゴはロゼルの肩越しに、室内の様子を窺った。

そして、アゼリアの姿をちらりと確認すると、

「……なるほど」

何かを察したように呟いた。

「私どもの従者が失礼いたしました……。ロゼル様のお召し物についても、申し訳ございません。すべて私のミスでございます」

オリゴは深々と頭を下げた。

「いや、俺は別にいいんだが……」

ロゼルは自分の黒いドレスを見下ろし、軽く肩をすくめる。

「連れはシャイでね。さすがに、あの格好で食事に行くのは抵抗があるらしい。どうにかできるか?」

「もちろんでございます。エリナ様のお召し物でよろしければ、何か羽織れるものもあるでしょう。すぐにお持ちいたします」

「エリナの服か……」

ロゼルは少し考え込んだ。

「勝手に着たら、あいつ怒るんじゃないか?」

「ご心配には及びません」

オリゴは穏やかに答えた。

「エリナ様は衣服を大量にお持ちですので、一着や二着なくなったところで、いちいち覚えてはいらっしゃいませんよ」

「……あいつらしいな」

ロゼルは呆れたように笑った。

服が多すぎて、自分の持ち物すら把握できていないらしい。

いかにも、あのお姫様らしい話だった。

「ところで、エリナはどうしてる?」

「はい。ロゼル様とご一緒にお食事をなさりたいようで、現在、ご自身のお部屋でめかし込んでおられます」

「……めかし込んでる?」

思わず聞き返す。

「ええ。ロゼル様がお越しになるのを、たいそう楽しみにしておられます」

「……そうかい」

ロゼルは何とも言えない顔で頭を掻いた。

あの姫様は、いったい何をするつもりなのだろうか。

そんなロゼルの心情を知ってか知らずか、オリゴは改めて姿勢を正した。

「ところで、ロゼル様。皆様とも、お食事はまだでございましょう?」

「ああ。まだだな」

「帰ってこられたばかりで、ご迷惑かもしれませんが……どうかエリナ様のお相手をお願いできませんでしょうか?」

オリゴは丁寧に頭を下げた。

「エリナ様も、皆様とお食事をされることを心待ちにしておられますので」

「まぁ、飯くらいなら付き合うが……」

ロゼルは少し考えてから、口元を緩めた。

「その代わり、とびきり美味い料理を期待しているぜ」

「もちろんでございます。シェフを呼んでおりますので、ご期待にお応えできればよいのですが」

「そいつは楽しみだ」

ロゼルは満足げに頷いた。

迷宮から帰還して以来、泥だらけのまま走り回り、ようやく一息つけたところだ。

豪華な宿で、まともな料理を食べられるというのなら、悪い話ではない。

「ありがとうございます、ロゼル様」

オリゴは安堵したように微笑んだ。

「ご準備が整いましたら、三階の大部屋へお越しください。エリナ様も、そちらでお待ちしているかと存じます」

「わかった」

ロゼルは頷き、部屋の方を振り返った。

「それと、アゼリアの服。よろしく頼む」

「かしこまりました」

オリゴは静かに頷くと、再び深々と頭を下げた。

「すぐにご用意いたします」

「助かるよ、オリゴさん」

そう言ってロゼルは部屋へ戻っていった。

扉の向こうでは、まだアゼリアとリアが何やら話している声が聞こえていた。


ロゼルが部屋に戻ると、アゼリアがすぐさま駆け寄ってきた。

「ロゼル様……服は用意できそうでしょうか?」

「ああ、なんとかなりそうだ。少し待っててくれってさ」

「そ、そうですか……! ありがとうございます!」

アゼリアはホッと胸を撫で下ろした。

そして、なぜかロゼルの背後に回ると、ぴったりと張り付くようにして身を隠した。

「……おい、アゼリア。どうした?」

「い、いえ……その……」

アゼリアは恥ずかしそうに顔を伏せている。

どうやら、あのドレス姿で人前に出ることには、相当な抵抗があるらしい。

しかし、しばらくすると――

アゼリアはロゼルの髪にそっと手を伸ばした。

「……?」

手にしていた櫛で、金色の髪を優しく梳き始める。

「…………」

ロゼルは鏡越しにアゼリアの様子を窺った。

先ほどまで恥ずかしがっていたはずなのに、今はどこかご機嫌そうだ。

「……何してるんだ?」

「髪を整えております」

「いや、それは見ればわかるが……」

「ふふっ。ロゼル様の髪は、とても綺麗ですね」

アゼリアは嬉しそうに微笑みながら、丁寧に櫛を通していく。

どうやら、ロゼルのドレス姿がすっかり気に入ってしまったらしい。

「……まったく」

ロゼルは呆れたように息を吐いたが、特に抵抗することもなく、されるがままになっていた。

そして、数分後。

コンコン。

部屋の扉がノックされた。

「失礼いたします。お約束の品をお持ちいたしました」

オリゴの声だ。

「どうぞー!」

リアが返事をすると、扉が開き、オリゴが一着の衣類を手に入ってきた。

「お待たせいたしました。こちらなど、いかがでしょうか?」

差し出されたのは、カーディガンだった。

ただし、普通のカーディガンではない。

生地のあちこちに、小さな宝石が縫い付けられている。

照明を受けるたびにキラキラと輝き、どう見ても庶民が普段着にするような代物ではなかった。

「…………」

ロゼルはそれを見て、思わず黙り込んだ。

「……これで地味な方なのか?」

「はい……」

オリゴは申し訳なさそうに頭を下げた。

「誠に申し訳ございません。お嬢様のお召し物の中では、かなり地味な方の衣類なのですが……」

「……なるほどな」

ロゼルは遠い目をした。

あのお姫様の金銭感覚には、やはりついていけそうにない。

一方、アゼリアはというと、すぐさまカーディガンを受け取って羽織っていた。

胸元や背中が大きく開いたドレスも、上からカーディガンを着ることで、いくらか露出が抑えられている。

もっとも、宝石がキラキラと輝いているため、別の意味で目立つ格好ではあったが。

それでも、アゼリアは安心したように微笑んだ。

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしました……」

「とんでもございません!」

オリゴは慌てて首を振る。

「ロゼル様方はエリナ様の命の恩人でございます。これくらい、どうということもございません。また何かお困りのことがございましたら、遠慮なくお申し付けください」

「ありがとうございます」

アゼリアは丁寧に頭を下げた。

それを見届けると、オリゴは三人へ向き直った。

「それでは皆様、お食事の準備はよろしいでしょうか?」

「ああ、大丈夫だぜ」

ロゼルが答える。

すると、待ってましたとばかりにリアが手を挙げた。

「私は大丈夫! もうお腹ぺこぺこよー!」

「ふふっ……」

アゼリアはそんなリアの様子を見て、楽しそうに微笑んだ。

先ほどまで服装を気にして落ち着かなかったのが嘘のようだ。

「では、こちらへご案内いたします」

オリゴは恭しく一礼すると、扉の外へと歩き出した。

「さあ、行こうぜ」

ロゼルが二人に声をかける。

「はーい!」

リアが元気よく返事をし、アゼリアも微笑みながら頷いた。

こうして三人は、エリナが待つ三階の大部屋へと向かうのだった。








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