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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第4章

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おんぶにだっこ。

ロゼルはまずエリナを岩場から下ろした。

「ほら、足元に気をつけろ」

「ええ……」

エリナが岩場から降りるのを確認すると、続いてオリゴへ手を伸ばす。

「次はあんただ」

「かたじけない、ロゼル殿」

オリゴもロゼルの手を借りながら、慎重に岩場を下りていく。

二人が地面へ降りたところで、ロゼルも岩場から飛び降りた。

その瞬間――

鼻につく、濃い血の臭いが漂ってきた。

先ほどロゼルが倒したヘルハウンドたちの死骸が、岩場の下に転がっている。

地面には黒ずんだ血が広がり、辺りには獣の臭いが残っていた。

「……」

オリゴは周囲を警戒するように、忙しなく辺りを見回す。

「他に魔物はいないようですが……」

「今のところはな」

ロゼルも暗闇へ目を向ける。

一方、エリナは鼻を少ししかめた。

「……うっ」

漂ってくる獣臭が気に入らないらしく、眉間に皺を寄せている。

「嫌な臭い……」

そして、エリナは周囲を見回した。

先ほどまで隣にいたロゼルが、少し離れたところにいる。

どうやらそれが落ち着かないらしい。

「ロ、ロゼル!」

「ん?」

「もっと近くに来て!」

ロゼルは一瞬エリナを見る。

そして、やれやれといった顔をした。

だが、特に近づこうとはしない。

「…………」

エリナはしばらくロゼルを見つめていた。

やがて、自分から歩み寄る。

そして――

ロゼルの服の端を、ぎゅっと掴んだ。

「おい……」

ロゼルが呆れたように目を向ける。

「何?嫌なの?!」

「まあ……好きにしな」


ロゼルは小さく息を吐き、再び暗闇へ視線を戻した。

「血の匂いで、他の魔物がいつ来てもおかしくない」

ロゼルは周囲の暗闇を見回しながら言った。

「さっさと場所を移すぞ」

そう言うと、ロゼルは先頭に立って歩き始めた。

頼りになるのは、壁や床に埋め込まれた夜行石の淡い光だけ。

三人はその光を頼りに、暗い迷宮を進んでいく。

ロゼルは時折足を止め、周囲の気配を探りながら慎重に歩いていた。

しばらくして――

「……ん?」

ロゼルが後ろを振り返る。

エリナの歩調がおかしい。

先ほどまでより明らかに遅く、足を引きずるように歩いている。

「足が痛いのか?」

ロゼルが尋ねると、エリナは少し気まずそうにこくりと頷いた。

「……うん」

ロゼルは小さくため息を吐いた。

「やっぱりか」

近くにあった小さな岩を見つけると、エリナをそこへ座らせる。

「ほら」

「な、何を?」

「足、見せてみろ」

エリナは戸惑いながら足を差し出した。

ロゼルはしゃがみ込み、その足を注意深く確認する。

エリナは自分の足を見られているのが恥ずかしいのか、足先をもじもじと動かしていた。

「……靴擦れしてるな」

赤く擦れた皮膚を見ながら、ロゼルが呆れたように言う。

「こんな靴で迷宮に来るからだ」

「だって……」

エリナが何か言い返そうとするが、ロゼルは聞き流して荷物を開いた。

取り出したのは包帯と、小さな缶に入った軟膏だった。

「ちょっと染みるかもしれないぞ」

「え……」

ロゼルは傷になった部分へ、慎重に軟膏を塗っていく。

「ひゃっ……」

エリナが小さな声を上げた。

「くすぐったいのか?」

「ち、違うわよ……」

そう言いながらも、足がぴくっと動く。

ロゼルは気にせず薬を塗り終えると、包帯を取り出した。

傷口を圧迫しすぎないよう、優しく包帯を巻いていく。

「そら、終わったぞ」

「……」

エリナは自分の足を見つめ、それからロゼルへ顔を向けた。

どこかぽーっとした表情だった。

「あ、ありがと……」

「それと、その靴は捨てちまいな」

「え?」

ロゼルはエリナの靴を見る。

「代わりに俺の靴を履け。サイズはほとんど一緒だと思う」

「ロゼルの靴を……?」

「歩けないよりマシだろ」

そう言って、ロゼルは自分の靴を脱いだ。

そしてエリナの足元へ置き、履かせていく。

「……俺の足の方が少し大きいけど」

「これなら十分歩ける」

オリゴが申し訳なさそうに頭を下げる。

「何から何まで申し訳ございません……」

「帰り道はまだまだ長いからな」

ロゼルは立ち上がった。

「歩けなくなられるのは困る」


ロゼルはそう言うと、自分の素足を見下ろした。

「さて……」

荷物から替えの衣服を取り出す。

その端を掴むと――

ビリビリッ。

布を引き裂いていく。

「ロゼル殿……?」

オリゴが心配そうに声をかける。

ロゼルは裂いた布を細長く整えると、そのまま素足になった自身の足へ巻きつけていった。

足の裏や擦れた部分を覆うように、何重か巻いていく。

「……ないよりはマシか」

ロゼルは立ち上がり、足を軽く踏みしめる。

先ほどまで履いていた靴がなくなった分、頼りない感触が地面から直接伝わってくる。

その様子を、エリナは心配そうに見つめていた。

自分がロゼルの靴を履いている。

その代わりにロゼルが裸足になっていることが、どうにも気になるらしい。

「……」

何か言おうとして、結局何も言えずに口を閉じる。

そんなエリナに気づいたのか、ロゼルが顔を上げる。

「どうした?」

「……なんでもないわ」

エリナは小さく首を振った。

ロゼルはそれ以上追及せず、荷物を背負い直した。

「この先をもう少し行ったら、地底湖への入り口がある」

二人へ向き直る。

「地底湖に入る前に、俺は蝋で耳に栓をするからな」

そして、念を押すように続けた。

「二人とも、さっき言ったことは覚えているな?」

エリナとオリゴは、揃ってこくりと頷いた。

「よし」

ロゼルは暗闇の先へ視線を向ける。

「じゃ、先を急ぐぞ」

三人は再び、夜行石の淡い光を頼りに歩き始めた。


辺りに、再び湿気が満ち始めた。

顔にまとわりつくような湿った空気。

肌がべたつき、息を吸うたびに空気が重く感じられる。

「……近いな」

ロゼルが呟く。

地底湖は、もうすぐそこまで迫っていた。

ロゼルはエリナへ目配せする。

それだけで意図を察したのか、エリナとオリゴも口を閉ざした。

ロゼルは荷物から蝋を取り出すと、両耳へしっかりと詰め込んでいく。

これで、セイレーンの歌は聞こえない。

耳栓代わりに使った蝋で指先がべたつく。

ロゼルは先ほど裂いた服の切れ端で指を拭い、その布をその場へ捨てた。

そして大斧を担ぎ直す。

「行くぞ」

三人は、地底湖へと繋がる通路へ入っていった。

暗い。

夜行石の光すらほとんど届かない細い通路を、ロゼルが先頭に立って進んでいく。

足音だけが、壁に小さく反響する。

その時だった。

ぎゅっ。

エリナが、ロゼルの手を強く握った。

「……」

ロゼルは一瞬、後ろを振り返る。

エリナは暗闇の中で不安そうな顔をしていた。

手を握る力が、さらに強くなる。

ロゼルは眉をひそめた。

正直、歩きづらい。

このままでは片手が塞がった状態で進むことになる。

一瞬、手を振り払おうかとも思った。

だが――

暗闇の中でエリナがパニックになられても困る。

ロゼルは何も言わず、そのまま手を握らせておくことにした。

「……」

三人は黙って通路を進む。

しばらくすると――

暗闇の向こうに、淡い光が見えてきた。

夜行石の光だ。

そして――

ぽた。

ぽたぽた……。

水が滴る音が聞こえる。

さらに奥から、冷たい風が吹き抜けてきた。

ロゼルの頬を冷たい風が撫でる。

「……着いたな」

通路を抜ける。

目の前に広がったのは、巨大な地底湖だった。

暗闇から突然開けた場所へ出たことで、エリナが思わず息を吐く。

「……ふぅ」

張り詰めていた身体から、力が抜けたようだった。

だが――

エリナはまだ、ロゼルの手を握ったままだった。

しかも、なかなか離そうとしない。

ロゼルはそれに気づきながらも、何も言わずに地底湖の奥へ目を向けた。


地底湖を見渡すロゼル。

先ほどまでの暗い通路とは違い、目の前には広大な水場が広がっている。

水面はほとんど波立っていない。

時折、どこかで水滴が落ちる音が響き、そのたびに静かな水面へ小さな波紋が広がっていた。

エリナとオリゴも、落ち着かない様子で周囲を見渡している。

ロゼルは二人に視線を向けると、二本の指で自分の目を指差した。

それから、その指をエリナとオリゴへ向ける。

――よく警戒しておけ。

そういう合図だ。

エリナとオリゴは、すぐに頷いた。

それを確認したロゼルは、ゆっくりと歩き始める。

なるべく水場から距離を取りながら、岩場を選んで進んでいく。

岩場から岩場へ。

一つの岩に辿り着くたび、ロゼルは足を止めた。

周囲を見渡す。

左右。

背後。

そして前方。

魔物の姿はない。

水竜の気配もない。

確認を終えると、次の岩場へ素早く移動する。

エリナとオリゴも、ロゼルの後を追った。

三人は声を出さず、静かに地底湖を進んでいく。

しばらく進んだところで、ロゼルが足を止めた。

前方。

水場の奥に、何かがいる。

ロゼルは身を低くした。

目を凝らす。

水面から、二つの影が浮かび上がった。

セイレーンだ。

二体。

水面から上半身だけを出し、互いに何かを話すようにしながら泳いでいる。

ロゼルは岩陰に身を隠したまま、じっと様子を窺った。

エリナとオリゴも、ロゼルに倣って身を低くする。

セイレーンはこちらには気づいていない。

そのまま二体は、水面をゆっくりと進んでいく。

やがて、こちらから離れるように奥へ泳いでいった。

ロゼルはすぐには動かなかった。

十分に距離が開くまで、息を潜めたまま二体の姿を追い続ける。

そして、セイレーンの姿が暗闇の向こうへ消えていくのを確認してから、ようやく小さく息を吐いた。

「……よし」

小さく呟くと、ロゼルは再び前を向いた。

まだ地底湖を抜けたわけではない。

水竜がどこにいるのかも分からない。

ここから先も、油断はできなかった。


そうして慎重に岩場を進んでいくロゼルたち。

先ほどまでロゼルの手を強く握っていたエリナも、少しずつこの場所に慣れてきたのか、いつの間にか手を離していた。

それでも周囲への警戒は続けている。

足元を確認しながら、ロゼルの後をついて歩いていた。

そんな時だった。

「……」

岩場の端に差しかかったロゼルが、ふと足を止めた。

何かがある。

岩陰に、黒い影が横たわっていた。

ロゼルは目を細める。

「……死体か」

近づいて確認すると、それが人間の死体だと分かった。

だが、その姿は大きく損傷していた。

水竜の攻撃に巻き込まれ、吹き飛ばされた従者だろう。

岩に叩きつけられたのか、身体は見る影もなく崩れている。

生前の姿を想像することすら難しい。

大きく見開かれた目は、地底湖の天井を見つめている。

すでに光を失った瞳に、近くの夜光石の淡い光が反射していた。

「……っ」

エリナが気づいた。

一瞬、目を見開く。

そして――

「きゃ――」

叫び声を上げそうになったその口を、ロゼルが素早く手のひらで塞いだ。

「……声を出すな」

エリナは目を見開いたまま、何度も瞬きをする。

ロゼルはしばらく死体を見つめた。

おそらく、エリナが連れてきた従者の一人だ。

水竜の攻撃に巻き込まれ、ここまで吹き飛ばされたのだろう。

「これは……」

オリゴが絶句する。

しばらくして、静かに呟いた。

「……可哀想に」

オリゴは外套を脱ぐと、その死体へそっと掛けた。

「せめて……これくらいは」

それ以上、言葉が続かなかった。

エリナは動けなかった。

人間の死体を見ること自体、初めてなのだろう。

顔から血の気が引いている。

目を大きく見開き、震える身体でロゼルを強く抱きしめた。

ロゼルはそんなエリナを見下ろす。

そして、あえて厳しい声で言った。

「エリナ」

「……」

「これがお前の判断が招いた結果だ」

エリナの身体が、びくりと震えた。

「覚えておけ」

その言葉を聞いた瞬間。

エリナの瞳から、大粒の涙が一滴、ぽたりと落ちた。

それ以上、ロゼルは何も言わなかった。

ただ、少しだけ表情を和らげる。

そして――

ぽん。

優しく、エリナの頭を叩いた。

「……行くぞ」

今度はロゼルの方から、エリナの手を取った。

「え……」

そのまま、次の岩場へ向かって歩き始める。

エリナは呆然としたまま、その手についていく。

だが、ショックが大きかったのか、足取りが乱れていた。

「エリナ」

呼びかけても、反応がない。

ロゼルは振り返ると、握った手をぐいっと引いた。

「ほら、歩け」

「……う、うん」

エリナは涙を拭うこともせず、ロゼルに引かれるように歩き出した。

足取りはまだ覚束ない。

それでもロゼルは手を離さなかった。

地底湖の静寂の中。

三人は再び、次の岩場へと進んでいった。


次の岩場へと移った一行。

ロゼルは再び周囲を見渡した。

左右。

背後。

そして、前方の水場。

異常はない。

そう判断したロゼルは、隣にいるエリナへ視線を落とした。

エリナはまだ涙を流していた。

ぽた、ぽた、と大粒の涙が頬を伝って落ちていく。

ロゼルは握っていたエリナの手を離さず、もう片方の手で背中を優しく叩いた。

「……大丈夫だ」

ポン、ポン。

「もう少しだ」

そうやってエリナを落ち着かせてから、少し休ませて移動するか。

ロゼルがそう考えていた、その時だった。

トントン。

肩を叩かれた。

振り向くと、オリゴが青ざめた顔でロゼルを見ている。

その指は、オリゴの背後にある水場を指していた。

ロゼルはすぐさま視線を向ける。

そして――

息を呑んだ。

数十メートル先。

静かだった水面が、ゆらりと盛り上がっていた。

まるで水そのものが持ち上がっているかのように、巨大な影が水中から姿を現す。

やがて水面を割って現れたのは――

巨大な爬虫類を思わせる頭部だった。

「……!」

ロゼルの背筋に、冷たいものが走る。

水竜。

オリゴは身体をわなわなと震わせていた。

エリナも水竜の姿を見上げ、目を大きく見開く。

今にも叫び声を上げそうだった。

ロゼルはすぐに人差し指を口元へ持っていく。

「……シーッ、2人とも絶対動くな」

二人に静かにするよう合図する。

水竜は、ゆっくりとこちらへ向かってきていた。

一歩。

いや、水面を滑るように。

その巨体が近づくたび、遠くにあったはずの姿がどんどん大きくなっていく。

ロゼルは周囲を確認する。

走れば確実に気づかれる。

戦うなんてもってのほか。

なら――。

ロゼルは足元へ視線を落とした。

地面には湿った泥がある。

ロゼルはそれを手ですくうと、まずオリゴの服へ塗りつけた。

「……っ?」

オリゴが困惑した顔をする。

続けてエリナの服にも泥を塗る。

「ロ、ロゼル……?」

二人が「何をしているの?」と言いたげな表情でロゼルを見る。

ロゼルは二人の目を見て、小さな声で言った。

「俺を信じろ」

そして、自分の服にも泥を塗りつける。

「ゆっくりでいい。静かに、身体にも泥を塗るんだ」

二人は一瞬だけ戸惑った。

だが――

オリゴが小さく頷いた。

「……承知しました」

エリナも震える手で泥をすくい、自分の服へ塗っていく。

その間にも、水竜は近づいてくる。

水面を進むたびに、巨大な波紋が広がっていく。

距離は、すでに十数メートル。

ロゼルは急かさなかった。

ただ静かに、泥を身体へ塗り続ける。

やがて二人が終えると、ロゼルは二人の肩を抱いた。

そして――

ぎゅっと自分の身体へ引き寄せる。

エリナとオリゴも反射的にロゼルの腕を強く掴んだ。

「はっ……はっ……!」

エリナの呼吸が荒くなる。

過呼吸になりかけていた。

オリゴは声を出さず、身体を震わせながら目を閉じている。

ロゼルはそんな二人を見て、エリナの頭をそっと掴んだ。

そして、自分の顔の近くへ引き寄せる。

耳元へ口を近づけ、かすかな声で囁いた。

「エリナ……大丈夫だ」

エリナの身体が小さく震える。

「俺がいる……」

その声が届いたのか。

エリナの荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

「……っ、はぁ……」

そしてエリナは、ロゼルの胸元へ顔を寄せるようにして、ぐりぐりと頬を押しつけた。

ロゼルは何も言わず、そのまま抱き寄せている。

水竜はさらに近づいてくる。

五メートル。

四メートル。

三メートル――。

巨大な頭部が、三人のすぐ前まで迫った。

水竜は長い首をゆっくりと傾ける。

そして――

「……」

鼻先を近づけた。

くん。

くん、くん。

三人の匂いを嗅いでいる。

次の瞬間。

「フシュゥゥゥ……」

凄まじい鼻息が吹きつけられた。

三人の髪と衣服が大きく揺れる。

エリナとオリゴは、ロゼルを掴む手にさらに力を込めた。

それでも――

誰一人、声を上げなかった。

水竜はさらに首を傾けた。

そして、ロゼルたちを真っ黒な瞳で見つめる。

その瞳には、光がない。

ただ深い闇だけが広がっていた。

「……っ」

エリナは恐怖に耐えきれず、ぎゅっと目を閉じた。

オリゴも目を伏せ、身体を強張らせている。

だが――

ロゼルだけは目を逸らさなかった。

真っ直ぐに水竜を見つめ続ける。

三人とも呼吸を止めていた。

水竜の鼻先は、すぐ目の前にある。

巨大な瞳が、ロゼルたちをじっくりと観察している。

数秒。

それとも、数十秒だったのか。

時間の感覚さえ分からなくなる。

ロゼルは身じろぎ一つしなかった。

ただ、水竜が立ち去るのを待つ。

やがて――

水竜が、ゆっくりと首を引いた。

ゆっくり。

ゆっくりと。

巨大な顔がロゼルたちから離れていく。

ロゼルはまだ動かない。

水竜が完全に距離を取るまで、じっと見つめ続けた。

そして水竜は何事もなかったかのように身体の向きを変える。

ざぶん――。

巨大な身体が湖へ戻っていく。

大きな水飛沫が上がり、波が岩場へ押し寄せる。

そのまま水竜は、地底湖の奥へと進んでいった。

巨大な背中が闇の中へ消えていく。

やがて、その姿も完全に見えなくなった。

残されたのは、静かな水面だけだった。

ロゼルはしばらく動かなかった。

そして、水竜の気配が完全に遠ざかったことを確認してから――

「……行ったな」

小さく呟いた。


ロゼルはしばらく水竜が消えていった方向を見つめていた。

やがて、ゆっくりと立ち上がる。

「ふぅ……危なかったな……」

ロゼルはエリナへ手を伸ばした。

「ほら、立て」

「……うん」

エリナの手を取って引き起こす。

だが、オリゴはすぐには立ち上がれなかった。

「……」

どうやら腰が抜けてしまったらしい。

地面に座り込んだまま、しばらく呆然としている。

「オリゴ、大丈夫か?」

「は、はい……。少々……腰に力が……」

まぁ、無理もないか

ロゼルは苦笑する。

あれだけ巨大な水竜を目の前にして、平然としていられる方がおかしい。

それでも、ここに長居するつもりはなかった。

水竜がどこへ向かったのか分からない以上、できるだけ距離を取った方がいい。

「急ぐぞ。できるだけあいつから離れる」

「はい……!」

ようやく立ち上がったオリゴを確認すると、ロゼルは先へ進み始めた。

岩場から岩場へ。

今度は先ほどよりも速い。

エリナも必死についてくる。

そして――

しばらく進んだところで、ロゼルが足を止めた。

「……あれは」

前方に、見覚えのある場所が見える。

岩壁にぽっかりと開いた、大きな入口。

その先に続いているのは――墓所だ。

「やっと……か」

ロゼルが小さく息を吐く。

その入口には、二つの人影が立っていた。

「……ロゼル!」

リアだ。

その隣にはアゼリアもいる。

二人はロゼルたちの姿を見つけた瞬間、大きく手を振り始めた。

「ロゼル様ー!」

「おーい!」

その姿を見た瞬間だった。

ロゼルの身体から、どっと力が抜けた。

「……はぁ」

ここまで来て、ようやく緊張が解けたのだ。

ロゼルは耳に詰めていた蝋を指で掻き出す。

すると、途端に周囲の音が戻ってきた。

「ロゼル様!」

アゼリアの声がはっきりと耳に届く。

「ご無事でなによりです!」

「ロゼル、泥だらけじゃない!」

続いてリアの声。

そして、ロゼルの足元へ視線を落とした。

「あれ? てか、裸足?」

「……ああ」

ロゼルは自分の足を見る。

布を巻いただけの、ひどい有様だ。

思わず――

「ふふっ」

小さく笑いがこぼれた。

「まぁ、いろいろあったんだよ」

そう言って、ロゼルは二人の元へ歩き出す。

その隣では、エリナも二人の姿を見つめていた。

そして――

ロゼルの手を握る。

ほんの少しだけ。

まるで、自分の方へ引き寄せるように。

ロゼルは気づいていない。

……いや。

気づいていたのかもしれない。

だが、何も言わなかった。

長かった冒険も、もう少しで終わろうとしていた。

















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