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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第4章

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暗闇に光る目。

エリナとオリゴが寝息を立てるなか、ロゼルは岩陰に腰を下ろし、じっと暗闇を見つめていた。

周囲には、迷宮特有の静寂が広がっている。

時折、遠くから何かの鳴き声が響く。

それ以外には、何も聞こえない。

……少し眠いな。

ロゼルは小さく息を吐くと、荷物の中へ手を入れた。

取り出したのは、眠気覚まし用の香草だった。

細い葉を数枚まとめて口へ放り込み、噛み砕く。

途端に、口の中へ柑橘系の爽やかな香りが広がった。

だが、それも一瞬。

次の瞬間には、舌の奥まで突き刺さるような強い苦味が広がる。

「……にげぇ」

思わず眉間に皺が寄った。

それでも眠気は少し遠のいた。

ロゼルは香草を噛みながら、再び暗闇へ目を向ける。

――その時だった。

カツ。

……カツ。

何かが歩いている。

足音はほとんど聞こえない。

だが、闇の向こうで確かに何かが動いていた。

ロゼルの目が細くなる。

暗闇に目を凝らす。

やがて、夜石の淡い光が届く範囲へ、四足の影が入り込んできた。

犬。

……いや。

犬に似た魔物だ。

体格からしてヘルハウンドか、あるいはウォーグ。

暗すぎて、どちらなのかまでは判別できない。

魔物は鼻をひくつかせる。

クンクン、と鼻を鳴らしながら、辺りの匂いを探っていた。

ロゼルは大斧の柄へ手をかける。

だが、すぐには抜かなかった。

――まずいな。

このままじゃ、見つかるのは時間の問題だ。

はぐれの個体なら、まだいい。

だが、群れを持つ種類だったら厄介だ。

一度こちらの匂いを覚えられれば、しつこく追ってくる可能性がある。

エリナとオリゴを庇いながら戦うのは危険だ。

それに、ここで大斧を振り回せば、音で別の魔物を呼び寄せる可能性もある。

ロゼルは大斧から手を離した。

代わりに腰の投擲用短剣へ手を伸ばす。

一本。

そして、もう一本。

二本の短剣を抜き、刃を下に向けて構える。

魔物はまだこちらに気づいていない。

ロゼルは岩陰から静かに立ち上がった。

その瞬間だった。

ロゼルが離れたことに気づいたエリナが、眠ったまま手を伸ばす。

「……ん……」

指先が、何もない場所を探る。

ずっと握っていたものがなくなったことに気づいたのか、エリナが薄く目を開いた。

「……ロゼル……?」

その声が響いた瞬間。

魔物の耳が、ぴくりと動いた。

ロゼルは舌打ちする。

――気づかれた。

考えるより先に身体が動いた。

「ッ!」

ロゼルは岩陰から飛び出した。

魔物が振り向く。

だが、遅い。

ロゼルは地面を蹴り、そのまま魔物へ跳躍する。

落下の勢いを乗せ、両手の短剣を構えた。

狙うのは首。

一瞬で距離を詰め――

ズブッ!

二本の短剣が、魔物の首筋へ深々と突き刺さった。

「ギャオォンッ!」

魔物が大きく身体を跳ねさせる。

四本の脚が激しく地面を掻き、何度もばたばたともがいた。

ロゼルは短剣を抜かず、そのまま体重をかけて押さえ込む。

魔物の口から、血の泡が漏れた。

「……悪いな」

短く呟く。

数秒後。

魔物の身体から力が抜けた。

それを確認してから、ロゼルは短剣を引き抜く。

血を払って刃をしまう。

そして、すぐに岩陰へ振り返った。

エリナが半身を起こし、眠そうな目でこちらを見ている。

「……ロゼル……?」

「起こしちまったか」

ロゼルは小さく息を吐いた。

その視線だけは、まだ暗闇から離れていなかった。


ロゼルは短剣をしまうと、すぐさま大斧を握り直した。

倒した魔物へ視線を向けたまま、周囲の暗闇を警戒する。

――何かがおかしい。

その時だった。

暗闇の中で、赤い光がちらりと瞬いた。

ロゼルの目が細くなる。

また一つ。

さらにその向こうでも、赤い目がこちらを見つめている。

「……チッ」

ロゼルは軽く舌打ちした。

――騙された。

さっきの一体は、囮だったのだ。

こちらの出方を窺うために、わざと一体だけを近づけてきた。

ロゼルは首を動かさない。

目だけを動かし、周囲を探る。

右。

左。

……四。

いや。

「……五か」

暗闇に浮かぶ赤い目。

四つ、五つ。

おそらく五体。

いつの間にか、完全に囲まれていた。

暗闇の中でも目立つ、あの赤い瞳。

「ヘルハウンド……か」

ロゼルが呟く。

赤い目の群れが、ゆっくりと動き始めた。

一匹。

また一匹。

ロゼルを中心に、円を描くように周囲を回り始める。

逃げ道を塞ぐように。

その動きには、明らかに連携があった。

「……囲まれたな…」

ロゼルは大斧を両手で握り直した。

背後にはエリナとオリゴがいる。

ここで退けば、二人が襲われる。

なら――

前へ出るしかない。

「ロゼル!」

エリナの叫び声が響いた。

その声に反応して、オリゴも飛び起きる。

「な、なんですか!?」

だが、その瞬間だった。

五体のヘルハウンドが、一斉に地面を蹴った。

「――!」

四方から迫る黒い影。

鋭い牙を剥き、ロゼルへ飛びかかる。

その瞬間。

ロゼルは大斧から片手を離した。

そして腰から何かを取り出す。

「喰らえ!」

それを地面へ叩きつけた。

――パァンッ!!

瞬間。

辺り一帯が、真っ白に染まった。

「きゃあっ!」

あまりにも強烈な光に、エリナは反射的に腕で顔を覆う。

オリゴも目を細め、顔を背けた。

そして、光の中心にいたヘルハウンドたちは――

「……ッ!」

動きを止めた。

暗闇に慣れていた目を、突然の閃光に焼かれたのだ。

五体の動きが、一瞬だけ完全に止まる。

その瞬間を――

ロゼルは見逃さなかった。

「――そこだ!」

大斧を横薙ぎに振り抜く。

ブォンッ!

凄まじい勢いで振り抜かれた刃が、一体目を捉えた。

そのまま勢いを殺さず、隣の個体へ叩き込む。

さらにもう一体。

三体のヘルハウンドが、ほぼ同時に斧の軌道へ巻き込まれた。

ズバッ!

三体の身体がまとめて切り裂かれ、血が飛び散る。

ロゼルは止まらない。

横薙ぎの勢いを利用して身体を回転させ、そのまま残った一体へ大斧を叩き込む。

「ギャッ!」

最後に残ったヘルハウンドが飛び退く。

だが、逃がさない。

ロゼルは大斧から片手を離すと、腰の短剣を抜き。

投げつけた。

短剣が一直線に飛び、ヘルハウンドの身体へと突き刺さる。

「ギャッ!」

よろめくヘルハウンド。

閃光によって視界を奪われ、状況を理解できていない。

ロゼルは一気に距離を詰めた。

「終わりだ!」

踏み込む。

そして――

「ッ!」

渾身の力で蹴り飛ばした。

ドゴォッ!

ヘルハウンドの巨体が宙へ浮く。

十数メートル。

そのまま岩場へ叩きつけられた。

「グギャ……ッ」

口から血を吹き出し、身体が岩壁へ激突する。

――ぐちゃり。

鈍い音を立てて、その身体が地面へ落ちた。

「……ふぅ」

ロゼルは短く息を吐いた。

だが、気を抜かない。

すぐに大斧を構え直し、暗闇へ視線を走らせる。

左右。

背後。

さらに奥。

「……まだいるか?」

返事はない。

ロゼルは耳を澄ませながら、一歩も動かずに周囲を警戒する。

エリナとオリゴは、まだ状況を理解できずに息を呑んでいた。

そしてロゼルだけが、大斧を構えたまま暗闇を睨み続けていた。


「ロゼル!」

エリナが叫んだ。

「無事なの!? ロゼル!」

岩場から身を乗り出し、今にも飛び降りてしまいそうな勢いで、下にいるロゼルを探している。

「ひ、姫様! 危のうございます! お下がりを!」

オリゴが慌ててエリナの肩を掴む。

だが、エリナはそれを振り払うようにして、なおもロゼルを見下ろしていた。

「俺なら大丈夫だ!」

ロゼルは周囲を見回し、他に魔物の気配がないことを確認する。

「驚かせたな!」

そう言って、大斧を背中へと背負い直す。

そして岩壁へ手をかけ、足場を確かめながら登っていく。

岩場の上から、エリナが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

ロゼルが岩場へ手をかけた瞬間、エリナが身を乗り出す。

「け、怪我はないの!?」

「大丈夫だ。かすり傷ひとつない」

そう答えると、エリナはロゼルの言葉が本当なのか確かめるように、顔や腕をペタペタと触り始めた。

「ここは……?」

頬。

「こっちは……?」

腕。

傷がないことを確認するたびに、エリナの表情から少しずつ強張りが消えていく。

やがて、ほっとしたように小さく息を吐いた。

「し、死んでしまったかと思ったわ……」

そして、強気な顔を作る。

「急に私から離れるのは、二度と許さないわよ!」

言葉こそ強い。

だが、その顔は今にも泣き出しそうだった。

ロゼルはそんなエリナを見て、やれやれと肩をすくめる。

「悪かったよ。教えている暇がなくてな」

「……ふんっ」

エリナはそっぽを向いた。

ロゼルは苦笑しながら水筒を取り出す。

蓋を開け、そのまま一口。

「……ふぅ」

乾いた喉を潤し、息を吐く。

そして岩壁に背中を預けた。

すると――

エリナが当然のようにロゼルへ身を傾けてくる。

まるで、そこが自分の定位置だと言わんばかりに。

ロゼルの手をぎゅっと握りながら、エリナが言った。

「喉が乾いたわ!」

「……」

「私にも飲ませなさい!」

ロゼルは軽くため息を吐いた。

「はいはい」

カップに水を入れようとする。

だが、片手はエリナにしっかりと握られている。

「……やりづらいんだが」

「いいから早く」

「ったく……」

ロゼルが水筒を傾けようとした、その時。

「違うわ!」

エリナが言った。

「その水筒から直接飲ませなさい」

「……?」

ロゼルは、何を言っているんだという顔をする。

「直接?」

「そうよ」

「……まぁ、いいけどよ」

ロゼルは水筒をエリナの口元へ持っていく。

エリナは素直に口をつけ、

「ごく……ごく……」

と、喉を鳴らしながら水を飲んでいく。

しばらくして水筒から口を離すと、

「ふぅ……」

満足そうに小さく息を吐いた。

「美味しい……」

「そうかい」

ロゼルは水筒を下ろす。

そして、今度はオリゴへ差し出した。

「ほら、あんたも飲むか?」

「ありがとうございます、ロゼル殿……」

オリゴが恐縮しながら手を伸ばす。

その瞬間。

「オリゴ!」

エリナがキッとした目で睨んだ。

「貴方はカップに移して飲みなさい!」

「えっ……」

オリゴの手が止まる。

「か、かしこまりました、姫様……」

オリゴは素直に引き下がると、カップを取り出した。

そこへ水筒から水を注ぐ。

「……いただきます」

オリゴはカップを両手で持ち、ゆっくりと水を口に含む。

一口。

二口。

そして、味わうようにゆっくりと飲み干した。

「……ふぅ」

ようやく一息ついたオリゴの横で、エリナは満足そうにロゼルの手を握ったままだった。


ロゼルは水筒をしまい、周囲の暗闇へ目を向けた。

「そろそろ一日ほど経ったはずだ」

そう呟いてから、二人へ視線を戻す。

「一度、地底湖のエリアまで戻って様子を見てみようと思う」

「やっと帰れるのですな!」

オリゴが、ほっとしたように声を上げる。

ロゼルはこくりと頷いた。

「ああ。ただし――」

そこで言葉を切る。

「水竜が大人しくしていたらの話だがな……」

オリゴの表情が固まった。

エリナも「帰れる」と聞いたはずなのに、どこか浮かない顔をしている。

ロゼルはそんな二人を見てから、少し真剣な表情になった。

「それと、出発する前に話しておかなきゃならないことがある」

「何かしら?」

エリナが尋ねる。

「地底湖みたいな水場では、セイレーンと出くわす可能性がある」

ロゼルは二人の顔を見ながら続けた。

「セイレーンの歌には魅了の効果がある。それは知っているな?」

エリナとオリゴが、揃ってこくりと頷く。

「ええ……知っているわ」

「はい」

「この三人の中で、まともに戦えるのは俺だけだ」

ロゼルは大斧へ一瞬だけ目を向けた。

「だから、セイレーンの歌声で俺まで魅了されたら終わりだ」

二人の表情が引き締まる。

「そこで、俺は耳に蝋を詰めて進もうと思う」

「なるほど……」

オリゴが頷く。

「ロゼル様が操られてしまえば、我々ではどうにもならないということですな」

「そうだ」

ロゼルは短く答えた。

「だから、何かあったら俺の肩を叩いてくれ」

「肩を?」

「ああ。合図を決めておく」

ロゼルは指を一本立てた。

「何か嫌な感じがしたら一回」

次に二本。

「魔物を発見したら二回」

そして三本目の指を立てる。

「それ以外は三回だ」

「わ、わかったわ」

エリナが少し緊張した面持ちで頷く。

オリゴも、

「承知いたしました」

と頷いた。

ロゼルは二人を見回す。

「いいか。声を出して知らせようとするな。これ以上水竜を刺激するのはよそう…」

二人はもう一度、黙って頷いた。

ロゼルはそれを確認すると、荷物をまとめ始めた。









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