セイレーンと玉ねぎ
しばらくの間、湖岸に沿って歩き回っていたロゼル一行だったが、なかなか目的のセイレーンは見つからなかった。
水面を覗けば、遠くに群れで泳いでいる姿はいくつか確認できる。
しかし、ロゼルが探しているのは群れから離れた単独の個体。
こればかりは運の要素が大きい。
リアが湖を眺めながら、少し疲れたように言った。
「なかなか見つからないね、ロゼル」
「だな。こればっかりは運だし、仕方ないが……」
ロゼルも周囲を見渡す。
「そろそろ見つけたいな……」
「先程、ロゼル様が仰っていた、涙を採集する方法とはどういった方法なんでしょうか?」
アゼリアが尋ねた。
「先に教えておくか」
ロゼルは歩みを緩めながら、二人に説明を始める。
「セイレーンって奴は、仲間意識が強くてな。それを利用する」
「利用する?」
リアが首を傾げる。
「単独でいるセイレーンを殺して、岩場に置いておくんだ」
ロゼルは淡々と話す。
「その死体を群れの仲間が見つけると、奴らは弔いの歌を歌う」
「……」
「その時に流れるのが、セイレーンの涙って訳さ」
リアは何とも言えない顔をした。
「なんか……結構グロい取り方なのね……」
「確かに……」
アゼリアも少し困ったように湖へ目を向ける。
「少し可哀想ですね」
「確かにな」
ロゼルも否定しなかった。
「でも、それが昔から行われている涙の採取方法だ。ギルドでも推奨されてるし、他の方法も聞いたことがないな」
「ふーん……」
リアは腕を組み、しばらく考え込む。
そして、ふと顔を上げた。
「玉ねぎとかで泣かせればいいのに……」
「玉ねぎ……」
アゼリアがぽつりと呟く。
ロゼルは狐につままれたような顔でリアを見る。
「玉ねぎか……」
少し考える。
「玉ねぎ……」
そして、何かを思いついたように目を細めた。
「……それ、ありかもな」
「いや、冗談で言っただけよ?」
リアが片眉を上げる。
「いや、できるかもしれない」
ロゼルは真剣な顔になった。
「セイレーンは、痛みでは涙を流さないんだ」
「そうなんだ」
「だが、玉ねぎの刺激ならどうだ?」
ロゼルは考えを整理するように続ける。
「もしそれで涙を流すなら、殺す必要がない。無益な殺生もしなくて済む」
「……」
「いい方法かもしれないな」
リアの顔がぱっと明るくなる。
「マジ?」
「はい」
アゼリアも興味深そうに頷いた。
「面白そうですね、ロゼル様」
「やってみる価値はありそうだ」
ロゼルが頷いた、その時だった。
「……あ」
リアが湖を指差す。
「いた」
三人が一斉にそちらへ目を向ける。
少し離れた場所。
群れから離れ、一匹だけで泳いでいるセイレーンの姿があった。
ロゼルの目が鋭くなる。
「いたぞ!」
すぐさま荷物を下ろし、中から一本の縄を取り出す。
「リア、あのはぐれの一匹を捕獲するぞ」
「オッケー!」
ロゼルはさらに小さな瓶を取り出した。
中には透明な液体が入っている。
それをリアへ手渡す。
「リア。この瓶の中の液を矢尻につけて、セイレーンを射てくれ!」
リアは瓶を受け取り、中身を覗き込む。
「この液って何なの、ロゼル?」
「痺れ薬さ」
ロゼルはセイレーンから目を離さない。
「これでしばらく奴は泳げなくなる」
「なるほど……」
アゼリアが感心したように言う。
「準備万端ですね、ロゼル様。さすがです」
「オッケー! 任せといて!」
リアは瓶の蓋を開ける。
そして矢筒から一本の矢を取り出すと、矢尻を瓶の中へ浸した。
液体が矢尻を覆う。
「よし……」
リアは矢を弓につがえた。
ゆっくりと弦を引き絞る。
弓が大きくしなり、弦が張り詰める。
セイレーンはまだこちらに気づいていない。
水面をゆっくりと泳いでいる。
リアの目が細くなる。
一瞬の間。
そして――
弦が弾けた。
「――ッ!」
矢が風を切り、一直線に湖面を駆ける。
狙いは外れない。
矢は真っ直ぐセイレーンへ飛び、そのヒレへ深々と突き刺さった。
「ギャアッ!」
鋭い鳴き声が、静かな地底湖に響き渡った。
セイレーンの動きが、少しずつ変わっていく。
先ほどまで水面を滑るように泳いでいた身体が、次第にゆっくりと、そしてぎこちなくなっていった。
痺れ薬が効いてきたのだ。
それを確認したロゼルは、すぐさま腰に巻いていた縄を手に取った。
「よし」
縄を肩に担ぐと、そのまま湖へ向かって走り出す。
「えっ、ロゼル様!?」
アゼリアが驚いた声を上げる。
ロゼルはそのまま――湖へ飛び込んだ。
大きな水しぶきが上がる。
「ロゼル!」
リアも思わず身を乗り出した。
しかし、ロゼルは慌てる様子もなく、水中を進んでいく。
痺れて動けなくなったセイレーンへ素早く近づくと、その身体を支えながら縄を巻き付ける。
腕。
胴。
そして魚のようになった尾の付け根。
手早く縄を結び、しっかりと固定する。
「よし……!」
ロゼルは縄の端を掴むと、岸にいるリアへ向かって放り投げた。
「リア! 引き上げてくれ!」
「分かった!」
リアは飛んできた縄の先端を両手でしっかりと掴む。
「ロゼルも早く岸に上がって!」
リアは縄を引きながら叫ぶ。
「他の魔物がいたら危ないわ!」
「分かってる!」
アゼリアもすぐにリアの隣へ駆け寄り、縄を掴む。
「私も引きます!」
「せーの!」
二人が力を合わせて縄を引く。
水面が大きく揺れ、やがて縄に引かれたセイレーンの身体が、水の中から姿を現した。
「……!」
リアが思わず息を呑む。
腰から下は魚のような形になっていた。
全身を覆う鱗は、地底湖の光を受けて美しい瑠璃色に輝いている。
上半身は、若い女性を思わせる姿。
濡れた髪が顔や肩に張り付き、痺れ薬の影響なのか、瞼がぴく、ぴく、と小さく痙攣していた。
その姿だけを見れば、どこか美しい女性にしか見えない。
だが、その身体が人間ではないことは明らかだった。
「よいしょ……!」
遅れてロゼルも岸へ上がってくる。
全身ずぶ濡れになったロゼルは、長い金髪を片手で掴むと、雑にぎゅっと絞った。
髪から大量の水が落ちる。
「ふぅ……」
リアがそんなロゼルを見ながら尋ねる。
「この後どうするの、ロゼル?」
「岸から離れて、岩場の陰に行こう」
ロゼルはセイレーンを見る。
「群れに見つかったら厄介だ」
そう言うと、ロゼルは躊躇なくセイレーンをひょいと肩に担いだ。
「わっ……!」
リアが驚く。
「ちょっと、重くないの?」
「この程度なら問題ない」
ロゼルはそのまま歩き出す。
アゼリアとリアも後に続き、湖岸から離れていく。
やがて、湖から少し離れた大きな岩場の陰へたどり着く。
周囲から姿が見えにくい場所を選び、ロゼルはセイレーンを地面へ下ろす。
そして、持っていた縄を使って岩へしっかりと縛り付けた。
「ひとまず、ここなら安全そうですね」
周囲を確認したアゼリアが言う。
「どうしますか、ロゼル様?」
「ひとまず休憩だ」
ロゼルは濡れた服を見下ろす。
「俺も着替えたいしな」
「そうですね」
「それと、痺れ薬の効果は十分くらいで切れる」
ロゼルはセイレーンへ目を向ける。
「リア、セイレーンの口を何かで塞いでくれるか?」
「口を?」
「ああ。歌われると厄介だ」
「分かった」
ロゼルはそう言うと、濡れた服に手をかけた。
「じゃあ、ちょっと着替える」
濡れた服を脱ぎ始める。
その瞬間、アゼリアが素早くロゼルのそばへ近づいた。
「ロゼル様、こちらを」
「ん?」
「濡れた髪はこちらで拭きますね」
「いや、自分で――」
「いえ、お任せください」
アゼリアは妙に手際よくタオルを取り出し、ロゼルの髪を拭き始める。
その目がどこか嬉しそうに輝いているように見えたのは――たぶん、気のせいだろう。
一方、リアは縛り付けられたセイレーンへ恐る恐る近づいていた。
近くで見ると、やはり美しい。
若い娘のような顔立ち。
ただ、痺れ薬のせいなのか、瞳には焦点が合っていない。
そして、その目だけは明らかに人間のものではなかった。
瞳の奥には、人間にはない独特の模様が浮かんでいる。
美しい容姿の中に、はっきりと魔物であることを示す異質さがあった。
「……」
リアは少し後ずさる。
「近くで見ると、やっぱり魔物なんだ……」
それでも意を決して近づく。
腰に挟んでいた布を取り出す。
本来はハンカチ代わりに使っていたものだ。
「ご、ごめんねー……」
リアは恐る恐るセイレーンの口元へ手を伸ばす。
「お、おとなしくしてね……?」
布を口に噛ませる。
そして、少し離れたところからセイレーンの様子を窺う。
「急に噛み付いたりしないでね……」
リアの声は、かなり怯えていた。
ロゼルが着替えを済ませ、岩陰へ戻ってくる。
濡れていた服はすっかり乾いたものに替わり、長い金髪も粗方水気を拭き取られていた。
ロゼルはセイレーンを見て、縄の状態を確認する。
「そろそろだな」
その言葉が落ちた直後だった。
びくんっ。
セイレーンの肩が大きく跳ねた。
「……!」
全身が一度だけ大きく痙攣する。
次いで、身体を拘束している縄が、
ミシリ……。
と嫌な音を立てた。
「お……」
ロゼルが少し身構える。
セイレーンは力を取り戻し始めていた。
魚の尾が地面を叩き、両腕が必死にもがく。
固く縛られた縄が食い込むほど身体を捻り、逃げ出そうとする。
やがて、その瞳に焦点が戻った。
虚ろだった目が鋭く細まり――。
ギロリ。
セイレーンがリアを睨みつける。
「ひっ……」
リアが一歩後ずさる。
セイレーンは歯を剥き出しにしていた。
鋭い犬歯が並び、今にも噛みついてきそうな勢いだ。
口元に噛ませた布をものともせず、低く唸っている。
「ゆ、弓で狙って悪かったわよ……」
リアは両手を少し上げる。
「そんな目で見ないでよ」
「言葉は通じないよ」
ロゼルは淡々と言った。
「それに、こいつらは人に見えても魔物だ。人間を襲って食うし、普通に危険だぞ」
「……そうだった」
リアは改めてセイレーンを見る。
美しい姿をしているせいで忘れそうになるが、目の前にいるのは深界迷宮に棲む魔物だ。
ロゼルは荷物を漁る。
「さて……」
取り出したのは、一個の玉ねぎだった。
「持ってきてる中で、とびきり辛そうな奴で試してみよう」
「それ、本当にやるの?」
「試してみる価値はあるだろ」
ロゼルは玉ねぎの皮を雑に剥き始めた。
ぱりっ。
薄い皮が剥がれる。
さらに一枚。
そして、ある程度剥き終えると――。
ぐちゃり。
「……!」
セイレーンの鼻先で、玉ねぎを潰すように握り潰した。
刺激の強い匂いが、一気に辺りへ広がる。
セイレーンの顔が露骨に歪んだ。
「……!」
明らかに嫌がっている。
鼻を背けようとするものの、縄に固定されているため逃げられない。
尾をばたばたと振り、頭を左右に振る。
それでもロゼルは玉ねぎを離さない。
「ほらほら。どうだ?」
セイレーンはとうとう目をぎゅっと閉じた。
「ロゼル、すごく嫌がってるわよ……」
「分かってる。だから試すんだ」
「ドSがでてる……」
リアが呆れたように呟く。
ロゼルはセイレーンの様子を観察していたが、やがてリアへ顔を向けた。
「リア、瞼をこじ開けてくれ」
「え?」
リアの顔が引きつる。
「私が?」
「嫌か?」
ロゼルは少し考えるように首を傾げた。
「アゼリアにやってもらった方がいいか?」
「や、やるわよ!」
リアは慌ててセイレーンの前へ回る。
「別にびびってないし!」
「そうか」
「そうよ!」
強がりながらも、リアの手は少し震えていた。
それでも意を決して、セイレーンの顔を押さえる。
「ご、ごめんね……ちょっとだけだからね」
そして、閉じた瞼を無理やり開いた。
「っ……!」
セイレーンが激しく頭を振る。
リアの手から逃れようとする。
「ちょ、ちょっと! 暴れないで!」
「リア、押さえて!」
「分かってる!」
アゼリアもすぐに加わった。
「こちらは私が」
「お願い、アゼ姐!」
アゼリアがセイレーンの頭をしっかりと固定する。
それでもセイレーンは必死に抵抗する。
尾が地面を叩く。
ばたんっ、ばたんっ。
「すごい力……!」
「魔物だからな」
ロゼルは玉ねぎを持ったまま、開かれた瞳の前へ近づける。
そして――。
ぐちゃり。
わざと目の前で玉ねぎを握り潰した。
刺激的な匂いが一気に広がる。
セイレーンの身体が大きく震えた。
「……!」
目を逸らそうとする。
だが、リアとアゼリアがしっかりと頭を固定している。
「もうちょっと……」
ロゼルは玉ねぎをさらに潰す。
「……どうだ?」
時間だけが過ぎていく。
一分。
二分。
三分。
セイレーンは苦しそうに顔をしかめているものの、涙らしいものは出てこない。
ロゼルも次第に表情を曇らせた。
「……やっぱりダメか?」
リアも少し申し訳なさそうにセイレーンを見る。
「うーん……」
その時だった。
ぽろり。
小さな雫が、セイレーンの目尻からこぼれた。
「……え?」
リアが目を丸くする。
雫はそのまま頬を伝い――。
顎へ。
そして、
ぽたん。
地面へ落ちた。
カツン。
小さな音がした。
「……?」
三人が一斉に地面を見る。
そこには、涙が固まった小さな結晶が転がっていた。
まるで小粒の真珠のようだった。
「……あ」
リアが声を漏らす。
「まぁ……」
アゼリアも目を見開く。
ロゼルはしばらく固まっていた。
「……まじか」
リアの思いつきが、本当に成功した。
それだけではない。
一度流れ始めた涙は、まるで堰が壊れたかのように次々と溢れ始めた。
ぽろり。
ぽたり。
大粒の涙が頬を伝っていく。
顎から落ちた雫は、地面に触れた瞬間に硬い結晶へと変わった。
カツン。
カツン。
小さな音が岩陰に響く。
「す、すご……」
リアが呆然と呟く。
セイレーンはなおも涙を流し続けている。
やがて数十個ほどの結晶が地面に散らばった頃――。
ぴたり。
涙が止まった。
ロゼルはセイレーンの顔を確認する。
「……そろそろ枯れたか」
そう言って、手にしていた玉ねぎを放り捨てる。
そしてすぐに地面へ散らばった結晶を拾い始めた。
一つ。
また一つ。
どれも透明感があり、夜石の光を受けて淡く輝いている。
「これは……」
ロゼルの目が輝いた。
持ってきた小さな瓶へ、一つずつ丁寧に入れていく。
カラン。
カラン。
小さな結晶が瓶の中でぶつかる。
やがて瓶がいっぱいになると、ロゼルはコルクの蓋をぎゅっと優しく締めた。
その扱いは、先ほどまで玉ねぎをセイレーンの目の前で潰していた男とは思えないほど慎重だった。
「すごいぞ、リア」
ロゼルが顔を上げる。
「大成功だ」
「ほ、本当に?」
「ああ。こんな大粒で質のいい結晶は初めて見た」
「そんなにいいの、これ?」
リアが瓶を覗き込む。
アゼリアも興味津々といった様子で瓶へ視線を向けた。
「セイレーンの涙は空気に触れると結晶化するんだ」
ロゼルが説明する。
「ただ、水に触れると溶け出してしまう」
「へえ……」
「従来のやり方だと、どうしても水辺で採取することになる。そうなると、水に触れてしまう分だけ取れる量も減るし、品質も落ちる」
ロゼルは瓶を光にかざした。
「でも、この方法なら水に触れさせずに回収できる」
そしてリアを見る。
「これ、大発見だぞ」
アゼリアが微笑む。
「リアのお手柄ですね、ロゼル様」
「そ、そうかな?」
リアは照れくさそうに頭を掻いた。
「冗談のつもりだったんだけど……」
「誇っていいぜ」
ロゼルは即答した。
「長年、冒険者が考えつかなかった方法を見つけたんだからな」
「……そんなに?」
「ああ」
ロゼルは包んだ瓶を大事そうに荷物へしまう。
「ギルドにこれを教えたら、どうなるか……」
その言葉に、リアの表情が少し変わった。
「教えたら、まずい?」
「涙の市場価格にも影響が出るだろうな」
「……」
リアが考え込む。
ロゼルはそんなリアを急かさなかった。
「でも、ギルドに報告するかどうかはリアが決めればいいさ」
「え?」
「リアが見つけた方法だからな」
ロゼルはそう言って、静かに頷いた。
「どうするかは、お前が決めればいい」
リアは少し驚いたようにロゼルを見る。
「……いいの? 私が決めて?」
「ああ」
ロゼルはもう一度、こくりと頷いた。
リアは、ロゼルが手にしている小瓶を見つめた。
小瓶の中には、採れたばかりの涙の結晶がいくつも入っている。
夜石の淡い光を受けて、一粒一粒が小さく輝いていた。
リアは腕を組み、しばらく考え込む。
「うーん……」
やがて顔を上げた。
「なら、ランドさんに報告しようかな」
「ランドさんに?」
「うん。ランドさんなら信用できるし」
ロゼルは少し意外そうに眉を上げた。
「いいのか?」
「え?」
「黙っていれば、ひと財産だぞ?」
ロゼルは小瓶へ視線を落とす。
これだけ大粒で質のいい結晶を、安定して採取できる方法。
自分たちだけの秘密にしておけば、かなりの利益になるだろう。
リアは小瓶を見つめたまま、少しだけ考える。
そして、首を横に振った。
「だって、皆んながこのことを知れば採取の危険も減るし」
「……」
「涙を材料にしてる商品も安くなるってことでしょ?」
ロゼルはリアを見る。
「そういうことになるな」
小さく頷いてから、続ける。
「セイレーンの涙は、薬やポーションにも使われてるって話だ。それらが手に入りやすくなれば……」
ロゼルは地底湖の方へ視線を向けた。
「死ぬやつも減るだろうな」
「なら、やっぱりランドさんに報告する」
リアは迷いなく言った。
「それが正しい気がするわ」
アゼリアが優しく微笑む。
「ええ。リアらしいと思います」
そう言って、リアの頭をそっと撫でた。
「偉い偉い」
「えへへ……」
リアは少しくすぐったそうに笑う。
ロゼルも薄く笑った。
「そうだな。俺も、それが正しいと思うぜ」
小瓶を布で丁寧に包み、荷物へしまう。
「なら、ランドさんに報告するとするか」
「うん」
リアが頷いた。
「よし。一先ず依頼はクリアだ」
ロゼルは立ち上がり、岩に縛られたセイレーンを見る。
「もう一度、痺れ薬で大人しくさせたら、こいつを逃がしてやろう」
「うん。これで依頼達成ね」
「初迷宮で大活躍ですね、リア」
アゼリアが嬉しそうに微笑む。
「え? そうかな?」
「はい。戦闘もこなして、依頼も達成して、さらに新しい採取方法まで見つけたのですから」
「そう言われると……なんか、本当に冒険者になったって感じがするわね」
リアが照れながら笑った。
「まあ、成果としては十分だな」
ロゼルも頷く。
「ただ――」
「ん?」
「まだ帰りもあるんだぜ?」
「……あ」
リアの顔が固まる。
「そうだった……」
「来た道を戻らなきゃならないからな」
「うぅ……」
リアが遠くの暗い通路を見る。
「結構、歩いたわよね……」
「だからこそ、最後まで気を抜くなよ」
「分かってるわよ」
リアは気を取り直して弓を背負い直した。
その横で、ロゼルは痺れ薬の入った小瓶を取り出す。
「じゃあ、まずはこいつを湖へ返すぞ」
ロゼルはセイレーンのそばへしゃがみ込む。
「もう一回だけ悪いな。これで最後だ」
セイレーンは薬の瓶を警戒するように睨みつけ、顔を背けようとする。
「リア、ちょっと押さえるのを手伝ってくれ」
「う、うん」
リアがセイレーンの身体を支える。
アゼリアも反対側からそっと支えた。
ロゼルは無理に傷つけることはせず、口元へ薬を流し込む。
「これでいい」
しばらくすると、セイレーンの身体から再び力が抜けていった。
尾が地面を一度だけ叩く。
その後は、ぐったりと動かなくなる。
ロゼルは様子を確認してから、身体を縛っていた縄を解き始めた。
「よし」
最後の結び目が外れる。
自由になったセイレーンの身体を、ロゼルが慎重に抱え上げた。
三人は岩陰から湖岸へ移動する。
先ほどまで美しい瑠璃色の鱗を照らしていた夜石の光が、水面に揺らめいている。
ロゼルは水際まで進むと、セイレーンをゆっくりと水へ下ろした。
瑠璃色の尾が水の中へ沈んでいく。
「……よし」
手を離す。
セイレーンの身体が水面に浮かぶ。
やがて、その身体はゆっくりと湖の奥へ流されていった。
リアは黙ってその姿を見送る。
「……帰っていったわね」
「ああ」
ロゼルも頷いた。
しばらくすると、セイレーンは水の中へ潜っていく。
瑠璃色の鱗が夜石の光の中で一瞬だけ輝き――。
その姿は、深い湖の闇へと消えていった。
アゼリアが微笑む。
「これで本当に依頼達成ですね」
「うん」
リアも頷いた。
「初めての迷宮探索で、ちゃんと依頼を終わらせられた」
「ただし」
ロゼルが言う。
「まだ帰りもあるんだぜ?」
「分かってるってば!」
リアが少しむっとした顔をする。
「もう、その台詞は聞いたわよ!」
ロゼルは小さく笑った。
「なら、最後まで気を抜かないことだな」
三人は湖を背にして、帰還の準備を始めた。




