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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第4章

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セイレーンと玉ねぎ

しばらくの間、湖岸に沿って歩き回っていたロゼル一行だったが、なかなか目的のセイレーンは見つからなかった。

水面を覗けば、遠くに群れで泳いでいる姿はいくつか確認できる。

しかし、ロゼルが探しているのは群れから離れた単独の個体。

こればかりは運の要素が大きい。

リアが湖を眺めながら、少し疲れたように言った。

「なかなか見つからないね、ロゼル」

「だな。こればっかりは運だし、仕方ないが……」

ロゼルも周囲を見渡す。

「そろそろ見つけたいな……」

「先程、ロゼル様が仰っていた、涙を採集する方法とはどういった方法なんでしょうか?」

アゼリアが尋ねた。

「先に教えておくか」

ロゼルは歩みを緩めながら、二人に説明を始める。

「セイレーンって奴は、仲間意識が強くてな。それを利用する」

「利用する?」

リアが首を傾げる。

「単独でいるセイレーンを殺して、岩場に置いておくんだ」

ロゼルは淡々と話す。

「その死体を群れの仲間が見つけると、奴らは弔いの歌を歌う」

「……」

「その時に流れるのが、セイレーンの涙って訳さ」

リアは何とも言えない顔をした。

「なんか……結構グロい取り方なのね……」

「確かに……」

アゼリアも少し困ったように湖へ目を向ける。

「少し可哀想ですね」

「確かにな」

ロゼルも否定しなかった。

「でも、それが昔から行われている涙の採取方法だ。ギルドでも推奨されてるし、他の方法も聞いたことがないな」

「ふーん……」

リアは腕を組み、しばらく考え込む。

そして、ふと顔を上げた。

「玉ねぎとかで泣かせればいいのに……」

「玉ねぎ……」

アゼリアがぽつりと呟く。

ロゼルは狐につままれたような顔でリアを見る。

「玉ねぎか……」

少し考える。

「玉ねぎ……」

そして、何かを思いついたように目を細めた。

「……それ、ありかもな」

「いや、冗談で言っただけよ?」

リアが片眉を上げる。

「いや、できるかもしれない」

ロゼルは真剣な顔になった。

「セイレーンは、痛みでは涙を流さないんだ」

「そうなんだ」

「だが、玉ねぎの刺激ならどうだ?」

ロゼルは考えを整理するように続ける。

「もしそれで涙を流すなら、殺す必要がない。無益な殺生もしなくて済む」

「……」

「いい方法かもしれないな」

リアの顔がぱっと明るくなる。

「マジ?」

「はい」

アゼリアも興味深そうに頷いた。

「面白そうですね、ロゼル様」

「やってみる価値はありそうだ」

ロゼルが頷いた、その時だった。

「……あ」

リアが湖を指差す。

「いた」

三人が一斉にそちらへ目を向ける。

少し離れた場所。

群れから離れ、一匹だけで泳いでいるセイレーンの姿があった。

ロゼルの目が鋭くなる。

「いたぞ!」

すぐさま荷物を下ろし、中から一本の縄を取り出す。

「リア、あのはぐれの一匹を捕獲するぞ」

「オッケー!」

ロゼルはさらに小さな瓶を取り出した。

中には透明な液体が入っている。

それをリアへ手渡す。

「リア。この瓶の中の液を矢尻につけて、セイレーンを射てくれ!」

リアは瓶を受け取り、中身を覗き込む。

「この液って何なの、ロゼル?」

「痺れ薬さ」

ロゼルはセイレーンから目を離さない。

「これでしばらく奴は泳げなくなる」

「なるほど……」

アゼリアが感心したように言う。

「準備万端ですね、ロゼル様。さすがです」

「オッケー! 任せといて!」

リアは瓶の蓋を開ける。

そして矢筒から一本の矢を取り出すと、矢尻を瓶の中へ浸した。

液体が矢尻を覆う。

「よし……」

リアは矢を弓につがえた。

ゆっくりと弦を引き絞る。

弓が大きくしなり、弦が張り詰める。

セイレーンはまだこちらに気づいていない。

水面をゆっくりと泳いでいる。

リアの目が細くなる。

一瞬の間。

そして――

弦が弾けた。

「――ッ!」

矢が風を切り、一直線に湖面を駆ける。

狙いは外れない。

矢は真っ直ぐセイレーンへ飛び、そのヒレへ深々と突き刺さった。

「ギャアッ!」

鋭い鳴き声が、静かな地底湖に響き渡った。


セイレーンの動きが、少しずつ変わっていく。

先ほどまで水面を滑るように泳いでいた身体が、次第にゆっくりと、そしてぎこちなくなっていった。

痺れ薬が効いてきたのだ。

それを確認したロゼルは、すぐさま腰に巻いていた縄を手に取った。

「よし」

縄を肩に担ぐと、そのまま湖へ向かって走り出す。

「えっ、ロゼル様!?」

アゼリアが驚いた声を上げる。

ロゼルはそのまま――湖へ飛び込んだ。

大きな水しぶきが上がる。

「ロゼル!」

リアも思わず身を乗り出した。

しかし、ロゼルは慌てる様子もなく、水中を進んでいく。

痺れて動けなくなったセイレーンへ素早く近づくと、その身体を支えながら縄を巻き付ける。

腕。

胴。

そして魚のようになった尾の付け根。

手早く縄を結び、しっかりと固定する。

「よし……!」

ロゼルは縄の端を掴むと、岸にいるリアへ向かって放り投げた。

「リア! 引き上げてくれ!」

「分かった!」

リアは飛んできた縄の先端を両手でしっかりと掴む。

「ロゼルも早く岸に上がって!」

リアは縄を引きながら叫ぶ。

「他の魔物がいたら危ないわ!」

「分かってる!」

アゼリアもすぐにリアの隣へ駆け寄り、縄を掴む。

「私も引きます!」

「せーの!」

二人が力を合わせて縄を引く。

水面が大きく揺れ、やがて縄に引かれたセイレーンの身体が、水の中から姿を現した。

「……!」

リアが思わず息を呑む。

腰から下は魚のような形になっていた。

全身を覆う鱗は、地底湖の光を受けて美しい瑠璃色に輝いている。

上半身は、若い女性を思わせる姿。

濡れた髪が顔や肩に張り付き、痺れ薬の影響なのか、瞼がぴく、ぴく、と小さく痙攣していた。

その姿だけを見れば、どこか美しい女性にしか見えない。

だが、その身体が人間ではないことは明らかだった。

「よいしょ……!」

遅れてロゼルも岸へ上がってくる。

全身ずぶ濡れになったロゼルは、長い金髪を片手で掴むと、雑にぎゅっと絞った。

髪から大量の水が落ちる。

「ふぅ……」

リアがそんなロゼルを見ながら尋ねる。

「この後どうするの、ロゼル?」

「岸から離れて、岩場の陰に行こう」

ロゼルはセイレーンを見る。

「群れに見つかったら厄介だ」

そう言うと、ロゼルは躊躇なくセイレーンをひょいと肩に担いだ。

「わっ……!」

リアが驚く。

「ちょっと、重くないの?」

「この程度なら問題ない」

ロゼルはそのまま歩き出す。

アゼリアとリアも後に続き、湖岸から離れていく。

やがて、湖から少し離れた大きな岩場の陰へたどり着く。

周囲から姿が見えにくい場所を選び、ロゼルはセイレーンを地面へ下ろす。

そして、持っていた縄を使って岩へしっかりと縛り付けた。

「ひとまず、ここなら安全そうですね」

周囲を確認したアゼリアが言う。

「どうしますか、ロゼル様?」

「ひとまず休憩だ」

ロゼルは濡れた服を見下ろす。

「俺も着替えたいしな」

「そうですね」

「それと、痺れ薬の効果は十分くらいで切れる」

ロゼルはセイレーンへ目を向ける。

「リア、セイレーンの口を何かで塞いでくれるか?」

「口を?」

「ああ。歌われると厄介だ」

「分かった」

ロゼルはそう言うと、濡れた服に手をかけた。

「じゃあ、ちょっと着替える」

濡れた服を脱ぎ始める。

その瞬間、アゼリアが素早くロゼルのそばへ近づいた。

「ロゼル様、こちらを」

「ん?」

「濡れた髪はこちらで拭きますね」

「いや、自分で――」

「いえ、お任せください」

アゼリアは妙に手際よくタオルを取り出し、ロゼルの髪を拭き始める。

その目がどこか嬉しそうに輝いているように見えたのは――たぶん、気のせいだろう。

一方、リアは縛り付けられたセイレーンへ恐る恐る近づいていた。

近くで見ると、やはり美しい。

若い娘のような顔立ち。

ただ、痺れ薬のせいなのか、瞳には焦点が合っていない。

そして、その目だけは明らかに人間のものではなかった。

瞳の奥には、人間にはない独特の模様が浮かんでいる。

美しい容姿の中に、はっきりと魔物であることを示す異質さがあった。

「……」

リアは少し後ずさる。

「近くで見ると、やっぱり魔物なんだ……」

それでも意を決して近づく。

腰に挟んでいた布を取り出す。

本来はハンカチ代わりに使っていたものだ。

「ご、ごめんねー……」

リアは恐る恐るセイレーンの口元へ手を伸ばす。

「お、おとなしくしてね……?」

布を口に噛ませる。

そして、少し離れたところからセイレーンの様子を窺う。

「急に噛み付いたりしないでね……」

リアの声は、かなり怯えていた。


ロゼルが着替えを済ませ、岩陰へ戻ってくる。

濡れていた服はすっかり乾いたものに替わり、長い金髪も粗方水気を拭き取られていた。

ロゼルはセイレーンを見て、縄の状態を確認する。

「そろそろだな」

その言葉が落ちた直後だった。

びくんっ。

セイレーンの肩が大きく跳ねた。

「……!」

全身が一度だけ大きく痙攣する。

次いで、身体を拘束している縄が、

ミシリ……。

と嫌な音を立てた。

「お……」

ロゼルが少し身構える。

セイレーンは力を取り戻し始めていた。

魚の尾が地面を叩き、両腕が必死にもがく。

固く縛られた縄が食い込むほど身体を捻り、逃げ出そうとする。

やがて、その瞳に焦点が戻った。

虚ろだった目が鋭く細まり――。

ギロリ。

セイレーンがリアを睨みつける。

「ひっ……」

リアが一歩後ずさる。

セイレーンは歯を剥き出しにしていた。

鋭い犬歯が並び、今にも噛みついてきそうな勢いだ。

口元に噛ませた布をものともせず、低く唸っている。

「ゆ、弓で狙って悪かったわよ……」

リアは両手を少し上げる。

「そんな目で見ないでよ」

「言葉は通じないよ」

ロゼルは淡々と言った。

「それに、こいつらは人に見えても魔物だ。人間を襲って食うし、普通に危険だぞ」

「……そうだった」

リアは改めてセイレーンを見る。

美しい姿をしているせいで忘れそうになるが、目の前にいるのは深界迷宮に棲む魔物だ。

ロゼルは荷物を漁る。

「さて……」

取り出したのは、一個の玉ねぎだった。

「持ってきてる中で、とびきり辛そうな奴で試してみよう」

「それ、本当にやるの?」

「試してみる価値はあるだろ」

ロゼルは玉ねぎの皮を雑に剥き始めた。

ぱりっ。

薄い皮が剥がれる。

さらに一枚。

そして、ある程度剥き終えると――。

ぐちゃり。

「……!」

セイレーンの鼻先で、玉ねぎを潰すように握り潰した。

刺激の強い匂いが、一気に辺りへ広がる。

セイレーンの顔が露骨に歪んだ。

「……!」

明らかに嫌がっている。

鼻を背けようとするものの、縄に固定されているため逃げられない。

尾をばたばたと振り、頭を左右に振る。

それでもロゼルは玉ねぎを離さない。

「ほらほら。どうだ?」

セイレーンはとうとう目をぎゅっと閉じた。

「ロゼル、すごく嫌がってるわよ……」

「分かってる。だから試すんだ」

「ドSがでてる……」

リアが呆れたように呟く。

ロゼルはセイレーンの様子を観察していたが、やがてリアへ顔を向けた。

「リア、瞼をこじ開けてくれ」

「え?」

リアの顔が引きつる。

「私が?」

「嫌か?」

ロゼルは少し考えるように首を傾げた。

「アゼリアにやってもらった方がいいか?」

「や、やるわよ!」

リアは慌ててセイレーンの前へ回る。

「別にびびってないし!」

「そうか」

「そうよ!」

強がりながらも、リアの手は少し震えていた。

それでも意を決して、セイレーンの顔を押さえる。

「ご、ごめんね……ちょっとだけだからね」

そして、閉じた瞼を無理やり開いた。

「っ……!」

セイレーンが激しく頭を振る。

リアの手から逃れようとする。

「ちょ、ちょっと! 暴れないで!」

「リア、押さえて!」

「分かってる!」

アゼリアもすぐに加わった。

「こちらは私が」

「お願い、アゼ姐!」

アゼリアがセイレーンの頭をしっかりと固定する。

それでもセイレーンは必死に抵抗する。

尾が地面を叩く。

ばたんっ、ばたんっ。

「すごい力……!」

「魔物だからな」

ロゼルは玉ねぎを持ったまま、開かれた瞳の前へ近づける。

そして――。

ぐちゃり。

わざと目の前で玉ねぎを握り潰した。

刺激的な匂いが一気に広がる。

セイレーンの身体が大きく震えた。

「……!」

目を逸らそうとする。

だが、リアとアゼリアがしっかりと頭を固定している。

「もうちょっと……」

ロゼルは玉ねぎをさらに潰す。

「……どうだ?」

時間だけが過ぎていく。

一分。

二分。

三分。

セイレーンは苦しそうに顔をしかめているものの、涙らしいものは出てこない。

ロゼルも次第に表情を曇らせた。

「……やっぱりダメか?」

リアも少し申し訳なさそうにセイレーンを見る。

「うーん……」

その時だった。

ぽろり。

小さな雫が、セイレーンの目尻からこぼれた。

「……え?」

リアが目を丸くする。

雫はそのまま頬を伝い――。

顎へ。

そして、

ぽたん。

地面へ落ちた。

カツン。

小さな音がした。

「……?」

三人が一斉に地面を見る。

そこには、涙が固まった小さな結晶が転がっていた。

まるで小粒の真珠のようだった。

「……あ」

リアが声を漏らす。

「まぁ……」

アゼリアも目を見開く。

ロゼルはしばらく固まっていた。

「……まじか」

リアの思いつきが、本当に成功した。

それだけではない。

一度流れ始めた涙は、まるで堰が壊れたかのように次々と溢れ始めた。

ぽろり。

ぽたり。

大粒の涙が頬を伝っていく。

顎から落ちた雫は、地面に触れた瞬間に硬い結晶へと変わった。

カツン。

カツン。

小さな音が岩陰に響く。

「す、すご……」

リアが呆然と呟く。

セイレーンはなおも涙を流し続けている。

やがて数十個ほどの結晶が地面に散らばった頃――。

ぴたり。

涙が止まった。

ロゼルはセイレーンの顔を確認する。

「……そろそろ枯れたか」

そう言って、手にしていた玉ねぎを放り捨てる。

そしてすぐに地面へ散らばった結晶を拾い始めた。

一つ。

また一つ。

どれも透明感があり、夜石の光を受けて淡く輝いている。

「これは……」

ロゼルの目が輝いた。

持ってきた小さな瓶へ、一つずつ丁寧に入れていく。

カラン。

カラン。

小さな結晶が瓶の中でぶつかる。

やがて瓶がいっぱいになると、ロゼルはコルクの蓋をぎゅっと優しく締めた。


その扱いは、先ほどまで玉ねぎをセイレーンの目の前で潰していた男とは思えないほど慎重だった。

「すごいぞ、リア」

ロゼルが顔を上げる。

「大成功だ」

「ほ、本当に?」

「ああ。こんな大粒で質のいい結晶は初めて見た」

「そんなにいいの、これ?」

リアが瓶を覗き込む。

アゼリアも興味津々といった様子で瓶へ視線を向けた。

「セイレーンの涙は空気に触れると結晶化するんだ」

ロゼルが説明する。

「ただ、水に触れると溶け出してしまう」

「へえ……」

「従来のやり方だと、どうしても水辺で採取することになる。そうなると、水に触れてしまう分だけ取れる量も減るし、品質も落ちる」

ロゼルは瓶を光にかざした。

「でも、この方法なら水に触れさせずに回収できる」

そしてリアを見る。

「これ、大発見だぞ」

アゼリアが微笑む。

「リアのお手柄ですね、ロゼル様」

「そ、そうかな?」

リアは照れくさそうに頭を掻いた。

「冗談のつもりだったんだけど……」

「誇っていいぜ」

ロゼルは即答した。

「長年、冒険者が考えつかなかった方法を見つけたんだからな」

「……そんなに?」

「ああ」

ロゼルは包んだ瓶を大事そうに荷物へしまう。

「ギルドにこれを教えたら、どうなるか……」

その言葉に、リアの表情が少し変わった。

「教えたら、まずい?」

「涙の市場価格にも影響が出るだろうな」

「……」

リアが考え込む。

ロゼルはそんなリアを急かさなかった。

「でも、ギルドに報告するかどうかはリアが決めればいいさ」

「え?」

「リアが見つけた方法だからな」

ロゼルはそう言って、静かに頷いた。

「どうするかは、お前が決めればいい」

リアは少し驚いたようにロゼルを見る。

「……いいの? 私が決めて?」

「ああ」

ロゼルはもう一度、こくりと頷いた。


リアは、ロゼルが手にしている小瓶を見つめた。

小瓶の中には、採れたばかりの涙の結晶がいくつも入っている。

夜石の淡い光を受けて、一粒一粒が小さく輝いていた。

リアは腕を組み、しばらく考え込む。

「うーん……」

やがて顔を上げた。

「なら、ランドさんに報告しようかな」

「ランドさんに?」

「うん。ランドさんなら信用できるし」

ロゼルは少し意外そうに眉を上げた。

「いいのか?」

「え?」

「黙っていれば、ひと財産だぞ?」

ロゼルは小瓶へ視線を落とす。

これだけ大粒で質のいい結晶を、安定して採取できる方法。

自分たちだけの秘密にしておけば、かなりの利益になるだろう。

リアは小瓶を見つめたまま、少しだけ考える。

そして、首を横に振った。

「だって、皆んながこのことを知れば採取の危険も減るし」

「……」

「涙を材料にしてる商品も安くなるってことでしょ?」

ロゼルはリアを見る。

「そういうことになるな」

小さく頷いてから、続ける。

「セイレーンの涙は、薬やポーションにも使われてるって話だ。それらが手に入りやすくなれば……」

ロゼルは地底湖の方へ視線を向けた。

「死ぬやつも減るだろうな」

「なら、やっぱりランドさんに報告する」

リアは迷いなく言った。

「それが正しい気がするわ」

アゼリアが優しく微笑む。

「ええ。リアらしいと思います」

そう言って、リアの頭をそっと撫でた。

「偉い偉い」

「えへへ……」

リアは少しくすぐったそうに笑う。

ロゼルも薄く笑った。

「そうだな。俺も、それが正しいと思うぜ」

小瓶を布で丁寧に包み、荷物へしまう。

「なら、ランドさんに報告するとするか」

「うん」

リアが頷いた。

「よし。一先ず依頼はクリアだ」

ロゼルは立ち上がり、岩に縛られたセイレーンを見る。

「もう一度、痺れ薬で大人しくさせたら、こいつを逃がしてやろう」

「うん。これで依頼達成ね」

「初迷宮で大活躍ですね、リア」

アゼリアが嬉しそうに微笑む。

「え? そうかな?」

「はい。戦闘もこなして、依頼も達成して、さらに新しい採取方法まで見つけたのですから」

「そう言われると……なんか、本当に冒険者になったって感じがするわね」

リアが照れながら笑った。

「まあ、成果としては十分だな」

ロゼルも頷く。

「ただ――」

「ん?」

「まだ帰りもあるんだぜ?」

「……あ」

リアの顔が固まる。

「そうだった……」

「来た道を戻らなきゃならないからな」

「うぅ……」

リアが遠くの暗い通路を見る。

「結構、歩いたわよね……」

「だからこそ、最後まで気を抜くなよ」

「分かってるわよ」

リアは気を取り直して弓を背負い直した。

その横で、ロゼルは痺れ薬の入った小瓶を取り出す。

「じゃあ、まずはこいつを湖へ返すぞ」

ロゼルはセイレーンのそばへしゃがみ込む。

「もう一回だけ悪いな。これで最後だ」

セイレーンは薬の瓶を警戒するように睨みつけ、顔を背けようとする。

「リア、ちょっと押さえるのを手伝ってくれ」

「う、うん」

リアがセイレーンの身体を支える。

アゼリアも反対側からそっと支えた。

ロゼルは無理に傷つけることはせず、口元へ薬を流し込む。

「これでいい」

しばらくすると、セイレーンの身体から再び力が抜けていった。

尾が地面を一度だけ叩く。

その後は、ぐったりと動かなくなる。

ロゼルは様子を確認してから、身体を縛っていた縄を解き始めた。

「よし」

最後の結び目が外れる。

自由になったセイレーンの身体を、ロゼルが慎重に抱え上げた。

三人は岩陰から湖岸へ移動する。

先ほどまで美しい瑠璃色の鱗を照らしていた夜石の光が、水面に揺らめいている。

ロゼルは水際まで進むと、セイレーンをゆっくりと水へ下ろした。

瑠璃色の尾が水の中へ沈んでいく。

「……よし」

手を離す。

セイレーンの身体が水面に浮かぶ。

やがて、その身体はゆっくりと湖の奥へ流されていった。

リアは黙ってその姿を見送る。

「……帰っていったわね」

「ああ」

ロゼルも頷いた。

しばらくすると、セイレーンは水の中へ潜っていく。

瑠璃色の鱗が夜石の光の中で一瞬だけ輝き――。

その姿は、深い湖の闇へと消えていった。

アゼリアが微笑む。

「これで本当に依頼達成ですね」

「うん」

リアも頷いた。

「初めての迷宮探索で、ちゃんと依頼を終わらせられた」

「ただし」

ロゼルが言う。

「まだ帰りもあるんだぜ?」

「分かってるってば!」

リアが少しむっとした顔をする。

「もう、その台詞は聞いたわよ!」

ロゼルは小さく笑った。

「なら、最後まで気を抜かないことだな」

三人は湖を背にして、帰還の準備を始めた。







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