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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第4章

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地底湖。

ロゼル一行は、セーフエリアの墓所を後にし、再び迷宮の奥へと進んでいった。

しばらく歩いていると、先ほどまでとは明らかに空気が変わっていく。

ひんやりとした空気の中に、少しずつ湿気が混じり始めた。

それは次第に濃くなり、肌にまとわりつくような感覚へと変わっていく。

リアが首元をぱたぱたと手で仰いだ。

「なんだか空気がベタベタするわね」

「地底湖が近いってことだ」

先を歩くロゼルが答える。

「空気が重くてむせそうになるだろ?」

「うん。髪の毛もペタってする」

リアは自分の髪を摘まんで、少し嫌そうに眺める。

それから後ろを歩くアゼリアへ視線を向けた。

「アゼ姐は平気なの?」

「私は特に……」

アゼリアは少し考えるようにしてから、自分の足元へ目を落とす。

「ただ、足元がジメジメするのは少々気持ちが悪いですね……」

「アゼ姐、綺麗好きだもんねー」

リアが楽しそうに笑う。

「はい。できることなら、今すぐ洗濯したいです……」

アゼリアは少しだけ困ったように呟いた。

「帰るまでは我慢だ」

ロゼルが振り返らずに言う。

「地底湖に着いたら、泥くらいは落とせるだろう」

「そうですね……」

アゼリアは少しだけ元気を取り戻したように頷いた。

「それを楽しみに頑張ります」

三人はそのまま、湿気を増していく通路を進んでいく。

足元には薄く水が溜まり始め、歩くたびに靴底から小さな水音が響く。

壁も次第に濡れていき、ところどころから水滴が落ちていた。

そして――

しばらく進んだところで、目の前が突然開けた。

「……」

ロゼルが足を止める。

その先に広がっていたのは、見渡すことすらできないほど巨大な湖だった。

地底湖。

迷宮の地下深くに存在する、果ての見えない水の世界。

天井には無数の夜行石が輝いている。

淡い光を放つそれらが湖面に映り込み、キラキラと辺りを照らす。

さらに湖の中では、青や黄色に発光する魚たちが群れを成して泳いでいる。

魚が動くたび、水の中に色鮮やかな光が揺らめく。

夜行石の光と魚たちの光が重なり、地底とは思えないほど幻想的な光景を作り出していた。

迷宮の中だというのに、暗さを感じない。

アゼリアが灯していた青い炎さえ、必要ないほどだった。

その光景を目の前にしたリアは、しばらく言葉を失っていた。

そして――

「す、すっごーい!!」

思わず大声を上げる。

「ここ迷宮なの!?」

リアは湖の奥を見渡しながら、目を輝かせた。

「キレーイ……!」

その声が、広大な地底湖に響き渡っていった。


ロゼルは、思わず声を上げたリアの口元へ、そっと手を伸ばした。

「むぐっ……」

突然口を塞がれ、リアがくぐもった声を漏らす。

ロゼルは人差し指を口元に当てるような仕草をしながら、声を潜めた。

「しぃ……大きい声は出さない方がいい……」

ゆっくりと手がリアの口から離れる。

リアは慌てて頷き、今度は小さな声で尋ねた。

「わ、ご、ごめん……」

そして、先ほどまでの興奮が少しずつ引いていく。

「ここって……やっぱり危険なの?」

ロゼルは答える代わりに、地底湖の奥へ目を向けた。

そして、湖畔にいくつか並ぶ大きな岩場の一つを指差す。

「あれ、見てみろ……」

「……?」

リアはロゼルの指先を追うように、目を凝らした。

アゼリアも同じ方向へ視線を向ける。

先ほどまで穏やかだった表情が変わり、眉間にわずかに皺が寄った。

三人が見つめる先。

岩場の近くの水面が――ゆらり、と揺れた。

小さな波紋が広がっていく。

「……?」

リアが目を細める。

だが、何も見えない。

そう思った次の瞬間だった。

水面の下。

かなり深い場所。

水深にすれば、十メートルは下だろうか。

そこに――それはいた。

大きい。

あまりにも大きすぎて、最初は何なのか理解できない。

巨大だと認識することすら、一瞬遅れるほどだった。

水中をゆっくりと進む巨大な身体。

まるでボートのような大きさのひれが、水を押し分ける。

全身を覆う鱗は、天井に輝く夜行石の光を受け、鈍い輝きを返していた。

尾がゆっくりと動く。

その一振りだけで、水中に大きな流れが生まれる。

その姿は、まるで大木が水の中を進んでいるようだった。

そして――

ゆっくりと、頭部がこちらへ向いた。

龍を思わせる輪郭。

それでいて、どこか深海に潜む生物を思わせる異様な形状。

口元からは鋭い牙がちらちらと覗いている。

そして何より――

真っ黒な瞳。

その瞳が、こちらを捉えていた。

「……っ」

リアの背筋に、冷たいものが走った。

さっきまで綺麗だと騒いでいたことなど、頭から吹き飛んでいる。

リアは声を潜めた。

「あ、あれ何……?」

喉が震える。

「ロゼル……あれ、なんなの?」

ロゼルは目を離さずに答えた。

「主さ」

短く息を吐く。

「地底湖に大昔からいる竜種だ……」

「お、大きいです……」

アゼリアも珍しく驚きを隠せない。

「あんなに大きな水生モンスターは、私も初めて見ました……」

リアは恐る恐るロゼルを見る。

「あれ……大丈夫なの?」

「……」

「あれ、襲ってこない?」

ロゼルはしばらく水中の巨大な影を見つめた後、静かに答えた。

「ちょっかいをかけなきゃ大丈夫さ」

「……本当に?」

「ああ」

ロゼルは肩をすくめる。

「あれからしたら、俺達なんてアリかなんかと同じなんだろう」

巨大な身体は、こちらを一瞥しただけで、またゆっくりと水の中へ進んでいく。

「ここの地底湖では、あれには近づかない」

ロゼルは低い声で続けた。

「それが、この場所での最低限のルールさ」

リアはごくりと唾を飲み込む。

「……戦ったことある人、いるの? あれ……」

「噂で聞いたことがあるくらいだな」

「噂……?」

アゼリアが尋ねる。

「噂とは、どのような噂なのでしょう?」

ロゼルは少しだけ苦笑した。

「他所の国から来た余所者の冒険者パーティがな」

そして、指先を湖へ向ける。

「数十人規模で、あれに挑んだって話さ」

「数十人……」

リアの顔が引きつる。

ロゼルは続けた。

「どこぞの馬鹿王子が、あの龍に賞金を賭けたそうだぜ」

「……」

リアの喉が、ごくりと鳴った。

「そ、それで……」

恐る恐る尋ねる。

「結果は、どうなったの?」

ロゼルはすぐには答えなかった。

代わりに、湖の奥へ視線を向ける。

「地底湖の形が変わっちまったらしい」

「……え?」

ロゼルはそう言って、別の場所を指差した。

「ほら」

「あれ、見てみろよ」

その指先を追うように、リアとアゼリアも視線を向けた。


ロゼルが指差した方向へ、リアとアゼリアが目を向ける。

そこにあったのは、地底湖の天井だった。

無数の夜行石が輝き、淡い光を降らせている巨大な天井。

その一角に――

ぽっかりと穴が空いていた。

まるで何か巨大なものに抉り取られたかのような、大きな穴。

その奥は暗く、光が届かない。

どこまでも続いているように見えた。

「……あれって?」

リアが目を細める。

「穴ぼこ?」

「ああ」

ロゼルは頷いた。

「噂では、上の階層と繋がっちまってるらしい」

「上の階層と……?」

「ああ。実際、上層にもそれらしい大穴が見つかってる」

ロゼルは肩をすくめる。

「ま、飛び降りて確かめるようなバカもいないからな。眉唾かもしれないけどな」

リアは改めて、その暗い穴を見上げる。

光の届かない闇。

そこから何かが落ちてきそうな、そんな不気味さすら感じた。

「……」

アゼリアも穴をじっと見つめる。

「もしかして……あの龍が暴れて、あの大穴を開けたのでしょうか?」

「さぁな」

ロゼルは答えながら、もう一度巨大な龍へ視線を向ける。

「でも、そう言われているな」

「……」

リアは再び天井の大穴を見上げた。

想像しただけで背筋がぞくりとする。

「……うぅ」

リアの身体が、ぶるりと震えた。

「私、あれには絶対近づかないでおく……」

アゼリアも静かに頷く。

「はい。あの龍には、絶対近づかないようにしましょう……」

「うん」

リアも素直に頷いた。

そんな二人を見て、ロゼルは小さく笑う。

「安心しな。地底湖は広いし、放っておけば害はない」

ロゼルは湖の広大な水面を見渡す。

「それに、あれを見に迷宮へ潜りたがる酔狂な奴もいるくらいさ」

「……見に来るだけ?」

リアが信じられないという顔をする。

「物好きってのは、どこにでもいるもんだ」

ロゼルはそう言って、軽く肩をすくめた。

「さて……」

ロゼルが周囲を見渡す。

広大な地底湖。

無数の岩場。

遠くでは、青や黄色に光る魚たちが水中を泳いでいる。

そのどこかに、今回の目的であるセイレーンがいるはずだった。

アゼリアがロゼルへ尋ねる。

「ロゼル様、これからいったいどうするのでしょう?」

「セイレーンを一体狩る」

ロゼルは湖の周囲を観察しながら答えた。

「群れから離れて、一匹でいるのが理想だ」

「それで、セイレーンの涙が手に入るの?」

リアが尋ねる。

「いや」

ロゼルは即答した。

「それじゃ涙は手に入らない」

「え?」

リアが首を傾げる。

アゼリアも不思議そうにロゼルを見る。

「それでは……どうすれば涙が手に入るのでしょうか?」

「それはまた後で説明する」

ロゼルは視線を湖へ戻した。

「今は、セイレーンを探すことが先だ」

「……はい」

アゼリアがこくりと頷く。

リアもそれにならうように頷いた。

「分かった」

三人は再び湖へ視線を向ける。

美しく、静かな地底湖。

その水のどこかに、今回の依頼の鍵を握る魔物が潜んでいる。

ロゼルは足音を抑えながら、湖岸に沿って歩き始めた。




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