星見の墓所
ロゼル一行は、さらに迷宮の奥へと歩を進めていった。
しばらく進んでいると、暗闇の向こうに淡い光が見え始める。
これまでの迷宮とは明らかに違う。
壁や天井から漏れる光は次第に強くなり、まるで誰かがこの先に灯りをともしているかのようだった。
ロゼルが足を止める。
「着いたぜ。」
リアがロゼルの背中から顔を覗かせる。
「ここは何処なの?」
ロゼルは光の先を見つめながら答える。
「墓さ。」
「……墓?」
「ああ。」
ロゼルはゆっくりと歩き出す。
「誰が始めたのかは分からないがな。ここじゃ、迷宮で亡くなった冒険者の遺品を置いていく習慣があるんだ。」
三人がさらに進む。
やがて通路を抜けると――。
そこには、巨大な空間が広がっていた。
「……っ。」
リアは思わず息を呑んだ。
そこは迷宮の中とは思えないほど、静かで荘厳な場所だった。
高い天井。
巨大な石柱。
そして、壁や天井には無数の夜行石が埋め込まれている。
青白く淡い光が空間全体を照らし、その光景はまるで地下に造られた神殿のようだった。
その中央には、ひときわ大きな石碑が立っている。
石碑には、無数の名前が刻まれていた。
この迷宮で命を落とした冒険者たちの名前。
そして、その周囲には無数の武器や防具が並んでいた。
地面に突き立てられた剣。
壁に立て掛けられた槍。
古びた盾。
傷だらけの兜。
弓や杖。
中には長い年月を経て錆びつき、朽ちかけているものもある。
その一方で、真新しい花束が添えられている場所もあった。
小さな手紙。
誰かが大切にしていたのであろう装飾品。
思い出の品。
それらが墓標の前に静かに供えられている。
少し離れた場所では、冒険者たちが静かに手を合わせていた。
誰も大声では話さない。
武器を抜く者もいない。
ただ、亡くなった者たちを悼んでいる。
アゼリアが天井を見上げる。
「……随分と明るいですね。」
ロゼルが頷く。
「夜行石が多く含まれている場所なんだ。」
「だから迷宮の中でも珍しく、こうして辺りを見渡せる。」
ロゼルは周囲を見渡した。
「ここで一休みする冒険者も多い。」
リアが不思議そうに尋ねる。
「こんな場所で……休んでいいの?」
「ここは、迷宮では数少ないセーフエリアだからな、静かにしていれば構わない。」
数組の冒険者たちが、墓標の前に静かに佇んでいた。
祈りを捧げる者。
古びた墓標の周りを掃除する者。
そして、持ってきた花をそっと供える者。
誰も大声で話すことはない。
迷宮の中だというのに、この場所だけは不思議なほど静かだった。
一人の冒険者が、花束を胸に抱えながらゆっくりと歩いてくる。
年の頃は、ロゼルより少し若いくらいだろうか。
その男は一つの墓標の前で足を止めると、花をそっと置いた。
そして、刻まれた名前をしばらく見つめる。
「……久しぶり、姉さん。」
男の声は小さく、少しだけ震えていた。
「しばらく来れなくて……すまない。」
それだけ言うと、男は静かに目を閉じる。
リアはその様子を横目で見つめていた。
何も言わない。
ただ、その光景をじっと見ている。
やがてロゼルが石碑の前へ歩いていく。
手にしていたのは、先ほどランビートに襲われていた冒険者たちから拾った剣と杖だった。
ロゼルは石碑の前で片膝をつく。
そして、二人の遺品を静かに地面へ立てかけた。
剣は石碑へ寄り添うように。
杖はその隣へ。
しばらく二つの遺品を見つめた後、ロゼルは小さく息を吐いた。
「……俺ができるのはここまでだ…」
そう呟くと、静かに立ち上がった。
リアはその背中を見つめる。
ロゼルは何も語らなかった。
だが、その仕草には長い年月を迷宮で生きてきた冒険者だけが持つ、静かな敬意があった。
リアは、石碑の前に並べられた武器をしばらく見つめていた。
やがて、ぽつりと口を開く。
「……ロゼルも、誰かを亡くしたの?」
ロゼルはすぐには答えなかった。
大きな石碑に刻まれた名前を見つめながら、遠い昔を思い出すように目を細める。
「ああ。」
「かつてパーティを組んでいた奴ら。」
「ダンジョンシェルパをしていた女性もいたな。」
「世話になった先輩冒険者も……たくさんここで眠っているよ。」
その言葉を聞き、アゼリアが静かにロゼルを見る。
「……お辛い経験をされたのですね。」
ロゼルは小さく首を振った。
「冒険者をしていれば、避けられない別れだ。」
淡々とした声。
けれど、その横顔には僅かな寂しさが滲んでいた。
「だから慎重に行動するのさ。」
「後悔が残らないように……な。」
それ以上、ロゼルは語らなかった。
しばらくして、ロゼルが立ち上がる。
「……ここで軽く睡眠を取ろう。」
そう言うと、バックパックから薄い毛布を取り出して地面に広げる。
そして、荷物を枕代わりにすると――
「ふぅ……。」
そのまま、ばたりと横になった。
リアもロゼルにならうように毛布の上へゴロリと横になる。
「……こういうところで寝るの、なんだか不思議ね。」
「慣れればどうってことないさ。」
ロゼルは目を閉じる。
その横では、アゼリアがちょこんと腰を下ろしていた。
骨だけの身体では眠る必要もない。
だから彼女は二人を見守るように座りながら、ゆっくりと天井を見上げた。
無数の夜行石が、淡い光を放っている。
リアもつられるように天井を見上げる。
「……キラキラ光って綺麗ね。」
「はい……。」
アゼリアも静かに微笑む。
「夜空のように見えます。」
地上から遥か遠く離れた迷宮の底。
本物の星空を見ることはできない。
それでも――。
無数の淡い光は、まるで地下に広がる星々のように三人を優しく照らしていた。
「リア、少し寝とけ。」
ロゼルが、夜行石の淡い光に照らされた天井を見上げながら言った。
「しばらく、安眠できる場所はないぞ。」
リアは少しだけ目を細める。
「そうさせてもらうわ……。」
今日が初めての迷宮。
暗闇に怯え、死鬼に遭遇し、シェイプシフターにまで襲われた。
それだけではない。
初めて魔物と戦い、自分の手で矢を放った。
思えば、短い時間の中で初めて尽くしだった。
「初めて尽くしで……ちょっと疲れたわ。」
そう呟くと、リアは毛布の上に身体を横たえた。
アゼリアが二人を見つめ、静かに口を開く。
「ロゼル様も、少しお休みになってください。」
「私が見張っていますから。」
ロゼルは一瞬アゼリアを見る。
そして、小さく息を吐いた。
「悪いな。そうさせてもらう。」
薄い毛布に身体を預けながら、ロゼルが続ける。
「この場所なら、たぶん問題は起こらないと思うが……何か異変を感じたら、すぐ起こしてくれ。」
「はい。」
アゼリアは優しく頷いた。
「お二人とも、ゆっくりお休みください。」
その言葉から、ほんの数秒。
「……すぅ……。」
リアから小さな寝息が聞こえてきた。
よほど疲れていたのだろう。
アゼリアが微笑む。
「ふふ……。」
その隣では、ロゼルも静かに瞼を閉じていた。
やがて、こちらもゆっくりとした寝息を立て始める。
アゼリアは二人の寝顔をしばらく眺めていた。
そして、そっと呟く。
「おやすみなさい、お二人とも。」
二人が眠りについた後も、アゼリアはその場を動かなかった。
墓所には、静かな時間が流れている。
遠くでは、誰かが墓前で祈る声。
時折、石畳を踏む足音。
アゼリアは二人の寝顔を見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。
天井や壁に埋め込まれた無数の夜行石。
その淡い青白い光が、彼女の白に近いプラチナブロンドの髪を静かに照らしている。
長い髪が光を受け、淡い銀色のように揺れる。
青い瞳にも、夜行石の光が映り込んでいた。
墓所という場所には似つかわしくないほど、美しい姿だった。
けれど、その横顔にはどこか寂しげなものがあった。
アゼリアは、無意識に胸元へ手を添える。
「……不思議ですね。」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
この場所には、見覚えがあるような気がする。
眠る者たちを見守ることも。
墓前に花を供えることも。
こうして静かな夜を過ごすことも。
すべてが懐かしい。
なのに――。
その記憶だけが、どうしても思い出せない。
アゼリアは少しだけ目を伏せた。
「私は……以前にも、ここに来たことがあるのでしょうか。」
答えてくれる者はいない。
ただ、夜行石の淡い光だけが、静かに彼女を照らしている。
しばらくして、アゼリアは眠る二人へ視線を戻した。
ロゼルも、リアも穏やかな顔で眠っている。
それを見て、アゼリアの表情が少しだけ和らいだ。
「……今は、考えなくてもいいですね。」
小さく微笑む。
「こうして、お二人を見守っていられるのですから。」
アゼリアは二人のそばに座り直した。
そして、夜が明けるまで。
二人の眠りを、静かに見守り続けた。




