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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第4章

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星見の墓所

ロゼル一行は、さらに迷宮の奥へと歩を進めていった。

しばらく進んでいると、暗闇の向こうに淡い光が見え始める。

これまでの迷宮とは明らかに違う。

壁や天井から漏れる光は次第に強くなり、まるで誰かがこの先に灯りをともしているかのようだった。

ロゼルが足を止める。

「着いたぜ。」

リアがロゼルの背中から顔を覗かせる。

「ここは何処なの?」

ロゼルは光の先を見つめながら答える。

「墓さ。」

「……墓?」

「ああ。」

ロゼルはゆっくりと歩き出す。

「誰が始めたのかは分からないがな。ここじゃ、迷宮で亡くなった冒険者の遺品を置いていく習慣があるんだ。」

三人がさらに進む。

やがて通路を抜けると――。

そこには、巨大な空間が広がっていた。

「……っ。」

リアは思わず息を呑んだ。

そこは迷宮の中とは思えないほど、静かで荘厳な場所だった。

高い天井。

巨大な石柱。

そして、壁や天井には無数の夜行石が埋め込まれている。

青白く淡い光が空間全体を照らし、その光景はまるで地下に造られた神殿のようだった。

その中央には、ひときわ大きな石碑が立っている。

石碑には、無数の名前が刻まれていた。

この迷宮で命を落とした冒険者たちの名前。

そして、その周囲には無数の武器や防具が並んでいた。

地面に突き立てられた剣。

壁に立て掛けられた槍。

古びた盾。

傷だらけの兜。

弓や杖。

中には長い年月を経て錆びつき、朽ちかけているものもある。

その一方で、真新しい花束が添えられている場所もあった。

小さな手紙。

誰かが大切にしていたのであろう装飾品。

思い出の品。

それらが墓標の前に静かに供えられている。

少し離れた場所では、冒険者たちが静かに手を合わせていた。

誰も大声では話さない。

武器を抜く者もいない。

ただ、亡くなった者たちを悼んでいる。

アゼリアが天井を見上げる。

「……随分と明るいですね。」

ロゼルが頷く。

「夜行石が多く含まれている場所なんだ。」

「だから迷宮の中でも珍しく、こうして辺りを見渡せる。」

ロゼルは周囲を見渡した。

「ここで一休みする冒険者も多い。」

リアが不思議そうに尋ねる。

「こんな場所で……休んでいいの?」

「ここは、迷宮では数少ないセーフエリアだからな、静かにしていれば構わない。」

数組の冒険者たちが、墓標の前に静かに佇んでいた。

祈りを捧げる者。

古びた墓標の周りを掃除する者。

そして、持ってきた花をそっと供える者。

誰も大声で話すことはない。

迷宮の中だというのに、この場所だけは不思議なほど静かだった。

一人の冒険者が、花束を胸に抱えながらゆっくりと歩いてくる。

年の頃は、ロゼルより少し若いくらいだろうか。

その男は一つの墓標の前で足を止めると、花をそっと置いた。

そして、刻まれた名前をしばらく見つめる。

「……久しぶり、姉さん。」

男の声は小さく、少しだけ震えていた。

「しばらく来れなくて……すまない。」

それだけ言うと、男は静かに目を閉じる。

リアはその様子を横目で見つめていた。

何も言わない。

ただ、その光景をじっと見ている。

やがてロゼルが石碑の前へ歩いていく。

手にしていたのは、先ほどランビートに襲われていた冒険者たちから拾った剣と杖だった。

ロゼルは石碑の前で片膝をつく。

そして、二人の遺品を静かに地面へ立てかけた。

剣は石碑へ寄り添うように。

杖はその隣へ。

しばらく二つの遺品を見つめた後、ロゼルは小さく息を吐いた。

「……俺ができるのはここまでだ…」

そう呟くと、静かに立ち上がった。

リアはその背中を見つめる。

ロゼルは何も語らなかった。

だが、その仕草には長い年月を迷宮で生きてきた冒険者だけが持つ、静かな敬意があった。


リアは、石碑の前に並べられた武器をしばらく見つめていた。

やがて、ぽつりと口を開く。

「……ロゼルも、誰かを亡くしたの?」

ロゼルはすぐには答えなかった。

大きな石碑に刻まれた名前を見つめながら、遠い昔を思い出すように目を細める。

「ああ。」

「かつてパーティを組んでいた奴ら。」

「ダンジョンシェルパをしていた女性もいたな。」

「世話になった先輩冒険者も……たくさんここで眠っているよ。」

その言葉を聞き、アゼリアが静かにロゼルを見る。

「……お辛い経験をされたのですね。」

ロゼルは小さく首を振った。

「冒険者をしていれば、避けられない別れだ。」

淡々とした声。

けれど、その横顔には僅かな寂しさが滲んでいた。

「だから慎重に行動するのさ。」

「後悔が残らないように……な。」

それ以上、ロゼルは語らなかった。

しばらくして、ロゼルが立ち上がる。

「……ここで軽く睡眠を取ろう。」

そう言うと、バックパックから薄い毛布を取り出して地面に広げる。

そして、荷物を枕代わりにすると――

「ふぅ……。」

そのまま、ばたりと横になった。

リアもロゼルにならうように毛布の上へゴロリと横になる。

「……こういうところで寝るの、なんだか不思議ね。」

「慣れればどうってことないさ。」

ロゼルは目を閉じる。

その横では、アゼリアがちょこんと腰を下ろしていた。

骨だけの身体では眠る必要もない。

だから彼女は二人を見守るように座りながら、ゆっくりと天井を見上げた。

無数の夜行石が、淡い光を放っている。

リアもつられるように天井を見上げる。

「……キラキラ光って綺麗ね。」

「はい……。」

アゼリアも静かに微笑む。

「夜空のように見えます。」

地上から遥か遠く離れた迷宮の底。

本物の星空を見ることはできない。

それでも――。

無数の淡い光は、まるで地下に広がる星々のように三人を優しく照らしていた。


「リア、少し寝とけ。」

ロゼルが、夜行石の淡い光に照らされた天井を見上げながら言った。

「しばらく、安眠できる場所はないぞ。」

リアは少しだけ目を細める。

「そうさせてもらうわ……。」

今日が初めての迷宮。

暗闇に怯え、死鬼に遭遇し、シェイプシフターにまで襲われた。

それだけではない。

初めて魔物と戦い、自分の手で矢を放った。

思えば、短い時間の中で初めて尽くしだった。

「初めて尽くしで……ちょっと疲れたわ。」

そう呟くと、リアは毛布の上に身体を横たえた。

アゼリアが二人を見つめ、静かに口を開く。

「ロゼル様も、少しお休みになってください。」

「私が見張っていますから。」

ロゼルは一瞬アゼリアを見る。

そして、小さく息を吐いた。

「悪いな。そうさせてもらう。」

薄い毛布に身体を預けながら、ロゼルが続ける。

「この場所なら、たぶん問題は起こらないと思うが……何か異変を感じたら、すぐ起こしてくれ。」

「はい。」

アゼリアは優しく頷いた。

「お二人とも、ゆっくりお休みください。」

その言葉から、ほんの数秒。

「……すぅ……。」

リアから小さな寝息が聞こえてきた。

よほど疲れていたのだろう。

アゼリアが微笑む。

「ふふ……。」

その隣では、ロゼルも静かに瞼を閉じていた。

やがて、こちらもゆっくりとした寝息を立て始める。

アゼリアは二人の寝顔をしばらく眺めていた。

そして、そっと呟く。

「おやすみなさい、お二人とも。」

二人が眠りについた後も、アゼリアはその場を動かなかった。

墓所には、静かな時間が流れている。

遠くでは、誰かが墓前で祈る声。

時折、石畳を踏む足音。

アゼリアは二人の寝顔を見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。

天井や壁に埋め込まれた無数の夜行石。

その淡い青白い光が、彼女の白に近いプラチナブロンドの髪を静かに照らしている。

長い髪が光を受け、淡い銀色のように揺れる。

青い瞳にも、夜行石の光が映り込んでいた。

墓所という場所には似つかわしくないほど、美しい姿だった。

けれど、その横顔にはどこか寂しげなものがあった。

アゼリアは、無意識に胸元へ手を添える。

「……不思議ですね。」

誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。

この場所には、見覚えがあるような気がする。

眠る者たちを見守ることも。

墓前に花を供えることも。

こうして静かな夜を過ごすことも。

すべてが懐かしい。

なのに――。

その記憶だけが、どうしても思い出せない。

アゼリアは少しだけ目を伏せた。

「私は……以前にも、ここに来たことがあるのでしょうか。」

答えてくれる者はいない。

ただ、夜行石の淡い光だけが、静かに彼女を照らしている。

しばらくして、アゼリアは眠る二人へ視線を戻した。

ロゼルも、リアも穏やかな顔で眠っている。

それを見て、アゼリアの表情が少しだけ和らいだ。

「……今は、考えなくてもいいですね。」

小さく微笑む。

「こうして、お二人を見守っていられるのですから。」

アゼリアは二人のそばに座り直した。

そして、夜が明けるまで。

二人の眠りを、静かに見守り続けた。


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