忍び寄る陰。
三階層へと続く階段を下りる。
一行が足を踏み入れたのは、これまでよりもさらに静かな階層だった。
湿った石壁。
薄暗い通路。
ところどころに生えた光苔が、ぼんやりとした緑色の明かりを放っている。
ここまで来る間、何度か分かれ道を通ったが、魔物らしい影はほとんど見かけなかった。
最初こそ周囲を警戒していたリアも、少しずつ迷宮の空気に慣れてきたらしい。
足取りも、入り口にいた頃よりずっと自然になっている。
リアが周囲を見渡しながら口を開く。
「ねぇ、ロゼル。」
「ん?」
「魔物って……こんなに少ないものなの?」
ロゼルが振り返る。
「魔物と戦いたいか?」
「えっ?」
リアが慌てて首を横に振る。
「そういう訳じゃないけど……。」
そして、少し考える。
「案外、出会わないもんだなって。」
「まぁ、そういうこともあるさ。」
ロゼルは前へ向き直りながら言う。
「魔物に出くわさないのはいいことだ。」
「俺達冒険者は、別に戦闘狂ってわけじゃないからな。」
大斧を担ぎ直す。
「もちろん、魔物の素材や魔石が目当てなら話は変わる。」
「依頼で討伐が必要な場合もあるしな。」
「けど、そうじゃないなら――」
ロゼルは淡々と言った。
「必要のない戦闘は避ける。」
リアが「ふーん」と頷く。
「なるほどねぇ。」
その時だった。
アゼリアがふと足を止めた。
「……。」
表情が変わる。
いつもの柔らかな微笑みが消え、迷宮の奥へと視線を向ける。
「ロゼル様……。」
ロゼルも足を止める。
「……ああ。」
小さく返事をする。
「俺も気づいた。」
リアが不思議そうに二人を見る。
「え?」
ロゼルは振り返らない。
ただ、前方を見つめたまま小さく呟く。
「何かが……つけてきてるな。」
リアの耳がぴくりと動く。
「え?」
反射的に後ろを振り返ろうとする。
だが――。
「見るな。」
ロゼルが静かに制した。
リアの動きが止まる。
「……。」
「ど、どうしたの?」
リアが小声で尋ねる。
「後ろに……何かいるんでしょ?」
「ああ。」
ロゼルの声が低くなる。
「間違いなく、つけられてる。」
リアの顔が強張る。
「な、何なの……?」
ロゼルはしばらく黙って歩き続けた。
そして、ぽつりと言う。
「おそらく……シェイプシフターだ。」
「シェイプ……シフター?」
聞き慣れない言葉に、リアが眉を寄せる。
ロゼルが説明する。
「人の姿を真似て襲ってくる、厄介な魔物さ。」
「人の……姿?」
「ああ。」
ロゼルの表情が険しくなる。
「冒険者が迷宮で疲れ果てて、仮眠を取る。」
「その隙を狙って襲ってくるんだ。」
「そして――」
ロゼルが不自然にならない様に、一度だけ後ろへ視線を向ける。
ほんの一瞬。
「一人。」
「また一人。」
「仲間が食い殺される。」
リアの顔が青ざめていく。
「……。」
「気づいた時には、パーティの中にいる仲間の何人かが……すでにシェイプシフターにすげ替わっている。」
「最後には――」
ロゼルが淡々と言う。
「パーティ全員がシェイプシフターになっちまうって訳さ。」
「……。」
リアの耳が完全に伏せた。
「こ、怖っ!」
思わず振り返りそうになるリアを、アゼリアがそっと肩で制する。
リアは前を向いたまま、声を潜める。
「そ、それならさっさと退治しましょうよ!」
「それができれば楽なんだがな。」
ロゼルが苦笑する。
「こっちから挑もうとすると、すぐ逃げちまう。」
「逃げる……?」
「ああ。」
「距離を詰めようとすると姿を消す。」
「追えば追うほど、迷宮の奥へ逃げていく。」
ロゼルは歩みを止めない。
「だから厄介なんだ。」
アゼリアが静かに尋ねる。
「では……どうすればいいんでしょう?」
ロゼルは少しだけ口角を上げた。
「簡単さ。」
「……え?」
「向こうから、近づいてくるまで待つんだ。」
リアが目を丸くする。
「待つって……どうやって?」
ロゼルは前を見据えたまま答える。
「よし。」
ロゼルが不意に足を止めた。
「ここいらで軽く休憩にしよう。」
「……え?」
リアが目を丸くする。
アゼリアも少し驚いた様子でロゼルを見る。
「よろしいんですか?」
「何か問題あるか?」
「いえ……シェイプシフターに狙われているのですよね?」
アゼリアの声には、僅かな警戒が滲んでいた。
ロゼルは背負っていた荷物をゆっくりと下ろす。
「そうだな。」
そして、何でもないことのように言った。
「シェイプシフターに付け狙われた時は、熟練冒険者にとっては休憩の合図なのさ。」
「……休憩の合図?」
リアが首を傾げる。
ロゼルは小さく笑った。
「奴らに付け狙われたまま進み続けるのは危険だ。」
「それに……」
一度、背後へ目を向ける。
「ずっと見られながら歩くってのも、気分が悪いだろ?」
リアがごくりと唾を飲み込む。
「で、でも……休んでたら襲われない?」
「そこは任せろ。」
ロゼルは腰を下ろしながら、いつもの調子で答える。
「奴らの対処には慣れてるからな。」
「こういう時は、無理に振り切ろうとしない方がいい。」
「俺達が疲れて休んでいる――そう思わせてやるのさ。」
リアは不安そうに暗い通路を見渡した。
どこから見られているのか。
そもそも、本当に何かいるのか。
考えれば考えるほど、背中がぞわぞわする。
だが――。
初めての迷宮。
緊張しながら歩き続けた身体には、確かに疲労が溜まっていた。
足も少し重い。
喉も渇いている。
リアはしばらく迷った末、渋々と荷物を下ろした。
「……わかった。」
「でも、ロゼル。ちゃんと見張っててよ?」
「もちろんだ。」
アゼリアもロゼルに倣って荷物を下ろす。
そして近くにあった手頃な岩へ腰を落とした。
「では……少しだけ休みましょうか。」
「うん……。」
リアもその隣へ座る。
三人の間に、束の間の静けさが訪れる。
――だが。
その静けさの向こう。
迷宮の暗闇には、確かに何かの気配があった。
ロゼルは荷物の中を漁ると、手のひらに収まるほどの小さな道具を取り出した。
よく見ると、その中心には小型の火の魔石が埋め込まれている。
「……?」
リアが興味深そうに覗き込む。
ロゼルは慣れた手つきで魔石を操作すると――
ボッ。
小さな炎が灯った。
「おお……!」
リアの目が輝く。
その上に、少し大きめの金属製のカップを置く。
ロゼルは荷物から保存用の食材をいくつか取り出すと、迷いのない手つきで次々とカップへ放り込んでいった。
それを眺めていたアゼリアも、いつの間にか身を乗り出している。
「……これは?」
「小型の料理機だ。」
ロゼルが答える。
「小さくとも結構高いんだぜ?」
「へぇ〜。」
リアは感心したように料理機を眺める。
一方のアゼリアは、完全に料理の方へ意識が向いていた。
食材を入れ終えたロゼルは、水を注ぐ。
コト……。
小さな火に温められ、カップの中から少しずつ湯気が立ち上っていく。
ロゼルはさらに小さな瓶をいくつか取り出した。
蓋を開ける。
ぱらぱら。
塩。
続いて胡椒。
その手つきには一切の迷いがない。
「迷宮では、基本的に濃い味が好まれる。」
ロゼルは味を確認しながら言う。
「みんな疲れてるからな。」
「こういう場所に長くいると、塩味が恋しくなるのさ。」
「なるほど……。」
アゼリアが真剣な表情で頷く。
どうやら料理の話になると、彼女も黙ってはいられないらしい。
ロゼルは手早く味を整えると、今度はアゼリアの荷物へ手を伸ばした。
「パン、取り出すぞ。」
「はい、どうぞ。」
取り出したのは、迷宮探索用に保存性を高めた硬いパンだった。
ロゼルはナイフを取り出し、慣れた手つきで薄く切っていく。
さらに――。
薄く切ったチーズを一枚、
それと同じくらい薄い玉ねぎを。
パンの上へそっと乗せる。
「ほい。」
ロゼルがそれをリアへ差し出した。
「迷宮じゃ、これでも十分ご馳走だ。」
「わ、ありがと。」
リアが両手で受け取る。
その間にも、カップの中では料理がぐつぐつと煮えている。
やがて――。
ふわり。
温かな香りが周囲へ広がった。
リアの鼻がぴくりと動く。
「……いい匂い。」
ロゼルは火を止めると、もう一つ小さなカップを取り出した。
そして出来上がった料理を二つに分ける。
「よし。」
大きめの具材が入った方をリアへ渡す。
「できたぜ。」
「わぁ……。」
「冷めないうちに食べな。」
「このスープは冷えると、えらく塩辛く感じるからな。」
リアはカップを両手で包み込む。
立ち上る湯気。
温かな香り。
暗く冷たい迷宮の中で、それはまるで小さな暖炉のようだった。
リアはそっと香りを吸い込む。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「いい匂い……。」
「いただきます。」
リアは両手で小さなカップを包み込み、立ち上る湯気を眺めた。
そして、そっと口をつける。
「……ん。」
ずずっ。
温かなスープをゆっくりと啜る。
舌に触れた瞬間、塩気がじんと広がった。
思っていたよりもしっかりとした塩味。
だが、迷宮を歩き続けて汗をかいた身体には、その塩辛さが妙に心地よかった。
乾いた身体に染み込んでいくような感覚に、リアの表情が緩む。
「お……美味しいわ、これ。」
リアがロゼルを見る。
「ロゼル、やるじゃない。」
「だろ?」
ロゼルはニカリと笑い、自分のカップを啜る。
「たまにはこういうのもいい。」
その横でアゼリアは、二人が食事をする様子を静かに眺めていた。
もちろん、彼女は食事を必要としない。
白い骨の身体では、そもそも食べ物を口にすることすらできない。
それでも――。
料理を作ることも、誰かが美味しそうに食べる姿を見ることも、アゼリアにとっては好きな時間だった。
「迷宮に相応しい料理ですね。」
アゼリアが感心したように言う。
「私もこういう料理を勉強しておきます。」
「アゼリアなら、すぐにこんな料理より美味しく作れるさ。」
「まぁ……。」
アゼリアが嬉しそうに微笑む。
その横で、リアはパンへ齧りついた。
「んぐっ……。」
やはり硬い。
だが、スープへ浸してから口に入れる。
じゅわり。
スープを吸ったパンがほどよく柔らかくなる。
そこへチーズの濃厚な香りが重なり、口の中いっぱいに広がった。
後からくる、玉ねぎのシャキシャキとした食感も
妙に心地がいい。
「ん〜……!」
リアは夢中になってパンを頬張る。
小さなカップのスープも、みるみるうちに減っていく。
やがて――。
ことり。
空になったカップを置く。
「ふぅ〜……。」
リアが満足そうに息を吐いた。
ロゼルもあっさりと食事を終えると、使った道具を手際よく片付け始める。
「……。」
リアは空になったカップを見つめる。
「なんだか……物足りないわね。」
ロゼルが苦笑する。
「迷宮じゃ、満腹になるまで食べるのは良くないんだ。」
「いざって時、身体が重たいのはまずいだろ?」
「それに食い過ぎると眠くなる。」
ロゼルは料理道具をしまいながら続ける。
「迷宮じゃ、どこでも昼寝できるわけじゃないからな。」
「そっかぁ……。」
リアが少し残念そうな顔をする。
するとロゼルがポケットへ手を突っ込んだ。
「まぁ……。」
取り出したのは、小さく包まれたチョコレート。
「これくらいなら、まだ食べても構わないだろ。」
ぽいっ。
「わっ。」
リアが慌てて両手で受け取る。
「チョコ!」
嬉しそうに包みを剥がし、そのまま口へ放り込む。
「……ん〜。」
先ほどまで塩辛いスープを食べていたせいか、チョコの甘さがいつも以上に濃く感じる。
「うま〜……。」
リアの頬が緩む。
「もっと食べたいわ。」
ロゼルはそんなリアを見て、ふふっと笑った。
「残りは、また後のお楽しみだ。」
「はーい。」
リアは素直に返事をする。
そして口の中に残ったチョコを、名残惜しそうに転がした。
その様子を、アゼリアは微笑みながら眺めていた。
食事を必要としない自分には味わえないもの。
それでも――二人が美味しそうに食べている姿を見ているだけで、不思議と胸が温かくなるのだった。
リアは空になったカップを両手で持ちながら、満足そうに微笑んだ。
「ご馳走様、ロゼル。とっても美味しかったわ。」
「お粗末。」
ロゼルは道具を片付けながら、軽く笑う。
そして、ふと表情を引き締めた。
「さて……そろそろいいかな。」
「リア。」
「俺はちょっと用を足してくる。」
ロゼルが立ち上がる。
「その間、絶対にこの場所を動くな。」
「それと――この言葉を覚えておけ。」
ロゼルは二人を交互に見た。
「ランドは頑固!」
「……いいか?」
少し真剣な顔になる。
「ランドは頑固だ。」
リアがぽかんとする。
「なによ、それ……。」
アゼリアは何かを察したように、ぽんと手を合わせる。
「なるほど……合言葉ですね。」
「ああ。」
リアもようやく意味を理解したように頷く。
「そういうことね。」
ロゼルはさらに声を落とした。
「俺が戻ってきて、それ以外の言葉を喋ったら――」
一瞬、二人の顔から笑みが消える。
「すぐさま殺せ。」
「……わかったな、二人とも。」
リアとアゼリアはこくりと頷いた。
「よし。」
ロゼルは大斧をその場へ残す。
「じゃ、行ってくる。」
「くれぐれも油断するなよ。」
そう言い残すと、ロゼルは一人、暗い通路の奥へと歩いていった。
小さな灯りを頼りに数十メートルほど進む。
やがて、ロゼルは手頃な岩の隙間を見つけた。
「ここでいいか。」
その陰へ入り、静かに用を足そうとした――
その時。
「ロゼル!」
聞き慣れた声が、背後から響いた。
「大変だわ!」
ロゼルの動きが止まる。
「襲われたの!」
振り返る。
そこに立っていたのは――リアだった。
「ロゼルの言っていたシェイプシフターだと思う。」
リアは焦った様子で続ける。
「アゼリアと二人で戦ったのだけど、数が多すぎて……!」
「奴らから逃げている間にアゼリアと逸れてしまったの!」
「早く見つけないと……!」
ロゼルは黙ってリアを見つめた。
数秒。
そして――。
ヒュッ。
腰に差していたナイフが閃いた。
「――!」
リアの首元を鋭く切り裂く。
「な……!」
口から血を吐き出し、目を見開く。
「ロゼ……」
「猿芝居はもういい。」
ロゼルの瞳は冷たい。
「不愉快だ。」
ナイフを構えたまま、淡々と言い放つ。
「お前はリアじゃない。」
その瞬間。
ぐちゃり。
リアの皮膚が不自然に崩れ始めた。
人間の姿を形作っていた皮膚が泥のように剥がれ落ち、その下から異形の身体が現れる。
細長い手足。
歪んだ顔。
猿を思わせる不気味な姿。
シェイプシフターは地面へ倒れ込むと、しばらく身体を痙攣させ――やがて動かなくなった。
ロゼルはナイフについた血を払う。
「やれやれ……。」
死体を見下ろし、吐き捨てる。
「相変わらず胸糞の悪い魔物だぜ。」
一方、その頃。
アゼリアとリアは、ロゼルが去った場所で静かに待っていた。
やがて――。
スタスタ。
暗闇の向こうから、人影が歩いてくる。
「待たせたな、二人とも。」
リアがハッと顔を上げる。
そして、ゆっくりと弓へ手を伸ばした。
「……!」
ロゼルがそれに気づく。
「待て待て!」
慌てて両手を上げる。
「ランドは頑固!」
リアの手が止まる。
「……。」
ロゼルが胸を撫で下ろす。
「俺だよ、俺!」
リアはしばらくロゼルを見つめ――ほっと息を吐いた。
「なんだ……ロゼルか。」
「驚かせないでよ。」
「悪い悪い。」
ロゼルが苦笑した。
――その瞬間。
アゼリアの掌に、青い炎が集まり始めた。
「……アゼリア?」
青い炎が細く伸びる。
形を変え――鋭い刃を備えた鞭へと変貌する。
ヒュンッ!
「――!」
ロゼルの背中へ青い炎が纏った鞭が叩き込まれた。
「ぐっ……!」
肉を裂くような音。
血飛沫が暗闇へ散る。
「アゼリア!」
リアが目を見開く。
だがアゼリアは答えない。
再び鞭を振り上げる。
「やめて!」
ヒュンッ!
今度はロゼルの顔面を打ち抜いた。
ロゼルの身体が大きくよろめき、そのまま地面へ倒れ込む。
「アゼリア! なにしてるのよ!」
リアは慌てて弓を構え、アゼリアへ向ける。
手が震えている。
弓の先端がカタカタと揺れる。
その時だった。
アゼリアが静かに口を開く。
「リア……。」
「よく見てください。」
「それは――ロゼル様ではありません。」
「え……?」
リアが床に倒れたロゼルを見る。
そして――目を見開いた。
「……え?」
美しかった顔が、まるで溶けるように崩れていく。
皮膚がどろりと剥がれ落ち、その下から現れたのは、不気味な異形の顔だった。
「どうして……?」
リアの顔から血の気が引く。
「何が……どうなってるの……?」
その時。
「よう。」
暗闇から声がした。
リアとアゼリアが同時に振り返る。
そこには――。
傷一つないロゼルが立っていた。
「やっぱり、こっちにも来てたか。」
「ロ、ロゼル……?」
ロゼルは少し気まずそうに頭を掻く。
そしてアゼリアへ向かって言う。
「アゼリア!」
「合言葉は――」
一拍置いて。
「タマゴサンドは最高だ!」
アゼリアの手の中で燃えていた青い炎が、すっと消える。
鞭も跡形もなく消滅した。
「お帰りなさいませ、ロゼル様。」
「ただいま。」
ロゼルはニカッと笑った。
リアは二人を交互に見つめ――。
「……ちょっと待って。」
震える声で呟く。
「私、何が起きてるのか全然わからないんだけど……。」
ロゼルは苦笑した。
「まあ、そうなるよな。」
そして、足元に転がるシェイプシフターの死体へ目を向ける。
「これが――シェイプシフター退治ってやつさ。」
リアはまだ混乱したまま、倒れているシェイプシフターとロゼル、そしてアゼリアを交互に見つめた。
「どういうこと?」
声が少し震える。
「説明してよ!」
ロゼルは困ったように頭を掻いた。
「怖い思いさせちまったな。」
そう言って、先ほど倒したシェイプシフターへ目を向ける。
「実を言うと、シェイプシフターって魔物は耳が異常にいいのさ。」
「耳が……?」
「ああ。」
ロゼルは頷く。
「だから、俺達が話していた合言葉も筒抜けだったって訳だ。」
「……!」
リアが目を見開く。
「じゃあ……最初にロゼルが言った合言葉も……?」
「そういうことだ。」
ロゼルは苦笑する。
「俺とアゼリアは以前から、ああいう時のために合言葉を決めていたんだ。」
「リアには悪いが……俺とアゼリアで一芝居うったって訳さ。」
アゼリアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいません、リア。」
「ですが、あの場合は説明している暇もありませんでした。」
「それに……リスクも負えませんでしたので。」
リアはしばらく呆然としていたが、やがて胸に手を当てる。
「そ、そうだったのね……。」
「てっきりアゼリアがおかしくなったのかと思ったわよ……。」
「勘違いさせてしまって、すいません。」
アゼリアは少し俯く。
「ですが……。」
ちらりと、地面に転がるシェイプシフターを見る。
「ロゼル様のお姿を真似されるのは……なんだか……。」
青白い炎が一瞬、アゼリアの掌に揺らめいた。
「不愉快で……少々、苛立ってしまいました。」
「……。」
リアはアゼリアの姿を見つめる。
そして心の中で、そっと呟いた。
(アゼ姐は……絶対怒らせないようにしよう…。)
そんなリアの心情を知ってか知らずか、ロゼルはパンと手を叩いた。
「よし!」
「邪魔なシェイプシフターは退治できたし、腹も膨れた。」
大斧を担ぎ直す。
「目的地に進むとするか!」
リアもようやく気持ちを切り替え、頷いた。
「そうね。」
「行きましょう。」
そしてシェイプシフターの死体をちらりと見る。
「……シェイプシフターは、もう懲り懲りだわ。」
「次に迷宮へ来る前には、リアにも合言葉を教えておきますね。」
アゼリアが優しく言う。
「そうしてくれるとありがたいわ。」
リアは胸を撫で下ろす。
「心臓に悪いもの……。」
「ははっ。」
ロゼルが軽く笑う。
「悪かったよ。」
「シェイプシフターのことを、もっと早く教えてあげたらよかったな。」
そして二人を見回す。
「とにかく――。」
「二人とも、先へ進もうぜ。」
「はーい。」
リアが元気よく返事をする。
「はい、ロゼル様。」
アゼリアも頷く。
三人は再び荷物を整えると、迷宮の奥へ向かって歩き始めた。
先ほどまでとは違う。
リアの足取りには、ほんの少しだけ――迷宮を知った冒険者らしい落ち着きが生まれ始めていた。




