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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第3章

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ギルドにて。

朝食を終えた三人は、それぞれ身支度を整えた。

ロゼルは漆黒の大斧を背負い、

アゼリアは動きやすい軽装に腰の短剣を確かめる。

リアも新しい装備と弓を肩に掛け、気合い十分といった様子だ。

「準備はいいか?」

ロゼルが振り返る。

「はい」

「もちろん!」

二人が頷くのを見届けると、ロゼルは宿の扉を押し開けた。

朝の澄んだ空気が頬を撫でる。

大通りはすでに多くの人で賑わっていた。

露店を並べる商人。

忙しなく荷車を引く行商人。

仕事へ向かう冒険者たち。

活気に満ちた街の喧騒を抜けながら、一行は冒険者ギルドへと歩いていく。

今日の目的は依頼ではない。

A級冒険者パーティ《雪月花》への顔合わせ。

ディアから託された紹介札を手に、三人はギルドの重い扉を押し開けた。

からん、と鈴が鳴る。

昨日と変わらぬ賑わいの中、ロゼルは真っ直ぐ受付へ向かった。

「おはようさん。」

受付嬢は営業用の柔らかな笑みを浮かべる。

「おはようございます。本日はどのような──」

ロゼルは懐から一枚の札を取り出し、そっとカウンターへ置いた。

雪月花の紋章が刻まれた紹介札。

受付嬢の視線が、それに落ちる。

次の瞬間。

「──っ!」

営業スマイルが一瞬で消えた。

目を大きく見開き、札とロゼルの顔を何度も見比べる。

「しょ、少々お待ちください!」

慌てて紹介札を両手で持ち上げる。

「た、ただ今、確認いたします!」

言葉まで少し裏返っていた。

そのまま受付の奥へ駆けていく。

「あっ!」

危うく椅子に足を引っかけながらも体勢を立て直し、そのまま慌ただしく姿を消した。

残された三人は顔を見合わせる。

リアが小声で囁く。

「……なんか、すごく慌ててたわね。」

ロゼルは肩をすくめた。

「雪月花ってのは、やっぱり相当な大物らしいな。」

アゼリアも静かに頷く。

「紹介札一枚で、あれほど反応されるとは思いませんでした。」

三人は何が起こるのか分からないまま、受付の返事を静かに待った。


しばらくして――。

「はぁ……はぁ……」

額に汗を浮かべた受付嬢が、小走りで戻ってきた。

乱れた呼吸を整えながら、深々と頭を下げる。

「お、お待たせいたしました……!」

胸元で紹介札を大切そうに抱え、ロゼルへ差し出した。

「確認いたしましたところ、間違いなく本物の紹介札でした。」

ほっとしたように息を吐くと、姿勢を正す。

「これより《雪月花》の皆様へお知らせいたしますので、恐れ入りますが別室にてお待ちいただけますでしょうか?」

ロゼルはきょとんとした顔で首を傾げた。

「別にここで待ってても構わないぞ?」

その一言で、受付嬢の顔色がさっと変わる。

「そ、それはいけません!」

思わず声を張り上げてしまい、慌てて口元を押さえる。

周囲の視線が集まると、ぺこぺこと頭を下げてから、小声で続けた。

「《雪月花》のご友人に失礼があったなどとなれば……」

ごくり、と唾を飲み込む。

「わ、私の首が飛びます……物理的にも……」

その顔色は、もはや青を通り越して土色になっていた。

必死な様子に、ロゼルは苦笑する。

「わ、わかったよ。」

両手を軽く上げた。

「案内してくれるか?」

「ありがとうございます!」

受付嬢は何度も頭を下げる。

その横で、リアがロゼルの袖をくいっと引っ張った。

そして耳元へ顔を寄せ、小声で囁く。

「ねぇ、ロゼル……」

猫耳がぴくりと揺れる。

「雪月花って人たち……そんなにやばいの?」

ロゼルも小声で答えた。

「やばいかどうかは知らんが、国に数組しかいないA級パーティだ。」

紹介札をちらりと見る。

「ギルドも扱いには慎重なんだろうよ。」

その会話を聞いていたアゼリアが、少し申し訳なさそうに俯く。

「私……ロゼル様にご迷惑をお掛けしてしまいましたでしょうか……?」

ロゼルはひらひらと手を振った。

「ないない。」

気楽そうに笑う。

「ただの顔合わせさ。」

赤い瞳を細める。

「気楽にいこうぜ?」

その一言に、アゼリアも少し安心したように微笑んだ。

受付嬢が一歩前へ出る。

「では、こちらへご案内いたします。」

三人は受付嬢の後をついて歩き出した。

賑やかなギルドホールを抜け、普段は関係者しか立ち入れない廊下へ。

重厚な木の扉がいくつも並んでいる。

その一番奥。

受付嬢が恭しく扉を開いた。

「こちらのお部屋でお待ちください。」

部屋へ足を踏み入れたリアが思わず目を丸くする。

「わぁ……」

室内は想像以上に広かった。

ふかふかの絨毯が敷かれ、大きな窓から柔らかな陽光が差し込んでいる。

中央には長いテーブル。

その上には銀食器が美しく並べられ、焼きたての肉料理や魚料理、新鮮な果物、色鮮やかな菓子まで、豪華な料理が所狭しと並べられていた。

リアの尻尾が思わずぴんと立つ。

「す、すごい……」

ロゼルも思わず口笛を吹く。

「顔合わせっていうより晩餐会だな。」

受付嬢は慣れた手つきで椅子を引きながら尋ねた。

「お飲み物はいかがいたしましょうか?」

少し考え、

「お酒は……さすがにお昼ですので控えた方がよろしいかと思いますが。」

営業用の笑顔を浮かべる。

「よく冷えた果実水や紅茶などもご用意できます。」

「いかがいたしますか?」

ロゼルは椅子へ腰掛けながら答えた。

「俺は水でいい。」

リアはぱっと手を挙げる。

「私は紅茶がいいわ!」

アゼリアは穏やかに微笑んだ。

「私も紅茶をお願いいたします。」

「かしこまりました。」

受付嬢は一礼する。

「すぐにお持ちいたします。」

扉の前で振り返り、もう一度深く頭を下げた。

「それと、《雪月花》の皆様へ取り次いでまいりますので、もう少々お待ちくださいませ。」

静かに扉が閉まり、広い応接室には三人だけが残された。


飲み物は思いのほか早く運ばれてきた。

銀の盆に載せられたグラスやティーカップが、それぞれの前へ丁寧に置かれる。

グラスの中では、透き通った氷がからん、と涼しげな音を立てた。

「おお……」

ロゼルが思わず声を漏らす。

天然の氷。

魔法で生み出した氷とは違い、保存にも運搬にも手間がかかる高級品だ。

庶民が口にする機会など滅多にない。

ロゼルはグラスを手に取り、一口飲む。

喉を滑るように冷たい水が染み渡る。

「ふぅ……」

思わず息を吐く。

赤い瞳を少し丸くした。

「随分美味い水だな……」

リアは湯気の立つ紅茶を両手で包み込む。

猫舌なのか、

「ふー……ふー……」

と何度も息を吹きかけ、慎重に口をつけた。

「……!」

ぱっと耳が立つ。

「これ、すっごくいい香り……」

もう一口。

ゆっくりと味わう。

「なんて茶葉なのかしら?」

アゼリアもティーカップを手に取る。

しかし口にはつけず、目を閉じて香りだけを楽しんだ。

「まあ……」

柔らかく微笑む。

「本当に良い香りですね。」

ゆっくりと目を開ける。

「市場にも、こんな香りのする紅茶はありませんでした。」

ロゼルは感心したように頷く。

「こりゃ一等級だな。」

グラスの水を揺らしながら呟く。

「本来なら貴族や王族に献上されるような品だ。」

苦笑しながら肩をすくめた。

「すげぇな……」

リアの視線は、いつの間にかテーブルいっぱいに並んだ料理へ向いていた。

焼きたての肉。

香ばしい魚料理。

果物に菓子。

どれも美味しそうだ。

「ねぇ、ロゼル……」

こそっと尋ねる。

「あの並んでる食べ物って……食べていいのかな?」

ロゼルは悪戯っぽく笑う。

「好きに食べればいいさ。」

グラスの水をごくりと飲み干す。

「俺達は今日は雪月花様のゲストらしいからな。」

口元をにやりと吊り上げた。

「遠慮する方が失礼かもしれんぞ?」

その言葉を聞いたリアの尻尾がぴんと立つ。

「じゃ、じゃあ少しだけ……」

恐る恐る果物を一つ摘まみ、ぱくり。

甘い果汁が口いっぱいに広がる。

「おいしい……」

思わず頬が緩んだ。

その様子を見て、アゼリアがくすくすと笑う。

穏やかな時間が流れた。

それから二十分ほど経った頃だった。

コンコン――。

部屋の扉が丁寧にノックされる。

「どうぞ。」

ロゼルが声をかけると、

ガチャリ、と扉が開いた。

入ってきたのは、先ほどの受付嬢ではない。

ランドだった。

年齢を感じさせないしっかりとした足取りで部屋へ入り、三人の姿を見回す。

ロゼルはグラスを軽く持ち上げた。

「よう、ランドさん。」

アゼリアもにこにこと頭を下げる。

「おはようございます、ランドさん。」

リアは慌てて口いっぱいに頬張っていた果物を飲み込み、

「ど、どうも……」

とぎこちなく頭を下げた。

ランドは目頭を指でごしごしと揉みながら、大きくため息をつく。

「お前たち……驚いたぞ。」

視線がロゼルへ向く。

「雪月花の紹介札を持って現れたそうだな。」

腕を組み、眉を寄せる。

「一体全体どういうことだ?」

「冒険者になって間もない、パーティ名すらないお前たちが……どうやって雪月花と繋がる?」

ロゼルは両手を上げて肩をすくめる。

「俺に聞かれてもなぁ。」

降参、とでも言うような仕草だった。

アゼリアが申し訳なさそうに立ち上がる。

「すみません……ご説明します。」

グラントの鍛冶屋で出会ったこと。

ディアから紹介札を渡されたこと。

ぜひ一度訪ねてきてほしいと言われたこと。

アゼリアは順を追って丁寧に話した。

話を聞き終えたランドは、顎に手を当てる。

「……なるほど。」

ゆっくり頷いた。

「そこの新人は、その時に出会ったという訳か。」

「はい。」

アゼリアは頭を下げる。

「ランドさんにまでご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません……。」

するとリアが慌てて立ち上がった。

「アゼ姉は何も悪くないわ!」

真剣な顔で言い切る。

アゼリアはそんなリアを見て、優しく微笑んだ。

ランドは苦笑混じりに息を吐く。

「構わんさ。」

「驚きはしたがな。」

そして表情を少し引き締めた。

「これから雪月花の変人共のところへ、お前たちを連れて行く。」

その一言に、ロゼルが思わず吹き出す。

「ぷっ。」

「変人共って。」

ランドは真顔のまま続けた。

「癖の強い連中の集まりだ。」

「……だが、あれでもギルドお抱えのA級冒険者。」

視線を三人へ向ける。

「一応忠告しておくが、粗相のないようにな。」

ロゼルは軽く手を上げた。

「あいよ。」

アゼリアは背筋を伸ばして答える。

「はい!」

リアも少し緊張した面持ちで頷いた。

「は、はい……!」

その返事を聞いたランドは、

(……本当に大丈夫か、こいつら。)

そんな目で三人を見つめる。

やがて諦めたように肩をすくめた。

「まあいい。」

踵を返す。

「ついて来なさい。」

ランドの後ろを歩き、一行はギルドの奥へと進んでいく。

関係者しか立ち入れない静かな廊下。

そして階段。

一段、また一段と上へ。

やがて三階へ辿り着いた。

そこは一階や二階とは違い、人の気配がほとんどない。

廊下の突き当たりには、一際大きく重厚な木製の扉が鎮座していた。

金属で縁取られた豪華な扉。

まるで貴族の屋敷を思わせる風格だ。

ランドはその扉の前で足を止める。

「ギルド三階のフロアは、あいつら専用になっている。」

ため息混じりに肩を落とした。

「ただでさえ書類が山積みで部屋数も足りんというのに……やれやれ。」

そうぼやいてから、三人へ向き直る。

「とにかく、私はここまでだ。」

親指で扉を示す。

「この先は君たちだけで行くといい。」

ロゼルは軽く頭を下げた。

「悪いな、ランドさん。」

「手間かけさせちまった。」

ランドは静かに首を振る。

「君たちに一目置いているのは、雪月花だけではないからな。」

少しだけ口元を緩める。

「それに、新人の受付嬢には荷が重いと思っただけさ。」

そして最後に表情を引き締めた。

「……くれぐれも、揉め事だけは起こさないように。」

鋭い視線を三人へ向ける。

その言葉を残し、ランドは静かに階段の方へと去っていった。

重厚な扉の前には、ロゼルたち三人だけが残された。



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