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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第3章

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宴

ギルドの中は、まだ戦いの熱気に包まれていた。

酒場スペースでは冒険者たちが大声で武勇伝を語り合い、あちこちで笑い声が上がっている。

「あのオークファイターを倒したんだぞ!」

「見たか? あの金髪の嬢ちゃんの怪力!」

そんな声が飛び交う。

討伐成功。

その事実だけで、ギルド全体が浮き足立っていた。

受付では、セレナが討伐完了の報告を終えている。

緊急依頼――オーク討伐。

報酬は金貨二百枚。

参加した冒険者たち全員で山分けとなり、一人あたり金貨四枚ほどの取り分になった。

決して一攫千金ではない。

だが、駆け出し冒険者にとっては十分な額だ。

「こちらが報酬になります」

受付嬢が差し出した皮袋を、ロゼルは片手で受け取った。

じゃらり、と金貨の音が鳴る。

ロゼルは中身を確認すると、自分の分だけを抜き取り、残りを二つの小袋へ分けた。

そして何の躊躇いもなく放る。

「ほら」

一つはアゼリアへ。

もう一つはリアへ。

「アゼリアの分」

アゼリアは受け取ると、柔らかく微笑んだ。

「感謝します」

「んで、こっちはリアだ」

ぽすっ。

リアは慌てて両手で受け止める。

予想より重かった。

「……え?」

袋を開く。

中には金貨が数枚。

きらりと光を反射している。

リアは何度も瞬きをした。

「……これ、私の?」

ロゼルは不思議そうな顔をする。

「他に誰がいるんだよ」

「で、でも……」

リアの耳が戸惑うように揺れた。

「こんな大金……」

声が小さくなる。

「私なんかが貰っていいの……?」

その言葉に、アゼリアがくすりと笑った。

「もちろんですよ」

リアが振り向く。

アゼリアは優しく続けた。

「リアは十分活躍しました」

「でも……」

「オークファイターの目を射抜いたのは誰でしたか?」

リアが言葉に詰まる。

「それに」

アゼリアは微笑んだまま言った。

「私を助けてくださった矢もありました」

リアの耳がぴくりと動いた。

ロゼルも腕を組む。

「いいから貰っとけ」

ぶっきらぼうな口調。

だが、その赤い瞳はどこか満足そうだった。

「それはお前が得た正当な報酬だ」

リアは袋を見る。

金貨。

自分の金貨。

誰かに命じられて稼いだ金ではない。

誰かに取り上げられるための金でもない。

自分が戦い、自分で手に入れた報酬。

胸の奥がじんわりと熱くなる。

ぎゅっと袋を抱きしめた。

「……そっか」

小さく呟く。

そして照れ臭そうに顔を背けた。

「じゃあ……遠慮なく貰っとく」

だが。

尻尾だけは隠せなかった。

ぶん。

ぶん。

ぶん。

嬉しそうに左右へ揺れている。

ロゼルが吹き出した。

「尻尾が正直すぎるだろ」

「う、うるさい!」

リアが顔を真っ赤にする。

アゼリアも口元に手を当てて笑った。

初めての依頼。

初めての報酬。

初めて仲間と分け合う戦果。

リアは金貨の入った袋を胸に抱えながら、小さく思った。

――冒険者になってよかった。

そう思えるくらいには。

今の自分は、少しだけ幸せだった。


リアが初めての報酬を胸に抱え、夢見心地になっていた時だった。

「やぁ、ロゼル君だったかな?」

背後から声がかかる。

振り向くと、そこにはセレナと《紅蓮の牙》の仲間たちが立っていた。

戦闘の時と同じ軽装鎧。

だが、先ほどまでの張り詰めた空気はなく、皆どこか晴れやかな表情をしている。

ロゼルは軽く手を上げた。

「よお、お疲れ様」

セレナが小さく笑う。

「君達もな」

そう言うと、少しだけ表情を柔らかくした。

「これから仲間達と打ち上げに行くんだが」

琥珀色の瞳が三人を見る。

「どうかな? 君達も来ないか?」

ロゼルは隣を見る。

アゼリアはにこりと微笑んだ。

リアは目を輝かせながら何度も頷いている。

その様子を見たロゼルの口元がニヤリと吊り上がった。

「奢りかい?」

セレナは思わず吹き出した。

「ははは!」

肩を揺らして笑う。

「君達の分は我がパーティが持とう」

その瞬間。

ロゼルの笑みが深くなった。

「なら喜んで付き合うさ」

「そう言ってくれると思ってね」

セレナは頷く。

「近くの酒場に席を用意してある」

そして踵を返した。

「それじゃ行こうか」

――――――

酒場はすでに賑わっていた。

木造りの広い店内。

焼いた肉の匂い。

香辛料の香り。

酒の匂い。

冒険者たちの笑い声。

店員たちが忙しそうに駆け回っている。

セレナ達が確保していた長テーブルへ、一同は腰を下ろした。

すると。

「おーい!!」

ドワーフのラウルが店員へ向かって怒鳴る。

「酒をじゃんじゃん持ってこい!」

太い指を振りながら叫んだ。

「それと魚だ! 焼いたやつを山ほどな!」

店員が慌てて頭を下げる。

「かしこまりました!」

しばらくすると。

よく冷えたエール。

琥珀色の火酒。

葡萄酒。

果実酒。

様々な酒が次々と運ばれてきた。

さらに焼き魚や肉料理も並ぶ。

あっという間にテーブルは宴会状態になった。

「おお……」

リアの耳がぴんと立つ。

「すごい……」

ロゼルは迷わずエールを掴んだ。

リアは葡萄酒を選ぶ。

アゼリアは静かに果実酒の入ったグラスを手に取った。

全員に酒が行き渡ったところで。

セレナが立ち上がる。

コホン、と咳払い。

自然と周囲の視線が集まった。

「皆」

静かな声。

だがよく通る。

「オーク討伐、ご苦労だった」

場が静まる。

「なかなかの強敵だったが」

セレナの視線がロゼル達へ向く。

「ここにいるロゼル君一行の助力もあり、無事撃退することができた」

《紅蓮の牙》の面々も頷く。

ラウルなどは腕を組みながら、

「まったくだ」

と豪快に笑っている。

セレナはグラスを掲げた。

「今日は私の奢りだ」

歓声が上がる。

「好きなだけ飲んでくれ」

そして。

少しだけ口元を緩めた。

「では――乾杯」

「乾杯!!」

無数の声が重なる。

グラス同士がぶつかる音が響いた。

だが。

セレナの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで。

ラウルはすでに飲み始めていた。

ゴクッ。

ゴクッ。

ゴクッ。

「ぷはぁぁぁぁ!!」

巨大なジョッキが一瞬で空になる。

周囲が笑う。

「早ぇよ!」

「まだ乾杯終わってねぇぞ!」

ラウルは豪快に笑った。

「細かいことは気にするな!」

そして空になったジョッキを掲げる。

「次だ!!」

もう次の酒へ手を伸ばしていた。

ロゼルも負けていない。

エールを一気に煽る。

冷たい液体が喉を駆け抜ける。

「ぷはっ!」

満足そうに息を吐いた。

「やっぱ仕事の後の酒は最高だな」

その隣では。

リアが両手で葡萄酒のグラスを持っている。

ちびり。

ちびり。

まるで高級品でも味わうように少しずつ飲んでいた。

「おいしい……」

頬が少し赤い。

尻尾もご機嫌そうに揺れている。

一方。

アゼリアは静かだった。

グラスを口元へ運ぶ。

だが。

実際には唇を少し濡らす程度。

飲んでいるふりをしているだけだ。


その様子をロゼルがちらりと見る。

だが何も言わない。

代わりにエールを一口飲み、焼き魚へと手を伸ばした。

その時だった。

「アゼリアさん」

優しげな声がかかる。

顔を上げると、《紅蓮の牙》の僧侶――シルが微笑んでいた。

栗色の髪を肩で揃えた女性だ。

手には葡萄酒のグラスを持っている。

「アゼリアさんも、お酒は苦手なんですか?」

アゼリアは一瞬だけ目を瞬かせた。

シルは少し照れくさそうに笑う。

「実は私もあまり得意じゃなくて」

グラスを見つめる。

「味は好きなんですけどね」

アゼリアは柔らかく微笑んだ。

「そ、そうですね」

少しだけグラスを持ち上げる。

「私もあまり得意ではありません」

そして穏やかに笑った。

「一緒ですね」

シルの顔がぱっと明るくなる。

「ですよね!」

どうやら話し相手を見つけて嬉しかったらしい。

そこからは止まらなかった。

好きな食べ物。

冒険者になった理由。

神殿での失敗談。

最近覚えた治癒魔法。

シルは次々と話題を持ち出す。

アゼリアは急かすこともなく、

「はい」

「なるほど」

「それは大変でしたね」

と優しく相槌を打ちながら話を聞いていた。

まるで年の離れた妹の話を聞く姉のようだった。

ロゼルはその様子を横目で眺める。

そして香ばしく焼かれた魚をぱくりと齧った。

「うま」

誰に言うでもなく呟く。

その隣では――

「リア殿」

低い声がかかった。

振り向くと、《紅蓮の牙》の盾役であるランスがいた。

大柄な男だ。

手にはエールのジョッキ。

「弓での援護、感謝する」

リアがきょとんとする。

ランスは真面目な顔で続けた。

「おかげで皆助かった」

少しだけ視線を落とす。

「皆を守るのは盾役である私の仕事なんだがな」

苦笑が漏れる。

「不甲斐ないばかりだ」

リアは慌てて首を振った。

「そ、そんなことないわよ!」

ランスは肩をすくめる。

そして話題を変えるように尋ねた。

「ところで」

「弓の腕はどうやって磨いたんだ?」

リアは葡萄酒から口を離した。

頬は少し赤い。

耳もほんのり熱を持っているように見える。

「故郷のおじいちゃんに習ったの」

少し懐かしそうな顔になる。

「おじいちゃん、元冒険者だったのよ」

ランスの眉が上がる。

「ほう」

リアは得意げに胸を張った。

「昔は結構有名だったらしいわ」

「らしい?」

ランスが笑う。

リアもつられて笑った。

「私が生まれるずっと前の話だもの」

そう言って葡萄酒を一口飲む。

「でもね」

少しだけ誇らしそうに続けた。

「弓だけは本当に凄かったの」

尻尾がゆらゆら揺れる。

「森の向こうの木の実も外さなかったんだから」

「それは凄いな」

ランスが感心したように頷く。

リアはえへへ、と笑った。


いつの間にか。

ロゼルとラウルの前には空いたジョッキが何本も並んでいた。

「まだまだぁ!」

ラウルが火酒を煽る。

ゴクゴクゴクッ!

豪快な飲みっぷりだ。

周囲から歓声が上がる。

「おおーっ!」

「さすがドワーフ!」

だが。

向かい側に座るロゼルも負けていない。

エールのジョッキを持ち上げる。

ゴクッ。

ゴクッ。

ゴクッ。

そして。

空になったジョッキを机へ置いた。

「ぷはっ」

平然としている。

ラウルの眉がぴくりと動いた。

「まだ飲めるな?」

ロゼルが不敵に笑う。

「そっちこそ」

二人の間に火花が散る。

周囲では苦笑が広がっていた。

ランスが額を押さえる。

「ほどほどにしろよ、ラウル」

「うるさい!」

ラウルが一蹴する。

「男には負けられん時があるんじゃ!」

「相手子供だぞ」

「関係あるか!」

即答だった。

周囲がどっと笑う。

セレナも苦笑していた。

だが視線はロゼルへ向いている。

「……大丈夫なのか?」

少し心配そうな声。

普通なら、とっくに潰れていてもおかしくない量だ。

しかし。

ロゼルは顔色一つ変えていない。

リアは完全に面白がっていた。

椅子の上で尻尾をぶんぶん振る。

「ロゼルいけー!」

「負けるなー!」

「やっちまえー!」

どちらの味方なのか分からない応援だ。

ロゼルが笑う。

「任せろ」

そして再びジョッキを掴んだ。

勝負はさらに続いた。

十分後。

机の上には大量の空ジョッキ。

そして――

「ぐっ……」

ラウルが机に突っ伏した。

顔が真っ赤だ。

「ば、馬鹿な……」

震える手でロゼルを指差す。

「なんで酔わんのじゃ……」

ロゼルはエールを飲み干す。

「酒に強いからだろ」

あっさり言った。

周囲から爆笑が起きる。

「はははは!」

「ラウル負けた!」

「ドワーフが酒で負けるとか初めて見たぞ!」

ラウルが悔しそうに歯噛みした。

「ぐぬぬぬぬ……」

しかし。

ドワーフは諦めない。

ばんっ!

勢いよく机を叩く。

「なら次じゃ!」

ロゼルが眉を上げる。

「ん?」

ラウルが腕まくりした。

筋肉が盛り上がる。

「腕相撲だ!」

酒場の空気が一気に盛り上がる。

「おおっ!」

「そっちか!」

「いいぞラウル!」

ラウルが吠えた。

「酒で負けても力では負けん!」

その言葉に。

ロゼルの口元がゆっくり吊り上がる。

赤い瞳が細くなる。

「いいぜ?」

テーブルへ肘を置く。

小さな手を差し出した。

「その勝負、受けて立つ」

ラウルがニヤリと笑う。

ロゼルも笑う。

周囲の冒険者達は固唾を呑んで見守った。

――なお、この場でロゼルの怪力を知らない者は、まだラウルの勝利を疑っていなかった。


「それじゃあ私が審判やるわ!」

リアが勢いよく立ち上がる。

顔はほんのり赤い。

葡萄酒が回り始めているらしい。

周囲の冒険者達も面白そうに集まってきた。

即席の観客席だ。

テーブルの中央。

ロゼルとラウルが向かい合う。

互いに肘をつき、手を組む。

小さな手。

そしてドワーフの太い手。

どう見ても勝負にならない。

普通なら。

「よーい……」

リアが二人を見る。

尻尾がぴんと立つ。

「スタート!!」

その瞬間だった。

「ぬおおおおおおおおっ!!」

ラウルが吠える。

筋肉が膨れ上がる。

腕の血管が浮き出る。

顔が真っ赤になる。

全体重を乗せて押し込んだ。

ビシッ!!

メキッ!!

嫌な音が酒場に響く。

周囲から悲鳴が上がった。

「おいテーブル!」

「壊れるぞ!」

だが。

ロゼルの腕は。

ピクリとも動かない。

まるで岩だった。

ラウルの顔から笑みが消える。

「な……」

さらに力を込める。

筋肉が震える。

歯が軋む。

汗が噴き出す。

「な、なんじゃこれは!?」

目を見開く。

「う、動かん……!」

最早涙目だった。

ロゼルはそんなラウルを見ながら、

口に咥えた爪楊枝をくるりと回した。

そして退屈そうに言う。

「ん?」

赤い瞳が細くなる。

「そろそろ始めないか?」

酒場が静まる。

「酒が飲み足りないんでね」

ニヤリ。

不敵な笑み。

ラウルの額に青筋が浮いた。

「なっ……!」

「バカにしよってぇぇぇぇ!!」

フンガーッ!!

雄叫びと共にさらに力を込める。

顔の血管が今にも破裂しそうだ。

「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」

「おおおおおお!!」

なぜか周囲まで応援し始める。

だが。

ロゼルは変わらない。

まるで昼寝でもしているかのような気楽さだ。

そして。

「よっと」

本当に軽い調子で言った。

次の瞬間。

ラウルの体が浮いた。

「へ?」

本人が一番驚いていた。

組まれた腕ごと。

椅子ごと。

ドワーフの巨体が持ち上がる。

そして――

ゴロン。

床へ転がった。

酒場が静まり返る。

誰も理解できなかった。

ラウルは床に転がったまま瞬きを繰り返す。

「…………」

「…………」

「…………え?」

完全に思考が止まっていた。

セレナも目を見開いている。

ランスなどは飲んでいたエールを吹きそうになっていた。

シルは口元を押さえて固まっている。

ロゼルは何事もなかったようにジョッキを持ち上げた。

「で?」

エールを一口飲む。

「続きやるか?」

ラウルが首をぶんぶん振った。

「やらん!!」

即答だった。

その瞬間。

リアが椅子の上へ飛び乗る。

「勝者ぁーーーっ!!」

ビシッとロゼルを指差す。

「ロゼルーーーっ!!」

顔は真っ赤。

完全に酔いが回っている。

周囲から歓声が上がった。

「おおおおおお!!」

「なんだあの子!」

「化け物か!?」

「ドワーフ投げ飛ばしやがった!」

酒場は爆笑と歓声に包まれた。

その中心で。

ロゼルだけが平然とエールを飲み続けていた。

「そら見た事か」

ジョッキを置く。

「見た目で判断するなってな」

ラウルは床に転がったまま、

心の底から思った。

――妖怪じゃろ、こいつ。

そして近くの席でリアが、

「それ私も言った!」

と笑っていた。




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