鬨の声
「他のオークは!?」
セレナが叫ぶ。
オークファイターから目を離さないまま、
大剣を構え直した。
ロゼルは漆黒の大斧を肩に担ぎ、
口元を吊り上げる。
「あらかた片付けた」
まるで散歩帰りのような口調だった。
「まだ二、三体残ってるが――」
赤い瞳が周囲を流し見る。
遠くでは、
冒険者たちが残党のオークと戦っていた。
火花。
怒号。
魔法の閃光。
だが、
戦況は明らかに人間側へ傾いている。
ロゼルは鼻を鳴らした。
「他の冒険者たちで十分事足りると思うぜ?」
セレナが目を見開く。
「あれだけいたオークを……
こんな短時間で……?」
驚きを隠せない。
その時だった。
「ゴォォォォォォッ!!」
オークファイターが咆哮した。
大気が震える。
再生したばかりの腕を握り込み、
巨大な石棍棒を振り上げる。
地面がミシリと軋んだ。
ロゼルがにやりと笑う。
「話してる暇はなさそうだな」
大斧を構える。
「アゼリア!
スケルトンたちを囮に使えるか?」
アゼリアは静かに頷いた。
「もちろんです」
銀髪が揺れる。
「お前たち、行きなさい」
命令と同時に。
先に召喚されていた犬型スケルトンたちが、
一斉に駆け出した。
ガガガガッ!!
骨の脚が土を蹴る。
一直線に、
オークファイターへ飛びかかった。
「ゴァッ!!」
爪。
牙。
骨の猟犬たちが、
腕や脚へ食らいつく。
オークファイターが苛立たしげに腕を振るった。
ドゴォッ!!
一匹が吹き飛ぶ。
骨が砕け散り、
地面へ転がった。
だが、
その隙に。
アゼリアの両手へ、
青い炎が集まり始める。
ゆらり。
ゆらり。
不気味なほど静かな炎。
そして。
ボゥッ――
複数の白い魔法陣が、
地面へ浮かび上がった。
円が光る。
石畳の上に、
冷たい白光が広がっていく。
次の瞬間。
ガシャッ――!
骨の手が、
地面から突き出した。
さらに。
二本。
三本。
次々と。
八体のスケルトン兵が、
白い円の中から這い出してくる。
その骨指は鋭く、
青い炎を宿した眼窩が不気味に揺れていた。
アゼリアが静かに命じる。
「包囲してください」
スケルトンたちが、
ぎこちない動きでオークファイターへ歩き出す。
「ゴォォォッ!!」
オークファイターが、
犬型スケルトンを振り払った。
巨大な腕が薙ぐ。
ドガァッ!!
二匹まとめて吹き飛ぶ。
骨片が宙を舞った。
だが、
スケルトン兵たちは止まらない。
一体が脚へしがみつく。
もう一体が背中へ飛びつく。
骨の指が、
筋肉へ食い込んだ。
「グォォォッ!!」
オークファイターが苛立ち、
暴れる。
その瞬間。
ロゼルの目が鋭く光る。
「リア!」
振り返りもせず叫ぶ。
「援護頼む!」
岩陰から、
リアが顔を出した。
尻尾は膨らんだまま。
だが、
紫の瞳はしっかり獲物を捉えている。
「言われなくたって!」
弓を引く。
きりり、と弦が鳴った。
呼吸を止める。
視界から音が消える。
見えるのは、
暴れる巨体と――
片目。
潰れたばかりの、
まだ再生しきっていない眼球。
リアの耳がぴくりと動く。
「――そこっ!」
指が離れた。
ヒュンッ!!
矢が一直線に空を裂く。
吸い込まれるように。
正確に。
オークファイターの眼球へ突き刺さった。
「ゴォォォアアアアアッ!!」
絶叫。
巨体が仰け反る。
棍棒が大きくぶれた。
ロゼルの口元が吊り上がる。
「いい援護だ」
オークファイターが、もがき苦しむ。
犬型スケルトンが脚へ噛みつき、
骨の腕が身体へ絡みつく。
さらに――
リアの放った矢が、
深々と眼球へ突き刺さっていた。
「ゴォォォォォッ!!」
巨体が暴れる。
腕を振るうたび、
数体のスケルトンが砕け散る。
だが。
その隙を、
セレナが見逃すはずもなかった。
「今よッ!!」
セレナが地を蹴る。
低く。
鋭く。
大剣が閃いた。
ズバァッ!!
脇腹を切り裂く。
返す刃で太腿。
さらに肩。
オークファイターの肉が次々と裂け、
黒赤い血が飛び散った。
「ぬぅんッ!!」
遅れて、
ドワーフの戦士も飛び込む。
重い戦斧が、
オークファイターの脇腹へ叩き込まれた。
ドゴッ!!
巨体がぐらつく。
そこへ他の冒険者たちも続く。
剣。
槍。
魔法。
四方からの猛攻。
ついに――
オークファイターが膝をついた。
ズシン、と。
地面が震える。
「今なら――!」
セレナが大剣を握り直す。
止めを刺す。
そう確信した、その瞬間だった。
オークファイターの胸が膨らむ。
嫌な予感が走った。
「――まずい!」
セレナが目を見開く。
次の瞬間。
「ゴォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
耳をつんざくような咆哮が炸裂した。
空気そのものが震える。
ビリビリと、
魔力が周囲へ叩きつけられた。
「がっ……!?」
冒険者たちが耳を押さえる。
頭が揺れる。
視界が霞む。
武器を取り落とす者までいた。
セレナも膝をつく。
「くっ……!」
頭の奥を、
直接殴られるような衝撃。
身体が動かない。
心の中で舌打ちする。
――しまった。
オークファイターが、
身体に食らいつくスケルトンを片手で握り潰した。
バキバキバキッ!!
骨が砕け散る。
さらに。
ゆっくりと立ち上がる。
片目を潰され、
全身傷だらけになりながらも。
その殺意だけは、
まだ死んでいなかった。
巨大な石の棍棒を持ち上げる。
ギリギリと筋肉が軋む。
狙いは――
目の前で動けないセレナたち。
セレナの背筋が凍った。
防げない。
この距離では、
避けることもできない。
棍棒が振り上がる。
影が覆い被さる。
――ここまでか。
セレナが、
思わず目を閉じた。
その刹那。
ドンッ!!
何かが、
二人の間へ割って入った。
「――ったく」
聞こえたのは、
軽い少年の声。
セレナが目を開く。
そこには――
ロゼルがいた。
小さな身体。
だが。
肩には、
漆黒の大斧。
オークファイターの棍棒が、
凄まじい勢いで振り下ろされる。
だがロゼルは、
それを真正面から迎え撃った。
片手で。
「らァッ!!」
ブンッ――!!
漆黒の大斧が振り上がる。
そして。
激突。
ガァァァァンッ!!
凄まじい衝撃。
次の瞬間。
巨大な石の棍棒が――
砕けた。
バラバラに。
まるでガラスのように吹き飛ぶ。
「……!?」
セレナが目を見開く。
オークファイターも、
信じられないような顔をしていた。
だが。
ロゼルの一撃は、
それだけでは終わらない。
漆黒の刃が、
そのままオークファイターの腕へ食い込む。
メギィッ!!
嫌な音。
筋肉が潰れ、
骨が砕ける。
巨大な腕が、
あり得ない方向へひしゃげた。
「ゴォォッ!?」
オークファイターが絶叫する。
ロゼルは、
赤い瞳をギラつかせながら笑った。
不敵に。
獰猛に。
小さな白い歯が、
ちらりと覗く。
「デカいだけじゃ、俺には勝てねぇよ」
呆気に取られるセレナたち。
その隙に。
オークファイターが、
地面へ落ちていたセレナの大剣へ手を伸ばす。
だが――
ヒュンッ!!
矢が飛ぶ。
ドスッ!!
「ゴォッ!?」
手のひらへ、
矢が突き刺さった。
遠くから、
リアが弓を構えている。
耳をぴんと立て、
尻尾を膨らませながら叫んだ。
「そうはさせないわ!」
オークファイターが後ずさる。
だが。
ロゼルが逃がすはずもなかった。
「終わりだ」
地を蹴る。
小さな身体が一瞬で肉薄する。
そして。
漆黒の大斧が、
オークファイターの太腿へ叩き込まれた。
ドゴォッ!!
切る――というより。
まるで薪を割るような一撃。
肉。
骨。
筋。
全部まとめて潰れた。
脚がぐしゃりと歪む。
オークファイターが崩れ落ちた。
這うように逃げ出そうとする。
ズル……ズル……
血を撒き散らしながら。
そこへ。
身体の自由を取り戻したセレナが立つ。
ロゼルが、
その肩を軽く叩いた。
「後は任せた」
セレナは小さく頷く。
そして――
走った。
跳躍。
空中で大剣を振りかぶる。
「はぁぁぁッ!!」
ズバァァァッ!!
大剣が、
オークファイターの首へ深々と叩き込まれた。
巨体が震える。
そして。
ドサリ、と。
完全に動かなくなった。
静寂。
セレナは肩で息をする。
顎から汗が滴り落ちた。
ゆっくりと後ろを振り返る。
他のオークたちも、
すでに冒険者たちによって討ち取られていた。
戦いは終わったのだ。
セレナは、
ちらりとロゼルを見る。
返り血を浴びた小さな少女。
漆黒の大斧を肩へ担ぎ、
平然と立っている。
その視線を受け。
ロゼルは、
こくりと小さく頷いた。
セレナは口元を緩める。
そして。
大剣を高く掲げた。
「勝ったぞォォォォッ!!」
歓声が爆発する。
「おおおおおおッ!!」
冒険者たちが武器を掲げる。
歓喜。
達成感。
生き残った熱気。
その少し後ろでは。
リアが弓を掲げながら、
ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「やったぁぁぁ!!」
尻尾がぶんぶん揺れている。
ロゼルはそれを見て、
思わず吹き出した。
「お前、はしゃぎすぎだろ」
「だって初依頼成功よ!?」
「依頼っていうかほとんど戦争だったけどな……」
その横で。
アゼリアが静かに微笑む。
青い炎が、
彼女の指先で小さく揺れていた。




