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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第3章

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初陣

ギルドを飛び出した瞬間、街の空気が変わっていた。

カン、カン、カン――

緊急依頼を知らせる鐘の音は、すでに広場全体へと響き渡っている。

通りを行き交う人々が足を止め、

不安そうに顔を見合わせていた。

「何かあったのか?」

「北の街道で魔物だってよ」

「オークの群れらしいぞ」

ざわめきが広がる中、ロゼルは石畳を軽快に駆けていく。

「急げ急げ!」

その後ろを、リアとアゼリアが追いかけた。

「ちょ、ちょっと待って!」

リアが息を切らしながら叫ぶ。

「ロゼル、足早すぎ! 待ってよ!」

ロゼルは振り返りもせずに答えた。

「急がないと手柄を取られるぞ?」

口元をにやりと吊り上げる。

「ほらほら、走れ!」

「うぅ~!」

リアは耳をぺたりと伏せながら必死に追いかけた。

尻尾がぶんぶんと揺れている。

アゼリアは修道服の裾を揺らしながら、優雅な足取りでついていく。

「ロゼル様、とても楽しそうです」

「そう見える!?」

リアが半泣きで叫んだ。

やがて三人は宿へと辿り着く。

扉を開けると、食堂の片付けをしていた主人が顔を上げた。

「おや、もう戻ったのか?」

ロゼルは階段へ向かいながら片手を上げる。

「ちょっとオークをぶっ飛ばしてくる!」

主人は一瞬固まり、それから苦笑した。

「……気をつけろよ」

二階の部屋へ飛び込む。

ロゼルはベッドの横に立てかけていた巨大な漆黒の大斧を掴んだ。

長大な柄。

禍々しい黒い刃。

見る者に圧迫感を与える異様な武器。

それをロゼルは、まるで木の枝でも持ち上げるかのように軽々と肩へ担いだ。

ドスン、と床が小さく鳴る。

リアの耳がぴんと立った。

「……気づいてたけど」

紫の瞳が大きく見開かれる。

「それってロゼルの武器だったのね」

しばらく斧を見つめ、

やがて真顔で言った。

「ロゼルってさ……妖怪?」

ロゼルの眉がぴくりと動く。

「誰が妖怪だ!」

すかさずツッコミを入れる。

「こいつは俺のお気に入りなんだ」

そう言って、斧の刃を軽く叩いた。

コン、と鈍い音が響く。

すると――

オオオオ……

低く唸るような音が、斧の奥から響いた。

リアの耳がぴんと立ち、

次の瞬間にはぺたりと寝る。

「なんか唸ってるよ!? それ……!」

ロゼルは得意げに胸を張った。

「俺に懐いてるのさ」

斧の柄をぽんぽんと叩く。

「よしよーし」

オオオ……

斧は満足そうに低く唸った。

リアは半歩後ずさる。

「いや、絶対おかしいって……」

その横で、アゼリアも装備を整えていた。

白を基調とした動きやすい上着に、

濃紺のズボン。

腰には細身の短剣を一本差している。

装備は驚くほど軽装だ。

それでも、無駄のないその姿には不思議な安心感があった。

銀の髪を軽く払い、アゼリアが微笑む。

「準備できました」

ロゼルは大斧を肩に担ぎ直し、にやりと笑った。

「よし、行くぞ」

真紅の瞳が二人を見渡す。

「そら急ぐぞ、二人とも!」

勢いよく部屋を飛び出す。

ドタドタと階段を駆け下り、

そのまま宿の外へ。

リアも慌てて後を追いながら、

なおも漆黒の大斧を見つめていた。

「……なんで持てるの? あれ……」

誰にも答えは分からない。

ただ一つ確かなのは――

先頭を走る小さな金髪の少年が、

誰よりも楽しそうだということだった。

こうして三人は、

北の街道へ向かって駆け出した。


北の街道へ辿り着いた頃には、すでに多くの冒険者たちが集まっていた。

街道の両脇には背の高い草が揺れ、

その先にはなだらかな丘が広がっている。

そして――

遠くの丘の向こうに、

鈍い緑色の巨体がいくつも蠢いていた。

オークの群れだ。

一体、二体、三体――

数えるたびに、その数は増えていく。

「……思ったより多いな」

ロゼルが目を細める。

ざっと見ただけでも十体以上。

いや、十五体はいるかもしれない。

その中央には、ひときわ大きな影があった。

筋骨隆々の巨体。

分厚い胸板。

手には巨大な戦斧。

オークファイター。

群れを率いる上位種だ。

街道の手前では、

すでに 紅蓮の牙 のメンバーが布陣していた。

黒髪を後ろで束ねた女性剣士――セレナ が、仲間たちに指示を飛ばしている。

その周囲には、十数人の冒険者たちが武器を手に集まっていた。

剣士。

槍使い。

弓使い。

魔術師。

誰もが緊張した面持ちで、迫り来るオークの群れを見つめている。

ロゼルは漆黒の大斧を肩に担ぎ、そのままセレナへ歩み寄った。

「セレナさんだっけか?」

セレナが振り向く。

その視線は、まずロゼルの小さな体に向けられ――

次の瞬間、肩に担がれた巨大な黒い大斧へと移った。

琥珀色の瞳がわずかに見開かれる。

「君は……ギルドにいた子か」

視線が大斧とロゼルの間を往復する。

「冒険者だったんだな」

そして、率直に尋ねた。

「……戦えるのか?」

ロゼルは口元をにやりと吊り上げた。

「見た目で判断しないでもらいたいね」

そう言うと、大斧を片手で振り抜く。

ブンッ――!

重い風切り音が響き、

周囲の草花が一斉になびいた。

近くにいた冒険者たちが思わず息を呑む。

セレナの目が細められる。

「……その大斧を自在に扱えるのか」

一瞬の沈黙の後、彼女は小さく頷いた。

「失礼した」

そして、すぐに表情を引き締める。

「作戦は単純よ」

遠くのオークファイターへ視線を向ける。

「私たち《紅蓮の牙》が上位種を叩く」

琥珀色の瞳がロゼルを見据えた。

「その間、他のオークを牽制してほしい」

ロゼルは鼻を鳴らした。

「あんたらが発見した獲物だ」

漆黒の大斧を肩へ担ぎ直す。

「俺たちは周りの雑魚に専念するさ」

セレナは安堵したように息を吐いた。

「すまない。そうしてもらえると助かる」

その時。

ロゼルの後ろで、

リアが新しい弓をぎゅっと握りしめていた。

耳はぴんと立っているが、

体は小刻みに震えている。

尻尾もぷるぷると揺れていた。

まるで借りてきた猫のようだ。

ロゼルが振り返る。

「おい、大丈夫か?」

リアは引きつった笑みを浮かべた。

「だ、大丈夫よ……」

だが声は明らかに震えている。

「き、緊張しちゃって……震えが止まらないの」

尻尾がさらにぷるぷると揺れた。

その肩に、アゼリアがそっと手を置く。

銀の髪が風に揺れ、

青い瞳が優しく細められた。

「リア、落ち着いてください」

穏やかな声が、緊張した心をそっと包み込む。

「わたくしたちが、そばにいます」

リアは目を瞬かせた。

ロゼルを見る。

アゼリアを見る。

そして、小さく息を吐いた。

「……うん」

少しずつ弓を握る力が抜けていく。

ロゼルは満足そうに頷いた。

「そうそう」

不敵な笑みを浮かべる。

「安心しな、俺もアゼリアも結構強いんだぜ?」

その言葉に、リアの耳がぴんと立った。

尻尾の震えも、少しだけ収まる。

遠くでは、オークの咆哮が響いていた。

地面が揺れる。

戦いは、もう始まろうとしている。


オークの群れが、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

ズシン。

ズシン。

重い足音のたびに、街道の土がわずかに震えた。

腐った獣の皮を纏ったオーク。

棍棒を担ぐ者。

巨大な牙を剥き出しにして唸る者。

中には、人間の骨を削って作ったような武器を握っている個体までいる。

骨の槍。

骨の鉈。

乾いた骨同士がぶつかり、不快な音を鳴らしていた。

そして――

群れの後方。

一際巨大な影が、ゆっくりと姿を現す。

オークファイター。

他の個体より頭ひとつ以上大きい巨体。

隆起した筋肉。

赤黒い皮膚。

その手には、巨大な石の棍棒が握られていた。

いや、握るというより――

ずる、ずる、と地面に引きずっている。

石塊のような棍棒が地面を削り、

耳障りな音を響かせていた。

周囲の冒険者たちの表情が険しくなる。

「でけぇ……」

「ありゃまともに食らったら終わりだぞ……」

緊張が広がる。

リアは弓を抱えたまま、顔を青くしていた。

「うゎ……」

カチカチ、と歯が鳴る。

額にはじっとりと汗が滲み、

尻尾は完全に膨らんでいた。

怖い。

本能が警鐘を鳴らしている。

周囲を見渡せば、

各パーティが隊列を組み始めていた。

前衛が盾を構える。

後衛では、魔法使いたちが杖を掲げ、

支援魔法を唱えている。

淡い光が戦士たちを包み、

身体能力を強化していく。

風が渦巻く。

魔力の気配が、街道全体に広がっていた。

そんな中。

ロゼルは大斧を肩に担いだまま、リアへ振り返った。

「リア!」

「な、なにっ?!」

耳がぴんと立つ。

ロゼルは親指で後方を示した。

「お前は少し離れた場所で弓による援護だ」

そしてアゼリアを見る。

「アゼリアの魔法で注意を逸らす」

にやり、と笑った。

「その隙に俺が叩く」

アゼリアは静かに一礼する。

「承知しました」

そう言って、白い指先をゆっくりと前へ差し出した。

次の瞬間。

ぽっ――

青い炎が、アゼリアの掌に灯る。

静かな炎だった。

熱ではなく、

どこか冷たい神秘性を感じさせる青。

炎はゆらゆらと揺れながら、

まるで意思を持つように形を変えていく。

リアの耳がぴくりと動いた。

「うわ……」

アゼリアは静かな動作で、

その炎を地面へ落とす。

ぽたり。

青い火が土へ触れた瞬間――

じわり、と地面に白い光が広がった。

円陣。

複雑な紋様が、街道の上に浮かび上がる。

冒険者たちが息を呑む。

「召喚魔法か……!?」

白い光の中心が、ぼこり、と盛り上がった。

そこから現れたのは――

骨。

白い骨の爪。

続いて、獣の頭部。

カタカタと骨を鳴らしながら、

犬型のスケルトンが一匹、地面から這い出してくる。

二匹。

三匹。

青い火を瞳に灯した骸骨の猟犬たち。

低く唸りながら、アゼリアの傍へ並んだ。

リアが思わず声を上げる。

「わ、わかったわ!」

だが、その視線はすぐスケルトン犬へ釘付けになった。

「てかアゼリアすごい!」

耳がぴんと立つ。

「そんなことできるんだ!?」

アゼリアは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「他にも色々と出せますよ」

青い瞳が柔らかく細められる。

「今度、お見せして差し上げます」

リアの尻尾がぱたぱたと揺れた。

「楽しみにしてるわ!」

その時だった。

オークファイターが咆哮する。

「ゴォォォォォオオオ!!」

空気が震えた。

群れが一斉に動き出す。

地鳴り。

怒号。

殺気。

ロゼルが大斧を構えた。

漆黒の刃が、不気味な唸り声を漏らす。

オオオオ……

ロゼルは口元を吊り上げた。

「行くぞ!」

真紅の瞳が獰猛に輝く。

「他の冒険者に負けるなよ、二人とも!」

そう言って、

ロゼルは真っ先に地面を蹴った。

ドンッ!!

小さな体が、砲弾のように戦場へ飛び出す。

その背を見て、

リアも弓を強く握り直した。

戦いが、始まる。


アゼリアは静かに前へ手を伸ばした。

青い瞳が、戦場を真っ直ぐ見据える。

「――ロゼル様を援護しなさい」

その命令を受けた瞬間。

犬型のスケルトンたちの瞳に灯る青い炎が、強く揺らめいた。

次の瞬間――

ガギャッ!!

骨の脚が地面を蹴る。

三匹の骸骨猟犬が、一斉にオークの群れへ駆け出した。

速い。

骨だけの体とは思えない速度で、

一直線に前線へ突っ込んでいく。

ロゼルの横を駆け抜け、

そのまま先頭のオークへ飛び掛かった。

「グォッ!?」

一匹が腕へ噛みつく。

二匹目が脚へ食らいつく。

三匹目は喉元へ飛び付き、

骨の牙を突き立てた。

ガチガチガチ!!

骨の顎が激しく鳴る。

オークが低い咆哮を上げた。

「グォォォオオ!!」

棍棒を振り回し、

犬型スケルトンを振り払おうとする。

だが――

その瞬間には、もう遅い。

「隙だらけだ」

低く呟きながら、

ロゼルが地を滑るように踏み込んだ。

小さな体が、

オークの懐へ一気に潜り込む。

そして。

漆黒の大斧が、唸った。

ブンッ――!!

遠心力を乗せた横薙ぎ。

黒い刃が、

オークの膝下へ叩き込まれる。

ズバンッ!!

肉が裂ける。

骨が砕ける。

巨大な脚が、膝下から吹き飛んだ。

「ゴァッ!?」

オークの巨体が大きく傾く。

バランスを失い、

地面へ崩れ落ちた。

ズシン!!

土煙が舞う。

その倒れ込む勢いのまま――

ロゼルは大斧を頭上へ振り上げた。

小さな体。

だが、その動きには一切の迷いがない。

「――っ!」

そして、

全体重を乗せて振り下ろす。

ドゴォンッ!!

漆黒の刃が、

オークの頭部へ叩き込まれた。

頭蓋が砕ける。

真っ赤な血と肉片が飛び散った。

地面を赤黒く染めながら、

オークの巨体がビクビクと痙攣する。

やがて、

完全に動かなくなった。

静まり返る前線。

近くの冒険者たちが目を見開く。

「……は?」

「一撃で……?」

ロゼルは斧を引き抜く。

べちゃり、と血が飛んだ。

そして、

肩へ軽々と担ぎ直す。

漆黒の刃が、

低く唸る。

オオオオ……

ロゼルは口元を吊り上げた。

赤い瞳が獰猛に細まる。

「まずは一匹……」


オークの頭部を叩き割ったロゼルを見て、

セレナは思わず目を見開いた。

「あの小さな子が……」

信じられないものを見るような視線。

華奢な体。

十数歳ほどの少女にしか見えない。

それなのに、

あの巨体のオークを真正面から叩き潰した。

しかも、

巨大な大斧を軽々と振り回して。

「……なんて力」

だが、次の瞬間。

セレナは鋭く息を吐き、

表情を戦士のものへ切り替えた。

口元が獰猛に吊り上がる。

「驚いたな……」

背の大剣を抜き放つ。

ギィン――!!

重い金属音。

「だが――」

琥珀色の瞳が前線を射抜く。

「我々も負けてはいられない!」

その声が戦場へ響き渡った。

セレナは剣を前へ突き出す。

「皆! 彼女に続け!」

そして、咆哮のように叫んだ。

「薄汚いオークどもを根絶やしにするぞ!!」

「おおおおおおおッ!!」

冒険者たちが一斉に雄叫びを上げる。

士気が爆発する。

ロゼルの暴れっぷりが、

完全に空気を変えていた。

剣士たちが駆け出す。

剣が閃く。

ガギンッ!!

オークの棍棒と激しくぶつかり合った。

後方では魔法使いたちが杖を掲げる。

「火球よ――!」

次の瞬間。

ゴォッ!!

灼熱の火球が放たれ、

オークの肩へ直撃した。

「グォォォ!?」

炎を纏ったオークが悲鳴を上げる。

だが、

別のオークが怒号を上げながら突進してきた。

手にしているのは、

何か巨大生物の骨で作られた歪な棍棒。

それが勢いよく振り下ろされる。

ブォンッ!!

空気が唸る。

その時。

「任せろぉッ!!」

盾を持った冒険者が割って入った。

ドゴォン!!

衝撃。

巨大な盾が軋む。

地面に靴がめり込み、

冒険者の顔が苦痛に歪んだ。

「ぐっ……!」

それでも、

盾役は踏みとどまる。

「今だ!!」

その叫びに合わせ、

他の冒険者たちが一斉に襲いかかった。

戦場が混沌に包まれていく。

その隙を突き――

セレナたちはオークの群れの間を縫うように駆け抜けていた。

狙いはただ一つ。

オークファイター。

「止まるな!」

セレナが叫ぶ。

仲間たちも続く。

だが。

一体のオークが、

セレナの前へ立ちはだかった。

「グォォォ!!」

巨大な体が覆い被さるように襲いかかる。

錆びた斧が振り下ろされる。

セレナは小さく舌打ちした。

「っ、邪魔よ!」

避けるには遅い。

そう思った瞬間だった。

ヒュンッ――!!

鋭い風切り音。

次の瞬間。

ズブッ!!

矢が、

オークの右目へ深々と突き刺さった。

「ギャァァァァァッ!!」

オークが絶叫する。

顔を押さえ、

大きく仰け反った。

セレナが目を見開く。

矢が飛んできた方向。

後方。

そこには、

弓を引き絞ったリアの姿があった。

紫の瞳が真っ直ぐ獲物を見据えている。

耳はぴんと立ち、

尻尾は緊張で膨らんでいた。

だが、

その指先はぶれていない。

リアは息を吐いた。

「よし……当たった」


セレナは、目を押さえて暴れるオークを横目に見た。

苦痛に絶叫し、

斧を振り回している。

だが、止まる暇はない。

セレナはそのまま駆け抜ける。

すれ違う瞬間、

小さく口を動かした。

「……感謝する」

後方のリアに届くはずもない声。

それでも確かに、

彼女はそう呟いていた。

そのままセレナは加速する。

視線の先には、

巨大なオークファイター。

「そこをどきなさい……!」

大剣を構え、

一直線に突き進んだ。

その頃。

別の前線では、

ロゼルが二体目のオークへ肉薄していた。

「グォォォ!!」

棍棒を振り上げるオーク。

だが、

ロゼルの方が速い。

小さな体が地を滑る。

漆黒の大斧が大きく振り抜かれた。

ブンッ――!!

斜めに走る黒い斬撃。

次の瞬間。

ズバァンッ!!

オークの肩口から胴へ、

深々と刃が食い込んだ。

袈裟斬り。

大量の血を撒き散らしながら、

巨体がゆっくりとずれ落ちる。

内臓が地面へ零れ落ちた。

周囲の冒険者たちが息を呑む。

ロゼルは斧についた血を軽く払った。

「リアのやつ、やるじゃんか」

口元を吊り上げる。

その背後では、

アゼリアが静かに手を掲げていた。

青い炎が指先に揺れる。

「穿ちなさい」

その瞬間。

ドゴォッ!!

地面が爆ぜた。

白い骨が、

槍のように地中から突き出す。

骨柱。

鋭い骨の杭が、

オークの腹を下から貫いた。

「グギャァァァ!!」

オークの巨体が宙へ浮く。

串刺しにされたまま、

苦痛に暴れた。

アゼリアは静かにその様子を見つめる。

「はい、とても良い腕かと」

後方のリアへ向けた声。

穏やかな微笑み。

「緊張していたので心配しておりましたが……」

青い瞳が優しく細められる。

「問題なさそうですね」

リアは少し離れた場所で、

弓を構えたまま耳をぴくりと動かした。

「え、えへへ……」

照れたように笑う。

その時だった。

アゼリアの背後。

土煙の向こうから、

一体のオークが忍び寄っていた。

足音を殺し、

巨大な骨棍棒を振り上げる。

狙いは――アゼリアの背中。

だが。

ヒュンッ!!

空気を裂く音。

次の瞬間。

ズドッ!!

ズドドッ!!

数本の矢が、

オークの肩と胸へ突き刺さった。

「グォッ!?」

オークがたたらを踏む。

刺さった矢を引き抜こうと、

片手を離した。

その一瞬。

ロゼルが獰猛に笑った。

「隙だらけだ」

ドンッ!!

地面を蹴る。

小さな体が一気に加速した。

そして、

オークの背後へ回り込む。

漆黒の大斧が振り上げられる。

「らぁッ!!」

ゴッッッ!!!

まず頭部が砕けた。

勢いは止まらない。

そのまま刃が胴へ食い込み――

ズバァァンッ!!

オークの体が、

真っ二つに裂けた。

血飛沫が宙を舞う。

上半身と下半身がずるりと地面へ崩れ落ちた。

ロゼルは斧を肩へ担ぎ直し、

アゼリアへ振り返る。

「油断してたんじゃないか?」

アゼリアは少しだけ目を丸くし、

それから柔らかく微笑んだ。

「はい」

どこか楽しそうな声。

「わたくしも、うかうかしていられませんね」


セレナは荒く息を吐きながら駆けていた。

土を蹴る。

血の匂い。

怒号。

その全てを突き抜け――

とうとう、

巨大な影の前へ辿り着く。

オークファイター。

目の前に立つだけで分かる。

でかい。

他のオークとは格が違う。

筋肉の厚み。

骨格。

纏う圧力。

そして、

地面を削りながら引きずっている巨大な石棍棒。

あれをまともに受ければ終わる。

セレナは大剣を構えた。

「来るわよ!」

その直後。

後方にいた魔法使いが杖を掲げる。

「戦神の加護を――!」

淡い光が仲間たちを包み込んだ。

身体が軽くなる。

筋力が強化される。

視界が冴える。

バフ魔法。

セレナの仲間たちが一斉に前へ出た。

その先頭にいたのは、

小柄なドワーフの戦士だった。

分厚い鎧。

岩のような腕。

手には戦斧。

ドワーフは地を踏み鳴らし、

真正面から突っ込む。

「ぬぅんッ!!」

咆哮。

戦斧が唸りを上げて振り抜かれる。

狙いは首。

だが――

オークファイターは片手で石棍棒を持ち上げた。

ゴォンッ!!

凄まじい衝撃音。

戦斧が、

いとも簡単に弾き返される。

「なっ!?」

ドワーフの目が見開かれた。

次の瞬間。

オークファイターの口が歪む。

「ゴォォォ……」

巨大な棍棒が、

頭上高く振り上げられた。

空気が唸る。

そして――

振り下ろされる。

ブォォンッ!!

「防ぐ!!」

盾役の男が前へ飛び出した。

巨大な大楯を構え、

ドワーフの前へ割り込む。

直後。

ドゴォォォォンッ!!!

衝撃。

地面が爆ぜた。

盾役の男が歯を食いしばる。

だが。

ミシ――

嫌な音が響いた。

大楯が、

中央から大きくひしゃげる。

「がっ……!?」

衝撃を殺しきれない。

男の膝が地面へ沈む。

腕が痺れる。

肺から空気が強制的に吐き出される。

「こいつ……」

汗が頬を伝う。

「強いぞ……!」

オークファイターは止まらない。

二撃目。

巨大な棍棒が再び持ち上がる。

今度こそ、

盾ごと潰すつもりだ。

「っ……!」

間に合わない。

そう思った瞬間。

ドンッ!!

誰かが盾役の肩を踏み台にした。

「借りるわよ!」

セレナだった。

軽い体が宙へ跳ぶ。

長い黒髪が空中で翻る。

琥珀色の瞳が、

真っ直ぐオークファイターを射抜いていた。


セレナは空中で身を捻った。

軽やかに。

まるで踊るような動き。

大剣が銀の軌跡を描く。

「はぁッ!」

ズバァッ!!

刃が、

オークファイターの片目を深々と切り裂いた。

「ゴォォォォォ!!」

咆哮。

巨体が怯む。

だが、セレナは止まらない。

落下の勢いをそのまま剣へ乗せる。

身体を大きく捻り、

全力で振り抜いた。

「――ッ!!」

ドガァンッ!!

大剣が、

オークファイターの右腕へ叩き込まれる。

筋肉を裂き。

骨を断ち。

巨大な腕が、

血飛沫と共に宙を舞った。

ズシン、と重い音を立て、

切断された腕が地面へ転がる。

セレナは着地と同時に後方へ跳んだ。

ふわり、と土煙を散らしながら距離を取る。

呼吸は荒い。

だが、

目はまだ死んでいない。

後方では、

盾役の男へ術師が駆け寄っていた。

「動かないで!」

杖が淡く光る。

治癒魔法。

ひしゃげた盾の隙間から、

男の傷が少しずつ塞がっていく。

だが――

その時だった。

シュウゥゥゥ……

嫌な音が響く。

セレナの目が細まった。

オークファイターだ。

切断された肩口から、

蒸気のようなものが噴き出している。

赤黒い肉が蠢く。

筋肉が脈打つ。

オークファイターは、

転がっていた自分の腕を拾い上げた。

そして。

ぐちゃり、と。

肩口へ押し当てる。

次の瞬間。

肉が繋がった。

骨が噛み合う。

筋が伸び、

皮膚が閉じる。

わずか数秒で――

切断された腕が、

完全に元通りになった。

周囲の冒険者たちが息を呑む。

「なっ……!?」

「再生した……!」

さらに。

シュウゥゥ……

今度は、

切り裂かれた右目からも煙が上がる。

潰れた眼窩の奥で、

赤黒い肉が泡立つように蠢いた。

ぐちゅり。

肉が盛り上がる。

神経が伸びる。

そして、

新しい眼球が形成されていく。

数秒後。

潰れたはずの瞳が、

再びセレナを睨んでいた。

「……っ」

セレナの表情が険しくなる。

舌打ちが漏れた。

「回復持ちか……」

汗が頬を伝う。

琥珀色の瞳が鋭く細められた。

「持久戦になれば不利……」

大剣を構え直す。

「突破口を探さないと」

オークファイターが、

ゆっくりと前へ出る。

ズシン。

ズシン。

完全に再生した両腕。

戻った右目。

その殺気は、

まるで衰えていない。

むしろ、

怒りで膨れ上がっていた。

棍棒を引きずりながら、

じりじりと間合いを詰めてくる。

圧力。

まるで巨大な岩山が歩いてくるようだった。

その時。

後方から、

軽い声が響く。

「助けが必要かい?」

セレナが目を向ける。

そこには――

漆黒の大斧を肩に担いだロゼルが立っていた。

返り血で服を汚しながら、

不敵に笑っている。

その隣にはアゼリア。

青い炎を静かに揺らしながら、

穏やかに立っていた。

足元には、

骨の猟犬たち。

そして、

少し後ろ。

街道の岩陰付近から、

リアが顔だけ出している。

オークファイターへ近づくのが怖いのか、

若干距離を取っていた。

だが、

弓だけはしっかり構えている。

「わ、私もいるわよー!」

声が少し震えていた。

尻尾も膨らんでいる。

ロゼルはちらりと後ろを見る。

「お前、めちゃくちゃ腰引けてるじゃねぇか」

「う、うるさい!」

リアが叫ぶ。

「相手がでかすぎるのよ!!」

そんなやり取りを聞きながら。

セレナは、

思わず口元を緩めた。

こんな状況だというのに。

なぜか、

少しだけ安心した。




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