↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/79

聖血


ロゼインの体が、前のめりに崩れ落ちた。


支えにしていた剣が、手から滑り落ちる。


ガラン――。


金属音が骨の山に反響した。


次の瞬間、力を失った体が白い骸の上へと倒れ込む。


乾いた骨が砕け、ぱきぱきと音を立てた。


転がったカンテラが石の上を転がり、弱々しい光が骨を照らす。


揺れる炎。


揺れる影。


奈落の闇の中で、その小さな灯火だけが、かろうじてロゼインの生を主張しているようだった。


⸻


骨の山の奥にいたスケルトンは、しばらく動かなかった。


古びた修道服をまとったその姿は、まるで祈りの途中で時を止めた聖職者のようだった。


空洞の眼窩が、倒れたロゼインを静かに見つめる。


ゆっくりと近づく。


カツ……カツ……


骨の足音が、石の床に小さく響いた。


スケルトンはロゼインの傍らに膝をつく。


骨の指先が、そっと頬に触れた。


冷たい。


だが、その仕草には驚くほど優しさがあった。


呼吸は浅く、か細い。


唇はひび割れ、血が乾いて黒くこびりついている。


右腕は不自然に曲がっていた。


足も腫れ上がり、まともに歩ける状態ではない。


腹部には深い裂傷。


乾いた血の匂いが濃く漂っていた。


スケルトンは小さく息を漏らす。


「……まぁ」


スケルトンは、小さく息を漏らした。


困ったように首を傾げる。


「こんなに酷いお怪我で……」


骨の指が、そっとロゼインの肩に触れる。


冷たい手だった。


だが、その仕草は驚くほど優しい。

まるで本当に、人を慈しむように。


「……このままでは」


祈るような声で、彼女は呟いた。


「死んでしまいます」


スケルトンは胸元に手を入れた。


古びた修道服の奥から、小さなガラス瓶を取り出す。


その中には――


一滴だけ。


金色の雫が静かに揺れていた。


カンテラの火を受けて、淡く神々しい光を放っている。


スケルトンは、その雫をじっと見つめた。


大切な宝物を見るように。

少しだけ、名残惜しむように。


「……これは」


静かな声。


「回復の奇跡と聞いております」


誰から聞いたのか。

いつ教わったのか。


それはもう思い出せない。


だが、彼女はずっと信じていた。


骨の手が、そっとロゼインの頭を抱き起こす。


意識はない。

体にはほとんど力が入っていない。


「ですが……」


少し寂しげな声で、彼女は続けた。


「もう、これしかございません」


金色の雫。


それは――聖血。


王侯貴族ですら手にできない、迷宮に存在する奇跡の秘薬。


だが、彼女はその価値を知らない。

ただ、目の前の命を助けたいと願っているだけだった。


「……どうか」


祈るように、そっと呟く。


「助かってくださいませ」


小瓶を傾ける。


金色の雫がゆっくりと落ち、

ロゼインの唇に触れ、

喉の奥へと流れ込んだ。


⸻


その瞬間だった。


ロゼインの体が大きく跳ねた。


ドンッ!


骨の山が揺れる。

カンテラの火が激しく揺らめいた。


「……!」


スケルトンが驚いて身を引く。


ロゼインの背中が弓なりに反り返った。


指先が石を掴む。


ギリッ――


爪が割れる音。


喉の奥から、かすれた声が漏れる。


「……あ……」


そして。


次の瞬間。


「――――ッ!!」


絶叫が、奈落に響き渡った。


血が沸騰する。


骨が軋む。


筋肉が裂ける。


内臓がかき回される。


ロゼインは床を転げ回った。


呼吸ができない。


喉から血がこぼれる。


全身が痙攣し、吐いた血で石床が赤く染まる。


「まぁ……!」


スケルトンは慌てて膝をついた。


「ど、どうなさったのですか!?」


もちろん、答えられるはずもない。


ロゼインは石床を掻きむしりながら叫ぶ。


「が……ああああッ!!」


ゴキ。


ゴキゴキ。


体の内側から、不気味な音が響く。


骨が。

組み替わっていく。


スケルトンの声が震えた。


「おかしいです……」


困惑したように呟く。


「これまで助けた方には、こんな現象は起きませんでしたのに……」


ロゼインの体がさらに大きく反る。


バキッ!


肩が。

腕が。

脚が。


次々と音を立てる。


骨格が縮む。


体が小さくなる。


顔立ちまでもが、別のものへと変わっていく。


やがて――


激しい痙攣は徐々に弱まり、

ついには完全に止まった。


荒れていた呼吸も、少しずつ静かになる。


石の床に横たわる小さな体は、もう動かない。


奈落は再び静寂を取り戻した。


まるで先ほどまでの苦しみが、幻だったかのように。


ポタ……


遠くで、水滴の落ちる音がした。


ポタ……

ポタ……


その音だけが、闇の奥から静かに響いてくる。


カンテラの火が、弱々しく揺れていた。


小さな灯火が照らすのは、

石の床と、

骨の山と――


そこに横たわる、小さな体。


先ほどまでの大怪我をした中年冒険者の姿は、もうなかった。


そこにいたのは――


金色の長い髪を広げた、

華奢で小さな少年。


十歳か、十二歳ほどの体。


白い肌。

細い肩。

長い睫毛。


顔立ちは、息を呑むほど整っていた。


一目見れば、誰もが少女だと思うだろう。


だが、その体は間違いなく少年のものだった。


少女のように美しい少年。


奈落の闇の中で、その姿だけが不自然なほどに儚く、美しかった。


スケルトンは、しばらく無言で見つめていた。


そして、こてりと首を傾げる。


骨が小さく鳴る。


「……まぁ」


上品な女性の声が、静かに漏れた。


「これは……」


少し考え込むように言葉を止める。


そして、丁寧に呟いた。


「どういうことなのでしょう?」



スケルトンが首を傾げたまま、

しばらくその少年を見つめていた。

奈落は静かだ。

遠くで水滴が落ちる音だけが響く。

ポタ……

ポタ……

カンテラの小さな炎が揺れ。

金色の髪をかすかに照らしていた。


その時。

少年の指が、ぴくりと動いた。

ほんのわずかな動き。

だが確かに、生きている反応だった。


スケルトンが、少しだけ身を乗り出す。

骨の指が修道服の袖から覗く。

「……大丈夫ですか?」

優しい声。

静かな驚きが混じっていた。


少年の胸が、小さく上下する。

呼吸が戻ってきている。

かすかな息。

細く、弱い。

だが確かに生きている。


まつ毛が震えた。

長いまつ毛が、

ゆっくりと動く。

まるで重たい扉を開くように、

瞼が少しずつ持ち上がる。


そして――

瞳が開いた。

赤い瞳。

深い赤。

奈落の闇の中でも、

かすかに光を宿しているような色だった。


ロゼインの視界はぼやけていた。

石の天井。

揺れる光。

冷たい空気。

奈落の匂い。

血の匂い。

骨の匂い。

全部が混ざっている。

「……ぅ……」

喉から声が漏れる。

掠れた声。

だが――

どこか違った。

少し高い。

細い。

自分の声ではないような音。


ロゼインはゆっくり瞬きをした。

視界が少しずつはっきりする。

カンテラの光。

骨の山。

折れた武器。

砕けた鎧。


そして。

目の前に立っている存在。


スケルトン。

修道服を着た、

妙に落ち着いた雰囲気のスケルトンだった。


ロゼインはぼんやりとそれを見ていた。

頭がまだ回らない。

何が起きたのか、

理解できていない。


だが、

次の瞬間。

違和感が生まれる。


体が――

軽い。

あまりにも軽い。


ロゼインはゆっくり手を動かした。

指が視界に入る。

細い。

白い。

小さい。


「……?」

掠れた声が出る。

やはり高い。


ロゼインはゆっくり体を起こそうとした。

だが――

服の袖が、やけに長い。

ぶかぶかだ。

まるで子供が大人の服を着ているように。


ロゼインは、自分の腕を見た。

細い。

明らかに細すぎる。


そして、

肩から何かが滑り落ちた。

さらり、と音がする。


髪だった。


金色の髪。

長い髪。

自分の肩を越え、

胸の前に流れてくる。


ロゼインの思考が止まる。


「……は?」

声が出た。

やはり高い。

完全に、

少年の声だった。


その様子を、

スケルトンが静かに見守っている。

骨の指を顎に当て、

少しだけ首を傾げていた。


そして、

とても丁寧に言った。


「ご機嫌よう」

穏やかな女性の声。

優しい響き。


「お気分はいかがですか?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。