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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第1章

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3/77

遭難

冷たい石の床の上で、ロゼインは目を覚ました。


背中に伝わる岩の感触は、氷のように冷たい。


湿った空気が服を通して体の芯まで染み込み、

骨の奥から体温を奪っていく。


暗い。


光はほとんどない。


地面に置かれた小さなカンテラだけが、

頼りなく揺れていた。


油はもう残りわずか。


その灯火が消えれば、

この奈落の闇に完全に呑み込まれる。


喉が焼けるように痛い。


ロゼインは震える手で腰の水袋を探った。


振る。


カサ……


乾いた音だけが返ってきた。


わかっていた。


昨日、最後の一滴まで飲み干したことは。


それでも振らずにはいられなかった。


もしかしたら、

ほんの一滴くらい残っているのではないかと。


もちろん、何も出ない。


腹も空っぽだった。


もう二日以上、何も口にしていない。


胃がきりきりと縮み、

時折、内側から捻じられるように痛む。


右腕は動かない。


おそらく折れている。


左脚もまともに力が入らなかった。


落下した時にひどく打ちつけたのだろう。


少し動かすだけで、

鈍い痛みが腰から足先まで走る。


体中が痛み、

息をするだけで胸が軋んだ。


ロゼインは壁にもたれ、

かすれた声で呟いた。


「……ここで終わりか」


夢も。


名声も。


財宝も。


すべて、この暗闇の中で終わる。


誰にも知られず、

骨となって朽ちる。


乾いた笑いが漏れた。


「……冗談じゃねぇ」


まだ死ねない。


こんなところで終わってたまるか。


ロゼインは震える手で胸元を探った。


小さな革袋。


その中に残っていたのは、

最後の気付け薬だった。


乾燥させた薬草を丸めた粗末なもの。


口に放り込み、

奥歯で噛み砕く。


ガリッ。


強烈な苦味が舌に広がった。


喉の奥が焼けるように熱くなる。


心臓がドクンと大きく脈打った。


霞んでいた意識が、

わずかに鮮明になる。


「……まだ、動ける」


ロゼインは剣を杖代わりに石の床へ突き立てた。


ガキン、と金属音が響く。


左手一本で柄を握り締める。


腕に力を込める。


膝が震える。


足が言うことを聞かない。


それでも、歯を食いしばり、

ゆっくりと体を持ち上げた。


立ち上がった――


と言えるほど立派な姿ではなかった。


右腕はだらりと垂れ、

左脚を引きずっている。


体は大きく傾き、

今にも倒れそうだ。


それでも、

ロゼインは一歩を踏み出した。


ズッ……


折れた足を引きずる。


石の床に靴底が擦れる。


一歩。


また一歩。


そのたびに、

全身に痛みが走る。


視界の端が暗く染まる。


吐き気が込み上げる。


それでも進んだ。


生きるために。


その時だった。


カチャ……


骨と骨が触れ合うような音が迷宮に響いた。


ロゼインは顔を上げる。


カンテラの淡い光の先。


そこには、無数の骨が積み上がっていた。


折れた剣。


砕けた鎧。


錆びた槍。


そして、

何十人もの人間の骸。


奈落は、

人を食ってできている。

そんな言葉をロゼインは思い出す。


ロゼインは最後の力を振り絞り、

骨の山へと歩み寄った。


水か。


食料か。


何でもいい。


生きるための何かを。


骨を踏む。


パキッ。


乾いた音。


その時。


カチャ……


骨の山の奥で、

白い影がゆっくりと動いた。


スケルトンだった。


古びた修道服を纏い、

静かにこちらを見つめている。


眼窩の奥で、

青い炎がゆらゆらと揺れていた。


ロゼインの背筋に、

本能的な恐怖が走る。


魔物だ。それも、おそらく特殊個体…


こんな状態で出会っていい相手ではない。


ロゼインは反射的に剣を構えようとした。


右腕は動かない。


左手一本で柄を握り、

震える足で無理やり体を支える。


剣先はぶれ、

まともに構えられているとは言い難い。


それでも、

ロゼインはその細い刃を前へ突き出した。


「……来いよ」


声はかすれ、

ほとんど息のようだった。


だが、

その目にはまだ闘志が残っていた。


生きたい。


まだ終わりたくない。


その一心だけで、

立っていた。


しかし。


限界だった。


気付け薬の効力も尽き、

膝から力が抜ける。


視界が傾く。


剣が手から滑り落ち。


ガラン、と床を転がった。


「……ちくしょう」


最後の言葉を漏らした瞬間。


ロゼインの体は前のめりに倒れた。


そのまま、

スケルトンの足元へと崩れ落ちる。


ロゼインの意識は、

深い闇の底へと沈んでいった。



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