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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第3章

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39/42

保護猫

アゼリアは意を決したように頷くと、宿屋の扉を押し開けた。

中へ入り、階段を上る。

一段、一段。

まるで処刑台へ向かうような足取りだった。

そして、部屋の前に立つ。

アゼリアは一度だけ深呼吸し、そっと扉を開けた。

きい、と静かな音。

部屋の中へ顔を覗かせる。

「ロゼル様……」

声が少しだけ震える。

「遅くなってしまい、申し訳ありません……」

胸の前で卵サンドを抱きしめる。

その後ろでは、リアが小さく身を縮こまらせていた。

アゼリアはぺこりと頭を下げる。

「……ただいま帰りました」

ゆっくりと、扉を開けた。

きい、と蝶番が鳴る。

部屋の中では、ロゼルが椅子に腰掛けていた。

すでに目は覚めている。

こちらを見ると、気楽な調子で片手を上げた。

「よぉ、遅かったな」

いつもの、のんびりした声。

「いい買い物はできたか?」

その一言に、アゼリアの肩がぴくりと跳ねる。

「ロ、ロゼル様……」

ぎこちない笑みを浮かべ、一歩前に出る。

そして、胸の前で大事そうに抱えていた包みを差し出した。

「は、はい。ロゼル様に、こちらを買ってきました」

紙包みを開く。

ふわりと、卵の香りが広がった。

「タマゴサンドです」

少しだけ表情が柔らかくなる。

「昼間に、とても美味しそうに召し上がっていたので……」

その瞬間。

ロゼルの目が、ぱっと輝いた。

「おっ!」

椅子から身を乗り出す。

「あ! これ、ちょうど食いたかったんだよ!」

嬉しそうに受け取り、すぐに包みを覗き込む。

「気が利くな!」

その反応に、アゼリアの表情がぱっと明るくなる。

「よ、喜んでいただけましたか?」

「もちろん」

ロゼルは即答する。

そして、さっそくひとつ手に取って、ぱくりとかぶりついた。

「うまっ」

即座に出た一言。

「やっぱこれうめぇな……」

心底満足そうに頬張る。

アゼリアの顔にも、安堵の笑みが広がった。

「よかったです……」


ロゼルは二つ目のタマゴサンドに手を伸ばす。

ぱくり、と大きくかぶりつく。

ふわふわのパン。

新鮮な卵の濃厚なコク。

そこに、きゅうりの軽い歯応え。

心底幸せそうに頬張りながら、もぐもぐと咀嚼する。

そして――

ロゼルの赤い瞳が、ふいにアゼリアの背後へ向けられた。

もぐもぐ。

じーっ。

咀嚼を続けたまま、その視線だけが鋭く細められる。

まるで獲物を見定める獣のような目。

ごくん、と飲み込む。

口元についた卵を指でぬぐいながら、ロゼルは何気ない調子で言った。

「それで?」

赤い瞳が、じろりとリアを捉える。

「後ろのその子は?」

その一言で。

アゼリアの背筋が、ぴしりと伸びた。

「っ……!」

ついに来た。

覚悟していた問い。

アゼリアはぎこちなく振り向き、リアを見る。

そして、再びロゼルへ向き直った。

「あ、あの……」

言葉がつかえる。

「この子は……リアといいます」

そこまでは言えた。

だが、その先が出てこない。

「この子は……その……」

視線が泳ぐ。

額にうっすらと汗が浮かぶ。

一方、リアは部屋の入り口で立ち尽くしていた。

(この子が……主人?)

紫の瞳が、ロゼルをじっと見つめる。

小柄な体。

華奢な肩。

長い金髪。

整いすぎた顔立ち。

どう見ても――

(女の子……?)

そして。

(ていうか……子供じゃん……)

リアの片眉が、ぴくりと持ち上がる。

怪訝そうな表情。

耳もぴくりと揺れた。

尻尾の毛が、わずかに逆立つ。

「……」

想像していた“主人”とはあまりにも違いすぎる。

威圧的な貴族。

肥え太った変態。

残酷な商人。

そんなものを覚悟していたのに――

目の前にいるのは、タマゴサンドを幸せそうに頬張る美少女だった。

しかも。

「うめぇ……」

もぐもぐ。

「やっぱタマゴサンドは最高だな……」

ものすごく気の抜けた顔で食べている。

リアは呆然とした。

(……何これ)

(本当に、この子が主人なの?)


ロゼルの片方の眉が少し上がる。

怪訝そうな表情。

だが――

その紅い瞳だけは、妙に鋭い。

子供のものとは思えない、獣のような目だった。


アゼリアは、ついに覚悟を決めたようにぎゅっと拳を握った。

「……ロゼル様」

次の瞬間。

どんっ!

勢いよく床に膝をつく。

そして――

ぺたり。

額を床へ押しつけた。

見事な土下座だった。

「も、申し訳ありません!」

突然の行動に、ロゼルの目が丸くなる。

「はぁ!?」

タマゴサンドを持ったまま、素っ頓狂な声を上げた。

「な、なんだよ! 何したんだ?お前!?」

アゼリアは顔を上げない。

額を床につけたまま、震える声で言う。

「奴隷市場に迷い込んでしまい……」

「そこで、奴隷商に暴力を振るわれていたこの子を……」

ひと呼吸。

「買ってしまいました……」

部屋の中に、しんとした空気が流れる。

ロゼルの口が、ぽかんと開く。

「えっ」

短い声。

理解が追いつかない。

「いや、ちょ――」

何か言おうとした、その瞬間。

「怒らないであげて!」

リアが飛び出した。

そのままロゼルの前まで駆け寄り――

どさっ!

勢いよく床へ膝をつく。

そして、リアもまた深々と頭を下げた。

「私が悪いの!」

震える声。

耳はぺたりと寝ている。

尻尾も体に巻きつくように縮こまっていた。

「この人は……アゼリアは、私を助けようとしてくれただけ!」

必死に叫ぶ。

「罰するなら……私を……!」

そう言って、額を床につける。

部屋の中央に並ぶ、二つの土下座。

一人は骸骨の少女。

一人は猫耳の少女。

どちらも、がたがたと震えている。

ロゼルは、その光景を見下ろしたまま固まっていた。

右手には、食べかけのタマゴサンド。

口の端には、まだ卵の欠片がついている。

「……」

沈黙。

静寂。

そして――

「……いや、ちょっと待て」

ロゼルは、頭を抱えた。

ロゼルは、口に残っていたタマゴサンドを飲み込むと、こめかみを押さえた。

「……ちょっと待て。話を整理するぞ」

赤い瞳が、床に額をこすりつけているアゼリアと、その横で同じように頭を下げるリアへ向けられる。

「俺が“何か買い物でもしてこい”と言った」

指を一本立てる。

「で、お前は奴隷市場に迷い込んだ」

二本目の指。

「そこで、その子――リアだったか?」

リアの猫耳がぴくりと動く。

「暴力を振るわれているのを見て、不憫に思って……買ってしまった」

三本目の指。

「……そういう話で合ってるか?」

アゼリアの額は、今にも床にめり込みそうな勢いだった。

「は、はい……」

声が震えている。

「どうか、お許しください……」

肩が小刻みに震える。

「どんな罰でも受けます……」

一拍。

「体を差し出せと言うなら、喜んで――」

そう言って、服の裾に手をかける。

ロゼルの目が見開かれた。

「待て待て待て!」

椅子から飛び上がる。

「言ってない! 言ってないぞ!?」

両手をぶんぶん振る。

「そんなこと一言も言ってねぇ!」

だが、その瞬間。

「だったら――」

リアが顔を上げた。

紫の瞳が、真剣そのものだ。

「私の体も好きにしていいわ!」

勢いよく立ち上がり、服に手をかける。

「ちょ、お前まで何言ってんだ!?」

ロゼルの悲鳴が上がる。

リアの猫耳はぺたりと寝ていたが、その表情は覚悟に満ちている。

「私はこういう時のための商品なんでしょ!」

「違う違う違う!」

ロゼルは慌てて両手を突き出す。

「誰もそんな用途で買ってねぇ!」

アゼリアも顔を上げる。

「ロゼル様……二人同時でも構いません」

「構うわ!」

ロゼルのツッコミが炸裂した。

「なんでそうなるんだよ!」

アゼリアは真剣な顔で言う。

「私たちは、ロゼル様の所有物ですので」

リアもこくこくと頷く。

「うん、そういうものだと思ってた」

「思うな!」

ロゼルは頭を抱えた。

「お前ら、まずその危険な常識を捨てろ!」

二人は同時にきょとんとする。

「……違うんですか?」

「違う!」

即答だった。

部屋に、しばし沈黙が落ちる。

ロゼルは深く息を吸い――そして、ゆっくりと吐いた。

「……いいか」

指を一本立てる。

「まず、服を着ろ」

アゼリアとリアは、はっとしたように自分の手元を見る。

「……はい」

「……うん」

もそもそと服を整える二人。

それを確認してから、ロゼルは再び椅子に腰を下ろした。

残っていたタマゴサンドをひと口かじる。

もぐもぐと咀嚼し、飲み込む。

そして。

「……で?」

赤い瞳が、リアへ向く。

「お前、飯は食ったか?」

リアはぽかんと口を開けた。

「……え?」

「腹減ってるだろ」

ロゼルは、当たり前のように言う。

「話の続きは、それからだ」

そう言って、皿に残っていたタマゴサンドを一つ手に取り、リアへ差し出した。


リアは、差し出されたタマゴサンドを見つめたまま、紫の瞳を大きく揺らした。

「……これ……私にくれるの?」

恐る恐る問いかける。

ロゼルは、きょとんとした顔で首を傾げた。

「ん? タマゴサンド、嫌いか?」

リアは小さく首を横に振る。

「……嫌い……じゃない……」

その答えを聞くと、ロゼルはにっと笑った。

「なら、ほら」

差し出した手を、ぐいっと前へ突き出す。

「食えよ。美味いぜ?」

リアはおずおずと両手を伸ばし、タマゴサンドを受け取った。

まだ、ほんのりと温かい。

指先に伝わる柔らかさ。

ふわりと漂う、卵の優しい香り。

リアの喉が、ごくりと鳴った。

おそるおそる、口元へ運ぶ。

小さく、ひと口。

「……っ」

その瞬間、紫の瞳が大きく見開かれた。

ふわりとしたパン。

新鮮な卵の濃厚なコク。

きゅうりの瑞々しい香りと、軽やかな歯応え。

口の中いっぱいに、優しい味が広がる。

「……おいしい……」

かすれた声が、ぽつりと漏れた。

こんな食べ物――

いつ以来だろう。

思い出せない。

次の瞬間には、夢中になっていた。

はぐっ。

はぐっ。

頬いっぱいに詰め込みながら、必死に咀嚼する。

飲み込む。

すぐに、二つ目へ手を伸ばす。

その時だった。

卵の香りの中に、妙な塩気が混じる。

ぽたり。

ぽたり。

タマゴサンドの上に、透明な雫が落ちた。

「……あ……」

気づいた時には、涙が溢れていた。

止まらない。

次から次へと、頬を伝って落ちていく。

それでもリアは、泣きながら食べ続けた。

まるで、失うのが怖いかのように。

ロゼルは、その様子を見て、ふっと表情を和らげた。

「……ゆっくり食いなよ」

穏やかな声。

「誰も取りゃしない」

そう言って、リアの頭にそっと手を置いた。

ぽん、と軽く撫でる。

その手のひらは、驚くほど温かかった。

「……っ」

リアの肩が大きく震える。

猫耳がぺたりと寝る。

堰を切ったように、涙がさらに溢れ出した。

「……ぅ……うぁ……」

嗚咽が漏れる。

タマゴサンドを握りしめたまま、リアは声を押し殺して泣いた。

ただ食べ物を与えられただけ。

ただ頭を撫でられただけ。

それだけのことなのに。

それだけのことが――

どうしようもなく、嬉しかった。


リアの頭を撫でながら、ロゼルは泣きじゃくる少女を見つめた。

しばらくそのままにしていたが、やがて現実的な問題に気づいたように、ぽつりと呟く。

「……それ食ったら、湯浴みだな」

リアの髪は乱れ、体には汚れと血がこびりついている。

首輪の跡も痛々しい。

ロゼルは顔を上げ、床に額を押しつけたままのアゼリアへ視線を向けた。

「アゼリア。店主から湯をもらってきてくれるか?」

その言葉を聞いた瞬間――

リアが二つ目のタマゴサンドを勢いよく頬張りすぎて、

「ごほっ! ごほ、ごほっ!」

激しくむせた。

ロゼルは苦笑しながら、背中を軽くさする。

「あー……あと、何か飲み物ももらってきてくれ」

床に伏していたアゼリアが、ばね仕掛けのように跳ね起きた。

「はい!」

返事は異様に早い。

「すぐにお持ちいたします!」

ぴしっと一礼すると、そのまま部屋を飛び出した。

ばたばたばたっ――!

階段を駆け下りていく、慌ただしい足音が響く。

残されたロゼルとリア。

リアは涙と咳で顔をぐしゃぐしゃにしながら、慌てて口元を押さえていた。

「だ、大丈夫か?」

「げほっ……だ、大丈夫……」

涙目で答えるリア。

ロゼルは苦笑する。

「誰も取らねぇって言っただろ」

それからほどなくして、再び階段を駆け上がる音が聞こえた。

勢いよく扉が開く。

「お待たせしました!」

アゼリアの手には、木のコップがあった。

薄い紫色の液体が揺れている。

ぶどうの果汁を水で薄めた、ほのかな甘みのある飲み物だ。

アゼリアはリアの前に膝をつき、両手で丁寧に差し出した。

「どうぞ。ゆっくりお飲みください」

リアは戸惑いながら受け取る。

一口飲むと、優しい甘みが喉を潤した。

「……おいしい……」

その言葉を聞くと、アゼリアはほっと胸を撫で下ろした。

「よかったです」

そう言い残すと、アゼリアはくるりと踵を返す。

「では、すぐにお湯を用意してまいります」

そして再び、ばたばたと慌ただしく階段を下りていった。

その背中を見送りながら、リアは木のコップを両手で抱えた。

そして、ぽつりと呟く。

「……なんなの、この人たち……」


リアが食事を終える頃には、ようやく呼吸も落ち着いていた。

ぶどうの果実水を飲み干し、小さく息をつく。

その直後――

ばたばたばたっ、と慌ただしい足音が階段を上ってきた。

勢いよく扉が開く。

「お待たせしました!」

アゼリアが、両腕で大きな木のタライを抱えて立っていた。

中には、なみなみと湯が張られている。

白い湯気がふわりと立ち上り、部屋の中に温かな湿気が広がった。

ロゼルはその様子を見て、満足そうに頷く。

「よし」

リアへ視線を向ける。

「体の汚れを落としな」

優しいが、有無を言わせない口調だった。

ロゼルはリアの汚れた服を見て、少し考える。

「服は……俺のじゃ小さいか」

アゼリアの方を振り向く。

「アゼリアの服を借りるといい」

「はい!」

アゼリアは即座に返事をすると、手早く着替えを用意した。

柔らかな布の服を抱え、リアの前へと歩み寄る。

そして、そっとその手を取った。

「さぁ、お身体を清めましょう」

いつものように、にこやかな笑顔。

リアはおろおろと目を瞬かせる。

「え、あ、ちょ……」

戸惑う間もなく、アゼリアに手を引かれてタライの方へ連れて行かれる。

その様子を見て、ロゼルは立ち上がった。

「俺は少し部屋を外すよ」

そう言うと、気軽な足取りで扉へ向かう。

「終わったら呼んでくれ」

片手をひらひらと振り、そのまま階段を下りていった。

扉が閉まる。

部屋には、アゼリアとリアの二人だけが残された。


おずおずと服を脱ぎ、リアはタライの中へ足を入れる。

「……っ」

思わず、小さく息を漏らした。

少し熱めの湯が、足先からじんわりと染み込んでくる。

ゆっくりと腰を下ろす。

肩まで湯に浸かると、全身の力がふっと抜けた。

「……ぁ……」

声にならない吐息。

まるで、凍りついていた体と心が少しずつ溶けていくようだった。

アゼリアは濡らした手拭いを取り、リアの肩へそっと当てる。

「少しくすぐったいかもしれません」

優しい声。

ごしごしではなく、撫でるように。

汚れを丁寧に落としていく。

腕。

背中。

首筋。

肌の下から、白い素肌が現れていく。

だが、その体にはいくつもの傷跡が残っていた。

細い線。

打撲の痕。

古い裂傷。

白い肌の上で、それらは痛々しく目立っていた。

アゼリアの手つきは、さらに優しくなる。

やがて、頭から温かな湯がゆっくりとかけられた。

さらさらと流れる。

紫がかった髪が、湯を含んでしっとりと重くなる。

アゼリアの指が、丁寧に髪を梳く。

頭皮を優しく揉みほぐすように洗っていく。

何度も、何度も。

温かな湯が頭から流れ落ちる。

その心地よさに、リアの体から完全に力が抜けていった。

猫耳は、だらんと垂れ下がる。

尻尾も湯の中でゆるやかに揺れるだけ。

「……きもちいい……」

ぼんやりとした声が漏れる。

アゼリアは微笑んだ。

「ふふ、よかったです」

洗い終えると、リアをタライから出し、大きなタオルで包む。

濡れた髪を、優しく丁寧に拭いていく。

ぽんぽんと、水気を吸い取る。

リアはされるがままだった。

抵抗する気力すらない。

ただ、その温もりに身を委ねていた。

ふと、アゼリアがタライの中を見下ろす。

湯はすっかり黒く濁っていた。

リアの体にこびりついていた汚れが、すべて洗い流された証だった。


リアが着替えを終えるころ、扉が控えめに叩かれた。

「ロゼル様をお呼びしてまいりました」

アゼリアが部屋へ戻ってくる。

その手には、木のコップが一つあった。

「こちらもいただいてきました。冷えたミルクです」

差し出されたコップを、リアは戸惑いながら受け取る。

「あ、ありがとう……」

恐る恐る、ちびりと口をつける。

ひんやりとした感触。

そして、ほんのりとした甘み。

「……!」

紫の瞳がぱちくりと見開かれる。

もう一口。

さらにもう一口。

気づけば、両手でコップを抱え込み、ゴクゴクと夢中で飲み干していた。

「ぷはっ……」

小さく息をつき――

「……けぷっ」

可愛らしいげっぷが漏れる。

「っ!」

リアの顔がみるみる赤くなる。

猫耳がぺたりと伏せられた。

そのとき、扉が開いた。

ロゼルが部屋へ戻ってくる。

濡れた髪を見て、さっぱりした様子のリアをひと目見てから、満足そうに頷いた。

「お、見違えたな」

そして、そのまま気楽な口調で言う。

「とりあえず今日は寝ちまえ」

ベッドを親指で示す。

「ベッドはお前たち二人で使え。俺は床でいい」

その言葉に、アゼリアが即座に反応した。

「いけません、ロゼル様!」

胸の前で手を組み、ぶんぶんと首を振る。

「私たちが床で寝ます!」

だがロゼルは、すでに床に敷いたクッションへと寝転がっていた。

頭の後ろで腕を組み、ひらひらと手を振る。

「いらんいらん。気にすんな」

それ以上議論する気はないらしい。

アゼリアは少しだけ困ったように微笑み、それからリアの手をそっと取った。

「ロゼル様のご厚意です。リア、ベッドへ行きましょう」

「えっ、あ……」

リアの尻尾がぴくんぴくんと落ち着きなく跳ねる。

「い、いいの? 私なんかがベッドを使って……」

床からロゼルの声が飛ぶ。

「いいから使いな」

短い一言。

それだけで、リアは何も言えなくなった。

恐る恐るベッドへ近づく。

膝をつくと、ふかりと柔らかく沈んだ。

「……」

こんな柔らかい寝床は、いつぶりだろう。

アゼリアに手を引かれ、ぎこちなく横になる。

ふかふかの感触が、全身を包み込んだ。

「おやすみなさい、リア……」

アゼリアが優しく囁く。

「お、おやすみ……アゼリア」

それだけ言うのがやっとだった。

美味しい食事。

温かい湯。

清潔な服。

柔らかなベッド。

満たされた体は、驚くほど素直に眠りへと沈んでいく。

リアの瞼はすぐに閉じられた。

アゼリアはその隣に横になり、優しく肩をぽんぽんと叩く。

ほどなくして、部屋には静かな寝息が満ちた。

ロゼルもまた、床の上で目を閉じる。

――だが。

しばらくして、リアの唇がかすかに震えた。

「うぅ……あ……」

苦しそうに眉を寄せる。

「レジィ……アン……ララ……」

閉じた瞼の端から、涙が一筋こぼれる。

「あぁ……みんな……どこに……」

悪い夢を見ているのだろう。

アゼリアはそっと身を寄せ、リアの頭を優しく撫でた。

「大丈夫ですよ……」

その囁きに、リアの呼吸が少しだけ落ち着く。

床から、低い声が聞こえた。

「……なるほどな」

ロゼルだった。

薄く目を開けたまま、天井を見つめている。

「お前が買っちまうのも、無理はない」

アゼリアはリアを起こさぬよう、小さな声で答えた。

「……申し訳ありません、ロゼル様」

ロゼルは鼻で小さく笑う。

「怒っちゃいないさ」

静かな声。

「ただ――連れてきちまったからには、わかるだろ?」

一拍置く。

「お前にも。仲間の俺にも。そいつを背負い込む責任ができちまったってことだ」

アゼリアは真剣な表情で頷いた。

「はい……理解しています」

「それならいい」

ロゼルは目を閉じる。

「もう関わっちまったんだ。後には引けないぜ」

小さく息を吐く。

「とにかく……明日は色々忙しくなりそうだ」

そして、いつもの気の抜けた声で言った。

「おやすみ」

アゼリアも微笑み、静かに頭を下げる。

「はい。おやすみなさい、ロゼル様」

窓の外では、街の喧騒もすっかり遠のいていた。

こうして、三人で迎える最初の夜は、静かに更けていった。


朝――。

ふわりと、甘く優しい香りが鼻をくすぐった。

ぴくん。

ぴくん。

ベッドの上で眠っていたリアの猫耳が、小さく跳ねる。

ゆっくりと瞼を開く。

最初に感じたのは、体を包み込む柔らかな感触だった。

「……あ……」

ふかふかのベッド。

清潔なシーツ。

ほんのりと残る石鹸の香り。

そこでようやく、昨夜の出来事が夢ではなかったのだと理解する。

助けられたこと。

温かい食事を食べたこと。

お風呂に入ったこと。

そして――このベッドで眠ったこと。

リアの胸に、じんわりと安堵が広がる。

もし目を覚ました場所が、あの薄暗く汚れた牢の中だったなら。

もしすべてが、都合のいい夢だったなら。

きっと、今度こそ心が壊れていたかもしれない。

「……よかった……」

小さく漏れた声に、リア自身も気づかない。

耳が、ほっとしたように力を抜いた。

視線を向けると、部屋の中央のテーブルには朝食が並んでいた。

瑞々しい果物。

ふわふわの卵料理。

焼きたてのパン。

冷えたミルク。

薄く色づいた果実水。

そして、その間を忙しそうに行き来するアゼリア。

「ふんふふ〜ん♪」

珍しく鼻歌交じりで、上機嫌に料理を運んでいる。

昨日の不安げな様子が嘘のようだった。

その姿を見て、リアの口元が自然と緩む。

「お、おはよう……アゼリア」

声をかけると、アゼリアはぱっと振り向いた。

「おはようございます、リア」

満面の笑み。

「顔を洗ったら席についてくださいね。朝食にしましょう」

「う、うん。わかった」

まだ少し戸惑いながらも、リアは素直に頷く。

ふと、部屋の隅に目を向けた。

そこには、クッションを抱き枕のように抱えたロゼルがいた。

寝癖のついた金髪。

半分閉じた紅い瞳。

ひどく眠そうな顔。

ちょうど目が合う。

「あの……ロゼル…様?」

遠慮がちに声をかける。

「お、おはよう……」

ロゼルは大きなあくびをしながら、気の抜けた声で答えた。

「ふぁぁ……おう。おはよう」

目をこすりながら、眠たげに手を振る。

「ロゼルでいいぜ」

もう一度、あくび。

「様付けなんて、アゼリアだけで十分だ」

「え……でも……」

戸惑うリア。

ロゼルは気にした様子もなく、のそのそと立ち上がった。

「ほら、顔洗ってこようぜ」

そう言って部屋の外へ向かう。

リアは一瞬ぽかんとしたあと、小さく笑った。

「……うん」

並んで部屋を出ていく。

まだ少し眠そうな小さな主人と、

その後ろをついていく猫耳の少女。

その様子を見送りながら、アゼリアは嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ……なんだか姉妹みたいですね」


顔を洗い終えた二人は、並んで部屋へと戻ってきた。

湯気とともに、食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がっていた。

ロゼルは椅子にどさりと腰を下ろすと、さっそく卵料理をフォークでひと口すくい、そのまま口へ放り込んだ。

もぐもぐと咀嚼し、すぐに頷く。

「うん、美味い」

もうひと口食べてから、アゼリアを見る。

「お前、どんどん料理が上手くなるな」

その言葉に、アゼリアの表情がぱっと明るくなる。

「ありがとうございます」

胸の前で手を組み、少し照れたように微笑む。

「リアが喜ぶかと思うと、少々力が入ってしまいました」

そう言って、むふーっと得意げに胸を張った。

その横で、リアは目の前の料理に釘付けになっていた。

こんなに豪華な朝食を前にするのは、いつ以来だろう。

卵料理から立ちのぼる香り。

焼きたてのパンの温もり。

艶やかな果物。

猫耳はぴくぴくと動き、

尻尾は嬉しさを隠しきれないように、ぴょんぴょんと忙しなく揺れていた。

その様子に気づいたアゼリアが、優しく声をかける。

「リアも、どうぞ召し上がってください」

リアははっとして顔を上げた。

「い、いいの?」

紫の瞳が揺れる。

「こんなご馳走……」

遠慮がちにそう呟いた瞬間――

ロゼルがにやりと笑った。

「食わないなら、貰うぞ?」

そう言って、フォークをリアの皿へとすっと伸ばす。

「だめ!」

反射的に、リアは皿を抱き寄せた。

「わたしのよ!」

言い切ったところで、はっとする。

「……あ」

自分でも思わず出た言葉に、耳がぴんと立った。

一瞬の静寂。

そして――

「ははっ」

ロゼルが声を上げて笑った。

アゼリアも口元を押さえながら、くすくすと笑う。

リアは顔を真っ赤にし、耳まで熱くなるのを感じた。

「……もう」

恥ずかしそうに小さく呟くと、フォークを手に取る。

恐る恐る卵料理をひと口。

ふわりと広がる優しい味に、思わず目を丸くした。

「……おいしい」

その小さな呟きに、アゼリアは嬉しそうに微笑み、ロゼルは満足そうに頷いた。

こうして三人の、賑やかで温かな朝食が始まった。


温かな朝食を囲みながら、三人はしばらく穏やかな時間を過ごしていた。

リアは卵料理をひと口食べるたびに目を丸くし、

焼きたてのパンをちぎっては嬉しそうに頬張っている。

その様子を見て、アゼリアは満足げに微笑み、

ロゼルも紅茶を片手にのんびりとした表情を浮かべていた。

やがて――

ロゼルがカップを持ち上げ、温かな紅茶をひと口飲む。

琥珀色の液体をゆっくりと味わってから、

静かに口を開いた。

「リア、お前に確認したいことがある」

それまで和やかだった空気が、少しだけ引き締まる。

リアは手を止め、紫の瞳をロゼルへ向けた。

「お前には、頼れる親戚や仲間はいるのか?」

優しい声だった。

問い詰めるような口調ではない。

ただ、大事なことを確かめるように。

リアは一瞬だけ視線を落とす。

耳がわずかに伏せられた。

「……家族はいないわ」

小さな声。

「生きているのかもわからない……」

指先が、そっと皿の縁をなぞる。

「この街に知り合いもいないし……頼る先もない」

言い終えると、リアは静かに唇を結んだ。

ロゼルは何も言わず、

手にしていたカップをテーブルへ戻す。

カチャリ、と小さな音。

食事にも満足したのか、ふぅと短く息を吐いた。

「なるほどな……」

少しだけ考えるように視線を宙へ向ける。

そして、再びリアを見た。

「リアに聞いておかなきゃいけないことがある」

真紅の瞳が、まっすぐに少女を見つめる。

「リアは、これからどうしたい?」

一拍置く。

「俺たちといたいか?」

リアの耳がぴくりと動いた。

ロゼルは続ける。

「俺たちはこれでも冒険者でな」

肩をすくめる。

「一緒にいれば、危険なこともある」

「怪我だってするかもしれない」

「平穏な暮らしってわけにはいかない」

リアは視線を落とした。

膝の上で指先をもじもじと絡める。

しばらく黙っていたが――

やがて、小さな声で答えた。

「……一緒に、いたい……です……」

震える声。

けれど、その中には確かな意志があった。

「冒険者が危険なのはわかってる……」

ぎゅっと拳を握る。

「それでも……」

紫の瞳が、ゆっくりと持ち上がる。

「私でも役に立つなら……」

耳がしゅんと伏せられる。

「ここに、居させてください」

その言葉を聞いて、

アゼリアはただ静かに、優しく微笑んでいた。

ロゼルはしばらくリアを見つめ、

やがて満足そうに頷いた。

「わかった」

短い言葉。

だが、その声には迷いがなかった。

「今日からリアは、俺たちの仲間で――家族だ」

リアの目が大きく見開かれる。

ロゼルは自然な口調で続ける。

「家族ってのは、助け合うもんだろ?」

リアの唇が震える。

「……いいの?」

信じられないものを見るような表情。

「私みたいな奴隷……」

喉が小さく鳴る。

「しかも……亜人種よ?」

ロゼルは鼻で笑った。

「亜人種がなんだ」

肩肘を張ることなく、あっさりと言う。

「俺とアゼリアだって、普通とは少々違うんだぜ?」

「……え?」

リアはきょとんと目を瞬かせた。

何を言われたのかわからないという顔だ。

ロゼルは口元を少しだけ吊り上げる。

「アゼリア、見せてやれよ」

アゼリアは小さく首を傾げた。

「よろしいのですか?」

ロゼルは当然のように頷く。

「仲間になるなら、隠しておけないだろ」

その言葉を受け、

アゼリアは静かに席を立った。

アゼリアが席を立った、その瞬間だった。

ぽうっ――。

青い炎が、足元から静かに立ち昇る。

「え……?」

リアの耳がぴくりと震える。

次の瞬間、炎は勢いよくアゼリアの全身を包み込んだ。

ぼっと、青い光が弾ける。

白い肌が、さらさらと灰になって崩れていく。

頬が。

首筋が。

指先が。

その下から現れたのは――白い骨。

人の姿は消え、そこにいたのは静かに青い炎を瞳に灯す骸骨だった。

「ひっ……!」

リアの目が見開かれる。

尻尾が、びんっと真っ直ぐに立った。

だが、その骸骨は慌てる様子もなく、静かに椅子へと座り直す。

骨の手を膝の上に重ね、

いつもと変わらぬ穏やかな声で言った。

「リア……恐ろしいですか?」

その声は、昨夜隣で聞いた声とまったく同じだった。

優しく。

温かく。

安心させるような声。

リアの脳裏に、昨夜の記憶がよみがえる。

悪夢にうなされる自分。

誰かが、そっと頭を撫でてくれた。

肩を優しくぽん、ぽんと叩き、安心させてくれた。

誰だったのかなど、考えるまでもない。

「……アゼリア」

リアは立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。

そして、震える手で骨の手を握った。

「ううん……怖くないよ」

指先に触れる骨はひんやりとしていた。

けれど、その奥にある優しさは昨夜と何ひとつ変わっていなかった。

「少し……驚いただけ」

その言葉を聞いた瞬間。

アゼリアの青い瞳から、小さな炎の雫がぽたりと床に落ちた。

「よかったです……」

声が少し震える。

「ありがとう、リア……」

その様子を、ロゼルは真紅の瞳で静かに見つめていた。

そして、満足そうにゆっくり目を閉じる。

「よし」

小さな手を伸ばし、

アゼリアとリアの重なった手の上に、自分の手を重ねた。

「これでもう、秘密はないな」

ロゼルの口元に、いつもの気楽な笑みが浮かぶ。

「これで俺たちは仲間だ」

その言葉とともに、

アゼリアの体を包んでいた青い炎が静かに揺れた。

骨の体が再び人の姿へと戻っていく。

白い肌。

銀の髪。

穏やかな微笑み。

元に戻ったアゼリアの顔は、いつもの優しい表情だった。

ロゼルは二人の手を包んだまま続ける。

「お前のいなくなっちまった仲間のことも、俺たちが一緒に探してやる」

リアの目が大きく見開かれた。

「え……?」

耳がぴんと立つ。

「どうして……あの子たちのことを?」

ロゼルは肩をすくめた。

「昨夜、うなされながら叫んでたんだよ」

真紅の瞳が、まっすぐリアを見る。

「心配なんだろ? 仲間が」

リアの喉が震える。

「……うん」

膝の上で手を握りしめる。

「みんな……まだ小さかったの」

ぽつり、ぽつりと語り始める。

「私は牢屋で三人と出会ったの」

「レジィと、アンと、ララ……」

その名前を口にしただけで、目に涙がにじんだ。

「みんな本当にいい子で……」

尻尾が力なく揺れる。

「私は……あの子たちのお姉さんみたいなものだった」

声が震える。

「私が頑張って稼げば、あの子たちには手を出さないって……あのクソ野郎と約束したの」

拳を握りしめる。

「それなのに……」

唇を噛む。

「約束なんて最初から守る気なんてなかった」

とうとう涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

「私……守れなかった……」

肩が震える。

「お姉さんなのに……」

その瞬間。

小さな手が、リアの頭にぽんと置かれた。

ロゼルだった。

「大丈夫だ」

短い一言。

だが、その声には不思議な安心感があった。

「まだ終わっちゃいない」

リアが涙に濡れた目で見上げる。

ロゼルは口元に不敵な笑みを浮かべた。

「家族を探すのは、家族全員でやるもんだろ?」

リアの瞳から、大粒の涙が溢れた。

「……っ」

「だから安心しろ」

ロゼルはにやりと笑う。

「レジィも、アンも、ララも――」

真紅の瞳が静かに輝く。

「俺たちが必ず見つけ出す」


リアの紫の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

「……ゔっ……」

言葉にならない嗚咽が漏れる。

張り詰めていたものが、とうとう限界を迎えたのだろう。

肩が震える。

猫耳がぺたりと伏せられ、

尻尾も力なく垂れ下がった。

アゼリアはすぐに席を立つ。

そして、そっとリアを自分の胸へと引き寄せた。

「大丈夫ですよ……」

優しく抱きしめる。

白く細い指が、リアの頭を何度も撫でる。

「もう一人ではありません」

「私たちがいます」

その言葉に、リアは堪えきれなくなった。

「う……あぁ……っ」

子どものように声を上げて泣き出す。

アゼリアの胸に顔を埋め、

小さな肩を震わせながら、

今まで溜め込んできた恐怖と不安を吐き出していく。

アゼリアは何も急かさない。

ただ、優しく頭を撫で続けた。

「よしよし……」

穏やかな声。

骨の姿のときと変わらない、

どこまでも温かな声音だった。

その様子を見ながら、

ロゼルは静かに紅茶をひと口飲む。

「ふぅ……」

湯気の向こうで、真紅の瞳が細められた。

そして、いつもの気の抜けた口調で呟く。

「リアの服や装備も揃えないとな」

指を折りながら数える。

「着替えに靴、それと短剣あたりか?」

「ギルドにも登録しないといけねぇな」

「……また出費がかさむな」

やれやれ、と肩をすくめる。

だが、その声には嫌そうな響きはなかった。

むしろ――どこか楽しそうですらある。

アゼリアは、リアを抱きしめたまま、ふふっと微笑んだ。

「ロゼル様は、本当にお優しいですね」

「うるせぇよ」

ロゼルは少し照れくさそうにそっぽを向く。

「家族が増えたんだ。仕方ねぇだろ」

その言葉に、

リアの耳がぴくりと動いた。

涙で濡れた顔のまま、

アゼリアの胸元からそっとロゼルを見上げる。

「……家族……」

小さく呟く。

その声は震えていたが、

そこには確かな温もりがあった。

朝の陽光が、部屋の中を優しく照らす。

泣き声と、

穏やかな笑みと、

少し照れた赤い瞳。

こうして――

リア・ティブルは、

ロゼルとアゼリアの新たな仲間となった。

そして同時に、

二人の大切な家族となったのである。



しばらくして。

リアはアゼリアの胸から顔を上げ、目元を袖でごしごしと拭った。

そして、少し照れくさそうに口を開く。

「……ありがとう、アゼリア」

それから、ロゼルへ向き直る。

「ありがとう……ロゼル…お姉さんでいいのかな?」

部屋の空気が、一瞬止まった。

ロゼルの眉がぴくりと動く。

「……俺、男だからな?」

リアは目をぱちぱちと瞬かせた。

「……え?」

沈黙。

そして。

アゼリアが吹き出した。

「ぷっ……」

リアはロゼルとアゼリアの顔を交互に見比べる。

「えっ!? うそ!? 本当に!?」

「本当だよ!」

「えええぇぇぇっ!?」

リアの尻尾が、ぶわっと大きく膨らんだ。

部屋には、三人の笑い声がいつまでも響いていた。












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