雪月花
宿の部屋。
昼の光が、ゆるやかに差し込んでいる。
街の喧騒は遠く、ここだけが切り取られたように静かだった。
ロゼルは椅子に腰掛け、大斧を膝に乗せている。
布を当て、ゆっくりと刃を磨く。
力は入れない。
ただ、撫でるように。
刃の縁をなぞり、光の映りを確かめる。
――しゃり、と細い音。
その繰り返し。
鼻歌が、ぽつりと混じる。
気の抜けた調子の、適当な旋律。
だが、妙に機嫌がいい。
手を止める。
横の皿から、サンドイッチをひとつ取る。
柔らかいパンに、たっぷりの卵。
粗めに潰された白身と黄身が、マヨネーズでまとめられている。
そこに、小さく刻まれたきゅうり。
一口、かぶりつく。
ふわりとした食感のあとに、卵のコク。
――カリッ。
きゅうりの軽い歯応えが、いいところで入る。
「……いいな、これ」
ぽつりと漏れる。
もう一口。
ゆっくり噛み締める。
満足したように、鼻歌が少しだけ続いた。
食べ終えると、また斧へ手を戻す。
丁寧に、丁寧に。
気に入っているものを扱う手つきだった。
その少し離れた場所。
ベッドの端に、アゼリアは座っている。
手の中には、巾着。
中から金貨を一枚取り出す。
くるり、と回す。
光を見つめる。
そして、戻す。
また一枚、取り出す。
同じことを繰り返す。
「……」
やがて、天井を見上げた。
(……欲しい物かぁ)
小さく、頭の中で呟く。
答えは出ない。
ロゼルの声が、横から落ちる。
「おい」
アゼリアが顔を上げる。
ロゼルは斧を磨いたまま、視線も寄越さない。
「いじってても増えないぜ、それ」
気の抜けた声。
アゼリアは少しだけ手元を見る。
「……はい」
素直に返す。
ロゼルは布を動かしながら続ける。
「減りもしねぇけどな」
一拍。
「どうすんだ、それ」
アゼリアは少しだけ黙る。
巾着を握る手に、わずかに力が入る。
「……まだ、決められません」
小さく言う。
ロゼルは手を止めた。
刃に映る光を一瞬だけ見て、ふっと鼻を鳴らす。
「だったら――外にでも行ってこい」
短く言う。
「ここで考えてても、浮かばねぇぞ」
アゼリアが、わずかに目を瞬かせる。
ロゼルは肩を軽く回す。
「散歩がてら、ぶらついてこいよ」
気楽な調子。
「なんか買ってみりゃいい」
アゼリアは少し考える。
それから、静かに立ち上がった。
巾着を握る。
「……ロゼル様も、ご一緒しませんか?」
遠慮がちな声。
ロゼルは即答だった。
「俺は寝る」
間髪入れずに言う。
椅子の背に体を預け、だらりと力を抜く。
「馬車で体力持ってかれてんだよ」
面倒くさそうに手を振る。
「一人で行け。一人の方が、いいもん見つかる」
アゼリアは、少しだけ目を伏せる。
だが、すぐに顔を上げた。
「……わかりました」
小さく頷く。
扉へ向かう。
手をかける前に、一瞬だけ振り返る。
ロゼルはもう、目を閉じている。
寝る気満々だった。
アゼリアは何も言わず、扉を開ける。
外の空気が、ふわりと流れ込む。
そのまま、一歩踏み出した。
静かに扉が閉まる。
部屋には、穏やかな静けさだけが残る。
ロゼルは目を閉じたまま、ぽつりと呟く。
「……さて、何選ぶかね」
誰に聞かせるでもない声だった。
裏通り。
石畳は割れ、ところどころに泥が残っている。
建物は歪み、壁は煤け、窓は半分ほど板で打ち付けられていた。
湿った空気。
鼻につくのは、古い酒と腐りかけた何かの匂い。
人はいる。
だが――まともな連中じゃない。
壁にもたれかかる男。
地べたに座り込んだまま、こちらをじっと見てくる視線。
ひそひそと交わされる、低い声。
アゼリアが通るたびに、その視線がわずかに動く。
だが、誰も声はかけない。
“関わるな”
そういう空気だけが、はっきりとあった。
アゼリアは気にした様子もなく、一定の歩調で進む。
足音は静か。
視線もぶれない。
ただ、通り抜ける。
やがて――
空気が、変わる。
ざわめき。
人の声。
金属の触れ合う音。
焼ける音。
通りを抜けた先には、街の中心部が広がっていた。
露店が並び、行き交う人の数も一気に増える。
「安いよ安いよー!今日の野菜は朝摘みだ!」
「焼きたてだ!今なら一本おまけだぞ!」
鉄板の上で肉が弾ける音。
甘く煮詰められた果実の香り。
焼き菓子のやさしい匂い。
香辛料の刺激が、鼻をくすぐる。
通りには露店が並び、色とりどりの商品が所狭しと並べられていた。
布。
装飾品。
小物。
食料。
武具。
それぞれの店主が声を張り上げ、客を呼び込んでいる。
笑い声と、値段交渉のやり取りが混ざり合う。
生きている音だった。
アゼリアは、その中に立っていた。
「……」
視線が、ゆっくりと動く。
あちらへ。
こちらへ。
足は止まったまま。
手の中の巾着を、少しだけ握る。
重い。
だが――
その重さの“使い方”がわからない。
一歩、踏み出す。
露店の前へ。
色鮮やかな布が並んでいる。
赤。
青。
深い緑。
手に取る。
柔らかい。
だが――
「……」
静かに戻す。
次へ。
小さな装飾品の店。
銀の指輪。
細い鎖。
光る石。
綺麗だと思う。
だが――
それを“持つ自分”が、うまく想像できない。
指先が、少しだけ触れて――離れる。
また、歩く。
焼き菓子の店。
ふわりと甘い香り。
足が、少し止まる。
店主が笑いかけてくる。
「どうだい?焼きたてだよ」
アゼリアは一瞬だけ迷う。
だが、首を横に振る。
「……いえ」
小さく言って、その場を離れる。
腹は減っていない。
必要でもない。
だから、違う。
また、歩く。
武具の店の前で、少しだけ足が止まる。
剣。
短剣。
革鎧。
見慣れたもの。
だが――
ロゼルの斧が、頭に浮かぶ。
あの、丁寧に磨いていた姿。
「……」
小さく目を伏せる。
違う、とわかる。
自分が求めているものではない。
歩く。
歩く。
歩く。
賑やかなはずの通りの中で――
アゼリアだけが、どこか静かだった。
足は止まらない。
だが、決まらない。
手の中の巾着が、わずかに揺れる。
「……なんかいいな、かぁ……」
ぽつりと呟く。
「難しい……」
視線を落とす。
「食べ物は、自分には必要がない……」
顔を上げる。
露店の並びを見渡す。
「武器も……」
どれも“悪くない”。
だが、“違う”。
歩く。
少しずつ、人の層が変わっていく。
騒がしさはそのままに――並ぶ品が変わる。
布はより滑らかに。
装飾はより細かく。
客の服装も、どこか整っている。
その一角。
ガラス越しに並べられた、光。
宝石店だった。
磨き上げられた台座の上に、色とりどりの石が置かれている。
赤。青。透明。
光を受けて、静かに輝く。
アゼリアは、足を止めた。
「……綺麗な石……」
小さく呟く。
ガラス越しに、じっと見る。
指輪に嵌められたもの。
首飾りに下がるもの。
ただ石として置かれているもの。
どれも、整っている。
どれも、価値がある。
「……でも」
ほんの少し、首を傾げる。
「これも、自分には必要ないか……」
静かに言って、視線を外す。
また、歩き出す。
通りを抜け、曲がり、さらに進む。
気づけば――見慣れた景色が混ざっていた。
石造りの建物。
広めの通り。
人の流れの中に、装備を身に着けた者が増える。
冒険者の街の中心。
ギルドの近くだった。
「……」
アゼリアは足を止める。
少しだけ考える。
それから、小さく頷いた。
「……ランドさんに、挨拶でもしていこうか……」
自然な流れだった。
目的があるわけではない。
だが、“行ってみる”という選択。
そのまま、ギルドの扉へ向かう。
重厚な木の扉。
押し開ける。
中から、ざわめきが流れ出る。
酒の匂い。
人の声。
依頼の話。
笑い声と、怒号。
いつもの光景。
アゼリアは一歩、中へ入る。
視線を巡らせる。
カウンター。
掲示板。
奥のテーブル。
人の流れの中から、目的の人物を探す。
それほど時間はかからなかった。
奥の方。
壁際のテーブル。
書類に目を落としている男。
ランド。
「……ランドさん」
静かに呼ぶ。
その声に、ランドが顔を上げた。
「アゼリア君か」
ランドが顔を上げる。
視線をこちらに向けたまま、手にしていた書類の束を――トン、と軽くテーブルに打ち付けて揃えた。
「今日はなんの用かな?」
落ち着いた声。
「新しい依頼を探しにきたのかね?」
アゼリアは小さく首を振る。
「いえ、近くを通ったので……挨拶に来ました」
穏やかな声だった。
ランドは一瞬だけ目を瞬かせ――それから、ふっと笑った。
「ははは……挨拶に来てくれる冒険者は、私も初めてだよ」
肩の力を抜くように背もたれに軽く寄りかかる。
「相棒のロゼル君は……今日は一緒じゃないようだね」
アゼリアはこくりと頷く。
「はい。ロゼル様が“買い物でもしてこい”と」
少しだけ、言葉を探すように間を置く。
「……“なんかいい”っていうのを、探しているんですが」
青い瞳が、わずかに揺れる。
「よろしければ……アドバイスを、いただけませんか?」
ランドはその言葉に、少しだけ顎に手を当てた。
「“なんかいい”、か……」
小さく繰り返す。
視線が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「なるほど。ロゼル君らしい曖昧さだな」
くつり、と喉の奥で笑う。
「さて……どうしたものか」
指先で机を軽く叩く。
「欲しい物がない、というわけではないんだろう?」
アゼリアは少し考えてから、答える。
「……わかりません」
正直な言葉。
「どれも、違う気がして……」
ランドは一度だけ頷いた。
「いい傾向だ」
あっさりと言う。
「欲しい物が“わからない”のではなく、“違うとわかる”というのはね」
一拍。
「無理に決める必要はない」
視線をまっすぐアゼリアへ向ける。
「だが――ひとつ、提案がある」
少しだけ、声を落とす。
「“物”じゃなく、“誰か”を見てみるのはどうだ?」
アゼリアが、わずかに首を傾げる。
「……誰か、ですか?」
ランドは頷く。
「ああ。冒険者でもいい。商人でもいい。職人でもいい」
「“なんかいい”というのはな、案外――物よりも、人に対して感じることが多い」
机の上の書類を軽く指で叩く。
「この街は、そういう意味では宝の山だ」
ほんの少し、口元が上がる。
「もしかすると……君が探しているものは、“店”じゃなくて別の場所にあるかもしれんぞ」
アゼリアは、その言葉を静かに受け止める。
「……人、ですか……」
小さく呟く。
巾着を握る手に、わずかに力が入った。
「……ありがとうございます、ランドさん」
ぺこりと頭を下げる。
ランドは軽く手を振った。
「なに、礼を言われるほどのことじゃない」
気楽な声。
「見つかるといいな。“なんかいい”が」
その言葉に、アゼリアはほんの少しだけ――
迷いの中に、方向を見つけたような顔をした。
ギルドを後にする。
外に出た瞬間、また街の音が戻ってくる。
人の声。足音。商売の呼び込み。
アゼリアは少しだけ立ち止まり――ランドの言葉を思い返す。
「……人を見る、かぁ……」
小さく呟く。
「グラントさんは……職人っぽいし……何か発見があるかも」
ひとつ頷き、そのまま歩き出した。
石畳を踏みしめる足音。
通りを抜け、店の並びを越えていく。
食料品店。雑貨屋。武具屋。
見慣れた看板が流れていく。
やがて――
少し奥まった通りの先に、それは見えた。
無骨な看板。
煤けた外壁。
グラント武具店。
アゼリアは迷わず扉へ向かい、そのまま押し開ける。
――カラン。
小さな鈴の音。
中は、鉄と油の匂いが混ざっていた。
壁には武器。棚にも武器。
整然としているが、どこか使われた気配が残っている空間。
その奥。
グラントは、他の客の相手をしていた。
「ほれ、頼まれていた武器の手入れは終わったぞい」
低く、張りのある声。
向かいに立つ客は――背が高い。
深くフードを被り、顔はほとんど見えない。
「……感謝する」
低く、掠れた声。
静かに礼を言うと、その客は武器を鞘からゆっくりと抜いた。
刃が現れる。
光を受けて、鈍く輝く。
そのまま、じっと見つめる。
重さを確かめるように、わずかに手首を動かす。
「……いい仕上がりだ……」
短い評価。
グラントは鼻を鳴らした。
「お前さんも変わっておるな」
腕を組む。
「ワシのところにわざわざ持ってこなくても、他にいい職人はいるだろうよ」
フードの客は、わずかに首を振る。
「メンテナンスは貴方にと決めている」
淡々とした声。
「他の人間にやらせて、変な癖がついても困る」
グラントの口元が、ほんの少しだけ歪む。
「お褒めのお言葉、感謝しますよ――A級冒険者さん」
わざとらしく言って、けっとした顔をする。
「たまには武器の一つでもお買い上げしてくれたらいいんだがね?」
フードの客は、刃を収めながら答える。
「それは、間に合っている……」
そっけない返事。
その時だった。
グラントの視線が、ふと横へ動く。
アゼリアに気づいたのだ。
「ん?」
目を細める。
「客か?」
一歩、視線を寄せる。
「……あんたは確か、先日の……」
少し考えるように顎を撫でる。
「なんといったかな?」
アゼリアは一歩前に出て、軽く頭を下げた。
「アゼリアです」
穏やかな声。
「この間は、どうも」
グラントは「ああ」と短く息を漏らす。
「ああ、そうじゃそうじゃ。アゼリアだったな」
軽く頷く。
そのやり取りを――
フードの客は、静かに見ていた。
グラントは腕を組んだまま、顎をしゃくる。
「あの嬢ちゃんに売った武器はどうじゃ?」
アゼリアはすぐに答えた。
「ロゼル様なら、あの武器を大変気に入った様子で……暇があれば、よく磨いています」
一拍。
少しだけ思い出すように視線を上げる。
「あ、それと……この間、ひとりでに動いたそうです」
――その瞬間。
グラントの動きが、ぴたりと止まった。
「……は?」
低く漏れる声。
眉がぐっと寄る。
「今、なんと言った?」
一歩、踏み出す。
「“ひとりでに動いた”じゃと?」
アゼリアは静かに頷く。
「はい。村長の家の窓を突き破って、どこかへ――」
「おいおいおい……」
グラントが額を押さえる。
だが、その目はむしろ鋭くなっていた。
「……ただの業物じゃねぇとは思っとったが……」
「わしが保管しておるときは、そんな現象は起きなかったがな……」
腕を組み直し、考え込むように目を細める。
「持ち主を選ぶ類か、それとも……」
そこまで言って、ふっと鼻で笑った。
「そのうち喋り出しそうじゃの」
半分冗談のようで、半分本気の声音。
肩をすくめる。
「変わりもんには、変わりもんの武器が寄るもんじゃ」
ちらりとアゼリアを見る。
「気に入っとるなら、それで十分じゃろう」
そのやり取りを聞いていたフードの客が、ゆっくりと口を開く。
「君が噂の冒険者か」
低く、わずかに掠れた声。
静かだが、耳に残る響きだった。
「ランドさんから話は聞いている」
わずかに視線を向ける。
「なんでも新人ながらに高難度の依頼を軽くこなし……冒険者に登録して間もないのに、Dランクに推薦されたようだね」
アゼリアは小さく首を振る。
「いえ、私はとくに何もしていませんよ」
穏やかに言う。
「ロゼルさ……私の相棒が凄いんです」
その言葉だけ、わずかに強調される。
そして、少し首を傾げた。
「貴方も、冒険者なんですか?」
フードの客は一瞬だけ間を置き――
「すまない、自己紹介が遅れた」
低く掠れた声が、今度は少しだけ柔らぐ。
そう言って、ゆっくりとフードに手をかける。
布が外れる。
さらり、と黒髪が現れる。
片耳のイヤリングが、光を受けてきらりと輝いた。
緑の瞳が、まっすぐアゼリアを捉える。
そして――
にこり、と控えめに微笑む。
「私の名はディア」
静かで、整った声。
「A級冒険者パーティ“雪月花”の末席に名を連ねる者だ」
アゼリアは、軽く頭を下げる。
「ディアさん、ですね」
にこりと、やわらかく微笑む。
「私はアゼリアと申します」
その穏やかな笑みに、ディアもわずかに口元を緩めた。
「アゼリア君か。よろしく頼む」
低く掠れた声のまま、短く応じる。
一拍置いて、視線をやや横へ流す。
「君のパーティは……二人なのかい?」
確認するような口調。
だが、詰問ではない。
あくまで自然な問いだった。
アゼリアは頷く。
「はい。リーダーであるロゼル様との、二人パーティです」
ディアの眉が、わずかに動く。
「ツーマンセルでダンジョンに潜るのかい?」
静かに言いながらも、その声には少しだけ現実的な重みが乗る。
「余計なお世話かもしれないが……危険じゃないか?」
悪意はない。
純粋に、心配しているだけの問いだった。
静かに言いながらも、その声には少しだけ現実的な重みが乗る。
「余計なお世話かもしれないが……危険じゃないか?」
悪意はない。
純粋に、心配しているだけの問いだった。
アゼリアは一瞬だけ考える。
それから、小さく息を整えた。
「そうですね……」
わずかに目を伏せる。
「危険は、あるかと」
正直な言葉。
だが――すぐに顔を上げる。
「ですが」
声が、少しだけ柔らかくなる。
「うちのリーダーは、とてもお強いので」
にこりと微笑む。
「なんとかなっています」
ディアは、わずかに興味を深めたように目を細める。
「そんなに強いのかい?」
低く掠れた声に、ほんの少しだけ熱が混じる。
「是非一度、手合わせを願いたいな」
嫌味はない。
純粋な興味と、実力者としての好奇心だけが乗っていた。
そして、ふと思い出したように続ける。
「僕のパーティは、ギルドの三階にある部屋を間借りさせてもらっていてね」
懐から、すっと一枚のカードを取り出す。
「これ」
無駄のない動きで、アゼリアへ差し出した。
アゼリアはそれを受け取り、小さく首を傾げる。
「……これは?」
ディアは軽く口元を緩める。
「僕の知人である証さ」
淡々とした口調。
「それをギルドの職員に見せれば、僕達に繋いでもらえる」
一拍。
「是非、訪ねてきてくれ」
緑の瞳が、まっすぐアゼリアを見る。
「リーダーも一緒にね」
言い終えると、視線を外し――
「世話になった」
軽く手を上げ、グラントへと別れを告げる。
グラントは鼻を鳴らす。
「今度は金も落としてけよ」
ディアは小さく肩をすくめただけだった。
そのまま、静かに踵を返す。
扉を開け、外へ。
光の中へ溶けるように、その姿は消えていった。
ディアの姿が扉の向こうへ消えると、グラントが鼻を鳴らした。
「気に入られたようだな、嬢ちゃん」
腕を組み、にやりとする。
「やっこさん、ギルドお抱えの有名人さ」
顎で扉の方を示す。
「あれと繋がりたい人間なんざ、この街にごまんといる」
アゼリアは手の中のカードを見つめる。
「……そんなに凄い方なんですか?」
素直な問い。
グラントは肩を揺らして笑う。
「凄いかって? そりゃあ凄いさ」
一拍。
「あれと、あれのパーティはな」
わずかに目を細める。
「“百年に一人の天才の集まり”なんて呼ばれとる」
鼻で笑う。
「ギルドも、やつらには頭が上がらん」
「かっかっか」と、豪快に笑った。
アゼリアは少しだけ戸惑ったように視線を落とす。
「そんなに凄い方だったんですね……」
カードを握る手に、わずかに力が入る。
「失礼な態度を、とってしまいましたか?」
グラントはすぐに首を振った。
「気にせんでいい」
あっさりと言う。
「あれは、そんなこと気にするタマじゃねぇ」
一拍。
「むしろ――嬢ちゃんの方を見て、何か感じ取ったんじゃろうな」
アゼリアの瞳が、わずかに揺れる。
「何か……ですか?」
ほんの少しだけ、声が落ちる。
「……私の正体が、バレたとかじゃなければいいんですが」
ぽつりと漏れる本音。
グラントは鼻を鳴らした。
「誇っていいことじゃと思うぞい?」
にやりと口元を歪める。
「あれはな、実力のねぇ奴にはとことん冷たい」
肩をすくめる。
「わざわざ声かけてきた時点で、見込みありってこった」
そして、話を切り替えるように顎をしゃくる。
「それより――今日は何しに来たんじゃ?」
ちらりと店内を見回す。
「買い物か?」
アゼリアは軽く一礼する。
「グラントさんに、相談がありまして」
グラントは片眉を上げた。
「わしに相談?」
次の瞬間、どん、と自分の胸を叩く。
「武器のことなら任せい」
自信満々に言い切る。
だが――
アゼリアは小さく首を振った。
「ロゼル様に言われたんです」
少し考えるように言葉を選ぶ。
「一人で買い物でもしてこい、と」
グラントが腕を組む。
「ほう?」
アゼリアは続ける。
「“なんかいいな”と思うものを探せ、と」
一拍。
「ですが……どんな物を買えばいいのか、わからなくて」
グラントは、ぽかんとした顔になる。
「なんじゃいそりゃ……」
深いため息。
頭をがりがりと掻く。
アゼリアが少しだけ身を引く。
「……ご迷惑でしたでしょうか?」
グラントは手をひらひら振った。
「まぁええわい」
考えるように顎を撫でる。
「ふむ……“なんかいいな”か」
少し考え――
「わしなら、酒を買うかのう?」
アゼリアはきょとんとする。
「お酒、ですか……」
わずかに困ったように微笑む。
「私は、お酒は飲めないんです」
グラントは即座に返す。
「下戸か……それは人生の半分は損しとるな!」
がっはっは、と豪快に笑う。
そして、ふと指を立てた。
「ならば――誰かに贈り物をするのはどうじゃ?」
アゼリアが目を瞬かせる。
グラントは続ける。
「おぬしの仲間の……ほれ、あのちっこいの」
アゼリアの顔がぱっと明るくなる。
「ロゼル様のことですか?」
ほんの少し頬が緩む。
「小さくて、可愛らしいですよね」
うっとりとした表情。
グラントはすぐに頷いた。
「そう、それじゃ!」
にやりと笑う。
「あのお仲間に、何かプレゼントを渡すのはどうじゃ?」
腕を組み直す。
「自分の欲しいもんは分からんでも――」
一拍。
「相手に渡すもんなら、色々想像できるじゃろ」
アゼリアの瞳が、ゆっくりと開かれる。
「……なるほど」
小さく呟く。
手の中の巾着を、ぎゅっと握る。
「ロゼル様に贈る物、ですか……」
視線が、少し遠くを見る。
そして――
ふわりと、笑った。
「なんだか……見えてきた気がします」
顔を上げる。
アゼリアは一歩下がり、丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございました、グラントさん」
ぺこり、と深く一礼。
顔を上げて、まっすぐに言う。
「また何かあれば、相談に来ます」
グラントはすぐに顔をしかめた。
「相談じゃなくて買い物に来い」
ぶっきらぼうに言い捨てる。
そして、ふっと鼻を鳴らした。
「まったく……ディアの馬鹿タレといい、この娘っ子といい」
やれやれ、と肩をすくめる。
だがその表情は、どこか緩んでいた。
グラントは軽く手を振る。
「まぁええわい、またいつでも来なさい」
一拍。
「次は茶くらいは出してやる」
素っ気ないようでいて、どこか世話焼きな声音。
アゼリアは、ほんの少し目を丸くして――
それから、やわらかく微笑んだ。
「はい」
もう一度、ぺこりと頭を下げる。
そのまま踵を返し、店の扉へ。
外の光が差し込む。
アゼリアは振り返らず、そのまま一歩踏み出した。
――グラント武具店を後にする。
胸の奥に、小さな指針を抱いたまま。




