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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第3章

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アガルタへの帰還

街へ戻る頃には、陽はすっかり高くなっていた。

門の向こうから、ざわめきが押し寄せる。

商人の呼び声。

荷車の軋む音。

金属が打ち鳴らされる甲高い音。

香辛料の匂いと、焼いた肉の匂いが混ざり合い、空気はむせ返るほどに濃い。

人の流れが絶えない。

笑い声も、怒鳴り声も、交渉の声も、

すべてが混ざって、街は“生きている”音を立てていた。

――その中で。

「……うぅ……」

場違いなほど弱々しい声が落ちる。

ロゼルだった。

顔色は青白く、足取りはおぼつかない。

今にも崩れそうな体を、どうにか前へ動かしている。

その隣で、アゼリアが支えていた。

「ロゼル様、頑張って歩いてください」

静かに、しかし容赦なく言う。

「この斧は、ロゼル様でないと持てないんですから」

ロゼルの肩に担がれた斧は、相変わらず異様な存在感を放っている。

無造作に背負われているだけなのに、

周囲の人間が無意識に距離を取るほどの“圧”があった。

「うぅ……気持ち悪ぃ……」

ロゼルは呻く。

「馬車なんて……二度と乗るか……」

完全にグロッキーだった。

足がもつれ、ふらつく。

「ロゼル様」

アゼリアが一歩踏み込み、その体を支える。

「しっかりしてください」

言いながらも、その手は確実に支えている。

ほとんど――引きずるように。

人混みの中を進む。

周囲の視線がちらりと向く。

小柄な少女が、

顔色を失ったままフラフラしている姿。

だが、誰も深く関わろうとはしない。

理由は単純だった。

――斧だ。

ロゼルの担ぐそれが、

明らかに“普通ではない”とわかるからだ。

視線は向けるが、近づかない。

関わらない。

街の住人たちの、賢い距離感だった。

やがて、大通りから外れる。

人の流れが、少しずつ変わる。

声の質が変わる。

明るい喧騒から、

湿ったざわめきへ。

裏通り。

建物は古く、壁はひび割れ、

洗濯物が雑に垂れ下がっている。

陽の光も、届きにくい。

「……チッ、邪魔だ」

すれ違いざまに、低い舌打ち。

「兄ちゃん、いいもんあるぜ?」

薄笑いを浮かべた男が声をかけてくる。

だが――

アゼリアは視線すら向けない。

ロゼルも、今はそれどころではない。

「……うっ……」

一瞬、足が止まる。

危ない。

アゼリアがすぐに支える。

「もう少しです」

淡々と告げる。

まるで距離を正確に測っているかのように。

裏路地の奥。

さらに人の気配が濃くなる。

だがそれは、表の賑わいとは違う。

視線が重い。

値踏みするような目。

探るような気配。

それでも――

二人は止まらない。

やがて、見慣れた建物が見えてくる。

古びた外壁。

傾いた看板。

だが、確かな“拠点”。

宿だ。

「……着きました」

アゼリアが小さく告げる。

ロゼルは、ほとんど力の抜けた声で――

「……助かった……」

そう呟いた。

そのまま、二人は宿の扉をくぐる。

外の喧騒が、扉一枚で遠ざかる。

ようやく――

一息つける場所へと、辿り着いた。


宿屋の扉をくぐると、外のざわめきが一気に遠のいた。

代わりに広がるのは、木の軋む音と、酒と煮込みの匂い。

見慣れた、少し薄暗い空間。

カウンターの向こうで、店主が顔を上げる。

「……お、戻ったか」

ぶっきらぼうな声。

だが次の瞬間、ロゼルの様子を見て、片眉がわずかに上がった。

顔色は最悪。

足取りはふらつき、

今にも崩れそうな状態。

「なんだそりゃ……」

短く吐き捨てるように言う。

ロゼルは答えない。

答える余裕がない。

無言のまま、懐から金を取り出し――

ドンッ。

カウンターに、半ば叩きつけるように置いた。

「……部屋」

かすれた声。

それだけで精一杯だった。

店主は金を一瞥し、無言で引き寄せる。

「……ほらよ」

鍵を放る。

雑な手つき。

だが、その視線は一瞬だけロゼルを見て――

「吐くなら外でやれよ」

ぶっきらぼうに言い捨てた。

それ以上は何も言わない。

ロゼルは軽く手を振るだけで背を向ける。

そのまま――

アゼリアに支えられながら、奥へ。

ほとんど引きずるように、階段へ向かう。

「ロゼル様、もう少しです」

淡々とした声。

だが、その腕はしっかりと支えている。

一段。

また一段。

ゆっくりと、上へ。

――そのとき。

「な、なぁ……」

声がかかった。

足が、わずかに止まる。

振り向くと――

そこにいたのは、見覚えのある三人組。

以前絡んできた、チンピラ風の男たちだ。

だが――

様子が違う。

どこか、妙に腰が引けている。

視線も、落ち着かない。

「あ、あんたら……少し話せないか?」

恐る恐る、といった声。

ロゼルの眉が、わずかに動く。

ゆっくりと顔を向ける。

「……見てわかるだろ」

低い声。

疲れと苛立ちが、そのまま滲んでいる。

「今は、遊んでやる余裕はねぇ」

ギラリ、と。

赤い瞳が、鋭く光る。

一瞬で、空気が冷えた。

チンピラたちが、びくりと肩を震わせる。

「ち、ちがうんだ!」

慌てて手を振る。

「お、俺たちがどうこうしようってわけじゃねぇ!」

言葉がもつれる。

明らかに、ビビっている。

「ただ、その……」

一拍。

後ろをちらりと見てから、続ける。

「うちのボスが……話がしたいって言うんだ」

ごくり、と喉を鳴らす。

「それだけさ……」

空気が、静まる。

ロゼルはしばらく無言で見下ろしていたが――

「……はぁ」

深く、息を吐いた。

「タイミング悪すぎだろ……」

心底面倒くさそうに呟く。

体を支えるアゼリアが、静かに様子を伺う。

ロゼルは一度、目を閉じて――

そして、開いた。

赤い瞳が、まっすぐに三人を射抜く。

「……お前らのボスに言っとけ」

低く、はっきりと。

「用があるなら――そっちから会いに来いってな」

一歩も動かない。

だが、それだけで圧がある。

拒絶ではない。

だが、呼びつけられるつもりもない。

完全に“上から”だった。

チンピラたちは、一瞬言葉を失う。

「……あ、ああ……わかった」

慌てて頷く。

「ちゃんと伝えとく……!」

ロゼルはそれ以上何も言わない。

興味を失ったように視線を外す。

「……行くぞ」

小さく呟くと、再び歩き出す。

アゼリアも何も言わず、それに続いた。

二人の背が、ゆっくりと階段の奥へ消えていく。

残された三人は、しばらく動けず――

やがて一人が、ぽつりと漏らした。

「……やっぱ、やべぇなあいつら」

誰も、否定しなかった。


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