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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第二章

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33/36

ケセラセラ

夜が明けた。

村長の家に、やわらかな朝の光が差し込む。

昨夜の張り詰めた空気は消え、現実に引き戻されたような静けさがあった。

部屋の中。

ロゼルは、寝台の縁に腰掛けたまま、ゆっくりと肩を回していた。

関節が、軽く鳴る。

「……問題ねぇな」

小さく呟く。

そのすぐ横――

ベッドの脇には、例の斧が立てかけられている。

無造作に置かれているはずなのに、

そこだけ空気が締まって見えた。

まるで、主の傍に控えるように――

静かに佇んでいる。

ロゼルは一瞬だけそれを見てから、何事もなかったように立ち上がった。

そのまま斧を掴み、肩に担ぐ。

いつもの雑な扱いだが――妙に手に馴染む。

ちょうどその時、アゼリアが部屋の隅から姿勢を正す。

昨夜からずっとそこにいたような、静かな気配だった。

ロゼルは軽く手を上げる。

「よう。おはようさん」

いつも通りの、雑な朝の挨拶。

アゼリアも小さく頭を下げる。

「おはようございます」

その横で、アゼリアも準備を整えていた。

衣服を整え、髪を軽くまとめる。

「ロゼル様、出発の準備は整っています」

ロゼルは軽く首を鳴らしながら、扉の方へ視線を向けた。

「準備がいいな。――レイラには会っていかないのか?」

アゼリアの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。

ロゼルは続けた。

「体は問題ないんだ。そろそろ目ぇ覚める頃だろう?」

その言葉に、アゼリアは静かに目を伏せる。

一拍置いて、ゆっくりと首を横に振った。

「……怖がらせたくありませんので」

声は落ち着いているが、どこか慎重だった。

「このまま村を出ようかと思います」

少しだけ視線を寝台の方へ向ける。

「昨日の出来事は……悪い夢だったと思ってくれれば、それで良いんですが」

ロゼルはその横顔を見て、肩をすくめた。

「いいのか?」

短い問い。

そして、すぐに続ける。

「お前がそうしたいなら、俺に異論はないさ」

その時だった。

「おお、起きとるか」

背後から声がかかる。

村長が、ゆっくりとした足取りで部屋へ入ってくる。

昨夜よりもいくらか顔色は落ち着いていたが、それでも疲労の色は残っていた。

「この度の事件では、お二人に大変な迷惑をかけてしまったのう……」

深く頭を下げる。

ロゼルは軽く手を振った。

「気にすんな。仕事だ」

村長は一度うなずき、それからふと視線を横へずらす。

その目が、ベッド脇の斧に止まった。

「……ところで、その斧なんじゃが」

ロゼルの動きが、ほんのわずか止まる。

村長は続ける。

「わしがレイラの事をアゼリアさんに伝えた帰りにのう……

わしの家の窓から、突然ひとりでに飛び出していきおった」

静かに、しかし確信を持った声。

「――その斧はなんなんじゃ?」

一瞬の沈黙。

ロゼルは、斧へ視線を向ける。

そして肩をすくめた。

「コイツは古い物でな」

軽く言う。

「扱える人間がいなくて、長い間埃をかぶってたのさ」

斧の柄を軽く指で叩く。

「俺もコイツのことは大して知らねぇ。ただ――」

一拍置いて、わずかに口角を上げた。

「気に入っててね……」

村長は顎に手を当て、小さく唸った。

「ふむ……ひとりでに動く斧なんぞ、不気味じゃと思うがのう」

ゆっくりとロゼルを見る。

「お主がいうなら……いい武器なんじゃろうな」

ロゼルは、肩に担いだ斧を軽く揺らした。

刃が、朝の光を鈍く反射する。

「さぁな」

あっさりと言う。

「いい武器かどうかなんてのは、結局――使う奴次第だろ」

視線だけを斧へ落とす。

「勝手に動こうが、暴れようが」

一拍。

「俺が振るう分には問題ねぇ」

ぶっきらぼうに言い切る。

「それに――」

わずかに口元が歪む。

「コイツも、変な奴に振り回されるよりはマシだろうさ」

村長はその言葉を聞いて、しばらく黙っていたが、

やがて小さく息を吐いた。

「……なるほどのう」

完全に納得したわけではない。

だが、それ以上は踏み込まないという判断だった。

「ならば、その斧も……お主に拾われて運が良かったのかもしれん」

ロゼルは肩をすくめるだけで、何も答えない。

短い沈黙。

やがてロゼルが踵を返す。

「じゃあ、行くか」

軽い声。

だが、その一言で空気が切り替わる。

アゼリアも静かに一歩前へ出る。

わずかにだけ、奥の部屋――レイラが眠る方へ視線を向けてから。

何も言わず、視線を戻した。

村長が、二人の背に声をかける。

「……本当に、ありがとう。」

扉が開く。

朝の光が、外から一気に流れ込んだ。

ひんやりとした空気が頬を撫でる。

ロゼルは一歩、外へ出る。

アゼリアもその後に続いた。

静かな村。

何事もなかったかのような朝。

二人は、そのまま歩き出す。

――数歩。

そのときだった。

バンッ!!

背後で、扉が勢いよく開かれる音。

二人の足が、同時に止まる。

振り返る。

そこに――

「……っ、はぁ……!」

レイラが立っていた。

寝巻きのまま。

髪は乱れ、息を切らし、

足元は――裸足。

まだ完全に回復していないのが、一目でわかる。

「レイラちゃん……?」

アゼリアの目が、わずかに見開かれる。

「まだ寝ていないといけませんよ?」

静かに、しかしはっきりと告げる。

だが――

レイラは、止まらない。

その言葉を、まるで聞いていないかのように。

「ま、待っ――」

制止の声よりも早く。

駆け出す。

小さな足で、必死に。

途中、ぐらりと体が揺れる。

転びかける。

それでも――止まらない。

「……っ!」

踏みとどまり、前へ。

ただ一直線に。

そして――

ドンッ!

そのまま、アゼリアの胸へ飛び込んだ。

小さな腕が、ぎゅっと回る。

力いっぱい。

離すまいとするように。

「……レイラちゃん」

アゼリアの体が、わずかに固まる。

レイラは顔を埋めたまま――

「……助けてくれて、ありがとう……」

震える声。

だが、はっきりとした言葉。

顔を上げる。

涙で潤んだ目が、まっすぐにアゼリアを見る。

「アゼリアお姉ちゃん」

一拍。

「でも……何も言わずに行くなんて、酷いよ……」

ぎゅっと、さらに抱きしめる力が強くなる。

離れたくないと、訴えるように。

アゼリアは――

言葉を失った。

その青い瞳が、わずかに揺れる。

困ったように、

戸惑うように、

そして――どこか、怖がるように。

自分の顔を、見られている。

あの“姿”を見たはずの少女が、

それでも、こうして抱きついている。

理解が、追いつかない。

「私は……」

かすれた声が、わずかに漏れる。

だが、その先が続かない。

どう言えばいいのか――

わからなかった。

ただ、腕だけがゆっくりと動く。

恐る恐る。

壊れ物に触れるように。

レイラの背に、そっと触れた。

レイラの背に触れた手は、最初こそためらいがちだった。

だが――

「……無事でよかったです」

小さく、静かに。

自分に言い聞かせるように呟くと、

アゼリアの腕は、ゆっくりとレイラを抱き返した。

そっと。

優しく。

包み込むように。

レイラの体はまだ軽い。

だが、その温もりは確かだった。

「……怖く、ありませんでしたか?」

問いは、かすかに震えていた。

レイラは、アゼリアの胸に顔を押しつけたまま、

首を横に振る。

「ぜんぜん」

即答だった。

少しだけ顔を上げる。

涙の跡は残っているが、

その目にはもう恐怖はない。

「ちょっとびっくりしたけど……」

小さく笑う。

「でも、すぐわかったよ」

一拍。

「アゼリアお姉ちゃんだって」

アゼリアの呼吸が、止まる。

「だって――」

レイラは、もう一度ぎゅっと抱きついた。

「助けに来てくれたもん」

その言葉は、あまりにも真っ直ぐで。

迷いも、疑いもない。

ただ、それだけで十分だと――

そう言っているようだった。

アゼリアの瞳が、静かに揺れる。

何かが、ほどけていく。

張り詰めていたものが、

少しずつ、静かに。

「……そう、ですか」

ようやく、それだけ言えた。

声はまだ小さい。

だが、さっきまでの硬さはなかった。

レイラは満足したように、もう一度頷く。

「うん!」

それから、少しだけ不満そうに口を尖らせた。

「だから、ちゃんとお別れくらいしてよね」

アゼリアは一瞬だけ目を伏せる。

そして――

ほんのわずかに、微笑んだ。

「……はい」

短く。

だが、はっきりと。

そのやり取りを、少し離れた場所で見ていたロゼルが、

鼻を鳴らす。

「……ま、そうなるわな」

興味なさそうに言いながら、

どこか納得したような声。

腕を組み、軽く空を仰ぐ。

「結局、お前の心配は的外れだったってわけだ」

アゼリアは、その言葉に小さく息を吐く。

「……はい」

認めるように、静かに頷く。

レイラはようやく体を離すと、

名残惜しそうにアゼリアの手を握った。

「また来てくれる?」

その問いに、アゼリアは一瞬だけ考え――

「はい」

迷わず、答えた。

「必ず」

レイラの顔が、ぱっと明るくなる。

「約束だよ!」

「ああ、約束だ」

ロゼルが横から軽く口を挟む。

「ついでに依頼も回してくれりゃ助かる」

「もう……!」

レイラが少しだけ頬を膨らませる。

その空気に、わずかな笑いが混ざる。

重かったものが、

ようやく解けたように。

やがて――

ロゼルが踵を返す。

「今度こそ行くぞ」

軽く言う。

アゼリアは、レイラの手をそっと離した。

「お大事にしてください」

丁寧に、頭を下げる。

レイラも、小さく手を振る。

「うん! 気をつけてね!」

その声を背に受けながら――

二人は、今度こそ村を後にした。

朝の光の中へ。

その足取りは、

もう迷いなく、まっすぐだった。



村を抜ける道。

朝の光が、背中を押すように差し込んでいる。

しばらく無言で歩いたあと――

アゼリアが、ふと口を開いた。

「……帰りも、馬車ですね」

ロゼルの足が、ぴたりと止まる。

「げっ……」

心底嫌そうな声。

顔が露骨に歪む。

「忘れてた……また乗るのかよ……」

ぼそりと吐き捨てる。

あの揺れ。

あの狭さ。

あの吐き気。

あの、どうにも落ち着かない時間。

思い出しただけで、眉間に皺が寄る。

アゼリアは、そんな様子を静かに見て――

「なら、街まで歩きますか?」

あくまで淡々と提案する。

距離も、時間も、理解した上での一言。

ロゼルは一瞬だけ考える。

間。

そして――

「……いえ、乗ります」

即答だった。

「歩きは却下だ」

アゼリアが、ほんのわずかに目を細める。

「承知しました」

そのまま何事もなかったように、歩き出す。

ロゼルも後に続く。

「……クソが」

小さく、誰にも聞こえないように呟きながら。

だが、その足取りは止まらない。

朝の道を、二人は進んでいく。

――次の目的地へ。




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