夜の森の惨劇
深夜の森。
風は止み、湿った空気だけが静かに漂っていた。
月光が枝葉の隙間からまだらに落ちる。その下で――
男が一人、木に縛り付けられている。
「……は……っ……」
荒い呼吸。汗に濡れた顔。目は見開かれ、恐怖だけを映していた。
縄が腕に食い込み、痺れが広がる。逃げ場はない。
「やめ……やめてくれ……俺には……娘が……」
黒衣の男がゆっくり歩み寄る。月光に映るその姿は、冷たく滑らかで、背筋に寒気を走らせるほどの不気味さを放っていた。
指先には緑色の液体が滲む。微かな毒の香りが森に混ざり、夜気に溶ける。
「……ああ、そうか。娘がいるのか」
低く、甘く、ぞくりとする声。
「ふふ……甘美だ……人間の恐怖って、なんて甘美なのだろう……」
トーマスが必死に首を振る。涙と汗が混ざり、光の中で揺れた。
「やめろ!頼む、俺は――俺は……!」
男は微笑む。唇の端がわずかに上がり、森の闇と溶ける。
「もっと、もっと苦しめ……その声を、身をよじる様を……甘美だ……」
注射器を取り出す。中には鮮やかな緑の液体――試験薬。
「さあ、楽しもうか……」
液体が血管を流れ込むと、トーマスは体を激しく痙攣させ、唸り声が掠れて漏れる。
「は、は、は……やめろ……っ……!」
黒衣の男は目を細め、息をつめてその苦悶を味わう。指先から毒の微粒子が空気に舞い、体内の痛みを増幅させる。
「甘美……甘美……ふふ、たまらない……その苦しみ、最高だ……」
森の静けさの中、男の笑みとトーマスの掠れた悲鳴だけが、夜に響き渡った。
その背後で、筋肉隆々の男が腕を組み、無表情で見下ろす。
「楽しみすぎだ、バイツ……。あくまでこれはボスの命令だ。お前の悪趣味は関係ない」
トーマスの体が痙攣する。皮膚の色が不自然に変わり、筋肉がねじれ、骨の軋む音が聞こえる。口からは泡が溢れ、苦悶の声が夜の森に響く。
バイツは吐息を漏らし、まるで甘美な音楽を聴くかのように身捩らせる。そして顔を歪めながら笑い、低く囁いた。
「君も嫌いではないだろう?ザイン……その苦悶、甘美さを味わうのは」
ザインは腕を組んだまま、表情を変えずに頷く。
「とにかく手順通りにやれ、俺は命令を完遂するだけだ」
注射器の液体が血管を這い、トーマスの体はさらに変化していく。
皮膚は不自然に膨れ、筋肉はねじれ、関節が軋む音が森に響く。息もままならず、口からは泡が溢れ、掠れた声が夜の森に響く。
「む……今回も適合せんか。やはり、一般人の肉体では拒絶反応に耐えられんようだな」
バイツが吐き捨てるように囁く。肩で息をし、楽しげに笑った。
「崩れる……それもまた甘美……!人間の限界、苦悶の極み……たまらない……」
森に響くのは、掠れた悲鳴と、バイツの陶酔の声だけ。
夜風は止まり、月光に浮かぶ異形の影だけが、深夜の森に永遠のような恐怖を刻みつけていた。




