新たな依頼。
グラントの店を後にした一行。
新しい武器を手にしたロゼルの目は生き生きと輝き、心の
奥で高鳴る期待を隠せない。
その表情に、アゼリアの視線は柔らかな光を帯びる。頬をわずかに染め、楽しげに微笑む
彼女の瞳は、まるで小さな星が瞬いているかのように煌めいていた。
「次はどうしますか、ロゼル様?」
アゼリアの声は、微かに風に乗り、柔らかく、でも確かな存在感を持って響く。
ロゼルは肩越しに彼女を一瞥し、軽く微笑む。
「何か依頼を受けよう。新しい武器も試してみたいしな」
肩に背負った漆黒の大斧に指先を触れる。刃は黒曜石のよ
うに深く光を吸い込み、街の明かりを映すたび、刹那の光
の波紋が刃の表面を駆け抜ける。その威圧感に、道行く者
たちは無意識に足を止め、視線を奪われる。
二人は街の喧騒に溶け込むように歩き出す。新しく仕立て
た上等な服が風に揺れ、ロゼルの金色の髪は光を受けて鮮
やかに輝き、アゼリアの青い瞳は微かな光を反射する。肩
や腰のラインが自然に映え、二人の姿はまるで街角に置か
れた生きた彫刻のようだった。
子供たちは目を大きく見開き、通りすがりの商人や旅人は息を呑む。だが最も人々の視線を引きつけたのは、やはりロゼルの背中にそびえる大斧だった。
刃の黒さと光の反射が、日常の喧騒の中で異質な存在感を放ち、街の空気さえわずかに引き締めるようだった。
二人の足取りは軽やかで、街のざわめきや笑い声の中を進むたび、周囲の人々は自然と彼らの動きを追ってしまう。
美しさと威圧感が絶妙に混ざり合う、その異質な存在感が、今日の街の景色に新たな光景を描き出していた。
二人はギルドの建物に近づき、重厚な扉を押し開けた。軋む木の音とともに中へ足を踏み入れると、冒険者たちのざわめきや紙の擦れる音、鍛冶や装備の手入れの匂いが混ざり合った独特の空気が迎えた。
受付の前に立つと、明るい制服に身を包んだ受付嬢が笑顔でロゼルに近づこうとした。しかし、ロゼルの背中にそびえる漆黒の大斧を目にした瞬間、その表情は一瞬凍りつき、瞳を大きく見開いた。
「……あ、あの……」
慌てて口ごもり、苦笑いに変える受付嬢。明らかに戸惑いが隠せない。
「何か手頃な依頼はありませんか?」
ロゼルは静かに尋ねる。斧を背中に背負ったままの堂々とした姿は、受付嬢の緊張をさらに引き立てた。
そのとき、ゆっくりと落ち着いた足音が廊下を響かせ、
一人の男性が姿を現した。ランド――かつては第一線で活躍した冒険者で、今はギルドに雇われて依頼の取りまとめや新人の指導を行っている。鍛えられた体格は健在だが、表情や動きには穏やかさと経験の余裕が漂っていた。
「お前たち、噂は聞いたぞ」
低く落ち着いた声。威圧的ではないが、元冒険者の目線は自然と二人を評価していた。
「冒険者になりたてで、Aランク任務をこなしたそうだな」
しかし、ランドの視線もまた、ロゼルの背中の大斧に釘付けになった。思わず息を呑む。
「それは……武器なのか? ……扱えるのか?」
問いかけには、驚きと少しの警戒、そして経験からくる好奇心が混じっていた。
ロゼルは肩越しに軽く視線を返し、静かに答える。
「問題ない。しっくりきてね」
ランドは少し驚きながらも、すぐに表情を柔らかくする。
「そ、そうか! 手に馴染む武器が戦いには一番だからな……」
元冒険者としての経験から、その言葉には説得力と共感が宿っていた。
ロゼルは軽く頷く。
「ところでランドさん」
視線を向ける。
「何かいい依頼はないかい?」
ランドは腕を組み、少しだけ真面目な顔になる。
周囲のざわめきも、自然と静まった。
元冒険者としての“顔”に戻る。
「……そうだな」
低く呟き、受付の書類へと視線を落とす。
「迷宮の探索依頼もあるが……」
一拍。ランドは腕を組んだまま、しばらくロゼルたちを見つめていた。
その視線は、単なる興味ではない。
力量を測る目。
危険を嗅ぎ分ける、元冒険者の目だ。
やがて、小さく息を吐く。
「……周辺の村だ」
低く、落ち着いた声。ざわめきの中でも、不思議とよく通る。
「アルネ村。ここから2日ほどの街道沿いにある小さな村だ」
受付嬢がわずかに顔を上げる。
その名前に、何か思うところがあるようだった。
ランドは続ける。
「最近、村とその周辺で奇妙な出来事が続いているらしい」
言葉を区切りながら、ゆっくりと。
「家畜が忽然と消える。商人の馬車が襲われたり、夜な夜な不可解な光が森から見える。村人たちは怯え、理由も分からず戸惑っている」
空気が、わずかに重くなる。
「事件の報告はまだ少ないが……何か裏がある」
ただの自然災害や野盗の仕業ではない。
ランドの口調には、経験からくる警戒と興味が滲んでいた。
ロゼルは黙って聞いている。
アゼリアの青い瞳も、静かに細められていた。
ランドは二人を見て、さらに言葉を続ける。
「依頼内容は単純だ」
指を一本立てる。
「調査。
異常の原因を突き止め、村を安全にする」
もう一本。
「可能なら――原因の排除。状況の正常化」
短いが、はっきりとした言い方。
その内容に、周囲の冒険者たちが小さくざわつく。
「……それ、C以上の依頼だろ」
「新人に振る内容じゃねぇぞ」
ひそひそとした声。
ランドは、それを無視した。
視線をロゼルに固定する。
「お前たちは、まだFランクだ」
事実を淡々と告げる。
「本来なら、この依頼は受けられん」
一拍。
「だが――」
声のトーンが、わずかに変わる。
「私が特別に、ギルドに取り計らうことはできる」
受付嬢が驚いたように顔を上げる。
「ラ、ランドさん……それは……」
規則外。そう言いたげな表情。
ランドは軽く手を上げて制した。
「責任は俺が持つ」
短く、しかし重い言葉。
元冒険者としての覚悟が滲んでいた。
そして再び、ロゼルを見る。
「どうだ?」
真っ直ぐな問い。
「受けてみる気はないか」
ギルドの空気が、静かに張り詰める。
ただの勧誘ではない。
試されている。
ランドはさらに言葉を重ねた。
「この依頼を達成できれば――」
わずかに口元を緩める。
「Dランクへの推薦もできる」
ざわ、と周囲が揺れる。
「早すぎるだろ……」
「普通ありえねぇ……」
だがランドは気にしない。
最後に、少しだけ肩をすくめて言った。
「悪くない話だろ?」
挑発にも似た言い方。
ロゼルは数秒、黙ったまま。
そして――
口元をわずかに歪めた。
背中の漆黒の斧が、静かに存在感を放つ。
「……いいじゃないか」
短く答える。
「退屈しなさそうだ」
アゼリアが、静かに微笑んだ。
青い瞳に、確かな期待を宿して
ギルドを出ると、昼の光が石畳を白く照らしていた。
先ほどまでのざわめきとは違い、外の空気はどこか軽い。
だがロゼルの足取りには、わずかな高揚が混じっていた。
背中の漆黒の斧。
その重みが、妙に心地いい。
「……さて」
小さく呟く。
「準備くらいはしておくか」
その言葉に、隣を歩くアゼリアがふわりと微笑んだ。
石畳を踏む足音が、乾いた音を立てて続く。
昼の光は穏やかで、街はいつも通りの活気に満ちていた。
だが――
ロゼルの意識は、すでに“外”へ向いていた。
「まずは必要なものだな」
淡々とした声。だが、その奥にはわずかな高揚が混じっている。
新しい武器を試せる。
そして、ただの依頼では終わらなさそうな“匂い”があった。
「はい」
アゼリアが柔らかく応じる。
その声はいつも通り穏やかだが、青い瞳の奥には静かな警戒が宿っていた。
二人は市場通りへと足を向ける。
香辛料の香り。焼きたてのパンの匂い。
呼び込みの声と、値切る客の笑い声。
日常の音が重なり合い、街は賑やかに息づいている。
――その中を。
異質な二人が、静かに進む。
ロゼルの背にある漆黒の大斧は、やはり人々の視線を引き寄せていた。
先ほどよりも距離はある。だが、誰もが無意識に道を空ける。
「……やっぱり目立つな」
小さく呟くロゼル。
「ふふ、そうですね」
アゼリアはくすりと笑う。
視線は周囲をさりげなく巡らせながらも、どこか楽しげだ。
「でも、ロゼル様にとてもよく似合っています」
さらりとした一言。
だが、嘘はない。
あの大斧は“重さ”も“威圧”も桁違いだ。
それを違和感なく背負っている時点で、異常なのだ。
ロゼルは肩をすくめる。
「褒められてる気はしないがな」
言いながらも、わずかに口元が緩む。
二人は露店をいくつか回り、必要な物を揃えていく。
保存の利く干し肉と硬いパン。
簡易の水袋。
傷薬と包帯。
火打石に、小さなランタン。
どれも特別なものではない。
だが――
「……野営の準備もしておきますか?」
アゼリアが静かに言う。
「一応な。街道沿いとはいえ、何があるかわからん」
ロゼルは短く答える。
その“何があるかわからん”に、二人は同じ意味を込めていた。
ただの依頼ではない。
ランドの言い方。
受付嬢の反応。
そして、“奇妙な現象”という曖昧な報告。
どれもが、妙に引っかかる。
「……楽しみですね」
ぽつりと、アゼリアが言う。
その声音は穏やかだが、どこか弾んでいる。
ロゼルはちらりと横を見る。
青い瞳は、わずかに細められていた。
恐れではない。
期待だ。
ロゼルは小さく笑う。
「物騒な楽しみ方だな」
「ロゼル様ほどではありませんよ」
即答だった。
一瞬の間。
そして、二人は同時に小さく笑う。
準備は、整いつつあった。
最後に、ロゼルは腰の袋を軽く叩く。
中身の重みを確かめるように。
そして――
背中の大斧に、手を触れた。
冷たいはずの刃が、わずかに熱を帯びているように感じる。
「……行くか」
その一言で、空気が変わる。
街の喧騒はそのままに。
だが、二人の中だけが静かに“戦いの側”へと移行していた。
アゼリアは一歩後ろに下がり、柔らかく微笑む。
「はい。ロゼル様」
その声音は、どこまでも穏やかで――
そして、どこまでも頼もしかった。
翌朝、薄曇りの空の下、宿屋の扉が軋む音とともに開く。
冷たい空気が室内に流れ込み、昨夜の静けさを一掃した。
ロゼインは目を覚まし、ベッドからゆっくりと体を起こす。
金色の髪はまだ湿り気を帯び、肩にかかる髪が光を受けて淡く輝く。
隣でアゼリアも目を覚まし、青い瞳で窓の外の空を見つめていた。
「……行くか、アルネ村」
ロゼインの低い声に、アゼリアは小さく頷く。
「はい、ロゼイン様」
二人はさっと荷物をまとめ、簡単な朝食を口にし、宿屋を後にする。
通りは昨日とは違い、朝の準備に忙しい商人や冒険者たちで賑わっていた。
街角の噴水の水音が、朝の光に反射してキラキラと輝く。
街道沿いの広場に差し掛かると、馬車が通りかかった。
荷馬車には色鮮やかな布や食料が積まれ、馬の蹄が石畳をリズムよく叩く。
馬車の横に立つ行商人を見上げ、ロゼルは声をかけた。
「なぁ、あんた、目的地はアルネ村か?」
行商人は荷物を整理しながら顔を上げる。
「そうだが……あんたらは?」
ロゼルは軽く胸を張り、口角を上げる。
「冒険者のロゼルだ。アルネ村で起きている事件の捜査に向かいたいんだが、あんたも村の異変の噂は耳にしているんじゃないか?」
行商人は肩をすくめ、少し眉を寄せる。
「噂なら聞いている……やれ魔物が出たやら、盗賊が現れたやら、物騒な話だぜ」
ロゼルは視線を鋭くし、軽く笑う。
「ならどうだい? 俺たちを同行させるのは悪くないと思わないか? あんたは安全に行商できる。俺たちは目的地に着ける。ウィンウィンだろ?」
行商人は少し首をかしげ、目で二人を測る。
「……あんたら腕は立つのかい? 見た感じ、強そうには見えないが」
その時、アゼリアが静かに一歩前に出る。
「それならご安心ください。私たちはギルドに推薦され、村へ向かっています。腕には自信があります」
行商人は少し考え、荷物を軽く叩く。
「……なるほど。なら、特別だ。乗せてやろう」
ロゼルは軽く頭を下げ、アゼリアも静かに礼をする。
馬車がゆっくりと動き出し、二人はアルネ村へと向かうのだった。




