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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第二章

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21/36

ランドの試験

ギルドを出て、建物の脇へ回る。

石造りの壁に沿って進むと、やがて視界が開けた。

裏手に広がるのは、簡素な石畳の広場だった。

周囲を低い壁に囲まれた、こぢんまりとした空間。

すでに、何人もの人影が集まっている。

革鎧の若者が、何度も剣を抜いては納めている。

ぎこちない動きだが、どこか嬉しそうでもある。

盾を抱えた男は、隣の仲間と何やら笑いながら話している。

緊張を誤魔化しているのが見て取れた。

軽装の女が、短剣をくるりと回しながら、周囲を軽く見回す。

その動きには、ほんの少しだけ余裕がある。

二人組の少年たちは、小声で何かを確認し合っている。

時折、顔を見合わせては小さく頷き合う。

荷物を多く抱えた男が、肩の位置を直しながら苦笑する。

慣れていない様子だが、どこか楽しそうだ。

ローブ姿の少女は、杖を胸に抱えたまま静かに立っている。

落ち着いて見えるが、指先がわずかに動いていた。

あちこちで小さな会話が交わされる。

「試験って何やるんだろうな」

「簡単だといいけどな」

「まぁ、落ちても死ぬわけじゃねぇし」

軽い笑い声。

張り詰めすぎない、ほどよい緊張。

初めての場所に立つ者たちの、期待と不安が混ざった空気が広がっている。

――ざっと見て、三十人前後。

ロゼルはそう見積もった。

「……多いな」

ぼそり、と呟く。

アゼリアが小さく頷く。

「す、すごい人の数ですね、ロゼル様……」

少しだけ声が上ずっている。

視線が落ち着かない。

だが先ほどよりは、ほんの少しだけ柔らかい空気。

アゼリアは、周囲を気にしながらも――

自然とロゼルの隣に寄った。


その時。

「――揃ってるな」

低く、よく通る声。

広場の空気が、ぴたりと止まった。

ざわついていた声が、途切れる。

笑いも、動きも、わずかに遅れる。

遅れて――視線が、一斉に向く。

広場の奥。

いつからそこにいたのか。

一人の男が立っていた。

年の頃は、五十か六十。

白髪が混じり、いや――ほとんどが白い。

だが、その体躯はまるで衰えを感じさせない。

無駄のない筋肉。

自然体で立っているだけで、重心が一切ぶれない。

長年積み重ねたものが、そのまま形になったような立ち姿。

ロゼルはわずかに目を細めた。

(……懐かしい顔だな)

男はゆっくりと歩き出す。

足音は小さい。だが――一歩ごとに、広場の空気が確実に締まっていく。

さっきまでの軽い会話はもうない。

誰もが無意識に背筋を伸ばしていた。

広場の中央で男は止まる。

全員を見渡し、短く告げる。

「俺が試験官のランドだ」

その声だけで、緊張はさらに深まる。

ランドは腕を組み、冷たい視線で全員を見据える。

「この試験で学ぶのは、戦闘技術だけではない。冒険者としての心構えだ」

ざっと息を吐く。

「覚えておけ――君たちの半数は、数年以内に死ぬ」

広場に微かなざわめきが走る。

「理由は簡単だ。トラップにかかる者、遭難する者、魔物に命を奪われる者――原因は何だって構わない。だが、死ぬ者は必ずいる」

革鎧の若者が小さく肩をすくめる。

「甘く見るな。冒険者の世界は常に危険で満ちている。小さな油断が命取りになる」

軽装の女が短剣を握りしめる。

「仲間を信じすぎるな。状況を見極めろ。環境を読め。味方の力量を過信するな。トラップや罠は、仲間をかばおうとした瞬間に牙をむく」

ローブ姿の少女も、小さくうなずく。

「遭難も死の原因の一つだ。地形を侮るな。迷いやすい場所に足を踏み入れるな。数時間の油断が、帰れぬ夜を呼ぶ」

ランドの言葉が、冷たい風のように広場を吹き抜ける。

緊張と恐怖、だが同時に覚悟が静かに心を支配する。

誰もが無言で、自らの手と頭で生き残る覚悟を固めた――

ランドは広場を見渡し、短く告げる。

「以上だ。準備はいいか。模擬戦を開始する」

広場の空気が、さらに重く、冷たく引き締まった。

冒険者たちは、それぞれの剣、盾、杖、短剣を握り、静かに立ち尽くす。

ます。


「手前のお前からだ。模擬戦用のステージに上がれ」

革鎧の若者が震える手で剣を握り、ステージに上がる。

ランドは木剣を構え、静かに彼を見つめるだけだ。

若者が斬りかかる。振り下ろされる実物の剣――しかしランドは一歩も動かず、ただ木剣で軽く受け流す。

次の瞬間、ランドの足がすっと伸び、若者の肩に軽く掛かる。体勢を崩され、剣は地面に落ちる。

「……は、はぁっ」

若者は息を乱し、立て直そうとするが、ランドは無言のまま剣を拾い上げて手渡す。

「不合格だ。力だけでは、この世界を生き抜けん」

短く告げられ、若者はただ俯くしかなかった。

次の挑戦者、杖を握った魔法使いの少女がステージに上がる。

魔力を杖先に集め、光の弾を放つ――だが、ランドは一歩横に滑り、弾は空を切る。

「くっ……!」

少女が再び魔法を放とうとした瞬間、ランドの手が杖を掴み、軽くひねって奪い取る。杖は彼の手の中で静かに光を消した。

「これも不合格だ。使うだけでは意味がない。状況を読め、判断を間違えるな」

最後に短剣を握った少女が低く跳びかかる。鋭い突き――ランドは木剣で先端を受け止め、瞬時に手首を掴む。

短剣は弾かれ、握る力も制される。さらに、ランドの足が軽く入って体を押さえ、彼女は後ずさるしかない。

「……不合格」

広場に静かな風が流れる。次に呼ばれたのは、槍を携えた女性だった。鍛え抜かれた体が、緊張感のある空気の中でも鋭く輝いている。

「……来い」

ランドは木剣を軽く握り、構えたまま静かに足を踏み替える。

女性は槍を構え、低い構えから突きを放つ。木剣と槍先が鋭くぶつかる――衝撃が空気を震わせる。

何度も間合いを詰め、槍を伸ばすたびにランドは軽く受け流すか、木剣で跳ね返す。

だが、彼女は簡単には崩れない。踏み込み、身を翻し、槍の長さを生かして何度も突きを通す。観客たちの目が釘付けになる。

一瞬の隙――ランドの木剣が槍の手元を弾き、女性の懐に潜り込む。鋭い眼差しが彼女を捕らえ、力で制する。

それでも女性は冷静だ。身体を軽くひねり、瞬時に立て直そうとするが、ランドの制圧は素早く、完全ではない。

「……よく鍛えられている。判断も素早い。合格だ」

ランドの声は低く、しかし確かな評価を含んでいた。

女性は背後から制されたものの、数回にわたり判断と技術で挑戦したことが認められたのだ。息を整え、槍を握り直す彼女の姿は、敗北の中にも誇りが宿っていた。

広場の若い冒険者たちは、目の前で展開された光景に息を呑む。

「力だけでは生き残れない――判断、技術、そして状況を読む目が必要だ」

ランドは静かに全員を見渡す。木剣を軽く揺らし、次の挑戦者に視線を送った。

次にステージに上がったのは、鎖帷子に身を包んだ若者だった。

「……行きます!」

勢いよく剣を振り下ろすが、ランドは木剣で軽く受け止める。その腕から力が吸い取られるかのように剣は弾かれ、次の瞬間、足が入り体勢を崩される。剣は地面に落ち、若者は顔をしかめて後ずさるしかなかった。

「不合格だ」

ランドの声が低く響く。若者は俯き、肩を震わせながらステージを降りる。

続く者も、杖や短剣を握った者たちが次々と挑戦する。

魔法使いの少年は、光の弾を放とうとするが、ランドの動きは素早く、杖はすぐに制される。

短剣を振る少女も、突きと回避の連続で挑むが、体勢を崩され、武器を握られたまま制圧される。

「不合格。判断力が足りん。焦るな」

「不合格。力任せでは状況に潰される」

ランドの言葉が、広場の空気をさらに引き締める。冒険者たちは息を飲み、次に自分が呼ばれる瞬間を恐れるしかなかった。

そして、静かな緊張の中――アゼリアの番が告げられる。

「次は……お前だ」

アゼリアは小さく息を整え、青い瞳をランドに向ける。

広場の視線がアゼリアに注がれる中、ロゼルはそっと彼女の肩に手を置き、低い声で囁いた。

「お前の得意なあれを、ここで見せてやれ」

アゼリアの青い瞳がロゼルの視線と交わる。少し息を吐き、ふっと笑みを浮かべる。

そして力強く頷いた。

「はい、ロゼル様……!」

そのまま静かにステージに足を踏み入れる。

革鎧の若者や槍の女性たちの視線を背に受けながらも、アゼリアの表情は緊張よりも、楽しさと自信が混ざったように輝いていた。

ランドは木剣を軽く握り直し、静かに構える。

「……よし、始めろ」

青い瞳が彼をまっすぐ見据える。広場の空気は、一瞬、戦いの前の静けさで満たされる。


アゼリアはゆっくりと息を吸い込み、指先を広場の石畳に向けた。

青い炎が小さく、重力に引かれるように――ポトリと落ちる。

落ちた炎はまるで水滴のように石畳に触れ、静かに青い波紋を広げた。

その中心から、骨の影がゆっくりと立ち上がる。

一体、また一体――計七体のスケルトンが、青い光を帯びてアゼリアの周囲に整列する。

小さな石の音が響き、彼らの骨が揺れるたびに冷たい光が反射する。

ランドは一瞬、目を見開いた。

「――これは……!? ネクロマンスか……?」

木剣を握る手に力が入り、唇がわずかに動く。

彼の眼差しは鋭いままに、しかし明らかな驚きが混じっていた。

「死者を操る魔法があると聞く……これが…」

「――行きなさい!」

アゼリアの声とともに、スケルトンたちはランドへ向かって突進する。

青い炎の波紋が跳ね、石畳に揺れる光の輪が広がる。

一体、また一体――木剣で先端を受け流し、軽く押し返すランド。

だが、スケルトンたちはただの力任せではなく、次々と足元を狙い、柔軟に動く。

ランドの足が一瞬踏まれ、軽くバランスを崩す――だがすぐに制御し、アゼリアの懐に潜り込む。

青い光の波紋がさらに広がり、七体のスケルトンが連携するように動く。

それでもアゼリアは冷静に指先を操作し、骨たちの動きを微調整して戦況を読み続けた。

数度の攻防の末、ランドは木剣を止める。

スケルトンたちは石畳に整列したまま、アゼリアを守る盾のようになっている。

「……合格だ」

低く響くランドの声。

「判断、技術、そして状況への対応――全て良し」

アゼリアは微笑み、指先の炎を静かに消す。

青い光の波紋だけがゆらりと広がり、スケルトンたちは静かに消えていった。

アゼリアは少し息を整え、肩を軽くすくめる。

その笑顔は、緊張から解き放たれたものだった。

「ロゼル様ー、合格できましたー!」

小さく、高い声で報告するアゼリア。青い瞳が輝き、純粋な喜びが滲む。

ロゼルは微笑み、彼女の頭をそっと撫でる。

「よくやった、アゼリア」

短い言葉に、確かな温かさがあった。

広場に立つ若い冒険者たちも、今の光景を目に焼き付け、静かに息を呑んだ。

青い炎の残像が、二人の間にふわりと漂う。


青い炎の残像がふわりと消えると、広場に静かなざわめきが広がった。

革鎧やローブ姿の若い冒険者たちは、互いに顔を見合わせ、口を半開きにして息を呑む。

「……すごい……」

「まさか、あんなことができるなんて……」

その声は小さく、しかし確かに広場を震わせた。

アゼリアの指先から生まれた青い炎、そして七体のスケルトン――初めて見る光景に、誰もが言葉を失ったのだ。

ランドは静かに木剣を握り直し、表情にはわずかな驚きが残る。

しかし、その目はすぐに冷静さを取り戻し、次の挑戦者に向けられる。


ロゼルはアゼリアの肩に手を置き、軽くうなずいた。

そしてランドを見つめ、目で自分の番であることを悟る。


周囲の若い冒険者たちは小声でささやく。

「可哀想に……あの子じゃ5秒と持たないだろう」

ロゼルはアゼリアの肩に手を置き、軽くうなずく。

ロゼルは静かに息を吸い、首をコキッと鳴らす。肩を軽く回して呼吸を整える。

その小さな背中に、少しずつ覚悟が宿る。

ステージに上がり。ロゼルは、ゆっくりと歩き出す。

静かに。

まっすぐに。

ランドへ向かっていく。

空気が張り詰める。

瞬間。

ランドが踏み込んだ。

横なぎ。

鋭い一閃。

ロゼルは、わずかに身体を傾けるだけで避ける。

風が頬をかすめる。

間髪入れず、二撃目。

上段から振り下ろされる木剣。

重い。

速い。

だが――

ロゼルはその場で体を横に向ける。

刃が、鼻先をかすめる。

髪が、ふわりと揺れる。

ギリギリ。

それでいて、余裕。

ランドが舌打ちし、木剣を引こうとする。

――動かない。

「……?」

ぴくりとも、動かない。

視線を落とす。

木剣の先。

ロゼルの指が――触れている。

つまむように。

それだけで、止まっている。

「なっ……!?」

引く。

動かない。

押す。

それでも、動かない。

剣先から伝わる。

あり得ない力。

まるで、地面にでも固定されたかのような重さ。

ランドは踏み込み、足を掛ける。

体勢を崩しにいく。

その瞬間――

ロゼルが、一歩踏み込む。

剣を掴んだまま。

トン、と。

軽く。

押した。

それだけで。

ランドの体が浮く。

数メートル、吹き飛ぶ。

「っ――!」

空中で体をひねり、辛うじて受け身を取る。

石畳に着地し、滑る。

止まる。

広場が、音を失う。

誰も、声を出せない。

ランドの額に、冷や汗が一筋落ちた。

ゆっくりと顔を上げる。

ロゼルは、そこに立っている。

最初と同じ位置で。

まるで、何もしていないかのように。

「……合格だ」

低く、絞り出すような声が。

静まりきった冒険者達に響いた。


アゼリアは駆け寄り、両手を小さく握りしめて目を輝かせた。

「ロゼル様――合格おめでとうございます!」

ロゼルは少し照れたように微笑む。

「……ああ」

ランドが長い髭をしごき、上機嫌そうに二人を見下ろす。

「お前たちの名は?」

ロゼルは少し首をかしげ、落ち着いた声で答えた。

「ロゼイ……間違えた、ロゼルだ」

アゼリアも静かに名乗る。

「私はアゼリアと申します」

ランドは二人の答えを聞き、にこやかに頷く。

「先ほどの戦い、二人とも見事だった。君たちのように未来の明るい新米を見るのは初めてだぞ」

厳しい顔をくしゃっと緩め、ランドは笑う。

ロゼルは軽く肩をすくめ、淡々と返した。

「お褒めの言葉、サンキューな。剛腕のランドさん」

ランドは一瞬、目を見開き驚いた様子を見せる。

「!? 古い名をご存知のようだな」

ロゼルは少し目を細め、口元に軽い笑みを浮かべる。

「ギルドはあんたの功績を軽んじている。未踏破エリアのマッピング、迷宮に自生する植物の生態……あんたの著書『迷宮と植物』は、俺の愛読書さ」

ランドはくしゃりと顔を緩め、機嫌よさそうに笑った。

「ふはは……わしをご存知のようだな」

だがすぐに表情を引き締め、少し肩をすくめて言う。

「だが、買い被りすぎだ。私は当時、必死で生きる術を模索していただけだ」

ロゼルは肩の力を抜かず、真剣な眼差しで返す。

「謙遜するなよ、ランドさん。あんたの功績が今を生きる冒険者に影響を与えたのは事実さ。俺もな」

ランドは少し驚いたように目を見開き、しかしすぐに笑みを浮かべる。

「……なるほど、そうか。ならば私の冒険者としての人生は、無駄ではなかったと言う訳だな…ありがとう」


ランドはそう言って、小さく笑った。

その笑みは、先ほどまでの試験官としての厳しさとは違う。

ただの一人の冒険者の顔だった。

ロゼルは、その表情を少しだけ眺める。

(……ああいう顔もするんだなこの人…)

かつての若く駆け出しの頃の記憶と、目の前の男が、わずかに重なる。

命を削っていた頃のランドの顔ではない。

生き残った者の顔だ。

「じゃあな、ランドさん」

軽く手を上げる

ランドは頷いた。

それ以上は何も言わない。

それで十分だった。

アゼリアがぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございました!」

二人はそのまま背を向ける。

石畳を踏む音が、やけに静かに響いた。

広場の空気はまだ固い。

周囲の視線は、明らかにさっきとは違っていた。

畏れ。

戸惑い。

そして――距離。

ロゼルは気にしない。

(まぁ、そうなるわな)

肩をすくめるだけだ。

建物の脇へと戻る道。

さっき通ったはずの通路が、妙に現実的に感じる。

アゼリアが隣で小さく声を漏らす。

「ロゼル様……すごかったです……」

ロゼルは鼻で笑う。

「お前もな。あれは上出来だ」

「えへへ……」

少し照れたように笑うアゼリア。

ほんの少しだけ、空気が緩む。

ロゼルは空を見上げる。

石壁に切り取られた、狭い青。

(……さて)

一度、息を吐く。

胸の奥にあったものが、すっと落ち着く。

試験は終わった。

評価も出た。

――ここからが、本番だ。

「行くぞ」

「はい!」

二人はそのまま歩き出す。

石造りの通路を抜け、

再びギルドの喧騒へと戻っていった。

ギルドのカウンターに戻ってきた2人、

「――はい、これで登録完了です」

受付の女が差し出したプレートを、ロゼルは軽く受け取る。

薄い金属板。

刻まれた文字。

そこに刻まれているのは――

Fランク。

ロゼルは一瞬だけそれを見つめて――鼻で笑った。

「……またこつこつ行くしかねーか」

ぽつりと漏らす。

かつてはCランク。

迷宮に潜り、命を張って積み上げた位置。

それが、今は最底辺。

だが――不満はない。

(どうせ、また上がる)

その程度の話だ。

隣で、アゼリアが少し身を乗り出す。

「ロゼル様……」

心配そうな青い瞳。

「元気を出してください。これからです。一緒に頑張りましょう!」

ぐっと、小さな拳を握る。

その仕草に、ロゼルは一瞬だけ目を細めた。

肩の力が、少し抜ける。

「そうだな……」

軽く息を吐く。

「俺にだってノウハウもある。それに――」

ちらりと横を見る。

「頼りになる相棒もいる」

アゼリアの表情が、ぱっと明るくなる。

「はいっ!」

即答。

その素直さに、ロゼルは小さく笑った。

「……なんとかなるか」

そう呟いた、その瞬間だった。

――ふと。

ロゼルの視線が、依頼掲示板へと向く。

紙がびっしりと貼られた壁。

低ランク向けの、雑多な依頼の山。

視線が流れる。

掃除。

荷運び。

見回り。

どれもこれも、退屈で、割に合わない。

だが――

その中で、一枚。

ほんの一瞬だけ、目が止まった。

(……あ?)

ロゼルの目が、わずかに細くなる。

次の瞬間。

口元が、ゆっくりと歪んだ。

「――見つけた」

ぼそり、と。

アゼリアがきょとんとする。

「え?」

ロゼルはそのまま、にやりと笑った。

どこか悪巧みを思いついたような顔。

「アゼリア」

「はい?」

「お前にピッタリの依頼がある」

その一言に、アゼリアは首をかしげる。

小さく、可愛らしく。

「……私に、ですか?」

ロゼルは答えない。

ただ、楽しそうに笑うだけだ。

そして、ゆっくりと掲示板へ歩き出す。

その背中には――

さっきまでとは違う、冒険者の空気が戻っていた。














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