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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第1章

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相棒

ロゼインは、走っていた。

息が乱れているのに、足は止まらない。

身体の奥で何かが変わっている感覚がある。

軽い。

力が溢れている。

だが――そんなものに構っている暇はない。

(……間に合え……!)

迷宮の通路を、一直線に駆ける。

足音が、石の床に鋭く響く。

曲がり角。

減速しない。

踏み込み、体を捻り、そのまま抜ける。

影が動く。

魔物。

だが、視界の端で捉えただけ。

距離を取る。

気配を殺す。

呼吸を一瞬だけ落とす。

それだけで、やり過ごす。

今は戦う時間じゃない。

ただ、前へ。

最短で。

最速で。

(……待ってろ……!)

走る。

走る。

走る。

やがて――

見慣れた空間が、視界に入る。

セーフエリア。

ロゼインの足が、そこで初めて減速した。

だが、止まらない。

視線は、ただ一点。

その中心へ。

――いた。

アゼリア。

横たわっている。

ぴくりとも動かない。

その姿が、やけに小さく見えた。

「……っ……」

ロゼインの足が、止まる。

一瞬だけ。

それ以上、近づくのを躊躇うように。

だが次の瞬間、無理やり踏み出す。

距離を詰める。

膝から崩れるように、その場に落ちた。

手の中には、虹色に輝く魔石。

震えている。

手も、声も。

「……よぉ、相棒……」

掠れた声。

喉がうまく動かない。

それでも、言葉を絞り出す。

「……約束通り……手に入れたぜ……」

魔石を、そっと差し出す。

返事はない。

動きもない。

静寂だけが、迷宮の中に広がる。

その静けさが、やけに重い。

ロゼインの呼吸が、乱れる。

「……おい……」

返ってこない。

分かっている。

それでも、呼ぶ。

「……間に合わなかった……のか……?」

声が、震える。

視界が、滲む。

「……ごめんな……」

ぽつりと落ちる。

「……助けられてばっかで……」

拳が、わずかに震える。

「……俺はまだ、お前に……何もしてやれてない……」

言葉が、途切れる。

それでも、続ける。

「……お前が何者で……なんで迷宮を彷徨ってて……」

喉が詰まる。

「……なんで俺なんかを助けたのか……」

息が、うまく吸えない。

「……何も……何も聞けてない……」

ロゼインの顔が、下を向く。

「……ごめんな……アゼリア……」

ぽたり。

涙が、落ちた。

アゼリアの骸骨の胸へ。

その雫は、ただの水ではなかった。

青みがかっている。

揺らめくように。

まるで、小さな炎のように。

静かに、滲む。

その瞬間――

骸骨の双眸。

その奥に。

かすかに、光が灯った。

青い炎。

ほんの、わずかに。

「――……ロゼ……イン……」

かすれた声。

確かに、響いた。

ロゼインの顔が、跳ね上がる。

「――アゼリア!!」

思わず、身を乗り出す。

その瞳に、確かな光がある。

消えていない。

まだ――繋がっている。

「生きてたのか……!」

息が、震える。

安堵と、焦りが混ざる。

ロゼインはすぐに魔石を差し出す。

「これだ……!」

声が強くなる。

「これを使え! きっと……!」

震える手で、押し出すように。

「これを使えば、きっとよくなる――!」


アゼリアの腕が、わずかに震えた。

今にも崩れそうな骨の手。

指先が、かすかに動く。

だが――力が入らない。

持ち上げようとしているのに、途中で止まる。

崩れ落ちそうになる。

「……っ」

ロゼインは、すぐにその手に触れた。

そっと。

壊さないように。

奈落鬼を叩き潰した時のような力は、そこにはない。

ただ支えるだけの、優しい手。

「無理すんな……」

低く、静かな声。

その支えを受けて、アゼリアの手が、ゆっくりと持ち上がる。

震えながら。

頼りなく。

それでも――確かに、前へ。

ロゼインの手に導かれるように。

虹色に輝く魔石へと、伸びていく。

そして――

触れた。

骨の指先が、そっと魔石に触れた、その瞬間。

光が、弾けた。

静かな爆発のように。

虹色の輝きが、一気に溢れ出す。

溢れる、というより――

奔流。

濁流のような光が、アゼリアへと流れ込む。

吸い込まれていく。

逃げ場を求めるように暴れながら、すべてがアゼリアの内へ。

「――っ……」

ロゼインが目を見開く。

光は止まらない。

魔石から、根こそぎ。

その輝きを、すべて奪うように。

やがて――

光が、消える。

虹色に輝いていた魔石は、その色を失っていた。

ただの、くすんだ石。

ひびが入る。

ぽろり、と欠ける。

崩れる。

指の間から、砂のように零れ落ちていく。

完全に、役目を終えた。

静寂。

何も、起きない。

アゼリアは――動かない。

ぐったりと横たわったまま。

ぴくりとも。

骸骨の双眸に、青い炎はない。

空洞のまま。

何も灯っていない。

「……おい……」

ロゼインの声が、わずかに揺れる。

反応はない。

「……アゼリア……?」

返事はない。

動きもない。

胸の奥が、冷たくなる。

(……間に合わなかったのか……?)

嫌な考えが、頭をよぎる。

否定しきれない。

さっきまで確かにあった“繋がり”が、ふっと途切れたような感覚。

そのとき――

ドクン。

アゼリアの体が、跳ねた。

「――!?」

ロゼインの目が見開かれる。

次の瞬間。

バキッ、と音が鳴る。

骨。

崩れかけていた手が、内側から押し戻されるように整う。

さらに、もう一度。

バキ、バキ、と。

歪んでいた骨格が、強引に正されていく。

腕が。

脚が。

肋骨が。

次々と“再構築”されていく。

まるで、内側から作り直されているかのように。

その全身を――

青い炎が走る。

一筋ではない。

幾筋もの光が、血管のように全身を巡る。

走り、交わり、広がる。

だがその炎は、熱くない。

燃やさない。

触れているはずなのに――

ロゼインの肌を、優しく撫でる。

包み込む。

「……あ……」

思わず、息が漏れる。

暖かい。

懐かしい。

(……俺が倒れた時と……同じ……)

あのとき感じたもの。

命を繋ぎ止められた感覚。

それが、今――目の前で起きている。

炎はやがて、広がるのをやめる。

アゼリアの身体の周囲へと集まり始める。

収束する。

一つに。

静かに、確実に。

その中心に――アゼリアがいる。

やがて、炎が落ち着く。

揺らぎが、穏やかになる。

そして――

声が、響いた。

「……ロゼイン様……」

かすかに。

だが、はっきりと。

「……お怪我は……?」

ロゼインの呼吸が、止まる。

「……もう……大丈夫なのですか……?」

自分の状態ではない。

目覚めて、最初に口にするのが、それ。

ロゼインの口元が、わずかに歪む。

「ああ……」

小さく、息を吐く。

「お陰で……俺はピンピンしてるさ……」

言葉が、自然と柔らかくなる。

「……ありがとう、アゼリア……」

少しだけ間を置いて。

「立てるか?」

手を差し出す。

今度は、しっかりと。

アゼリアの身体が、ゆっくりと動く。

その手を取り、起き上がる。

まだ完全ではない。

だが――確かな力がある。

「……ええ……」

小さく頷く。

だが、その動きの中で、わずかに違和感が混じる。

「……ですが……なんでしょう……」

自分の手を、見つめる。

骨の指先。

その奥にある、何か。

「……この体の……違和感は……」

ロゼインの眉がわずかに寄る。

「痛むのか?」

すぐに問いかける。

だが――

アゼリアは、首を横に振った。

「いえ……」

声に、戸惑いが混じる。

だが同時に、別の感情もある。

「むしろ……」

ゆっくりと、手を握る。

「体の内で……魔力が……満ちています……」

その言葉と同時に。

青い炎が、再び揺れた。

アゼリアの身体を、包み込むように。

顔へと、集まる。

覆う。

ロゼインの視界が、青に染まる。

一瞬。

本当に、一瞬だけ。

そして――

炎が、消えた。

その中にあったもの。

骸骨の顔ではない。

そこにあったのは――

青い瞳。

静かに揺れる光を宿した。

整った、白い横顔。

人の形をした、美しい顔立ち。

息を呑むほどに、静かで。

そして確かに――

“生きているかの様な”存在だった。

ロゼインは、アゼリアの顔をまじまじと見つめた。

青い瞳。

整った輪郭。

静かにそこにある存在感。

しばらく見てから――

ふと、口を開く。

「……おまえ」

わずかに間を置く。

「すげー美人なんだな」

その言葉は、特に飾りもなく、真っ直ぐだった。

アゼリアの動きが止まる。

青い瞳が、わずかに揺れる。

「……え」

短く、声が漏れる。

理解するまで、一拍。

そして――

頬にあたる部分が、かすかに熱を帯びたように見えた。

「……あ……」

視線が泳ぐ。

明らかに、普段の落ち着きが崩れている。

次の瞬間。

青い炎が、ふっと揺れた。

「……ロ、ロゼイン様……」

声が揺れる。

そのまま、炎が強く一度脈打つ。

輪郭が、わずかに崩れる。

「あ……」

小さな声と同時に――

人間の姿が、ほどけていく。

青い炎が引き、形が変わる。

そして再び現れたのは、骸骨の姿だった。

「……っ……」

アゼリアは、静かに固まる。

さっきまでの落ち着いた気配が、どこかへ消えている。

ロゼインは、少しだけ目を瞬かせた。

「……あれ?」

さっきまでの姿が崩れた理由を理解できず、首をかしげる。

アゼリアは、小さく俯いたまま、わずかに肩を落とした。

「……い、いまのは……不意打ち、です……」

声は骸骨の姿でも、どこか恥ずかしさを隠しきれていない。

沈黙が、少しだけ流れる。

やがてアゼリアは、視線を上げた。

青い炎の奥で、静かに言葉を続ける。

「……ですが……」

一拍置いて。

「先ほどの魔石のおかげで……」

自分の手を見つめる。

骨の指先。

その奥に残る、満ちた感覚。

「……人の姿を、ある程度保てるようになりました」

ロゼインの視線が、わずかに動く。

アゼリアは続ける。

「完全ではありませんが……魔力が安定している間は、このように……」

一度、言葉を切る。

そして、小さく補足するように。

「……形を纏うことができます」

ロゼインは、ふっと息を吐いた。

それを聞いて、納得したように頷く。

「なるほどな」

短く、それだけ言う。

アゼリアは、骸骨のまま、ほんのわずかにうつむいた。

だがその仕草には、先ほどまでの硬さはない。

どこか、柔らかい空気が残っていた。

迷宮の空気は、さっきまでの緊張が嘘のように、穏やかに戻っていた。


迷宮の通路を、二つの影が並んで進んでいた。

ロゼインと、アゼリア。

足音は静かだが、確かな存在感を持って響く。

前方に現れた魔物が、低く唸りながら姿を現す。

だが次の瞬間――

「……来るぞ」

ロゼインが短く言う。

アゼリアは頷き、静かに手を掲げた。

青い炎が揺れる。

骨が組み上がるように、複数のスケルトンが瞬く間に形を成す。

数も、動きも――

魔石の効果か、以前とは比べ物にならないほど洗練されていた。

「排除します」

アゼリアの声と同時に、スケルトンたちが一斉に踏み出す。

ロゼインもまた前へ出る。

拳が振るわれる。

一撃。

それだけで魔物の体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

迷いのない、純粋な力。

数呼吸もしないうちに、通路は静寂を取り戻した。

ロゼインは手を振り、軽く息を整える。

「雑魚ばっかだな」

呟くように言う。

アゼリアはスケルトンを消しながら、静かに頷いた。

「階層が上がっていますから」

二人は再び歩き出す。

階層を一つ、また一つと登るごとに。

出現する魔物の数は減り、そして――弱くなっていく。

戦闘はもはや障害ではなく、通過儀礼のようなものになっていた。

しばらく進んだところで、ロゼインがふと口を開く。

「なあ」

アゼリアが視線を向ける。

「なんでしょう」

ロゼインは前を向いたまま、軽く言った。

「相棒」

その言葉は、あまりにも自然に発せられた。

特別な意味を持たない、呼び慣れた呼び方。

だがアゼリアの中では、その一言が静かに意味を帯びて響く。

(相棒……)

青い炎が、わずかに揺れる。

(共に歩む者……対等な関係……)

一拍。

(いえ、それ以上の関係性を示す言葉)

内心でそう補いながら、アゼリアは小さく結論づける。

(“パートナー”)

だがそれは口には出さない。

ただ静かに、呼応するように言葉を返す。

「……はい、相棒」

ロゼインはそれ以上深く考えず、歩みを進める。

「この先も楽だといいけどな」

軽くそう言った。

「はい」

短い返事。

並んだまま進む足音が、再び迷宮に響いていく。

その歩みの中で、アゼリアの中だけに、ひとつの認識が静かに積み重なっていた。

(相棒……パートナー)







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