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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第1章

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15/36

命を賭けた激闘再び

奈落鬼の腕が、わずかに揺れた。

予備動作は、ない。

踏み込みも、ない。

ただ――

振り下ろされる。

ロゼインの視界から、一瞬“それ”が消えた。

速い。

反応が、わずかに遅れる。

(――)

ロゼインは、踏み込んだ。

前ではない。

横へ。

最小限の動きで、軌道から外れる。

その瞬間。

――潰れた。

直後。

遅れて、衝撃が爆ぜる。

轟音。

石床が、抉れる。

砕けるのではない。

“押し潰されて、沈む”。

重さそのものが、空間ごと落ちてくる。

腕が通過した軌跡に沿って、石が割れ、めり込み、粉塵が噴き上がる。

空気が、押し出される。

衝撃波となって、ロゼインの体を叩く。

「――っ」

軽く跳ねる。

避けたはずの距離。

それでも、持っていかれる。

足が滑る。

踏み直す。

視線は、外さない。

奈落鬼の腕が、床にめり込んでいる。

それだけの一撃。

それだけで、空間の形が変わっている。

(……なんだ、今の)

理解は、後回し。

まずは距離。

ロゼインは、半歩だけ位置をずらす。

次が来る。

考えるより先に、体がそう判断する。

奈落鬼の腕が、持ち上がる。

石が、剥がれる。

砕けた床を引きずりながら、無造作に引き抜かれる。

その動作すら、重い。

だが――

止まらない。

再び、振る。

横薙ぎ。

空気が、鳴る。

いや、悲鳴を上げている。

ロゼインは、沈んだ。

しゃがむのではない。

地面に吸い付くように、重心を落とす。

上を、通過する。

圧だけで、髪が揺れる。

遅れて、壁が砕けた。

背後。

石壁が、粉々に弾け飛ぶ音。

振り向かない。

見る必要がない。

分かる。

当たっていれば、消えていた。


奈落鬼の腕が、再び振り上げられる。

次の一撃は、先ほどよりもわずかに速い。

ロゼインは即座に反応した。

踏み込み、横へ。

だが――

今度は、完全には抜け切れない。

通過する直前。

圧が、肩を押した。

「――っ」

体勢が、わずかに崩れる。

足が滑る。

ロゼインは踏み止まる。

石床を爪先で噛み、無理やり軸を戻す。

直後。

腕が床を叩きつける。

轟音。

衝撃が、間近で爆ぜる。

空気が弾かれ、肺を揺らす。

石床が抉れ、ひびが走り、粉塵が舞い上がる。

一歩、深く入られた。

(……今のは危ねぇな)

冷静に認識しながら、ロゼインは視線を逸らさない。

奈落鬼の腕が持ち上がる。

動きに“慣れ”がある。

単調だが、重い。

その重さが、リズムを作っている。

ロゼインは、そのリズムを読む。

一歩。

次の一撃の“間”に、足を差し込む。

距離が、わずかに縮まる。

再び腕が振られる。

横薙ぎ。

今度は、さらに速い。

風圧が、先に来る。

ロゼインは沈み込むように避ける。

だが完全には逃げない。

通過する圧を、あえて“受ける”。

髪が揺れる。

皮膚が引っ張られる。

肺の奥が押し潰されるような圧迫感。

それでも、踏み止まる。

(……もう少し)

さらに一歩。

踏み込む。

奈落鬼の懐へ、確実に近づいていく。

腕の振り幅の内側。

そこはまだ安全圏ではない。

だが――外よりは、確実に生き残れる距離。

三度目の振り。

今度は下からの軌道。

床を抉り上げるように、腕が跳ねる。

石片が弾け飛び、地面そのものが持ち上がる。

ロゼインは、跳んだ。

最小限。

地面を離れる時間を、極限まで短く。

空中で姿勢をまとめ、そのまま着地。

衝撃を殺す。

着地の瞬間、足裏に重さが沈む。

だが崩れない。

そのまま、さらに踏み込む。

距離は、もう近い。

視界に映る奈落鬼の輪郭が、はっきりと大きくなる。

皮膚の質感、筋肉の収縮、関節の動き。

すべてが“読める距離”に入る。

(――ここだ)

一瞬。

次の攻撃に入る直前。

腕が引かれる、その“溜め”。

その瞬間だけ、空間に隙が生まれる。

ロゼインの足が、床を強く踏む。

石が砕けるほどの踏み込み。

重心が前へ。

迷いなく。

一直線に。

懐へ、潜り込む。

右腕が動く。

拳が握り込まれる。

拳骨に、全身の力が集束する。

筋肉が軋み、骨が鳴る。

これまで受け続けた圧。

押し込まれた重さ。

それらを、そのまま“押し返す”ように変換する。

ロゼインの拳が、稲妻のように放たれた。

「――返すぞ」

低く、叩きつけるように吐き捨てる。

次の瞬間。

拳が、奈落鬼の懐へ叩き込まれる。

鈍い衝突音が内側で潰れる。

空気が一度、押し潰されるように収縮し――

遅れて、爆ぜる。

衝撃が内から外へと広がり、周囲の空間を揺らす。

石床が軋み、ひびがさらに走る。

粉塵が一気に跳ね上がる。

拳は止まらない。

踏み込んだ重心を逃がさず、そのまま押し込む。

一撃。

さらに、もう一撃。

短い間隔で重さが重なり、内部へと叩き込まれていく。

奈落鬼の巨体が、確かに揺れた。

その揺れは、これまでとは明確に違っていた。

踏み込みが鈍る。

腕の戻りが、わずかに遅れる。

巨体を支える軸に、目に見えない“乱れ”が走る。

空間を押していた圧が、ほんの一瞬、揺らぐ。

ロゼインは拳を引く。

構えは崩さない。

間合いは完全に内側。

相手の懐、そのど真ん中。

奈落鬼の殺意はまだこちらを捉えている。

だが、その奥にある“確実性”が揺らいだ。

ロゼインは低く吐き捨てる。

「……以前の俺じゃねーんだよ」


拳を引いた直後、わずかな静寂が落ちた。

その静寂を裂くように――

「……グ、ォ……」

低く、くぐもった呻き声が、奈落鬼の喉奥から漏れた。

それは痛みに耐えるだけの音ではない。

抑え込んでいたものが、内側から押し上げられて歪んだような、重く濁った響きだった。

巨体が、遅れて揺れる。

先ほどのような滑らかな連動はない。

一瞬、関節ごとに引っかかるような違和感を残しながら、奈落鬼の腕が持ち上がる。

その動きには、明確な“変化”があった。

鈍さが消えている。

代わりに、密度が増していた。

(……来るな)

ロゼインは、その気配の変質をはっきりと捉える。

さっきまでの大振りとは違う。

無駄を削ぎ落とした、潰すための動き。

視線が、真正面からロゼインを捉えている。

もはや、揺らぎはない。

餌を見る目でもなければ、偶然そこにいる存在でもない。

明確に。

標的として認識している。

奈落鬼の腕が、ゆっくりと引かれる。

その動作一つ一つが、先ほどまでよりも重く、正確だ。

空気が、再び張り詰める。

圧が戻る。

だが今度のそれは、押し潰すだけのものではない。

“殺すために収束した圧”だった。

(いい顔になったじゃねぇか)

ロゼインは、わずかに口元を歪める。

拳を握り直す。

指の関節が鳴る。

間合いは変わらない。

だが、戦いの質が変わったのは――はっきりと分かる。

次は、真正面から潰しに来る。

ロゼインは、静かに構えを落とした。

「……ようやく本気ってわけか」


奈落鬼の腕が、ゆっくりと引き絞られる。

先ほどまでの大振りとは違う。

肩、肘、手首――それぞれの関節が、無駄なく連動している。

まるで巨大な機械のように、正確に。

「……グル……」

低く、くぐもった呻きが漏れる。

それは痛みではない。

怒りが、奥底で熱を持っている音だった。

次の瞬間。

奈落鬼が踏み込む。

石床が、踏み抜かれるように沈んだ。

巨体に似合わぬ加速で、一気に距離を詰める。

一撃目。

振り下ろし。

ロゼインの立っていた“その場所”を正確に叩き潰す位置。

回避は、すでに読まれている。

ロゼインは即座に踏み込み、横へ滑る。

だが――

次の瞬間には、腕が追ってくる。

途中で軌道がわずかに修正される。

逃げた先に、刃のように“置かれる”軌道。

(……合わせてきてる)

振り抜きではない。

“潰しに来ている”動きだ。

ロゼインはさらに沈み込む。

風圧が先に届く。

皮膚が押され、髪が後方へ引っ張られる。

横薙ぎ。

だが、完全には避けられない。

通過する圧が、身体の側面を削るように押し流す。

肺が一瞬、潰れる感覚。

それでも足は止めない。

踏み込みで距離を詰める。

しかし――

奈落鬼の攻撃は、そこで終わらない。

戻りの動作が、そのまま次の攻撃へ繋がる。

腕が引かれた直後、今度は下から。

床を砕くような跳ね上げ。

石片が弾け飛び、視界に飛び込んでくる。

ロゼインは跳ぶ。

最小限。

地面から離れる時間を削るように、空中で体勢を整え、すぐに着地する。

だが着地の瞬間、すでに次の圧が迫っている。

横。

上。

斜め。

連続する軌道が、逃げ場を潰すように重なってくる。

(……詰めてきてるな)

一撃ごとに、選択肢が削られていく。

後退すれば追撃が刺さる。

横へ逃げても、次の一撃が先回りしている。

距離が、徐々に“固定”されていく。

奈落鬼の腕が振り下ろされる。

今度は、明確に逃がさない軌道。

ロゼインの逃げ先に、次の攻撃の線が重なる。

回避が、間に合わない。

ほんのわずかに遅れる。

その“ズレ”を、奈落鬼は逃さない。

(――来る)

その瞬間。

ロゼインの指先が、わずかに動いた。

抜き放たれる、投げナイフ。

構えはない。

狙いは一点。

溜めも、予備動作も、すべて削ぎ落とした最短の一手。

追い詰められたこの距離、このタイミングでしか成立しない反撃。

「――っ」

放たれた刃は、空気を裂くというより“貫く”ように進む。

迫る奈落鬼の腕の軌道、その“内側”をすり抜けるように。

次の瞬間。

刃が、奈落鬼の目へ突き刺さった。

「――ギィィッ!!」

呻きが、これまでとは明確に違う鋭さで弾ける。

巨体が大きく仰け反る。

視界が潰れたことで、攻撃の軌道が完全に崩れた。

腕が途中で乱れ、力が抜ける。

その“崩れた瞬間”を、ロゼインは逃さない。

すでに踏み込んでいる。

距離はゼロに近い。

拳が握られる。

全身の重さが、一点に集束する。

踏み込み。

床が軋むほどの圧が足元から立ち上がる。

「――遅ぇ」

吐き捨てるような一言。

拳が叩き込まれる。

衝突の瞬間、音は“鳴る”のではなく“潰れる”。

当たったという感触の奥で、内部へ押し込まれるような圧が走る。

外へ弾く衝撃ではない。

質量そのものが、内側へ侵入する。

奈落鬼の巨体が、内側から揺さぶられる。

続けて、もう一撃。

今度はさらに深く。

拳が食い込み、押し込まれ、内部の均衡を崩していく。

連打。

一発ごとに重心が乗り、体重がそのまま衝撃に変換される。

拳が当たるたび、奈落鬼の身体が“内側から押し返される”ように揺れる。

視界を奪われ、怒りで精度を上げていた攻撃が、今は完全に乱れている。

ロゼインの連打は止まらない。

速さではない。

重さと密度で押し潰す、連続した破壊。

奈落鬼の巨体は、確実に崩れ始めていた。


ロゼインの拳が、止まらない。

一撃。

さらに一撃。

懐に潜り込んだまま、重さを乗せた連打が奈落鬼の内部へ叩き込まれていく。

拳が当たるたびに、巨体が内側から揺さぶられる。

床を踏みしめる足元には、確かな手応えがある。

(……効いてる)

その確信が、積み重なっていく。

だが――

三発目を打ち込んだ直後。

ロゼインの背筋に、ふと違和感が走った。

空気が変わった。

温度ではない。

密度でもない。

もっと根源的な、“気配そのもの”が歪む感覚。

(……なんだ?)

拳を引きながら、次を繋げる。

その一瞬。

視界の端で、奈落鬼の身体が揺れた。

――違う。

揺れではない。

“内側から押し返されている”。

「……グ、ォォ……」

低い呻きが、これまでとは異なる深さで漏れる。

次の瞬間。

奈落鬼の全身に、異変が走った。

筋肉が膨張する。

関節が軋み、皮膚が内側から押し広げられるように膨れ上がる。

色が変わる。

ただの暗色ではない。

赤黒く、血の滲みを思わせる色へと沈んでいく。

そして――

「……ォォオオ……!」

呻きが、明確な“怒り”へと変わる。

巨体の表面から、白い湯気が立ち上り始めた。

一瞬で。

熱を帯びたように。

だがそれは温度の問題ではない。

圧そのものが、外へ漏れ出している。

ロゼインは、無意識に一歩だけ間合いを調整する。

(……来る)

直感が告げる。

これまでとは、明らかに“別物”だと。

奈落鬼の腕が、ゆっくりと持ち上がる。

だが、その動きに先ほどまでの“重さ”はない。

代わりにあるのは――

異様な圧と、収束された力。

筋肉が収縮し、全身が一つの塊のように締まる。

その姿は、もはやただの巨体ではない。

破壊のために変質した肉体。

ロゼインの視線が、鋭くなる。

(……本気、か)

奈落鬼は初めて、自分の力と拮抗する存在を前にしていた。

餌でも、処理対象でもない。

“倒すべき敵”として、明確に認識している。

その認識が、怒りと混ざり合い――

覚醒へと至る。

赤黒く染まった巨体から、湯気が立ち上り続ける。

圧が、再び満ちる。

今度のそれは、先ほどまでとは比べものにならない密度だった。

奈落鬼――バルガス。

その本来の力が、解放される。

ロゼインは拳を握り直す。

表情は変えない。

だが、空気の重さだけは、はっきりと理解していた。

ここからが――本当の戦いだ。


奈落鬼――バルガスの全身から、赤黒い熱が滲み出る。

白い湯気が、ゆらりと立ち昇る。

それはただの視覚的な変化ではない。

空気そのものが、重く沈む。

ロゼインの肺に入る空気が、わずかに“粘る”。

(……濃いな)

拳を構えたまま、視線を逸らさない。

次に来る。

そう理解しているのに――

“間”が、読めない。

これまで感じていたリズムが、完全に消えていた。

一拍、遅れる。

その一拍が、致命的に長い。

――踏み込まれた。

視界から、奈落鬼の姿が消える。

「――っ!?」

次の瞬間。

横から、圧が叩きつけられた。

回避は、間に合わない。

咄嗟に腕を差し込む。

受けるしかない。

衝突。

鈍い音では終わらない。

骨の芯を直接叩かれるような衝撃が、腕から肩、背骨へと一気に抜ける。

「……ッ!」

息が潰れる。

身体が浮く。

軽くではない。

“持っていかれる”。

足が床から剥がれ、視界ごと横へ流される。

そのまま、叩きつけられる。

石床に背中から落ちる。

衝撃で肺の空気が強制的に吐き出される。

喉が鳴る。

一瞬、呼吸が戻らない。

(……重ぇ……!)

今までとは、まるで違う。

同じ腕。

同じ質量。

だが――乗っている“力”の質が違う。

ただの打撃じゃない。

押し潰し、砕き、動きを奪うための一撃。

奈落鬼は止まらない。

すでに、次の動作に入っている。

起き上がるより速い。

影が、覆いかぶさる。

ロゼインは転がる。

無理やり。

体勢も何もない。

ただ“そこから消える”ための動き。

直後。

腕が振り下ろされる。

さっきまで自分がいた場所が、陥没する。

石床が、砕けるというより“潰れる”。

衝撃で破片が弾け、頬を裂く。

熱い感触が一瞬だけ走る。

(っ速ぇ!)

立ち上がる。

だが、間に合わない。

次が、もう来ている。

振り下ろしの反動。

そのまま、腕が“返る”。

今度は突き。

一直線。

逃げた先を“貫く”軌道。

ロゼインは半歩だけズラす。

ほんの数センチ。

それで直撃は避ける。

だが――

完全には逃げ切れない。

圧が、腹を抉るように通過する。

内側に、鈍い衝撃が残る。

臓腑が揺れる。

息が、乱れる。

足が、一瞬だけ止まる。

その“止まり”を――

奈落鬼は、逃さない。

次の一撃。

横薙ぎ。

だがただの薙ぎではない。

逃げる方向に、すでに置かれている。

「――ちっ」

ロゼインは腕を上げる。

防御。

だが――

受け切れない。

衝撃が、腕ごと身体を持っていく。

骨が軋む。

関節が悲鳴を上げる。

そのまま横へ吹き飛ぶ。

石床を滑る。

削れた破片が服を裂き、肌を擦る。

止まらない。

ようやく、摩擦で止まる。

だがその間にも――

奈落鬼は、距離を詰めている。

重い足音。

だが速い。

逃げる“時間”そのものがない。

影が、再び覆いかぶさる。

(……流れを切れねぇ)

歯を食いしばりながら、理解する。

さっきまでの拮抗は、もうない。

攻めていたはずの自分が、完全に受けに回されている。

しかも――

その受けすら、成立しない。

奈落鬼の腕が、ゆっくりと持ち上がる。

赤黒く変色した筋肉が、軋みながら膨れ上がる。

湯気が、さらに濃くなる。

空間が歪む。

圧が、逃げ場を塞ぐ。

ロゼインは立ち上がる。

足に、わずかな遅れが出る。

呼吸は荒い。

脈が速い。

それでも、視線は逸らさない。

(……負けられねーんだよ)

口の端が、わずかに吊り上がる。

追い込まれている。

完全に。

だが――

まだ、終わりじゃない。

奈落鬼が、踏み込む。

今度は、本気で殺しに来る。


奈落鬼の踏み込みが、さらに深くなる。

一撃。

ロゼインは、横へ跳ぶ。

ギリギリ。

だが――

着地の瞬間、もう次が来ている。

腕が振り下ろされる。

逃げ場を潰す位置。

ロゼインは転がる。

石床を滑りながら、無理やり距離を外す。

直後、叩きつけ。

床が陥没する。

破片が跳ね、背中に当たる。

(……追いつかねぇ)

立ち上がる。

だが、体勢を作る前に圧が迫る。

横薙ぎ。

腕を上げる。

受ける。

衝撃。

「……ッ!!」

今度は踏み止まれない。

身体が弾かれ、横へ吹き飛ぶ。

視界が揺れる。

床を転がる。

止まる前に、無理やり体を起こす。

だが――

奈落鬼は、もう目の前にいる。

「……グ、ォ……」

低い声。

その響きが、わずかに変わっている。

さっきまでの怒りとは違う。

もっと粘つくような――

“余裕”。

奈落鬼の口が、ゆっくりと開く。

裂けた口の奥。

長い舌が、ぬらりと覗く。

唾液が糸を引き、床へと滴り落ちる。

ぽたり。

ぽたり。

石に落ちる音が、やけに大きく響く。

ロゼインは、息を整えながら構える。

(……クソが)

理解する。

完全に、見られている。

さっきまでのような“敵”としてではない。

“仕留める対象”。

そのうえで――

まだ余裕がある。

奈落鬼が、わずかに首を傾ける。

観察するように。

値踏みするように。

そして――踏み込む。

速い。

だが今度は、わざと“外す”。

ロゼインの頬を掠める軌道。

風圧だけが通り過ぎる。

(……外した?)

違う。

外している。

次の瞬間。

反対側から、叩きつけ。

「――ッ!!」

今度は完全に入る。

腕で受ける。

だが衝撃を殺しきれない。

身体が沈む。

膝が床を叩く。

呼吸が乱れる。

奈落鬼は、止まらない。

追撃。

だが――急所は外す。

肩。

脇腹。

足。

確実に動きを削る位置だけを、正確に叩いてくる。

(……遊んでやがる……!)

歯を食いしばる。

だが事実だ。

殺せる。

今の一撃で、いくらでも殺せる。

それなのに――やらない。

削る。

逃げ場を消す。

じわじわと追い詰める。

奈落鬼の舌が、再び覗く。

唾液が、垂れる。

視線は、ロゼインから外れない。

まるで、壊れるまで観察するかのように。

ロゼインは立ち上がる。

足に力を入れる。

だが――わずかに遅れる。

呼吸が重い。

体が、ついてこない。

(……クソ……)

構えは崩さない。

だが、防ぐのがやっとだ。

奈落鬼が、一歩、距離を詰める。

圧が、覆いかぶさる。

逃げ場は、もうない。

完全に――捕まっている。


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