記憶の混線
「…それでね?」
友人が喋っている、俺に向かって…しかし!
「ここは…」
部屋!俺は友人とタクシーに乗っていたはず…しかし、再び、解かれたリボンから時間の混線は始まっており、軈て俺と友人を昼間の情景へと引き戻したのだろうか?
「君は普段からそう冷静な男であるとは思ってはいないけれども、しかしこの奇妙な鍵入りの袋に捕らわれすぎてしまって、増々混乱をきたしているようだね?」
友人は俺を宥めているようですらある…
「重要な事は疑問にぶち当たった瞬間さ。君はこの鍵入りの袋にある領域を超えた不信感を抱いてしまっているようだ。であるとするなら、君はそれにより何度となく沸き起こってはしこりを残して立ち消えてしまう疑問の壁に対して、有効な対策を施していかなければならないのではないかい?それこそ、科学の精神というモノに違いないよ」
俺は友人がこれまで俺に抱かせていた印象とその積み重なりの結果という彼と俺との歴史、つまり俺の記憶にとっての友人という記憶に持っていたものとは別様の記憶を示している。俺はパラレル世界へと跨ぎ、意識の変容…というか変容した人生を歩む友人の持つ意識へと対峙しているのだろうか?
「ひとつつかぬことを聞くが…」
友人は会話のトーンを少し変えてきた俺に気づいたようだった…突然の転回に俺を注意深く見詰めている…
「君は…いつから科学に詳しくなったんだね?」
「……」
友人は不審な表情。
「いつからって君に会う前からじゃないか…それに!」
険しい表情…
「……」
「君はもしかして記憶障害ではないか?僕が君に出会ったのはそもそも君が僕に君の研究所に引き入れたあの日だったじゃないかい?やはり忘れてしまったのかい?」
「…研究所…俺の…?」
真っ白な意識…友人を見詰める…友人の顔は混線をきたしてキュビズムのような不気味な造りをしている……
「俺はニートだ!俺は禄な仕事をしていない暇だけはたっぷりある自由人だ!」
「…おいおい、やっぱり君は記憶障害なんだね!それともフザケているのか?君は研究所のリーダーじゃないか!」
「何だって!!」
俺が全く知らない現実…やはり、俺はパラレル世界を跨いでしまったという風に考えるしかない!それにしても、俺が科学の研究だと!!
「その表情からして迫真だね、君は真剣なようだ、嘘をついているのではなさそうだ…」
「記憶障害、と言ったな?しかし、俺には君の言う現実とは全く別物の記憶が、別の人生として過去へ向かってひと連なりに思い出されてしまうんだよ…」
「しかし僕が思う君とは違うようだし、それって僕のほうこそ記憶障害なのか…」
沈黙が広がる……
「…いや、でも僕が君の研究所に引き抜かれたことは確かなんだよ」
友人はそう言って部屋の押入れへと向かった。
「ほうらやっぱり…」
彼はあろうことか顕微鏡を持ち出した。
「これは君が僕にくれた顕微鏡だよ。以前の僕の研究所には無かった新型のやつで、君が顕微鏡を新調した時に譲り受けたものだよ。覚えはないかい?」
友人が指差した箇所を見て俺はやはり強い疑念と…しかしそれを超えた驚きが感覚されている。
そこにはハッキリと俺の手書きの署名がなされていたからだ。
「これは…」
「記憶…というか…現物としてここに一つの頼りがあるにはある…それでも、僕が今直面している感覚はとても妙な感覚だね?この僕が手にしている過去の証拠だって造り物のように疑わしい気がするのは何故だろう…」
「その顕微鏡は俺が君に譲ったものだよね?」
「…ああ…僕の記憶ではね?」
「…俺のほうがおかしいんだと思うよ、記憶…というか、むしろパラレル世界を跨いで君が…しかし…俺のほうだってそうだ。俺は研究所のリーダーなんて知りもしないし…」
再び沈黙。しかし俺が口を開いて沈黙は破られる。
「その顕微鏡でこの袋を覗いて見ないか?」
「……」
やはり沈黙…
しばらくの間、友人と俺は無言で見詰め合うのだった……




