四次元ポケット
家にたどり着き、玄関口で、タバコを取ろうとポケットに手を突っ込んだ時、少し、余計に膨らんでいるように感じていたが、その時はスルーして、一服のあと、もう一度その膨らみが気になったので、俺はポケットを手探りしてみた。
鍵…
俺が手にした物は、小さな透明な袋に密封された、金色にメッキされた古風な、鍵の頭には丸い輪っかが施された、洋風の鍵が入っていた。
…?こんなもの…。
俺は拾った覚えもなく、かと言ってズボンのポケットに鍵が自ら紛れ込んだりするはずもなく、それを手にした感覚は不思議で疑わしい感覚だった。
まさか!
さっきうろついたいろんな店のどこかで、俺が、気づかない内に盗んでしまったとでもいうのか??
確かに、袋詰めされたその鍵は、売り物のようでもあった。
部屋に入る、そしてぼんやりとそれを見詰めて、しばらくするとそれに疲れて、何故だかそれをもう一度履いているズボンのポケットに戻してしまった。
その日はそれで済ませてしまった。
俺は一度履いたら一週間くらいは余裕で履き続ける。
下手をすれば一ヶ月間くらいも洗わずに。
一張羅なんだからしかたがない、そのかわり、窓際に放置して、いつも日光だけは当てている。
俺は自宅ではトランクス一丁で過ごすのだ。
翌日。
街を歩いているとふいに突っ込んだポケットに、やはりその感触があった。
それで思い出して俺は、その鍵の入った袋を取り出して、眺めてみた。
やはり…
俺はそれを眺めて、鍵をこの袋から取り出してしまおうと思いついた。
何故、昨日見つけた時点でそれをしなかったのだろうか?
軽い疑問は色々あったが頓着せずに先に進んでみた。
しかし!
…頑丈な袋だ!
フィルムは糊付けされているようなのに、その境目をつまんで引き離そうとチカラを込めても、全く歯が立たないのである。
少しだけ伸びたが、しかしチカラを抜けばすぐに縮んで元に戻っていた。
なんという、強情な袋なんだ。
それに、昨日の時点では目にも止めなかったが、その袋には小さなリボンが装飾されていた。
試しにリボンを引き離そうと引っ張ってみたが、それすら敵わない。一体?
気味が悪くて俺はもう一度ポケットにしまった。
どうして、本当に気味が悪いのであれば捨ててしまわなかったのだろう?それほどに、俺の何かを惹きつけるものが、この鍵と袋にはあったとでもいうのか?
俺は突然、予定にも無かった友人宅へと向かった。
お陰さまで俺も友人も、暇だけなら山のようにあったのだ。
俺も、友人も、ここんところニートだった。
友人は俺を招き入れた。
そして、俺は友人に鍵の袋を見せたのである。
夜。
俺はその鍵の袋に憑かれてしまった。
夜じゅう、その袋を、どうやって引き裂いて、どうやってその鍵を取り出すか?
しかし、どうやっても俺は、それを破り取り出すことは出来なかった。
リボン…
そのリボンは俺の精神を引き寄せた…
そして…誘い込まれるように俺は…リボンを…解いていた……
友人の部屋。
うっすらとした記憶のただなか。
いつから俺はここにいたのだろう?
「そうして…君は気づいたらその鍵を、ポケットに入れていたと言うんだね…」
!
これは、昼間の…会話じゃないのか!
俺は…時間の迷路にでも、迷い込んでしまったというのか…
「ああ…」
違和感を引き摺りながらも、俺は自分の意志とは裏腹に、友人との会話を進めていった…それは…俺が記憶している…昼間の友人との会話の…まるで書割のような進み方だった……
「それで、さっきはいろんな店を回ったんだが、知らないあいだに万引きしてしまったんじゃないかと疑念にとらわれてしまって…なんだか怖くなってしまったというわけさ?」
「しかし!それなら君だって少しくらい覚えているはずだろう?」
「ああ…酒でも飲んでいるかのようにね?以前、俺は酒の席のあと、ある女を口説いたという噂を流されたことがあってね?そんな記憶一切なかったし、俺はたまにはハメを外して前後不覚に陥ることだってあるけれども、その日はつまらない席だったから、俺はそそくさと、途中で抜け出してしまったくらいなんだよ。それでも。そうやって広まった噂というのは、俺の記憶を超えて、俺を脅かした。もしかして、俺の知らない現実がもう一つあるんじゃないか。という疑念がね、俺につきまとってしまったというわけさ?」
「ふうん。パラレル世界ねえ…僕にはそれは、記憶障害の一種のように聞こえるんだけれども?」
「ああ…それはそれで同感だよ。俺が忘れてしまっているということ。でもね?例え何をしたって、その一切を記憶から剥がれ落とすということはありうるかね?この鍵の袋だってそうさ!俺は下手をすると、万引きという軽犯罪を、知らないあいだに犯してしまっているのかもしれないよ。でもね、それでも少しは覚えているというものじゃないか?俺はむしろ、そう虚偽の真実を手渡されたがために、その後俺の中だけの、もうひとつの物語がどんどん膨れ上がってしまっていて、それが鮮明に俺の脳内に刻まれてしまって、俺は、本当はそれを犯してしまったんじゃないかと思うようになるというわけさ…映像として再現されたその記憶は…虚偽であるのに現実の記憶のようにありありとしていて、最早俺は犯罪者としての過去を持つ、そういった、人格にすら多大な影響を持たせる結果になってしまうんだよ」
「まあ記憶というものはそういうものさ、夢や幻覚と同じで、現実より現実らしいということは大いにありうるし、それは振り替えてみれば、記憶として全く同質ではあるからね?この世界に黒幕がいて、そいつが誰か、例えば君や僕の記憶を操作するのだとすれば、僕は立派な犯罪者だし、君も然りだ。世界は拠り所を失ってしまえば、非常に…危ういもんだね?」
「ああ…。ところで、この袋は頑丈でね。いくら引っ張っても破れようがないんだ。この境目なんかを見てくれよ、一見、糊付けしているように見せかけているだろう?しかしこれはフェイクだ、ばっちり全ては頑丈に癒着していて、一斉は密閉されたままだ。本当に頑丈さ、これをどうやって加工したのだろう?」
「どういう意味だい?」
「ああ。だから、例えばダイヤモンドを削るには、ダイヤモンドの粉をもってしか出来ないようなものさ。これを加工する
には、これ以上のものでなければ不可能な気がして…」
「それは飛躍的だな。ひとつやってみようじゃないか」
友人は部屋の隅からハサミを持ってきた。
そして、その鋭いハサミで、袋を、挟み込む…
グニャリイイ!!!
驚いた、砕けた方はハサミのほうで、その頑丈すぎる袋を挟み込んだせいで、柔らかい歪んだフォルムになって、ハサミは曲がってしまい、もう使い物にはならない。
「これは!これは驚いたね!君の言うとおり、もしかしたらこいつを加工できる技術や物質なんて、この世に存在しないん
じゃないかとさえ思えて来たよ…」
どうしてそんな飛躍を発想するのだろう?
どうしてこんなにもありえないような現象が、目の前に広がっているのだろう??




