第六十三話「女体化の一日」・5
「あはは、まぁあまりムリはしないようにしてくださいね」
「ふふっ、はい。それじゃあ、そろそろ私は……」
そう言って外に出ようとした琴音。が――。
「きゃっ!?」
「あ、危ないっ!!」
何に躓いたのか、急にバランスを崩して転倒する琴音。それを、俺は持ち前の脚と瞬発力を用いて彼女の手を引くことで阻止しようとした。
が、思いの他力が及ばなかったようでそのまま俺まで転倒してしまった。
ドサッ!
俺と琴音は、一緒に試着室の外に倒れてしまった。しかも、俺に至っては服を着ていないので裸に近い。これが冬場だったら、店内であっても少し寒かったかもしれない。
しかも、俺が琴音を押し倒す体になったため、もしかすると彼女が後頭部を床に打ち付けている可能性があった。
「だ、大丈夫、琴音っ!?」
「いったたた……はい、一応」
もし俺同様記憶に関する障害を負いでもしたら大変だからな。無事でよかった。にしても、思わず咄嗟に素が出てしまったが、バレなかったみたいだな。
しかし、何だこの手に感じるほのかに柔らかい感触は……。
「ひゃうっ!? んっ……あっ、き、響子さ……んっ! そこは――んはぁっ!? 揉んじゃ……ダメ、です……っ!」
そう、どうやら俺は倒れた拍子に琴音の胸を掴んでしまったらしい。
だが――。
「うひゃっ!?」
これは琴音の悲鳴ではない。では誰か……俺だ。
胸に違和感を感じてそちらを見やれば、琴音が俺の胸を揉んでいる姿があった。
「ちょっ……琴音さん、どこを揉んで――んんっ!?」
思わずくぐもった声が漏れてしまう。すると、琴音もようやく気づいたようで、慌てて俺の胸から手を離した。
「ご、ごめんなさいっ!? わ、私……無意識の内に」
「い、いえ! わ、私の方こそ……」
何だか女の子同士で胸を揉み合いながら倒れてるって、傍から見たら同性愛者みたいだよな……。こんなとこ、露さんに見られでもしたら絶対に混ざってくる事請け合いだ。
「な、何やってるの、あなた達……」
第三者の声。俺と琴音は一緒に声のする方に顔を向けた。そこにいたのは、これまたたくさんの下着を両手に抱えている金髪の女性――姉ちゃんだった。
「はぁ、全く……ちょっと目を離すとこれなんだから」
しかも、さっきまでの俺に対する口調が変化している。今までのを甘えている時の口調だとすれば、これはどこか本当の姉という雰囲気だ。いや、本当の姉なんだけども。
姉ちゃんはこちらに歩み寄ってくると、大量の下着を小脇に挟んで空いた片手を腰に添えて呆れ果てたという顔をした。
「え……唯、さん?」
「うふ、久しぶり琴音ちゃん? まぁ、数日ぶりって言ったほうが適切かもだけど……」
「ど、どうして、ここに?」
状況が理解出来ないという様子の琴音。そりゃそうだろうな、ここに姉ちゃんがいるという事は、つまりそういう事なのだから。
「う~ん、買い物かなー? ちょっとその子に付き添ってもらってね」
「それって……響子さん? え、でも……え、そんな……だって、響子さんは……女の子、で……? あれ、あれれれ?」
ふしゅぅ~と、脳内処理が追いつかずにオーバーヒートして目を回しかける琴音。
「だ、大丈夫?」
俺は琴音を気遣う言葉をかけてやった。だが、この状況は明らかに俺のピンチだ。どうせならこのまま放って逃げ出すのがセオリーかもしれないが、そんな事をすれば人間的にアウトな気がする。
「は、はい……あの、そうなんですか?」
「え?」
「……その、響子さんは、………くん、なんですか?」
「えぇーと……」
やはり、バレているのか……。
「響史くん……なの?」
「だ、誰の事ですか? ……あはは、わ、私はきょ、響子ですよぉ~? ほ、ほら……声とか髪型とか、お、おお、女の子じゃないですかぁ~」
明らかに動揺しまくりな俺。しかも、どこかセリフが棒読みめいている。
「もう観念した方がいいと思うよ、響ちゃん?」
「ちょっ、お姉ちゃんそんな呼び方したらバレちゃうってばっ!! ――あ」
思わず姉ちゃんに突っ込んでしまった俺は、その時点で詰んだ事を確信した。何せ、自分で姉ちゃんの事を「お姉ちゃん」と呼んでしまったのだから。
「や、やっぱり……響史くん、なんだね」
「うっ……ごめん、琴音。騙すつもりはなかったんだけど、この姿である以上そうせざるを得なかったの。ホント、ごめん」
「ううん、いいよ。……でも、響史くんにこんな趣味があるなんて、知らなかったよ」
「ちょっ、ま、待って琴音! あなた勘違いしてるわ! 私は別にそういう趣味がある訳じゃないの!! これは、その……罰ゲームで仕方なく」
「でも、罰ゲームだけでわざわざ下着まで用意するなんて、やっぱり……」
「し、仕方ないじゃない! だって、ルナーに何度も事あるごとに女体化させられるんだからっ!!」
「にょ、女体……化?」
聞いた事のない言葉に、琴音が頭上に疑問符を浮かべて首を傾げた。
俺は嘆息して今までの経緯を彼女に説明した。
「……なるほど、つまり、響史くんはいやいや女体化させられて罰ゲームでここに買い物に来てると……そういうことだね?」
「ま、まぁ……概ねそんな感じかな?」
「琴音ちゃんも下着を買いに来たの?」
「え、あ……は、はい。え、ちょ、ちょっと待って……ここに、響史くんがいるって、事は……」
そこで今までの出来事を思い返したのだろう。そして、未だに二人して互いの胸に手を置いている事も。
「きゃああああああああああ!?」
琴音は床にお尻をつけたまま、慌てて自分の胸を片手で庇いながらずざざざと後退した。
「も、もしかして……わ、私がどんな下着を買うつもりなのかも、み、見られた?」
「いや、そもそも胸、揉んじゃったし……」
頬をかきながら俺は視線を逸らす。てか、何で蒸し返すんだよ俺!! そのままスルーしても良かったのにッ!!
と、俺は半ば自分に怒りを覚える。
「うぅ……響史くんに揉まれるなんて…………しぃ、けど」
ん? ちょっと最後の方がよく聞こえなかったな。
「琴音、ごめんね? その、悪気はなかったんだけど、気を悪くしたならもう一度謝るわ」
「ううん、いいよ。倒れそうになった私を、助けようとしてくれたんだよね? すごく嬉しい、ありがと」
笑みを浮かべて小首を傾げる琴音に、俺は思わず「お、おう」と戸惑った感じになる。
「それより、響史くんが嫌がってるのに、どうして唯さん止めなかったんですか?」
「あはは、ごめんね? だって、響ちゃんったら、女の子になっても可愛いんだもん。そんなの反則だと思わない? ね、琴音ちゃんも可愛いと思ったでしょ?」
「ま、まぁ……確かに、可愛いですけど」
ちらとこちらを見やってから頬を染める琴音。それは俺に対してなのか響子に対してなのか、どっちなのだろうか?
「あっ、そうだ! ねぇねぇ、琴音ちゃんこの後暇?」
「え? いえ、特に用事はないですけど……」
一体何を言われるのだろうか、という顔で琴音が口にする。
「じゃあさ、私達と一緒に買い物しない? この後カメラ買って、一階でくじ引きするんだけど、丁度三枚あるからさ! 三人で一回ずつ引きましょう?」
「は、はぁ……」
少し圧される感じで、琴音の返事が半ば適当になってしまう。
「お姉ちゃん、下着どうするの?」
「う~ん、琴音ちゃんにも選んでもらおっか♪ どうせだし、琴音ちゃんが響ちゃんに着せたい下着、選んでいいよ?」
『えええっ!?』
姉ちゃんの衝撃発言に、俺と琴音の驚愕の声が重なる。そりゃそうだろ、響子になってる間とはいえ、琴音に選んでもらった下着も着ることになるんだろ? それはいろいろ、マズイ気がする。
主に俺の精神力が……。
「わ、わわ、私が……響史くんの、し、下着を……!? ぶふっ!!」
何を想像したか、琴音は顔を真っ赤にして凄まじい動揺を見せたと同時に、鼻血をぷしゅっと噴き出した。
「ず、ずびばぜん……ちょ、ちょっと待っててください」
溢れる鼻血を両手で押さえた琴音は、俺達二人と買う予定の下着を置いてどこかへ向かった。恐らく、トイレだろう。
十分して、ようやく琴音が戻ってきた。鼻には、女の子にはあるまじき物が詰めてあった。
「こ、琴音……それ、外したほうがよくない?」
面子というか、イメージ的問題に関わりそうな気がした俺は、助言の様な感じで琴音にそう言った。
「そ、そうしたいんだけど、これ取っちゃうと鼻血出ちゃうんだよ……しばらくつけとかないといけないの」
「そ、そっか……それで、どうして私の方向いてくれないの?」
「今の響史くん見ちゃうと、さっきの事思い出しちゃいそうで」
あー、理解した。
結局、琴音が俺の下着を選ぶというのはまた別の機会になり、会計を済ませた俺達は、カメラを購入後、一階へと向かった。
ここは一階の福引エリア。以前姉ちゃんが福引券をもらってきたらしく、期限が今日までだったのでこうして来た次第だ。
そして、順番は俺、姉ちゃん、琴音の順番だ。
「さ、回してください」
係りの人に笑顔で言われ、俺は軽く会釈して回す。ガラガラと音がなって穴から玉が出てきた。それを周囲の人間が見つめ、係りの人が驚きの表情を浮かべて声を張り上げた。
「おめでとうございま~す! 一等、温泉旅行『十一名様ご招待! 五泊六日の旅』、当選致しました~!」
う、嘘だろ……!?
驚きを禁じえなかった。そりゃそうだろ、まさか福引で一等を引いちまうなんて思いもしなかった。しかも、初っ端! これが真実なのか確認しようと思った俺は、ふと後ろの二人の方を向く。すると、二人もやはり驚いている様子だった。
「きょ、響ちゃん……す、すごいよ! まさかいきなり一等を当てるなんて! 普通ならありえないよ!? 十一名かぁ。結構な人数呼べるね」
余程嬉しいのだろう、姉ちゃんが嬉々とした声音で言った。
「次はお姉ちゃんの番だよ?」
「うん、お姉ちゃんもいいの引くよ~?」
そう意気込んで回したはいいが。
「惜しい、四等『商品券三千円券』です!」
結果はまぁまぁだった。しかし、それでも八等とかにならなくてよかったよ。
「お次の方、どうぞ?」
次は琴音か。
「唯さん、響史く――じゃなかった、響子さん! 私も頑張るからっ!!」
そう言って琴音が取っ手を持って回す。ガラガラと音を立てて玉が出てくる。皆がそれを覗き込み――。
「おめでとうございま~す! 二等『光影水族館入場無料券』です!」
おお、なかなかいいじゃないか。しかも、光影水族館ならこのデパートからバスに乗って行けばすぐだし。
でも、一名だけか……。
と、俺が琴音の手元を見ると、三枚のチケットが握られていた。
「え!? 琴音、それって……」
「う、うん。三枚みたいだよ? どうする? 荷物多そうだし、次の機会でもいいけど?」
「大丈夫大丈夫! 心配ないよ、ねぇ響ちゃん?」
「うっ……」
ここで俺が音を上げれば、この二人の至極不満極まりない表情を向けられる事は、予想するに難くなかった。
「うん」
結局こう返事するしかなかった俺は、やけにニコニコ笑顔の姉ちゃんと琴音と一緒に、光影水族館に臨時的に向かう事になった。ああ、訪れる場所が増えてしまった。時刻はもう三時過ぎだ。こりゃ買い物夜までかかりそうな気がする。けど、後は商店街で後回しにしていた鮮度が大事なものとかを買うだけだし……何とか、なるかな?
そんな感じでシミュレーションを脳内で行いつつ、俺達三人はバスに乗り込むのだった。
「うわぁ~、見てみて響子さん! あのイルカさんすごいねぇ! あんなにジャンプ出来るんだ!!」
「う、うん、そうだね」
「響ちゃん、あっちのイルカさん、ボールで遊んでるわよ?」
「う、うん、すごいね」
俺は今、姉ちゃんと琴音の三人で光影水族館に赴いていた。入場無料券を用いて入場を果たした俺達は、ここで行われるイルカショーとアシカショーを見ている。十五分、十五分に時間が分けられており、イルカ、アシカの順に行っている。ただ、一つ俺が不意に思ったのは、名前の順番で言ったらアシカが先のような、という点である。
とまぁ、そんな些細な疑問は別として、ショーの出来はなかなかよかった。これを無料で見られるのだから嬉しい誤算である。
今日は、罰ゲームで響子になって、買い物に付き合わされて、重い荷物を持たされて、琴音に響子の姿を見られるなどがあったが、案外悪い事ばかりではなかったようだ。
ショーの最中は、購入したばかりの防水カメラを用いて何枚か写真も撮影した。一応ビデオカメラなのでビデオでもよかったのだが、後半殆ど姉ちゃんに取られてしまったために操作させてもらえなかった。
「あ~、楽しかった」
ショー二つを見終わった俺達は、ゆっくり館内の魚を見て回っていた。魚以外にも、ペンギンとかクラゲとかもいた。
ただ、ペンギンのよちよち歩く姿を見た琴音がにへらぁとだらしない表情を浮かべて頬を赤らめていたのを、横目で俺が見ていたことは内緒である。
水族館を満喫した俺達は、バスに乗って商店街へ向かっていた。
「あぁ~、ペンギンさんかわいかったね♪」
ペンギンを撮影した写真をカメラで確認しながら、琴音が笑みを浮かべる。
「もうっ、琴音は何でも可愛いだね」
「え~、響子さんはペンギンさん可愛いと思わないの?」
「いや、可愛くなくはないけど……」
「響ちゃん? 素直に言ったらどう? ペンギンさんよりも君の方が可愛いよ? って」
「んなっ!?」
いきなり横槍を入れてきたかと思えば、これである。ほんと、ちょっかいを出すのが好きな姉で困り果てたものだ。
「ちょっと、お姉ちゃん何言って――」
「琴音ちゃんがペンギン見てニヤけてたのを見て、あなたもニヤついてたでしょ?」
「――っ!?」
耳元でそう囁かれ、俺は驚愕のあまり絶句してしまった。
バスを降りた俺達は、商店街への近道として路地裏を歩いていた。少し暗がりで危ない気もしたけど、俺がいるし(女の子だけど)、いざという時は姉ちゃんの拳が火を吹くだろうと思い、こちらの道を選んだ。
と、少し進んだところで、見かけない屋台を見つけた。いや、屋台とも形容しがたい、怪しさムンムンの場所だ。何やら紫色の布製の物で中を覆われている。看板には、オドロオドロしい血文字で「手相占い」と書いてあった。思わず血文字で書く言葉じゃない気がしたが、少し気にもなったので入る事にした。
「フフフ……よくぞ参られた、迷える子山羊よ」
「そこ、羊じゃないんですか?」
「……迷えるアンゴラ山羊よ」
「いや、品種の問題じゃ――」
「……迷えるザンネン山羊よ」
「しかも品種間違えてますよ!? 確か、ザンネンじゃなくてザーネンです!」
「……素晴らしい、其方からは山羊博士の相が見える」
……どんな相だよ。
と、軽いツッコミを済ませ、俺は嘆息混じりに踵を返した。
「帰ります」
「ちょちょちょちょ、よくぞ参られた、迷える子羊よ。……これでよいかのぅ?」
何でちょっと不服そうなんだよ。
「は、はぁ。別に占い師がそんな言葉言う必要なくないですか? それに、本来そういうのって神父とかが言うんじゃ……」
「ごほん、ではそちらにかけるがよい」
無視かよッ!!
自分に都合が悪くなったら話題を変えるのかこの人は。
「ええと、手相占いですよね?」
「左様……其方を待つ未来、この妾が占ってしんぜよう」
そう言って占われる事数分後。
「ううぅむ、其方からは凄まじいツッコミの相が見えるぞよ。これから先、ツッコミ役から降りる事は一生ないと考えた方がよいじゃろうな」
何、そのどうでもいい占い結果。
「いや、そういうのじゃなくて、もっとこう……健康面とかで」
「うぅむ、そうじゃな。其方は至って健康じゃよ? 病気や怪我はせぬじゃろう……おおぅ、それと、其方を気にかけておる人物が服数人居るようじゃ。その者達を大切にすることじゃな。後は……其方、記憶に関する障害を負っておろう?」
その発言に、俺を含めた三人が驚愕した。まさか本当にこの人は占い師なのか!? いや、少し疑いの目を向けていたが、ここに来てその可能性は薄れ始めた。
「まぁ、はい」
「……うぅむぅ、人物を覚えるのが苦手と見える。なるほどのぅ、其方……完全に記憶が蘇っておらぬな」
『――っ!?』
更なる驚きの発言に、俺を含めた三人は、絶句する他なかった。俺の記憶が完全に戻っていない? そんな馬鹿な……確かに全て、全て思い出したはずだ!
「う、嘘はやめてよ。私は全て思い出したわ。ちゃんと、ちゃんと全て記憶して――」
「幼馴染の一人のフルネームも言えぬ其方がか?」
「うっ」
そうだ、占い師の言うとおり、俺は幼馴染の一人の名前のフルネームを、未だに言えずにいる。
というわけで、五部です。倒れかけた琴音を引き止めるはずが、一緒に倒れてしまい、はずみで胸を揉んでしまうというアクシデントが。←これ、結構ありますね(現実ではぜっっっったいにない)
で、それを唯に見られる事態が。同時、琴音が響子=響史に気づいてしまいました。それをそっちの趣味と勘違いされる始末。響史も少し哀れですね。
また、響子に着せる下着を琴音が選ぶ事になった際には、琴音が鼻血を吹き出す
という。一体、何を想像したんですかね?
福引では一等をいきなり引き当てる運の良さ。旅行券を引き当てました。ちゃんとこの話もやります。
と、買い物も終盤に差し掛かったところで、イベント発生。
謎の口調の占い師です。しかも、響子にツッコミを繰り出させるほどのボケっぷり。ちなみに彼女の正体は後々分かることになると思いますので、お楽しみに。
六部に続きます。




