第六十二話「王様ゲーム」・4
変態が少々暴走気味です。
俺達が会話している間も、どうやら霖と雪の二人はなかなか意を決することが出来ずにいたようで、未だに燻っていた。ずっと妹からの接吻を待ち詫びている露さんも、いよいよ我慢の限界っぽく、現在も僅かながらに眉毛をピクピク動かしている。
そして、ついに二人が動いた。
ちゅっ。
重なる二つの音と、重なる頬と二つの唇。その感覚に気づいたのか、露さんがハッとなって両頬に手を添えて二人を一瞥した。霖も雪も顔を真っ赤にしている。目を潤ませ、今にも泣き出しそうだ。でも、それは嫌だからというわけではなく、単純に恥ずかしいからというものだろう。
「やぁん、私……霖ちゃんと雪ちゃんにちゅ~されちゃった! 嬉しい~!! ただでさえ、太腿を二人の太腿に挟まれて気持ちいいのに!」
ホントやべぇこの人。
「はい、終わりです! 次行きましょう!!」
俺はこのままにしておくとマズイと思い、恍惚な表情を浮かべて余韻に浸っている露さんの隙を狙って、霖と雪の二人を救出した。
「ひぐっ、お兄ちゃ~ん!」
「おにいちゃ~ん、もうおよめいけないぃ~!」
と、俺が助けた事で安堵したのか、二人が一斉に俺の胸の中で泣き出した。余程怖かったのか、まるで誘拐された子供が親に再会した時のような感じだ。てか、一応姉だよな露さんって。
最早、二人の露さんに対する認識が他人の様な気がしてならんのだが。
「あぁ、よしよし。心配ないからな? 雪も泣き止めって。可愛いんだから、嫁の貰い手だってちゃんといるさ!」
泣き止ませる為とはいえ、俺は雪に向かってそう口走ってしまった。その直後。
「ホント? じゃ、じゃあ……おにいちゃんは、もらってくれる?」
「え?」
思わず口ごもってしまう。だってそりゃそうだろ。雪が結婚相手って、俺完全に犯罪者じゃん!
「そ、そうだな……。そういう事はちゃんと大きくなって考えような?」
そういって俺は雪の頭に手を置いて撫でてやる。これでなんとかご勘弁いただけませんかねぇ?
雪はどうやら少し不満そうではあるが、俺のナデナデが嬉しいようで、アヒルのように口を尖らせながらも頬を赤らめていた。
「あ~、雪ちゃんだけずるい! お兄ちゃん、私も慰めてよ~」
「え? し、しょうがないな~」
いかん、ついつい甘やかしてしまう。だって仕方ないじゃないか。二人して天使みたいに可愛いんだもん。初めて奈緒が産まれた時とか、やばかったもんな。
「ちょっと、人ん家の妹を手篭めにしないでくれない!?」
「んなッ!? 言いがかりも甚だしいですよ!!」
露さん、そもそもあなたのせいで二人はこうなってんですよ!
とりあえず、次のゲームだ。俺はもう一度筒の中身をかき混ぜた。
「せーの」
今日だけでこの言葉を何度使っただろうか? 皆が筒から飛び出た箸の端を握り、取り出す。
俺は六番だった。
「王様だーれだ?」
俺の言葉に手を挙げたのは、霊だった。嬉しそうにぴょこぴょこ猫耳を動かし、尻尾をフリフリさせている。しかも、その度に尻尾に取り付けられた金色の鈴が心地よい音色を奏でる。体も揺らしているせいか、首輪についた鈴と共鳴して癒しの音色が響き渡る。
「霊、命令は?」
「ちっち、響史……今の私は王様だよー? ちゃんと王様って呼んでくれなきゃ」
「じゃあ、王様。ご命令は?」
「う~ん、そうだなぁ~」
こいつ、考えてなかったな。
霊が顎に指をあてがって考え込みだすので、俺は呆れて半眼で彼女を見た。
すると、その姿を見ていた某変態と、霊に対してのみ変態化する二人が声をあげた。
「霊ちゃ~ん、お姉ちゃんにえっちな命令してくれてもいいのよ? いや、むしろしてぇ~♪ あっ、どうせなら私が王様に対してっていうのが望ましいな~。お姉ちゃんの番号は四番だから♪」
「お姉さま~♪ どうせご命令するならば是非この私にっ! 私は八番ですわ! 八番ですわよ!!」
と、二人が完全にルール無視で自分の番号を口走る。
「二人共……」
そう言ってゆらり二人の背後に忍び寄る影。それは霞さんだった。
「ホンマ、二人はルールっちゅうもんを守らへんやっちゃな~。しゃーない、少しの間二人には眠っといてもらおか?」
『え』
ごきゅっ。バタリ。
一瞬だった。疑問の声が重なった直後、首を前に倒した露さんと霰が崩れるように床に横倒れになったのだ。
「か、霞さん!? な、何をしたんですか?」
「なぁ~に、ちょっとしたお仕置きや。あんましゃ~しぃとゲームを楽しめへんやろ? これはうちからのちょっとしたサービスや」
笑顔でそういう霞さん。その笑顔の裏に何が隠されているのか、俺にはよく分からないが、間違いなくこの人は護衛役だ。一瞬で二人を気絶させたのが何よりの証拠。
いやまぁ、二人がただ単に油断してただけかもしれないけど。
「で、決まったのか?」
「うん♪」
少々変態共とのやり取りをしている間に霊が命令の内容を考えたらしい。
「命令は?」
「じゃ~、五番の人は私に魚料理を振舞って♪」
おい、それはあまりにも無理難題すぎだろ。しかも、料理が出来るやつって、この中で俺を含めても二人くらいしかいないぞ?
それこそ、料理が出来ないやつに当たったらどうすんだよ。こいつ、馬鹿だろ。
「? 五番って、誰なの?」
なかなか五番の人物が手を挙げないので、霊が不思議そうな顔で尋ねる。すると、スッと静かに誰かが手を挙げた。
皆がそちらに視線を向ける。そこにいたのは、霄だった。
おいおい、マジかよ。よりにもよって料理センスが壊滅的な霄に当たるなんて、霊も運がないな。後一つ隣の六番だったら俺が作ってやれたのに。可哀想に……。
「……え、霄お姉ちゃんが、五番……なの?」
「ああ、そうだが?」
「え、えと……冗談だよね?」
霄が五番だという事が真実として受け止められないようで、霊は目を泳がせまくっている。
「なぜ私が冗談を言わなければならんのだ。しかし、魚料理か。確かに試した事はないが、面白そうだな。いいだろう、作ってやる」
いや、やめたほうがいいと思うぞ? もっと大変な事になる。また汚物処理班を呼ぶことになるだろうし。
「え? や、お姉ちゃん……作ったことないんだよね? だ、だったらやめても――」
「何を言う! 新たな挑戦こそ大事な事ではないか! それに、王の命令は果たさねばならんのは、護衛役とて同じ事!! この命令、しかとこの水連寺霄が承った!!」
「そ、そんなぁ……ぐす」
霄は完全にやる気だ。それが何を意味するか、即ち死だ。それが分かっているのだろう、霊は涙目でこちらに助けを求めてきた。いや、こればかりは……。
俺を含めた他のメンバーが、霊の救いを求める声を無視する事となった。
数十分後、異臭がリビングルームに立ち込めた。
「ゲホッ、ゴホッ!! んだよ、この臭いッ!?」
アンモニアのような鼻を突く異臭。こんなの、魚なんかじゃねぇぞ!? しかも、どことなく生臭さもするし。けど、魚とは違う生臭さ……え? 火、通したよね!?
俺は不安と霊の安否でいっぱいだった。
そして、ダイニングルームから殺人犯――もとい、霄が帰ってきた。手元には真っ白な皿があり、その上に異物が乗っていた。この世の物とは思えない見た目。ブクブクと膨れては破裂を繰り返す表面。それだけで吐き気を催す。結構匂いなんかに敏感そうな霊はもっとキツいんじゃないか?
ふと霊の方を見やると、彼女は既に生気を失っていた。顔面蒼白で、世界の終わりと言わんばかりの絶望の表情に充ち満ちている。
「どうだ? なかなかの出来だろう? 今回は少々見た目にも気遣ってみたのだが……。前回は少々味にこだわり過ぎてしまったからな」
アレが? おいおい、冗談きついぜ。あれの思い出つったら、洗剤しかないぞ。
「そ、そうなんだー。うん、そうだねー。そう思うよ」
霊、しっかりしろ! 完全に目がイっちゃってるよ! 目に光がないもの! 何もかもがどうでもよくなっちゃてるもん!!
助けてやりたいのは山々だが、霄に怪しまれたら即アウトだしな。
「おお、箸を持ってきていなかったな。ちょっと待っていろ?」
そう言って霄がダイニングへ足を運んだ刹那――。
「お願い、助けてっ!! 私、まだ死にたくないよっ!!」
それは必死の霊の命乞いだった。無論、声の大きさは霄に聞こえないくらいだけど。
「ねぇ、これ何とかして処分してよ!!」
「いや、無茶言うなよ! 命令したのはお前だろ!?」
「やだよ! 私はてっきり、霄お姉ちゃん以外に当たると思ってたから」
「そもそも、そういう可能性がある時点で、料理系の命令は外すべきだろが!」
「霊ちゃん、がんば、だよ!」
「頑張ってください、応援しています。霊姉様」
俺についで、霖と零が霊に最期の言葉を述べる。
「やだ、これでお別れなんてやだよぉぉお! ねぇ、零は霄お姉ちゃんの事尊敬してるんでしょ? だったらこれも食べられるよね?」
頼みの綱という風に、手を合わせて零にお願いする霊。
が――。
「む、霊姉様。これは別問題です」
と、相も変わらず抑揚のない声音で返される。
「そんなぁ~」
「何をやっているのだ?」
「ひぃっ!?」
「むっ、どうした? 私を見て驚くなど、まるで何か怖い物を見たかのようではないか」
いや、まんまその通りなんだけどね?
「そ、そんなこと……な、ないよ」
霊の声はか細く、今にも消え入りそうな大きさだった。
「さぁ、箸だ。? どうした、受け取れ」
「あ、うん。……ありがと」
無言の拒絶をしていたつもりなのだろうが、残念ながら霄には通用しなかったようだ。
箸を握った霊は、皿を自分の手元付近に引き寄せた。直後、顔をしかめた。悪臭が鼻を突いたのだろう。目じりには涙が浮かんでいる。
「どうした? 食べんのか?」
「た、食べるよ?」
声が完全に裏返っている。手が震え、しっかりと標的が定まっていない。しかし、どうにか箸を料理につける事が出来た。
と、次の瞬間――。
じゅっ!
「ひにゃっ!?」
慌てて手を引っ込める霊。理由は単純、箸が料理の表面についた瞬間、箸が溶けたのだ。この現象は以前にも目にした。
汚物処理班騒動の時だ。スプーンを鍋に入れると、じわじわ溶けていったアレだ。まさか、あの光景を再び目にする時が来ようとは。
「うぅ……ぐすっ、ひぐっ」
「むっ、霊どうした? 泣いているのか?」
妹の異常に気づいた霄が、片眉をあげて訝しむ。
「なんでも……ずずっ、ないよ」
さすがにマズイと思ったのか、霊は鼻をすすってそう言った。
そして、ついに食べ始める。じわじわ溶ける箸を気に留めないようにして、一口サイズを箸で摘み、口元へ。
「うぅ」
「さぁ、食え」
いかん、ホントかわいそ過ぎて涙出そう。
霊は精一杯耐えていた。だが、先に痺れを切らした霄が行動を起こした。
「はぁ、じれったいな!!」
と、強引に霊から箸を奪い取って、摘んでいた一口分を口に突っ込んだのだ。
「んぐっ!?」
突然の事だったので、霊は完全に不意打ちをくらってしまった。
そして、途端に顔色を悪くする。そりゃそうだ、少々言い方は悪いが、霄が作った料理で成功した試しは一度もない。とどのつまり、今回も……失敗だろう。そして、こいつが作った料理は大抵とてつもない兵器になる。今回その犠牲者が霊になってしまった。
しかし、まだ一口だけで済んでよか――。
「ほら、まだあるぞ? 霊は魚が大好物だろう? 全部食え!」
既に口内に異物がある状態の霊に、追い討ちとばかりに霄が追撃を行う。
「むぐぅ、うおぇ!?」
無理やり口に押し込まれる異物。それも一口サイズではなく、一気に全部ときたもんだ。こいつは……死んだな。
「うぐっ!?」
バタン。
まるで喉に骨をつっかえたかのように霊が喉元をかきむしる。それから助けを請うように手を前に突き出し、顔を机に突っ伏して動かなくなった。
「何だ、寝てしまったのか?」
いや、どこをどう見たら寝てるように見えるの? これ死んでるだろ。
「仕方ないな、響史。早く続きをするぞ」
「あ、おう」
霊の事はいいのか?
とりあえず俺はこの部屋の空気を入れ替えようと窓を開けて網戸状態にした。
と、ふと外を見やると、既に日が傾きだしていた。
「やっべ、すっかりやりこんで時間の感覚なくなってたわ。昼飯どうする?」
「私、いらない」
「そうね、ちょっと今は食欲がわかないわ」
そういわれてみればそうだ。まぁ、十中八九先ほどの凄惨な出来事が原因だろうが。
「響史、ちょっと」
ルナーが俺を呼ぶ声がして、俺は彼女の近くへ。
「耳貸しなさい」
言われるがまま俺は耳を近づける。
「霊は死んでないわ」
「え? ホントか?」
あの倒れ方は少々異常だったので、俺は俄かには信じられなかった。
「ええ、あの子が食べた異物を、睡眠薬入りキャットフードに変えたの。だから、寝てるだけよ」
「でも、いつの間に?」
「この小型銃を使ってね」
俺の疑問に、ルナーが皆には見えないように小さな銃を見せてくれる。
「なるほど」
確かに実物を見せられれば信じざるを得まい。とりあえず、生きている事が分かってよかった。
というわけで、四部。初っ端から変態が飛ばしてますねー。そして、響史が危ない方向に進んでる気がします。このまま行くと、対象年齢がどんどん下がっていく可能性も無きにしも非ずです。
そして、今度は霊が王様に。途端、変態が増殖します。まぁ、敢え無く鉄槌を下されて気絶しちゃいましたけど。
また、霊が死亡フラグを立てちゃいました。命令内容は料理。これはもうあの人に当たるに決まってるじゃないですか。もち、そういうフラグです。
にしてもこの惨状は、霰が見ていたら動物愛護団体がどうのこうの言いそうですね。
てなわけで、五部に続きます。




