第六十一話「それ以前の話」・1
今回は四部構成です。
「これが四年前に起きた出来事全てだ。分かったか?」
父さんがちゃんと理解したかどうかの確認を取る。俺は無論大きく頷いた。だんだん記憶が回復してきた。そうだ、あの時俺は一瞬意識を失って気づいたら姉ちゃんや従姉妹を助けていたんだ。それからまた意識を失って、起きたら雛下やあの子がいた。……くそ、ダメだ。どうしても二人の細かい事が思い出せない。
やっぱり、四年前の事を思い出してもそれ以前の記憶が曖昧のままなんだ。雛下とは後遺症を負ってからの四年間一緒にいたから分かるけど、あの子――めーちゃんって子の事が全然分からない。
確かに病院にいた。ローブのような物で極端に肌の露出を抑えていた彼女だが、一体どんな子なんだろう? 結構身長も高くて、下手をすると俺より高いんじゃないかと思ってしまう。多分、女の子の中では高身長の部類に入るだろう。バスケなんかにはもってこいかもしれない。
と、そんな事はさておき、速く四年前より以前の事を聞かないと。
「父さん、それでそれより以前の話は?」
「そうだな……だが、響史。父さんも全部を知っているわけじゃない。あくまで話せるのは家族の事だけだ。琴音ちゃんやめーちゃんについては……本人に直接訊いてくれ」
やっぱりそうなるよな。けど、雛下はともかく、めーちゃんって子に関しては何にも覚えていない。住所も……何もかもだ。
「幼稚園一緒って言ってたよな? 写真とかって、あるのか?」
そう訊ねると、父さんが母さんに目配せした。
「ええ、持ってくるわ」
母さんはゆっくりその場に立ち上がると、リビングを後にした。
それからしばらくして、母さんが戻ってきた。その手には綺羅星幼稚園の時のアルバムを抱えている。
「確かこの辺りに……あら? おかしいわね、名前が載ってないわ」
「そんな馬鹿なッ!!」
ありえない、集合写真はともかく、個人写真に写っていないなんて……まさか、極端に写真に写りたがらないとか?
俺はそんな可能性を考えて、母さんからアルバムを受け取ると、パラパラと捲っていった。駄目だ、どこにも彼女らしき姿はない。いや待て、そもそも幼い時の姿さえ覚えていないんだから、どんな格好さえも分からないに決まって――。
「あれ? これって……」
ふと俺は、ある一枚の写真に目が行った。映っているのは小さい頃の俺を含めて三人の子供の姿。中心にいるのが俺で、挟むように右と左に女の子がいる。
ちょこんと髪の毛の一房を結った女の子と、長い黒髪を軽くアップにしている女の子。
二人とも、髪の毛に花飾りをつけている。
これは確か、夏祭りの時の……だったか?
いまいち曖昧で、本当にそうなのかは分からない。
「母さん、これって」
指さしながらそう訊ねると、母さんが笑顔を綻ばせながら言った。
「ああ、これは幼稚園のお泊りの時の写真ね。キャンプファイヤーは分かるでしょ? あれで輪になっていろんなレクリエーションをしたのよ。その内の一枚ね。恐らく、こっちが琴音ちゃんだから……こっちがめーちゃんじゃないかしら?」
ようやく見つけたと思った写真。しかしそれは、夜という事もあってか暗がりで見えずらい。しかも、バックにキャンプファイヤーの炎があるため、余計に影が出来てしまっていた。でも、間違いなくこの子がめーちゃんなんだ。
仕方ない、こうなったら雛下に聞くしかないな。
「四年経つまで、まだ時間はあるよな?」
「今日が七月十五日だから、後六日だな」
俺の質問に父さんがカレンダーを見ながら答える。
「明日、雛下の家に行ってみるか……」
「そうするといい」
これで、とりあえず今日は終わり――。
『えええええええええええええええええええええええええええええ!?』
おいおい、マジかよ。
「ん? 何だ今の声は」
「さぁ、上から聞こえたみたいだけど?」
父さんの問いに、母さんが頬に手を添えて首を傾げる。
マズイ、あいつら静かにしてろって言ってたのに、何驚きの声あげちゃってんの!? くっそ、マズイ……どうする?
「た、多分近所の声だよ」
「いいや、もう夕方近い。既に夜になりかけているんだ……ご近所迷惑の事も考えて外部からの声が洩れる可能性は低い」
外部からの声って……何かの組織かよ。
「とりあえず調べてみよう」
「あ、それは――」
「何か問題があるのか?」
父さんがあからさまにこちらを睨んだ。こいつはもう、絶対に不可避だな。
「いや……何も」
俺が弱々しくそう返すと、父さんは意を決したようで二階へあがって行った。俺は放っておくとヤバイと感じ、後に続いた。姉ちゃんも俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、頷いてついてきてくれた。
「おい、響史……あいつらにちゃんと説明していないのか?」
「黙っておくように言ったんだけどな……」
姉ちゃんの言葉に、俺は額に手を添えてやれやれと首を振った。
二階へと到着した俺達。いくつかある扉の内、一か所から篭った声が聞こえてきた。扉を隔てて向こう側から明らかに誰かの会話がしている。
これはもう確実にバレたな……。
「……開けるぞ」
父さんが一応の合図という感じで声をかけ、ドアノブを回す。ガチャ、という音を立てて扉が開き、俺の部屋の風景が現れる。そしてそこには、何人もの少女達がいろんな体勢で一人の少女の言葉を聞いている姿があった。
「上手い具合に復活してくれればいいんだけど……え?」
途中まで声を発していたエメラルド髪の少女――ルナーが、扉の開く音に気付いてこちらを見やる。刹那――目を見開いて絶句した。
「だ、誰だ……君達は!?」
そう訊ねる父さんに、ルナーも魔界の少女達も言葉を失っていた。なんと答えればいいのか分からないのだろう。無理もない、こいつらは人間ですらない上に、他人の家にあがりこんでいるのだ。しかも、本来の家主の許可なしにだ。父さんが怒るのも無理はない。
てか、このままだと下手したら追い出されちまうよな……どうする? とにかく、こいつらのイメージを悪くしないようにしないと。
「と、父さん、こいつらは、その……」
「響史、どういう事なのか説明してもらえるんだろうな?」
父さんの目はいつになく真剣であり、どこか不安そうだった。これ以上心配はかけないと決めていたはずなのに、またしてもこれだ。
「あ、ああ……」
俺はちょっとしどろもどろになりながら頷くと、この現状を上手い具合に回避する方法を模索した。こいつらは既にこの場にいた。しかも、俺が病院にいる間ずっとということは、七日間はいた事になる。何よりも、一番の問題は家主が不在の状態で居候のこいつらがいる事が問題だ。居候ならばそれの理由が必要になる。ここにいても何もおかしくない理由を作るにはどうすればいい?
そんな事を考えていると、父さんが訝しげにこちらを見てきた。
「どうした?」
「ええと……こいつらは、外国の人なんだ!」
「外国人? 確かに髪の毛が青やオレンジだな。……つまりアレか? ホームステイのようなものだと?」
「そう、そうなんだよ! 住むところがないって言うから、ここなら部屋も結構余ってるし、いいかなって」
父さんがどう解釈しているかは分からないが、俺が言っていることはあながち嘘ではない。現に、こいつらが日本人でない事は確かだ。その上、住むところがないっていうのも本当だ。第一、居候だしな。
ただ、問題はそれを安易に父さんが信じてくれるかどうかだ。こういった類には結構用心深い父さんの事だから、ちょっとやそっとじゃ信じてくれないと思う。
「怪しいな……。第一、ホームステイなんて話、父さん一度も聞いてないぞ?」
「それはゴメン。教えとかなきゃいけなかったんだけど、あんまり父さん達に迷惑かけるのもアレだと思って……。こっちで勝手に判断しちゃったんだ」
「……契約書は?」
「は? 契約書?」
何だそれは。悪魔との取引とかに用いるアレか? いや、確かに瑠璃達は悪魔だけど……厳密的には悪魔と天使のハーフっていうか。
「ホームステイなんかの重要事項には、そういうのがつくものじゃないのか? 父さんはそう思っていたんだが」
「ええと、それは……」
ど、どうする? そんなものそもそもないぞ!?
と、俺があたふたしていると、スッと俺の手元に何かが差し出される。それは、一枚の紙切れだった。そこにはこう書いてあった。
「ホームステイ誓約書? そんなものいつ書いて――」
「ゴホンっ! この紙面に、ホームステイする人数と名前が書いてあるわ。一応書面には本名で書いてあるけど、こっちではあんまり意味ないでしょうし、こっちの国での名前を使っているわ」
恐らくルナーなりのフォローなのだろう。しかし、凄いな。書類まで用意できるなんて……。これも能力を用いて? まぁ、それはともかく、ここは上手い具合にルナーに乗っかるしかないな。いや、この感じだと俺がヘマした部分をルナーが補佐してくれる感じか?
「なるほど……確かに。ところで君は?」
そういう父さんの視線は、明らかにルナーに向けられていた。無理もない、初対面の人ならルナーを小学校低学年くらいにしか見ないだろうからな。父さんもその類だろう。
「私の名前はルナー=アルメニア=ベリリウムよ。一応、この子達の保護者的立場にあるから、よろしく!」
そう言って手を前に突き出すルナー。どうやら、握手を求めているようだ。
「君が、保護者? どう見ても十代前半の未成年にしか見えないんだが……」
握手を交わしつつも、余ったもう片方の手の人差し指で頬をかきながら、父さんが訝しむ。
「失敬ね。私は十代後半! 後、向こうの方では十八歳から既に成人だからよく覚えておきなさい!」
何故これほどまでに偉そうなのかは、恐らく鏡界の支配者であるが故だろう。まぁ、それを知る人間はそれほど多くはないのだが。
「響史、確かに書面の通りならこの子達がホームステイしている事は分かるが、それでも家に残したままというのはどうだろうか? それに、七日もの間彼女達を放置していたんだろう? ちゃんと謝ったのか?」
「え、ま、まだだけど……」
あれ、何だか俺……怒られてね?
「ちゃんと謝っておくんだぞ? え、ええと……日本語は通じるのかな?」
父さんが声をかけたのは、ルナーの方ではなく瑠璃の方だった。
「あ、うん。大丈夫だよ? 日本語で喋ってもちゃんと魔語に変換されるから」
「ま、孫? よく分からないが、それなら言葉の過ちはなさそうだ。日本には慣れてくれたかな?」
瑠璃の言葉に軽く返すと、次に父さんが話しかけたのは麗魅だった。
「え、ええ。まだ少し戸惑う部分もあるけど、大分慣れはしたわ」
俺、思うんだ。こいつら、目上の相手への礼儀ってものを知らな過ぎる。一応、王家の人間ならそれくらい学んどこうぜ?
しかし、父さんもなかなか人が良いせいか、タメ口だろうと怒らない。寛大なものだ。
「君達はいつからこっちへ来たんだい?」
父さんの質問だ。なるほど確かに、そこは気になるところだよな。
「四月だ。こちらに着いたのは、夜中くらいだっただろう」
霄が腕組みして質問に答える。
「夜中? 結構遠くから来たんだね」
恐らく、朝に祖国を出てこちらに着いた時には、夜中の時間帯になっていたのだと父さんは考えたのだろう。だが、実際は異なる。こいつらは真夜中に魔界と人間界の境界を通ってやってきたのだ。多分、ゲート的なものがあると思われる。
多少勘違いをしてくれちゃっている父さんだが、厄介な事になるのは避けられそうだ。
「響史、ちゃんと過ちなど起こしていないだろうな?」
過ち……? って、それって!
「ないない、ある訳ないって!! や、やだなー!」
軽く動揺はしたものの、俺はちゃんと真実を述べた。確かに何かとトラブルを引き起こしてはいるものの、大事にまでは至っていない。それが何よりの救いか……。
「そうか。ならいいんだが……」
と、その時だった。一階から母さんが父さんを呼ぶ声が聞こえた。
「あなたー、電話ー!」
「今行く! じゃあ、とりあえず父さんはこれで戻る。後でもう少し詳しい話を聞かせてもらうからな、響史」
「ああ、分かった」
いかん、これはもう少し詳しい事情聴取をされそうだ。けど、電話の相手は一体誰なんだろう?
そんな事を思っている間に、父さんは俺の部屋から出て行ってしまった。
残されたのは俺と魔界の少女達と姉ちゃんだけ。
「響史、どうにか危機を切り抜けられたな」
「ああ、姉ちゃんにも心配かけちまってごめん」
「気にするな。じゃあ、俺もちょっと部屋の整理をしてくる」
「あ……ああ」
姉ちゃんの部屋と聞いて、俺は再び動揺してしまった。理由は単純、今でこそ自分達の服を着ているものの、以前こいつらがこっちに来たばかりの時には、姉ちゃんの服を何着か借りたのだ。後で洗って畳んで返却したが、畳み方が姉ちゃんと俺とでは少々異なる。もしこれに気付かれたら……。
《響史、お前……勝手に俺の部屋に入ったのか?》
《いや、姉ちゃん……これはその》
《おまけに俺のタンス漁りやがったな? ふっ……死ぬ覚悟は出来てっか?》
《あ、これは……》
《うらぁあああああ!!!》
《ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!》
てなことに……。おお、マズイ。
「……し、響史っ!!」
「は、はいッ!!」
いかん、考え事してたから思わず敬語に。
「どうした響史、そんなに汗かいて……まさか、風邪か?」
そう言って姉ちゃんが慌てて踵を返し俺の元に。そして――。
ぴとっ。
目元まである前髪を手で上にあげ、晒した己の額を俺の額にくっつける。思わぬ行動に、俺はビックリしてそのまま固まってしまった。
「う~ん、熱はなさそうだな」
熱の有無を確認して首を捻る姉ちゃん。おいおい、そりゃ不意打ち過ぎるだろ。
「な、何でもないって……。ちょっと蒸し暑いだけだから」
「そう言われてみればそうだな。まぁ、この部屋だけでこれだけの人口密度だ、仕方ない」
姉ちゃんが瑠璃や護衛役の少女達をぐるっと見渡して言う。
「それもそうだな」
俺は軽く相槌を打って頭をかいた。
と、姉ちゃんはまだ少々訝しみながら自室へ行ってしまった。その間、俺は苦笑いを浮かべている事しか出来なかった。
「ふぅ……」
「お疲れだね、響史」
「ああ、瑠璃か」
俺がその場に座り込んで休んでいると、瑠璃が膝に手をついてこちらを見下ろす姿があった。
「私達に会うまで、結構大変だったのね……あんたも」
麗魅が腕組みして少々不機嫌そうに言う。
だが、俺は何よりも今一番こいつらに言いたいことがある。
「それより、さっきの大声はなんだよ!! あれのせいで父さんに気付かれたんだからな!? どうすんだよ、上手くごまかせたからよかったものの……下手したら全員追い出さなくちゃならなかったんだぞ?」
「心配いらん。その時は父の息の音止めるまで」
「何でちょっと川柳風なんだよ!」
霄が五七五調で恐ろしい事を口にするので、俺は軽くツッコんだ。
「あれはルナーさんがいけないんだよー。驚きの発言するから……」
「驚きの発言?」
霊がしょんぼりしながら言うので、俺はふとルナーの方に視線を向けた。
「な、何よ……」
俺に視線を向けられて、ルナーは少しオドオドしている。何か後ろめたい事でもあるのだろうか?
「話してくれ……知りたいんだ、全ての事が。知ってるんだろ、お前は」
「……ええ、そうね。知ってるわ、あなたの事も……そして、めーちゃんが何者であるかも……ね」
「何ッ!?」
ずっと引っかかっていた謎の人物、めーちゃん。その正体がついに分かるのか!? 俺はそうとなると、気持ちが昂って行く感覚を感じた。今すぐにでも訊きたい、そう思った。
だから、気づけば俺は、ルナーの両肩を掴んでぐいっと顔を近づけていた。
「あ、あの……近いんだけど」
「あ、わ、悪いッ!!」
はっと我に返り、慌てて手をどける。
「……教えてくれ。何者なんだ、めーちゃんって」
「はぁ、本当に覚えていないのね。四年前より以前の事も……。あんたが思い出さないといけないのは、めーちゃんに関する記憶と琴音に関する記憶。後者は何とかなるわ。問題は前者……あんたは彼女についての記憶がない。なぜなら、事故に巻き込まれた後、意識が目覚めて以降一度も会っていないからよ。だから、探すのに一苦労だったわ。けど、何とか見つかった。そして頼んだの」
そう言ってルナーはめーちゃんと交わしたらしい話について語り出した。
というわけで、みなさんちょっとぶりです! 四月はほとんど更新できませんでしたが、今月は頑張って二回は更新したいです!
今回は前回と視点を変えて進めています。ルナー視点から響史視点になってます。
魔界の少女たちを外国人扱い。まぁ、あながち間違ってはいない。また、居候もホームステイ扱いになってます。誓約書の件ですが、あくまでこの場を乗り切るためですので、実際とは少々異なっています。
それでは引き続き二部をお送りします。




