最初のてんぷれ①
「一体この奇っ怪な音は何事でござるか?」
藤三郎は頭に響き渡る不快な警告音に、耳を塞ぎながら尋ねた。
「も、もう鳴り止みますので、安心してくださいィ。でも早く街に行って身分証を作らないと、また鳴るかもですゥ」
ライサがどういう仕掛けをしたのかは分からないが、物語の進行を遅らせても警告される可能性は十分にあるとパルミは感じていた。
「み、みぶんしょう……でこざるか?」
「ホントにごめんなさいですゥ、街に着いたら説明しますので、何も言わずに私に掴まっていてくださーーいィ!」
あまり時間がないと判断したパルミは、ウサ耳を大きく広げて羽ばたいた。
風を切り裂きながら、二人は青空を駆け抜ける。
「お、重い……重すぎますゥ〜〜〜っ!!」
悲鳴を上げていたのは、藤三郎を持ち上げて必死に羽ばたくパルミだった。
「む……まるで大凧に吊るされているような心地でござるな。パルミ殿、見事な忍術でござる」
「忍術じゃなくて天使の翼ですゥ! というか藤三郎様、大人の男性の体重に加えて刀二本は重すぎるんですゥ! 落ちますゥー!」
「武士たるもの、いかなる高みにおかれても動じぬ心が肝要。……されど、パルミ殿の首筋の汗を見るに、少々着地を急いだ方が良さそうでござるな」
「人ごとみたいに言わないでくださいィィッ! 誰のせいで必死こいて飛んでると思ってるんですかァ!」
パルミが必死に耳をはためかせること数分、眼下に大きな石造りの壁で囲まれた街が見えてきた。
二人は街から少し離れた街道の脇へと、命からがら着地した。
「ふぅ……死ぬかと思ったですゥ。いいですか藤三郎様ァ、まずは街に入って身分証を作らないと、宿にも泊まれませんからね!」
「う、うむ……分かり申した」
いきなり連れてこられ、訳も分からずやることばかり指示される藤三郎。しかし、幕末を生きたこの男にとって異世界はあまりにも不可思議で、怒りの感情などどこかに置いてきてしまった。
しかしーーー
門前では、鎧を着た二人の兵士(門番)が検問を行っていた。
二人の順番になると、門番の一人が眉をひそめて藤三郎を凝視する。
「おい、見かけない顔だな。……ん? なんだその腰の鉄くずは。刃物の持ち込みは厳重に管理されているんだぞ」
門番がぞんざいに藤三郎の腰の刀を指差す。
ーーー次の瞬間、辺りの空気が凍りついた。
藤三郎の目がすっと細まり、静かな、しかし背筋が寒くなるような殺気が立ち昇る。
「……そこの門番殿。拙者の武士の魂に対して……『鉄くず』とは無礼な言い草でござるな」
「なっ……!?」
「町人ならいざ知らず、武家に対してその態度……無礼討ちに処されても文句は言えぬぞ」
ス……と藤三郎の左手が鞘を押し下げ、いつでも抜刀できる体勢に入る。
「ヒッ……!?」
オーガを一瞬で両断したあの鋭利な殺気に、門番は膝をガクガクと震わせた。
「待ってぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
パルミが全力で藤三郎の腰に抱きついた。
「藤三郎様ダメですゥ! 街に入った瞬間に犯罪者にならないでくださいィィッ! ほら、門番さんも悪気はなかったんですゥ!」
「む……パルミ殿がそう言うのであれば、ここは引こう。無用な殺生は好まぬ」
カチリ、と刀が収まると、ピンと張り詰めていた殺気が嘘のように消え去った。
「ひぃぃ……行け! 早く行けぇ!」
腰を抜かした門番をスルーし、二人は無事に街の中へと足を踏み入れた。
「危なかったですゥ……頼みますから大人しくしてくださいですゥ……」
「かたじけない。しかし、刀を侮辱されて黙っているわけにはいかぬのでな」
ため息をつくパルミに引かれて辿り着いたのは、一際大きな建物ーーー冒険者ギルドであった。
扉をくぐると、酒を煽るガラの悪い男たちや、煌びやかな装備に身を包んだ冒険者たちで溢れかえっていた。
「よし、ここが冒険者ギルドですゥ。まずは受付で手続きをするのですゥ」
パルミは藤三郎を連れて受付カウンターへと向かった。受付の綺麗なお姉さんが笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。新規登録ですね? ではこちらの魔導具に手をかざしてください」
「うむ。こうでござるか?」
藤三郎が言われた通り、ゴツゴツとした手を水晶球に乗せる。
すると、水晶がピキピキと音を立て、禍々しいほどの光を放ち始めた。
【名前:左 藤三郎】
【年齢:42】
【レベル:1】
【職業:武士】
【魔力:0】
【スキル:なし】
【筋力・技量:測定不能(限界値超過)】
「………………え??」
受付のお姉さんが二度見し、悲鳴を上げた。
「ま、魔力もスキルも全く無いのに……筋力と剣技の精度だけで測定限界を超えてる!? どんな鍛え方したらそうなるんですか!?」
「ふむ……何もおかしなことは書いておらんようだが? 日々の素振りと実戦を重ねれば、誰とてこの程度にはなるはずでござる」
「なるわけないですゥーーー!!」
絶叫するパルミ。しかし、その時ーーー
「ヒャッハー! なんだァ? レベル1のスキル無しオッサンが冒険者気取りかァ?」
下品な笑い声を上げながら、斧を担いだ大柄の男が近づいてきた。
「おいおい、そんなオッサンとガキが迷い込むような甘い場所じゃねえんだよ、ここはよぉ!」
男が藤三郎の肩を力任せに小突きーーー
ビーーー! ビーーー! ビーーー!
ギルド中に、またしてもあの頭を割るような不快な警告音が鳴り響いた。
「な、なんだこの音はァ!?」
取り乱す男。しかしパルミは頭を押さえながら、天井に向かって叫んだ。
「あ、あんのクソ女神ィーーー! 絡まれイベントの途中で2000文字を超過したからって警告音鳴らすんじゃないですゥーーー!」
「む……またでござるか!?拙者この音は本当に苦手でござる」
「おうおう! てめえらの相手は次の話でしてやるから逃げるんじゃねぇぞ!」
「モブザコがメタ発言に乗っかってくるんじゃなーーーい!!」
パルミの悲痛な叫びが虚しくギルドへ響きわたり、やはり世界は容赦なく、強制的に暗転していくのだった。




